2008-07-26

笑い飛ばす知性/『反社会学講座』パオロ・マッツァリーノ


 ・笑い飛ばす知性
 ・時は金なり
 ・

『ピーターの法則 創造的無能のすすめ』ローレンス・J・ピーター、レイモンド・ハル
『パーキンソンの法則 部下には読ませられぬ本』C・N・パーキンソン
『新版 人生を変える80対20の法則』リチャード・コッチ

必読書リスト その三

 既に10冊ほど読み終えているのだが、如何せん書評にする作業が進まない。その間にも記憶は蜘蛛の糸のように細く、はかなく揺らめいている。あっ、今何本かが消えた(笑)。

 インチキイタリア人と思われるパオロ・マッツァリーノである。インチキというのは「なりすまし」の意。名前からしてこうなんだから、内容は推して知るべし。ブラックジョークを基調にしながらも、「知力」というスパイスを効かせている。常識のデタラメを突く槍の切っ先は鋭い。しかし、傷口から流れ出るのは、血ではなく笑いである。全くもってお見事。中学あたりの教科書に採用して、「笑い飛ばす知性」を身につけさせるべきだと思う。

 昭和50年代の後半には校内暴力の増加が社会問題としてクローズアップされていました。横浜銀蝿が人気を博し、ツッパリがブームになったのも、この頃でした。それまでは、教師が生徒を殴るのが普通だったのが、ここから立場が逆転し始めたのです。
 青少年の反抗がブームや流行というのもおかしな話ですが、60年代の学生運動だって、大部分の若者にとっては一時の熱に浮かされたブームだったのです。その証拠に、学生運動家もツッパリもほとんどが、ブームの終焉とともに平凡なサラリーマンになっているのです。
 不思議なことに、こういった、ファッションで反抗を試みていた人たちというのは、就職すると見事なまでに体制に順応します。企業が社員に課す、人権侵害も甚だしい研修、軍隊式特訓、カルト宗教もどきの苦行を、嬉々としてやるのですから。

【『反社会学講座』パオロ・マッツァリーノ(イースト・プレス、2004年/ちくま文庫、2007年)以下同】

 全学連共闘世代も、卒業すると大手企業に就職した。日本で思想を堅持するのは、かようなほど難しい。ひょっとすると、転向が好きな民族なのかも知れない。

 いまから2000年前ちょっとのこと、ベツレヘムの地に男の子が生まれました。彼は29歳まで両親の家に住み、たまに父親の大工仕事を手伝うくらいで、ぶらぶらしていました。30歳でようやく家を出て本格的な布教活動に精を出しますが、わずか2年ほどで、生涯独身のまま死刑にされてしまいました。
 このように成人後も親と同居する独身者を、近年の日本では「パラサイトシングル」と呼んでいます。ですからイエス・キリストは世界初――かどうかはともかく、世界一有名なパラサイトシングルであることは確かです。なにしろ全世界で20億人の信者から愛されているのですから。
 布教活動で有名になったものの、故郷ではイエスの評判は芳しくなかったと伝わっていますが、それはたぶん、故郷の人たちは彼がパラサイトシングルでフリーターだったことを知っていたからでしょう。

 イエスがフリーターだとは知らなかったよ。この件(くだり)は、フリーターなんぞは昔から存在したことを証明した箇所。この後、文明開化した明治期、米国では既に奴隷が解放されており、これをモデルにした日本が「勤勉さが美徳」であることを国民に叩き込み、富国強兵政策が国民から財産を収奪したことが指摘されている。

 パオロ・マッツァリーノの言葉に対する感覚の鋭さも見逃せない。

「いいかげん」が否定的に使われるようになったのは明治以降、「適当」が否定的な意味を持ったのは戦後になってからです。

 昨今、問題になっている派遣労働者の社会的地位の低さをヨーロッパと比較して炙(あぶ)り出している。

 フランスには、いわゆる日本式のアルバイト・パートという労働形態そのものがありません。JETRO(日本貿易振興会)パリセンターのレポートです。

 仏で「パートタイム労働」と言った場合、純粋に契約労働時間が他の社員より短いというだけの意味で、原則として「正社員(CDI)」は「期間限定社員(CDO)」である……したがって、仏ではマクドナルドにいる労働者もスーパーのレジ打ちも全て正社員なのである……たとえ1日の契約であっても社会保障・労働保険加入は必須であり、社会保障に入らない雇用(すなわち「闇労働」ということになるが)など考えられない。

