2011-07-21
人間は人間にとって鏡なのである
人間は人間にとって鏡なのである。鏡というものは、物を光景(スペクタル)に、光景を物に変え、私を他人に、他人を私に変える万能魔術の道具なのだ。これまでもしばしば、画家たちは鏡について思いを凝らしてきた。それというのも、彼らは遠近法というトリックのばあいと同様に、鏡というこの「機械的トリック」のもとでも、〈見る者〉と〈見えるもの〉との転換を認めたからであり、そしてこの転換こそ、ほかならぬわれわれの肉体の定義であり、また画家の使命の定義なのである。
【『眼と精神』M・メルロ=ポンティ:滝浦静雄、木田元〈きだ・げん〉訳(みすず書房、1966年)】
2011-07-20
ギャンブラーの哲学/『福本伸行 人生を逆転する名言集 2 迷妄と矜持の言葉たち』福本伸行著、橋富政彦編
・『銀と金』福本伸行
・『賭博黙示録カイジ』福本伸行
・『福本伸行 人生を逆転する名言集 覚醒と不屈の言葉たち』福本伸行著、橋富政彦編
・ギャンブラーの哲学
・『無境界の人』森巣博
・『賭けるゆえに我あり』森巣博
・『真剣師 小池重明 “新宿の殺し屋"と呼ばれた将棋ギャンブラーの生涯』団鬼六
金を賭けるのがギャンブルなら、時間を賭けるのが人生といえるだろう。
「諸君は永久に生きられるかのように生きている」とセネカが糾弾している。生と死の理(ことわり)を思索することもなく、肝心なことは全部先送りにしながら我々は年老いてゆく。
今この瞬間も刻一刻と死が迫っているのに平然と構えているのはどうしたことか。なぜこれほど鈍感なのだろう。きっと大病になってから空(むな)しく過ごしてきた過去を悔い、迫り来る死に慄(おのの)きながら「ちょっと待って!」と心で叫んで死んでゆくのだろう。
ギャンブルには死を感じさせる場面がある。素寒貧(すかんぴん)になればお陀仏だ。金が払えないとなれば袋叩きにされ、金額次第では海の藻屑か山の土にされてしまう。
福本はギャンブルという舞台を通して人生の縮図を描く。
ニュートンとかガリレオは
たいくつなんてしないさ…
あいつら引力なんていう
目に見えないものまで見えて……
この大地が高速でまわっていることにさえ
気がついてしまう──(『天 天和通りの快男児』)
【『福本伸行 人生を逆転する名言集 2 迷妄と矜持の言葉たち』福本伸行著、橋富政彦編(竹書房、2010年)以下同】
知は退屈を退ける。生まれ立ての赤ん坊を見るがいい。彼らは退屈を知らない。清らかなタブラ・ラサには宇宙の神秘が映っているのだろう。
金を掴(つか)んでないからだ……!
金を掴んでないから毎日がリアルじゃねえんだよ
頭にカスミがかかってんだ
バスケットボールのゴールは適当な高さにあるから
みんなシュートの練習をするんだぜ
あれが100メートル先にあってみろ
誰もボールを投げようともしねえ(『賭博黙示録カイジ』)
生のリアリティは死に支えられている。つまり死を感じるところに生の味わいがあるのだ。飢えたる人の食べ物を欲するが如く、渇した人の水を求めるが如く、生を味わい尽くす人はいない。
一か八(ばち)かの勝負はヒリヒリする。コーナーを高速で攻めるスピード狂のようなものだ。それが病みつきになると依存症に陥る。
砂や石や水…
通常気 俺たちが生命などないと思ってるものも
永遠と言っていい 長い時間のサイクルの中で
変化し続けていて
それはイコール
俺たちの計(はか)りを超(こ)えた…
生命なんじゃないか…と……!
死ぬことは……
その命に戻ることだ…!(『天 天和通りの快男児』)
生という現象があり、死という現象がある。花は咲き、そして散る。人は生まれ、そして死ぬ。きっと私の人生は波のような現象なのだろう。大いなる海から生まれ、寄せては返す変化を体現しているのだ。
善悪や道徳は
無能な人間の最後のよりどころ
惑(まど)わされることはない(『銀と金』)
善悪を言葉にすると安っぽくなる。嘘の臭いまで発する。善は論じるものではなく行うべきものだ。今時は偽善が多すぎる。
闇こそ暴君(ぼうくん)…!
人間は闇の狭間(はざま)で束(つか)の間(ま)…漂(ただよ)う…
その笹舟(ささぶね)の乗員
か弱い……!
説明不能に生まれ……時が経てば死んでいく……!
それだけ……!
解答などないっ…!(『アカギ 闇に降り立った天才』)
人は安心を求めて答えを探す。挙げ句の果てに他人の言葉にしがみつく。溺れる者が藁(わら)をもつかむようにして。浮き輪を探すよりも自分の力で泳げ。力尽きれば、それもまた人生だ。
祈るようになったら人間も終わりって話だ……!(『賭博破戒録カイジ』)
エゴイストの祈りは自分の都合に合わせて行われる。坐して祈るのは現実逃避の姿だ。ぎりぎりの努力を惜しまず、限界の向こう側を目指す者だけが奇蹟を起こせる。人類はいまだに平和の祈りすらかなえていない。
この…意識が眠っているような感覚…
体を薄い膜(まく)で何層(なんそう)となく覆(おお)われ…
次第に無気力…
何をやるにも大儀(たいぎ)で面倒(めんどう)…
まるで…
薄く死んでいくような
この感覚
こんな毎日よりましかもしれない……
そう……
まだ苦しみの方が……!(『天 天和通りの快男児』)
これがギャンブラーの悟りだ。大衆消費社会を現実に動かしているのは広告会社である。政治・経済・メディアなどの情報は全て、広告効果というバイアス(歪み)が掛けられている。その刺激はサブリミナル領域(意識下)にまで働きかける。我々はベルの音を聞くとヨダレが出るようになっている。
総じて1よりも出来は悪い。私くらいの年齢になると解説も余計に感じる。それでも福本が振るう鞭は心地よい。
福本伸行 人生を逆転する名言集 2
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福本 伸行 橋富 政彦
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ノーバート・ウィーナー、佐藤俊樹、伊藤銀月
3冊挫折。
挫折44『サイバネティックス 動物と機械における制御と通信』ノーバート・ウィーナー:池原止戈夫〈いけはら・しかお〉、彌永昌吉〈いやなが・しょうきち〉、室賀三郎、戸田巌訳(岩波文庫、2011年/岩波書店、1961年)/横書きだった。古い著作なので思い切って抄訳にしてもよかったのではあるまいか。
挫折45『〔新世紀版〕ノイマンの夢・近代の欲望 社会は情報化の夢を見る』佐藤俊樹(河出文庫、2010年/講談社選書メチエ、1996年)/文章に締まりがない。砕けた調子がかえって文章をふらつかせている。どこを読んでも総花的な印象を受ける。私が求めていた内容ではなかった。
挫折46『日本警語史』伊藤銀月〈いとう・ぎんげつ〉(講談社学術文庫、1989年)/文語体であった。緒論だけでもお釣りのくる内容。格調高い毒々しさが堪(たま)らない。これはいつか再読したい。
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