2009-05-06

相関関係=因果関係ではない/『精神疾患は脳の病気か? 向精神薬の化学と虚構』エリオット・S・ヴァレンスタイン


 ・精神疾患は本当に脳の病気なのか?
 ・「ブードゥー教の呪いで人が死ぬ」ことは科学的に立証されている
 ・相関関係=因果関係ではない

『〈正常〉を救え 精神医学を混乱させるDSM-5への警告』アレン・フランセス
『うつ消しごはん タンパク質と鉄をたっぷり摂れば心と体はみるみる軽くなる!』藤川徳美

必読書リスト その二

 精神疾患を“脳の病”と仕立てることで、薬物治療に弾みがついた。製薬会社がどのようにして、この「仮説」を「既成事実」に変貌させたかを告発した一書。力作である。

 医薬品業界は巨大な利権である。日本のマーケット規模は6兆円を上回る(2006年)。一方、アメリカは2901億ドルで世界の医薬品市場の45%を占めている。

 日本の大手製薬メーカーが戦争犯罪に加担した事実を鑑みると、製薬会社の存在自体に国家権力の意思が働いていることは確かだと思われる。

 薬というものは元々は毒である。製薬会社が承認申請を提出し、厚生労働省の審議会が審査する。もうね、これだけで何か胡散臭くなってくる。厚生労働省が「よきに計らえ」なんて言ったら、後は広告戦略を練るだけだ。病院においてあるパンフレットの類いを見れば直ぐに気づくことだが、その殆どは製薬会社が作成しているものである。

 国民が監視できるシステムとしなければ、いつまで経っても許認可による薬害が後を絶たないことだろう。薬害エイズや薬害肝炎は、まだ記憶に新しい。

 では、薬品天国のアメリカで、どのようにして精神疾患の薬が認可されるのか――

 相関関係がいかに強くてもそれがそのまま因果関係とならないことを、たいていの人は知っている。ところがこの事実は容易に忘れられる。傘を携えているからといって雨が降るわけではないことを誰でも承知しているのに、脳の中の何らかの生物学的マーカーと精神障害の間に相関関係があることが発見されると、このマーカーを障害の原因だと信じこむという落とし穴に容易にはまってしまう。脳がすべての精神的な経験において中心的役割を担っていることが知られていることがその一つの理由なのだろうが、論理的には、この関係は傘と雨の関係と変わりがない。人の精神状態や経験は脳に影響を与えうるし、逆もありうる。二つの事柄に相関関係があるとき、どちらが原因でどちらが結果であるか、自分でわかっているつもりになってはいけない。「原因」と「影響」が混同されやすい。また、二つのものに因果関係がなくても、大きな相関関係はありうる。たとえば、ほとんどの国で、名前が母音で終わる人は名前が子音で終わる人より、平均でみると、背が低い傾向が見られる。しかし少し考えてみればわかるように、最後の母音子音と背の高さに因果関係を想定すべき道理はない。

【『精神疾患は脳の病気か? 向精神薬の化学と虚構』エリオット・S・ヴァレンスタイン:功刀浩〈くぬぎ・ひろし〉監訳、中塚公子訳(みすず書房、2008年/新装版、2018年)】

 つまり、臨床データの解釈によって新しい物語を創作するってわけだ。これを「使った、直った、効いた」の“三た式思考法”と呼ぶ(安斎育郎著『霊はあるか 科学の視点から』講談社ブルーバックス、2002年)。これがどれほど危険であるかは、少し考えれば誰でもわかる。例えば、腹痛を訴える人に梅干しを与えたとしよう。10人で実験したところ、その内6人が3時間後に腹痛が解消していた。では、梅干しに腹痛を癒やす効力があるといえるだろうか? 言えるわけがない。
 それどころかエリオット・S・ヴァレンスタインによれば、精神疾患患者に化学的なバランスの崩れがあるという確かな証拠は何ひとつなく、統合失調症患者にドーパミン受容体の異常があるという証拠を示した人も誰もいないという。ノルアドレナリンとセロトニンについても同様だ。

 企業が利益を追求する以上、当然、実験段階で「きっと効くだろう」「何らかの変化を起こすに違いない」との予断が働く。そこに一定額以上の予算がつぎ込まれていれば、何が何でも都合のいいデータを探し求めるはずだ。彼等にとって、医師や政治家は同じチームメイトだ。ちょっと目配せすれば、わかってくれる――とまあ、こんな具合なのだろう。

 エリオット・S・ヴァレンスタインは決して投薬治療を否定しているわけではない。患者を置き去りにした製薬業界のあり方を告発しているのだ。私も本書を読むまでは、「精神疾患は“心の病”から“脳の病”になった」とばかり思い込んでいた。多くの人々にそう思い込ませたこと自体、アメリカ製薬メーカーによるマーケティングの勝利だった。情報の力は恐ろしい。我々は何となく信じてしまって、医薬品に依存するようになっているのだ。