 日本だって本当は、週五日フルに働いているフリーターやパートなら、社会保険や雇用保険に加入できるはずなんです。加入の基準があいまいなので、ほとんどの会社がしらばっくれているだけです。

 年金問題についても卓見が示されている。

(1億円以上の資産を持っている人に年金は支払わないという著者の私案に対して)また、こういう反論もあるはずです。「真面目に働いて老後の資金を貯めておいた者が年金をもらえず、老後の資金も貯めてないような遊び人がもらえるのは不公平じゃないか」。これは二通りの意味で間違っています。
 まずひとつには、真面目に努力をしたからといって、成功するとはかぎらないということです。中根千枝さんがかの有名な『タテ社会の人間関係』で書いているように、日本には、人の能力は平等で、努力によって結果が決まるという考えが根強く残っています。だから、貧乏なのは努力が足らないからだ、なんて暴論・結果論がまかり通ってしまうのです。
 現実には、どんなに真面目に努力しても、自力で老後の資金を1億円も貯められない人がほとんどであり、だからこそ救済措置として年金制度があるのです。65歳時点で1億円の資産を持っている人は、人生の勝ち組です。勝ち組になった人には、社会に貢献・奉仕する義務があるんです。会社案内のパンフレットに「当社は広く社会に貢献し……」なんて企業理念を書いておきながら、自分だけは勝ち逃げしようなんてのは許されませんよ、社長さん。
 もう一つの理由。現在日本が不景気なのは、個人消費が冷え込んでいるせいだと前回いいました。遊び暮らしていた人は、積極的な消費活動を行って日本経済を破綻から救っていたのです。もちろん、年金保険料だけはきちんと納めることが絶対条件ですが、それ以外の収入はすべて使いきって65歳時点でスッカラカンになっている人にこそ、その功績をたたえて年金をあげるべきなのです。

 近頃はメディアでも、「虐げられた側からの感情論」が目立っているが、経済の基本を押さえた上で、所得の再分配を促している。

 まだ、笑いながらこの本を読めるうちは恵まれた状況といえる。例えば数年後、あるいは数ヶ月後に「笑えない状況」が訪れたとしよう。ストレスまみれとなった一部の国民はあっさりと犯罪に手を染め、テロ行為に及ぶかも知れない。その時、真っ先に犠牲になるのは、社会保険庁の職員や、派遣労働者から利益を搾り取る資本家であろう。メディア関係者も危険でしょーな。政治家もお気をつけあそばせ。

 そうならないためにも、この本から学んでおくことは多い。笑っているだけじゃダメだよ(笑)。

反社会学講座 (ちくま文庫)
パオロ マッツァリーノ
筑摩書房
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2008-07-24

眼の前で起こった虐殺/『ルワンダ大虐殺 世界で一番悲しい光景を見た青年の手記』レヴェリアン・ルラングァ


『ホテル・ルワンダ』監督:テリー・ジョージ
『生かされて。』イマキュレー・イリバギザ、スティーヴ・アーウィン

 ・眼の前で起こった虐殺
 ・ジェノサイドが始まり白人聖職者は真っ先に逃げた
 ・今日、ルワンダの悲劇から20年

『なぜ、世界はルワンダを救えなかったのか PKO司令官の手記』ロメオ・ダレール
『ルワンダ ジェノサイドから生まれて』写真、インタビュー=ジョナサン・トーゴヴニク
『戦場から生きのびて ぼくは少年兵士だった』イシメール・ベア
『それでも生きる子供たちへ』監督:メディ・カレフ、エミール・クストリッツァ、スパイク・リー、カティア・ルンド、ジョーダン・スコット&リドリー・スコット、ステファノ・ヴィネルッソ、ジョン・ウー
『メンデ 奴隷にされた少女』メンデ・ナーゼル、ダミアン・ルイス

必読書リスト その二

 ルワンダものを読むのは初めてのこと。私の知識は『ホテル・ルワンダ』で得たものしかなかった。『ホテル・ルワンダ』は国連平和維持軍に守られているエリアからの視点であった。一方、レヴェリアン・ルラングァは塀の外の大虐殺を目の前で目撃した。だが、目撃しただけではない。体験させられたのだ。2分とかからぬ間に43人の身内を殺され、彼自身も身体をマチューテ(大鉈)で切り刻まれ、左手を切り落とされ、虐殺を目撃した左眼をえぐり取られた。これが、15歳の少年の身に振りかかった現実であった。

