2011-05-28

皮肉な会話と皮肉な人生/『奪回者』グレッグ・ルッカ


 皮肉な科白(せりふ)に込められた諧謔(かいぎゃく)は高い知性に支えられている。聞き手を選ぶような側面もある。説明を求められてしまえば台無しだ。「クックックッ」と笑ってもらうのが望ましい。皮肉とは会話におけるスパイスであり、洒脱なフェイントでもある。グレッグ・ルッカは、皮肉な人生と皮肉な会話を描くの巧みだ。

 前作で親友を喪ったアティカス・コディアックはうらぶれた姿で、ボンデージ・クラブのパート用心棒をしていた。

 用心棒(バウンサー)とは、人を見る稼業だ。注視し、そして無視することの繰り返し。厄介ごとになりそうな人間を探す──厄介ごとの種(トラブル)を選びだす。そして待つ。自分が抱えている相手がほんとうに厄介ごとになると確信するまで、行動は起こせないからだ。

【『奪回者』グレッグ・ルッカ:古沢嘉通〈ふるさわ・よしみち〉訳(講談社文庫、2000年)以下同】

 そこへ、かつて警護をしたことがあるワイアット大佐の娘が現れた。エリカはまだ15歳だった。酔客から襲われそうになったエリカをコディアックが守る。エイズで死に掛けていた父親からエリカの警護を依頼される。エリカを付け狙う敵は、なんとSAS(英国陸軍特殊空挺部隊)のチームだった。

 ワイアット大佐一家との過去と前作での精神的ダメージが伏線となっており、SASの存在が謎となっている。

 ワイアット大佐は傲慢を絵に描いたような人物で、離婚したダイアナは何でも割り切るタイプだ。で、娘のエリカは小生意気ときている。幼い頃、アティカスに約束を破られたことが心の傷となっていた。

 われわれのどちらも身動きせず、じっとしていた。みぞれと川、その水音に耳を傾けているのは、この世でわれわれだけのようだ。ハドソン川沿いのこの部屋で3個の暖房機とうんざりするほどの過去を抱えたふたりの男だけ。

 中年と書かないところがミソ。

「アティカス!」やたら嬉しそうな声だった。「まいったな、きょう電話しようと思っていたんだ。今晩バー巡りをして、アメリカの若者を腐敗させたいかどうか訊こうとしてな」

 一杯呑みにゆく、とも書かない(笑)。いやあ、上手いよねー。

 恋人のブリジット・ローガンも中々振るっている。

「これはなんだい?」わたしは訊いた。
「『プレゼント』と呼ばれているやつだよ。いいかい、ある種の文化では、だれかが別の人を好きになり、当該(とうがい)人物になにかすてきなことをしたくなったときに、贈り物を贈るというという純然たる喜びのため、商品の形を借りて相手にお金を支払うのさ。古くからあり、尊ばれている資本主義の伝統なんだ」
「ご説明ありがとう、マーガレット・ミード人類学者殿」

 マーガレット・ミードはルース・ベネディクトと並んで米国を代表する文化人類学者だ。そしてブリジットはぶっ飛んだ私立探偵である。エリカとブリジットの罵り合いも見ものだ。

「『そして死は汝(なんじ)を恐れん、汝(なんじ)が獅子(しし)の心を持つがゆえに』」そう言って、ヨッシは砂糖とクリームをまぜた。「アラブのことわざだよ。気に入ってるんだ」

 この言葉が相応(ふさわ)しい男がアティカスだった。

 ダイアナは一度わたしを撃ったのだ。腹を撃ったのだった。
 両脚が痛かった。筋肉痛だ。それで思いだして、腹部の痛みがひどくなり、痛みは体のなかをきままに動きまわった。わたしは横になったまま、なんとか落ち着こうとしていた。両脚が震えてきており、すすり泣きが聞こえた。自分が泣いているのか、冬の風が吹いているのか。
 風であってほしいと神に祈った。
 血がこぼれていく音が聞こえる気がした。

 かつて愛し合った女性からアティカスは撃たれた。名場面といってよい。ハードボイルドの文体も決まっている。彼は生き永らえることを神には祈らなかった。ただ、自分が泣いていないことを願った。

 ドロドロした家族関係、やさぐれた少女、そしてブリジットとの関係も気まずくなる。更に実力ではSASに敵うべくもない。クライマックスは重火器戦となる。

 グレッグ・ルッカはこのシリーズで、パーソナル・セキュリティ・エージェント(ボディガードと呼ばれることをアティカスは好まない)をトリックスターにしながら、実は「家族の物語」を描いている。前作は堕胎で、第2弾は離婚がテーマだ。この主旋律を見落とすと味わいが薄れてしまう。

 登場人物の誰もが上手く生きられないことで懊悩(おうのう)している。そして行き場をなくした途端、大きな決断を迫られる。ラストシーンにはそんな著者の思いが込められている。

 警護に関して絶対的な真実がひとつある。その真実とは、単純なもので、だれかを完璧に警護するのは不可能だということだ。できっこないのだ。ボディガードにできることは、オッズを減らし、予防措置をほどこし、敵対勢力よりもずるがしこくなろうとすることだけだった。それだけなのだ。なぜなら、最終的に、時間とほかのあらゆることが相手チームの味方につくからだ。彼らは待つことができる。計画を練ることができる。警護側がけっして寄せ集めることのできないであろう時間と金、調査と人員を投下することができる。すべての努力を払ったあと、差を生じさせるのはそこなのだ。

 人生も同じだ。できることを淡々とやり抜くだけだ。もしも取り返しのつかないことをしてしまったなら、またそこからやり直せばいい。

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奪回者 (講談社文庫)

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