 世界には、これほどの悪意がはびこっている。

精神疾患は脳の病気か?――向精神薬の科学と虚構 【新装版】
エリオット・ヴァレンスタイン
みすず書房
売り上げランキング: 604,962

・相関関係−因果関係
・「三た」式思考法
・回帰効果と回帰の誤謬/『人間この信じやすきもの 迷信・誤信はどうして生まれるか』トーマス・ギロビッチ
・宗教の原型は確証バイアス/『動物感覚 アニマル・マインドを読み解く』テンプル・グランディン、キャサリン・ジョンソン
・物語の本質〜青木勇気『「物語」とは何であるか』への応答
・人間の脳はバイアス装置/『隠れた脳 好み、道徳、市場、集団を操る無意識の科学』シャンカール・ヴェダンタム
・偶然性/『宗教は必要か』バートランド・ラッセル
・物語に添った恣意的なデータ選択/『人間この信じやすきもの 迷信・誤信はどうして生まれるか』トーマス・ギロビッチ
・相関関係が因果関係を超える/『ビッグデータの正体 情報の産業革命が世界のすべてを変える』ビクター・マイヤー=ショーンベルガー、ケネス・クキエ

2009-05-05

画竜点睛を“誤った”一冊/『権威主義の正体』岡本浩一


『無責任の構造 モラルハザードへの知的戦略』岡本浩一

 ・画竜点睛を“誤った”一冊

『服従の心理』スタンレー・ミルグラム
『権威の概念』アレクサンドル・コジェーヴ
忠誠心がもたらす宗教の暗い側面/『宗教を生みだす本能 進化論からみたヒトと信仰』ニコラス・ウェイド

権威を知るための書籍

 薬と毒がセットになったような本だ。前半で緻密に権威主義を批判しておきながら、後半では権力者の走狗になっているような感を覚えた。その意味で、画竜点睛を“誤った”一冊といってよい。

 岡本浩一の著作は2冊しか読んでいないが、いずれも秀逸な「まえがき」から始まり、序盤から中盤にかけては堅実な走りを見せる。ところが、レース終盤で必ず崩れる。つまり、説明能力は長(た)けているが、斬新な見解を示せない人物といってよい。「まとめ屋」なら、それらしくしていればいいのだが、大口を叩こうとして失敗する悪癖があり、最終章でいつも墓穴を掘っている。

 真の権威は、権威主義の異臭を放たぬものである。

【『権威主義の正体』岡本浩一〈おかもと・こういち〉(PHP新書、2005年)以下同】

 こんな痺れるテキストが「まえがき」にあれば、誰だって期待せずにはいられないだろう。

 そして、一章を割いてナチスによるホロコーストを検証しているが、非常によくまとまった資料となっている。続いて、アッシュの同調実験、ジンバルドの監獄実験、ミルグラムの服従実験、アドルノの権威主義的人格の研究などに紙数が費やされている。いずれも有名な実験だが、微に入り細をうがった説明で、予備知識のある人が読んでも飽きさせない工夫を凝らしている。

 ところが、この直後から調子がおかしくなる。あらゆる事象を権威主義で読み解こうとして論調が支離滅裂に傾いてゆく。そして、遂には唖然とするような結論を臆面もなく記している――

 高等教育を受けた人ほど、権威主義的傾向が低いという結果は、これ以外にもさまざま発表されている。有意な関係なしとの報告も散見されるが、逆方向の結果はまず見かけない。教育以外の関連する指標も含めて総括すると、権威主義が相対的に高いのは、教育程度が低い人、老人、田舎に住んでいる人、障害者、教条主義的色彩の強い宗教に関わっている人、社会経済的地位の低い人、社会的に孤立している人という結果が出ている。したがって、一般的に、教育程度が高いほど、権威主義傾向は低くなるものと考えておいて大きな間違いはないだろう。

 何と単なる差別主義に堕してしまっている。まるで、田舎者(※差別用語です)の主張そのものではないか。例えば、権威主義と聞いて我々が真っ先に思い浮かべるのは官僚であろう。官僚システムは高度かつ純粋に権威主義の機能を強化した組織である。ではなぜ、官僚システムに自浄作用が働かないのか? それは、鍛えられた知識・学識が敏感に権力を嗅ぎ分け、自分の将来にとって有用な権威に額づく態度を判断する道具になっているからだ。

 また、中世の魔女狩りもこれでは説明できない。当時、西洋では教会経由でなければ学ぶことができなかった。殆どの科学者が神学などを専攻しているのもこのためだ。魔女狩りは、中世における教会という権威を背景にした異端審問によって生まれた。つまり、「教育程度の高い人」によって引き起こされた側面があるのだ。

 そもそも心理学の実験データは、解釈によっていかようにもこじつけることが可能なものが多い。岡本の主張が稚拙なのは、具体的なデータを示していないこともさることながら、高校・大学進学率の上昇に伴って社会における権威主義的風土が変わった事実を全く証明していないところにある。