 ジェノサイド(大量虐殺)といえば、ヒトラーによる600万人のユダヤ人殺戮が代名詞となっているが、ルワンダで起こったこととは決定的な違いがある。ルワンダでは、近隣の友人や知人が大鉈を振り回し、赤ん坊を壁に叩きつけたのだ。何と100日間という短期間の間に、100万人のツチ族が殺された。1日1万人、1時間で417人、1分間で7人……。ルワンダの大地は文字通り血まみれになったことだろう。

 錠が飛んだ。扉が半開きになる。小さな弟たちや従兄弟たちが泣き、従姉妹たちが悲鳴を上げる。最初に扉の隙間から顔をのぞかせた男は、私の知っている男だった。シモン・シボマナという、繁華街でキャバレーを経営している無口な男。(中略)
 シボマナは怒鳴った。
「伏せろ、さあ、早く。地面に伏せるんだ!」
 ふと側にいる伯父ジャンの存在に気が付く。伯父は少しだけ左向きに身体を起こし、頭をのけぞらせて彼を見つめている。シボナマは素早い動作で伯父の首を切り落とす。ホースから水が噴き出すように、血しぶきが笛の音のような音を立てて鉄板屋根までほとばしった。
 伯父ががっくりとくずおれた時、一人の子供がとりわけ大きな叫び声を上げた。9歳になる伯父の末子ジャン・ボスコだ。シボマナはマチューテの一撃で子供を黙らせる。キャベツを割るような音と共に、子供の頭蓋骨が割れる。続いて彼は4歳のイグナス・ンセンギマナを襲い、何故だか分からないがマチューテで切り付けた後で死体を外に放り投げた。(中略)
 血が血を呼ぶ。荒れ狂う暴力。シボマナは地面に横になっている祖母を踏んだ。暗くてよく見えなかったのだが、彼が祖母を殺そうとすると、祖母は断固とした口調で言った。
「せめてお祈りだけでもさせておくれ」
「そんなことしても無駄だ! 神様もお前を見捨てたんだ!」
 そして祖母を一蹴りしてから切り裂いた。
 私はその時何も感じていなかった。恐怖、恐怖、恐怖しかなかった。恐怖にとらわれて私の感覚は麻痺し、身動きすることさえできなかった。クモの毒が急に体温を奪うように。心臓がどきどきし、汗が至るところから噴き出す。冷え切った汗。
 シボマナは切って切って切りまくった。他の男たちも同じだ。規則的なリズムで、確かな手つきで。マチューテが振り上げられ、襲いかかり、振り上げられ、振り下ろされる。よく油を差した機械のようだった。農夫の作業みたいに、連接棒の動きのように規則的なのだ。そしていつも、野菜を切るような湿った音がした。

【『ルワンダ大虐殺 世界で一番悲しい光景を見た青年の手記』レヴェリアン・ルラングァ:山田美明〈やまだ・よしあき〉訳(晋遊舎、2006年)以下同】

 シボマナが大笑いして、私に近付いてきた。
「おやおや、そこで外に鼻を突き出しているのは、ツチの家族の長男じゃないか!」
 そう言うと非常に機敏な動作で、私の顔から鼻を削いだ。
 別の男が鋲(びょう)のついた棍棒で殴りかかってくる。頭をそれた棍棒が私の肩を砕き、私は地面に倒れ伏した。シボマナはマチューテを取替え、私たちが普段バナナの葉を落とすのに使っている、鉤竿(かぎざお)のような形をした刃物をつかんだ。そして再び私の顔めがけて襲いかかり、曲がった刃物で私の左目をえぐり出した。そしてもう一度頭に。別の男がうなじ目掛けて切りかかる。彼らは私を取り囲み、代わる代わる襲ってきた。槍が、胸やももの付け根の辺りを貫く。彼らの顔が私の上で揺れている。大きなアカシアの枝がぐるぐる回る。私は無の中へ沈んでいった……。

 元々、ツチ族とフツ族は遊牧民族と農耕民族の違いしかなかった。そこに勝手な線引きをしたのは植民地宗主国のベルギーだった。1994年の大虐殺もイギリスとフランスがそれぞれの部族にテコ入れしている。挙げ句の果てにはアメリカ(クリントン大統領)が、ルワンダ救援を阻止した。シエラレオネと全く同じ構図で、アメリカ人にとっては、アフリカで行われている殺し合いなど、昆虫の世界と変わりがないのだろう。

