・『反社会学講座』パオロ・マッツァリーノ
・怠惰理論
・『日本文化の歴史』尾藤正英
・『ピーターの法則 創造的無能のすすめ』ローレンス・J・ピーター、レイモンド・ハル
現代の労働倫理からすれば「怠(なま)け者」にしか見えない人々を網羅した労働文化史。大冊だが闊達な文章と豊富な話題でぐいぐい読ませる。
トム・ルッツの息子が朝から晩までカウチで寝転んでいるシーンから始まる。父親には怒りが込み上げてきた。ここで本書のテーマが読者に問いかけられる。「我々はなぜ、働かない人に対して怒りが湧くのか?」。
労働は、神がアダムとイヴに与えた呪いだった。古代ギリシャ文化においては、死すべき人間(=奴隷)に課せられた罰だった。そして、宗教改革が「天職」という新しい概念をつくり出した。アウシュヴィッツ強制収容所のゲートには「働けば自由になれる」と書かれていた。
18世紀、産業革命によって近代が幕を開けた。ベンジャミン・フランクリンが「時は金なり」と言い、サミュエル・ジョンソンは「すべての人間は、怠け者か、怠け者志願者である」と記した。ここに労働と怠惰が火花を散らして向かい合った。
トム・ルッツはスラッカー(怠け者)こそ文化の担い手であるとして、様々な人物を取り上げている。いつの時代も、常識への抵抗から新しい文化は誕生した。
怠惰という甘い蜜は、えも言われぬ濃厚な香りを放っている――
「怠惰理論」は、ある面ではかなりシンプルなものだ。「あらゆる生物は、生きていくために働かなければならない。なかには他の人間よりつらい労働をしなければならない者もいる。生存のために働く必要が少ない者は、よりつらく長い労働をしなければならない者よりも、困難な時代を生き抜く可能性が高い。」こうして進化とは「閑者生存」の法則に基づく、と(※クリス・)デイヴィスはサイト上に書いている。
【『働かない 「怠けもの」と呼ばれた人たち』トム・ルッツ:小澤英実〈おざわ・えいみ〉、篠儀直子〈しのぎ・なおこ〉(青土社、2006年)】
何という説得力! 私は怠惰理論にあっさりと屈する。喜んで信奉者となろう。王様や貴族に怠惰は付き物だ。女王蜂が蜜を取るために外へ出ることはない。大体、「勤勉は美徳」と義務教育で叩き込まれるのも、それが権力者にとって都合がいいからだ。国家はいつだって奴隷を必要とする。労働者と兵士という名の奴隷を。それしても、「閑者生存」とは見事な翻訳。
でも、そうじゃないんだよね(笑)。トム・ルッツが揺さぶろうと試みているのは、「義務としての労働」という価値観なのだ。
動物という次元で考えれば、家族が食う分を確保すればいいわけだが、現代社会の構造はそれを許さない。労働価値は企業を維持する様々な経費を担わされ、流通によって搾取される。
例えば、10世帯ほどのコミュニティをつくり、分担して食料を自給するとしよう。多分、1日8時間も働かなくていいような気がする。資本主義経済とは、資本の奴隷となることを合意した社会なのかも知れない。そして資本主義は、ヒエラルキーの上層に富を偏在させる。
蛇足となるが、表紙の出来が素晴らしい。
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