 多分、これはケアレスミスだろう。「知性」と書けば何の問題もなかったところを、岡本は「学歴」という“権威”を提示してしまったのだ。

 そして噴飯物の最たるものは以下――

 偉人の言葉や格言をやたらに引用する人は、権威主義である可能性が高い。引用の対象が一人か二人に限られ、引用頻度が高い場合、それが教条になっていることは明らかである。

 岡本は自著の『無責任の構造 モラルハザードへの知的戦略』(PHP新書、2001年)で、どれほどミルグラムやアッシュの言葉を引用したか覚えていないらしい。引用に問題があるわけではなく、「引用の仕方」が問われるべきなのだ。ここに至ると、牽強付会すら自覚できなくなっていることが明らかだ。

 最終章の結論は、そのいずれもが権力者に媚びを売る主張となっている。著者がJCO臨界事故の調査委員を務めたこととも関係しているのだろう。「味を占(し)めた」のかもね。いずれも、間違っているわけではないのだが、主張する方向が逆向きになっている。

 また、非常に驚かされたのだが、「あとがき」に「構想は早くから描いていたのに、本書にとりかかる気持ちをととのえるのに数年の時間が必要だった」と綴っているが、実は大半の内容が『無責任の構造』と重複している。

 岡本浩一は多分、「権威主義研究の権威」を目指しているのだろう。その割には自己に対する厳しさが足りない。個人的には、『無責任の構造』をお薦めしておく。

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2009-05-04

怠惰理論/『働かない 「怠けもの」と呼ばれた人たち』トム・ルッツ


『反社会学講座』パオロ・マッツァリーノ

 ・怠惰理論

・バートランド・ラッセル著『怠惰礼賛』
・明治19年までは役人は1日3時間しか働いていなかった
『日本文化の歴史』尾藤正英

『ピーターの法則 創造的無能のすすめ』ローレンス・J・ピーター、レイモンド・ハル

 現代の労働倫理からすれば「怠(なま)け者」にしか見えない人々を網羅した労働文化史。大冊だが闊達な文章と豊富な話題でぐいぐい読ませる。

 トム・ルッツの息子が朝から晩までカウチで寝転んでいるシーンから始まる。父親には怒りが込み上げてきた。ここで本書のテーマが読者に問いかけられる。「我々はなぜ、働かない人に対して怒りが湧くのか?」。

 労働は、神がアダムとイヴに与えた呪いだった。古代ギリシャ文化においては、死すべき人間(=奴隷)に課せられた罰だった。そして、宗教改革が「天職」という新しい概念をつくり出した。アウシュヴィッツ強制収容所のゲートには「働けば自由になれる」と書かれていた。

 18世紀、産業革命によって近代が幕を開けた。ベンジャミン・フランクリンが「時は金なり」と言い、サミュエル・ジョンソンは「すべての人間は、怠け者か、怠け者志願者である」と記した。ここに労働と怠惰が火花を散らして向かい合った。

 トム・ルッツはスラッカー(怠け者)こそ文化の担い手であるとして、様々な人物を取り上げている。いつの時代も、常識への抵抗から新しい文化は誕生した。

 怠惰という甘い蜜は、えも言われぬ濃厚な香りを放っている――

「怠惰理論」は、ある面ではかなりシンプルなものだ。「あらゆる生物は、生きていくために働かなければならない。なかには他の人間よりつらい労働をしなければならない者もいる。生存のために働く必要が少ない者は、よりつらく長い労働をしなければならない者よりも、困難な時代を生き抜く可能性が高い。」こうして進化とは「閑者生存」の法則に基づく、と(※クリス・)デイヴィスはサイト上に書いている。

【『働かない 「怠けもの」と呼ばれた人たち』トム・ルッツ:小澤英実〈おざわ・えいみ〉、篠儀直子〈しのぎ・なおこ〉(青土社、2006年)】

 何という説得力! 私は怠惰理論にあっさりと屈する。喜んで信奉者となろう。王様や貴族に怠惰は付き物だ。女王蜂が蜜を取るために外へ出ることはない。大体、「勤勉は美徳」と義務教育で叩き込まれるのも、それが権力者にとって都合がいいからだ。国家はいつだって奴隷を必要とする。労働者と兵士という名の奴隷を。それしても、「閑者生存」とは見事な翻訳。

 でも、そうじゃないんだよね(笑)。トム・ルッツが揺さぶろうと試みているのは、「義務としての労働」という価値観なのだ。

 動物という次元で考えれば、家族が食う分を確保すればいいわけだが、現代社会の構造はそれを許さない。労働価値は企業を維持する様々な経費を担わされ、流通によって搾取される。

 例えば、10世帯ほどのコミュニティをつくり、分担して食料を自給するとしよう。多分、1日8時間も働かなくていいような気がする。資本主義経済とは、資本の奴隷となることを合意した社会なのかも知れない。そして資本主義は、ヒエラルキーの上層に富を偏在させる。

 蛇足となるが、表紙の出来が素晴らしい。

働かない―「怠けもの」と呼ばれた人たち
トム ルッツ
青土社
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