 ラジオでは毎日、「ツチ族を殺せ! ゴキブリどもを殺せ!」とディスクジョッキーが扇動する。フツ族の子供はラジオ番組に電話をし、「僕は8歳になったんですが、ツチ族を殺してもいいんですか?」と質問をした。実際にあったエピソードである。そして、フツ族の少女は笑いながら略奪に加わった。

ルワンダ大虐殺を扇動したラジオ放送

 果たして何が人間をここまで変えるのか? 善悪という概念は木っ端微塵となって、フツ族はあたかも狩りやスポーツを楽しむように、ツチ族の身体を切り刻む。しかも、フツ族はただ殺すだけでは飽き足らず、ツチ族が苦しむように一撃では殺さなかった。幼い子供達は足を切断して放置された。

 人は物語に生きる動物である。物語は情報によって変わる。嘘やデマと、誤信・迷信がマッチした瞬間から、憎悪の焔(ほのお)が燃え始める。結局、白人がでっち上げた歴史を鵜呑みにしたフツ族が、殺戮に駆り立てられた側面が強かったと思わざるを得ない。

 本書の後半からレヴェリアン・ルラングァの葛藤が描かれる。深い自省は静かな怒りとなって青白く燃え上がり、神に鉄槌を下す。その烈しさは、ニーチェをも圧倒している。

 母は最期まであなたのことを信じていました。それはよくご存知でしょう。母がいくら祈っても、私がお願いしても、全能の神であるはずのあなたは指一本たりとも動かすことなく、母を守ろうとしませんでした。私はその乳とあなたの言葉で育ててくれた母は、喉の渇きに苦しみながら死んでいきましたが、あなたは自分のしもべの苦痛さえ和らげようとせず、干からびた母の唇に清水の一滴も注ごうとはしませんでした。その唇は最後の最後まであなたの名を唱え、あなたを褒め称えていたというのに。

 伯父ジャンの喉元から血がほとばしり出た瞬間、私の信仰も抜け出ていきました。
 祖母ニィラファリのお腹から生命が逃げ去った瞬間、私の信仰も逃げていきました。
 叔父エマニュエルが串刺しにされた瞬間、私の信仰も串刺しにされました。
 殺戮の場と化した教会の壁にあの子供たちが打ち付けられて、その頭蓋骨が砕かれた姿を見た瞬間、私の信仰も砕かれました。
 私が愛した人々の命が燃え尽きた瞬間、私の信仰は燃え尽きました。
 鋲つきの棍棒で肩を粉々に砕かれた瞬間、私の信仰も粉々に飛び散りました。

 あなたには、無垢な人々を救う手さえないのですか?
 自分の子供の不幸も見えないほど目が悪いのですか?
 彼らの叫び声も、助けを求める声も、悲嘆の声も聞こえないほど耳が悪いのですか?
 彼らをずたずたに切り裂こうと襲ってくる汚らしいやつらを踏み潰す足さえないのですか?
 涙を流す人々と共に、涙を流す心さえ持っていないのですか?
 か弱き者や小さき者を守るはずなのに、ゴキブリたちさえ守ることができないほど無力なのですか?
 つまりあなたは、闇の中にいて盲目の眼差しで私を見つめるだけの無力な神なのですね?
 しかしそんなことはどうでもいいのです。私の心の中では、あなたはもう死んでいるのですから。

 テレビを消して、この本と向き合おう。我々がメディア情報に振り回されている内は、いつでもフツ族になる可能性があるからだ。善と悪との間に一線を画すためには、「嘘を見抜き、嘘を否定する」ことである。

ルワンダ大虐殺 〜世界で一番悲しい光景を見た青年の手記〜
レヴェリアン・ルラングァ
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暴力と欲望に安住する世界/『既知からの自由』J・クリシュナムルティ
縁起と人間関係についての考察/『子供たちとの対話 考えてごらん』 J・クリシュナムルティ
ルワンダ大虐殺の爪痕
ラス・カサスの立ち位置/『インディアスの破壊についての簡潔な報告』ラス・カサス
集団行動と個人行動/『瞑想と自然』J・クリシュナムルティ
会津戦争の悲劇/『ある明治人の記録 会津人柴五郎の遺書』石光真人