・『石原吉郎詩文集』石原吉郎
・真の人間は地獄の中から誕生する
・香月泰男のシベリア・シリーズ
・香月泰男が見たもの
・戦争を認める人間を私は許さない
香月さんのシベリア・シリーズは、いうなれば、絵だけでは伝えきれない情念のかたまりなのである。だから香月さんは、このシリーズの絵に全点「ことば書き」をつけた。シベリア・シリーズは、絵とことばが一体なのである。シベリア・シリーズは、ことばによって付け加えられた情報と情念が一体となってはじめてわかる絵なのである。
【『シベリア鎮魂歌 香月泰男の世界』立花隆(文藝春秋、2004年)】
香月泰男〈かづき・やすお〉は死ぬまでシベリアを描き続けた。シベリアとは地名ではない。それは抑留という名の地獄を意味する。
戦争に翻弄され、国家から見捨てられたシベリア抑留者の数は76万3380人と推定されている。経緯については以下の通りである。
・「戦利品」の一つとして、日本人捕虜のシベリヤ強制労働の道は開かれていた/『内なるシベリア抑留体験 石原吉郎・鹿野武一・菅季治の戦後史』多田茂治
私は『香月泰男のおもちゃ箱』(香月泰男、谷川俊太郎)を読んでいたが、香月が抑留者であることは知らなかった。また彼の絵を見たのも本書を読んでからのこと。ブリキ作品とは打って変わった作風に衝撃を受けた。そこには石原吉郎〈いしはら・よしろう〉が抱える闇が描かれていた。彼らは言葉にし得ぬものや、描き得ぬものを表現しようとした。そして死ぬまでシベリアを生き続けたのだ。
地獄の焔(ほのお)が特定の人々を精錬する。不信と絶望の底から真の人間が立ち上がるのだ。私の内側で畏敬の念が噴き上がる。
鹿野武一〈かの・ぶいち〉は帰還から、わずか1年後に心臓病で死んだ。管季治〈かん・すえはる〉は政争に巻き込まれ、鉄路に身を投げた。
国家と人間の不条理を伝えることができる人物は限られている。香月泰男もその一人だ。初めて画集を開いた時、ページを繰るたびに私は「嗚呼(ああ)――」と声を漏らした。「嗚呼、そうだったのか」と。
香月が描く太陽は、どことなく石原が渇望した海を思わせる。
・石原吉郎と寿福寺/『内なるシベリア抑留体験 石原吉郎・鹿野武一・菅季治の戦後史』多田茂治
日の丸は抑留者を見捨てたが香月は太陽を描いた。シベリアの抑留者を決して照らすことのなかった太陽を描いた。
善き人々に対して神は父親の心を持ち、彼らを強く愛して、こう言われる。「労役や苦痛や損害により彼らを悩ますがよい――彼らが本当の力強さを集中できるように」と。怠惰のために肥満した体は、労働のみならず運動においても動作が鈍く、またそれ自体の重量のために挫折する。無傷の幸福は、いかなる打撃にも堪えられない。しかし、絶えず自己の災いと戦ってきた者は、幾度か受けた災害を通して逞(たくま)しさを身につけ、いかなる災いにも倒れないのみならず、たとえ倒れてもなお膝で立って戦う。(「神慮について」)
【『怒りについて 他一篇』セネカ:茂手木元蔵〈もてぎ・もとぞう〉訳】
香月は絵筆を振るい、石原はペンを握って戦った。その力はシベリアの地で蓄えられた。真の人間は地獄の中から誕生するのだろう。
戦場へ行った絵具箱―香月泰男「シベリア・シリーズ」を読む
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