2014-10-31

ザック・エイブラハム


 タイトルは意図的に伏せておく。今まで見てきたTEDの中で一番感動した。画面右下のボタンから言語を選択。

孟嘗君の境地/『奇貨居くべし 火雲篇』宮城谷昌光


『孟嘗君』宮城谷昌光
『楽毅』宮城谷昌光
『青雲はるかに』宮城谷昌光

 ・戦争を問う
 ・学びて問い、生きて答える
 ・和氏の璧
 ・荀子との出会い
 ・侈傲(しごう)の者は亡ぶ
 ・孟嘗君の境地
 ・「蔽(おお)われた者」
 ・楚国の長城
 ・深谿に臨まざれば地の厚きことを知らず
 ・徳には盛衰がない

・『香乱記』宮城谷昌光

 唐挙〈とうきょ〉は貴族相手の人相見で大金を稼いでいた。呂不韋〈りょふい〉は慈光苑(じこうえん)の伯紲〈はくせつ〉という人物の元へ遣(つか)わされる。慈光苑は戦乱の中で独りでは生きてゆくことが難しい孤児や寡婦(かふ)のための施設であった。唐挙が呂不韋に託したのは寄付金であった。慈光苑に着くと伯紲〈はくせつ〉は留守であった。そこに異彩を放つ老人がいた。思わず目を瞠(みは)った呂不韋はその老人が孟嘗君であることを後に知る。宮城谷ファンはここでエクスタシーに達する。やはりリンクで示したように『孟嘗君』、『楽毅』、本書と読み進むことが望ましい。

「わしは老いた」
 食事の席で孟嘗君〈もうしょうくん〉はいった。
 ――何が老いたのか。
 呂不韋〈りょふい〉はそう反発したくなった。慈光苑(じこうえん)で、孟嘗君は田圃(でんぽ)にはいって農作業をしていたではないか。そこには老懶(ろうらん)のきざしさえなかった。が、みずから老いたという。
「老いると、人事がうとましくなる」
 まるで孟嘗君は呂不韋の胸裡に浮きあがった疑問にこたえるようにいった。
 太古、人は小集団をなして天地のあいだをさまよっていた。天地のあいだというのは山岳のことである。地におりれば、人は死ぬ。平原などというものは、太古の人々にとって死地以外のなにものでもない。やがて人は農耕をおぼえ、その死地を生地に変えようとした。が、そのことによって、おそらくなにかが歪みはじめた。たとえば、いままでたれのものでもなかった平原が、人によって占有化されるようになった。鳥獣と共存していた人が、人だけの住居区をつくった。そのため人は人とはべつな生物や現象に語りかけていたことばをうしなったといえる。ことばは、人境のためだけにある、と人は錯覚した。

【『奇貨居くべし 火雲篇』宮城谷昌光(中央公論新社、1998年/中公文庫、2002年)以下同】

「政治」ではなく「人事」としたところに言葉の重みが増す。むろん人事異動の意味ではなく、「人間に関する事柄」全般を指した言葉であろう。孟嘗君の「出家」を思わせる境地である。この文章は次のように続く。

「わしは往時にうしなわれたであろうことばに、あこがれるようになった。人が好きでたまらなかったわしが、そういう憧憬(しょうけい)をもつ。これがすなわち老いたあかしである」
 孟嘗君がそういいきった瞬間、呂不韋は胸中に火を投げ込まれたように赫(かつ)とからだが熱くなった。
 ――この人は、老いたのではない。
 真の君主になったのだ、と呂不韋は痛感した。君主は自分のことを寡(か)とか孤(こ)というではないか。君主は生まれながらに孤児なのである。それゆえに人のことばに偏曲(へんきょく)を求めず、この世に公平をさずけることができる。が、君主は真に孤独でないために、偏失(へんしつ)をくりかえし、世の人々の尊敬を受けることができない。しかしながら孟嘗君は古代の聖王たちの心境に達したのではないか。呂不韋はそう思った。おもっただけではなく、恐れながら、と口をひらき、自分の想念を述べた。
 孟嘗君は目もとを明るくして、いちど口をすぼめ、それから、
「呂氏とは、こういう人です。魯(ろ)先生、おわかりいただけましたかな」

 孟嘗君の悟りといってよい。そこに想いが届くのは、やはり呂不韋が「学ぶ人」であったためだろう。魯先生とは魯仲連〈ろちゅうれん〉である。

 こうして呂不韋は孟嘗君の賓客(ひんきゃく)となる。呂不韋に従う雉〈ち〉も大きく成長してゆく。

 多くの言葉を弄(ろう)するよりも、沈黙の中でひたすら味わうべき魂の邂逅(かいこう)である。

奇貨居くべし―春風篇 (中公文庫)奇貨居くべし―火雲篇 (中公文庫)
奇貨居くべし (黄河篇) (中公文庫)奇貨居くべし (飛翔篇) (中公文庫)奇貨居くべし 天命篇 (中公文庫)

数の概念と暦


 私のタイムライン上で偶然の一致。


2014-10-30

侈傲(しごう)の者は亡ぶ/『奇貨居くべし 火雲篇』宮城谷昌光


『孟嘗君』宮城谷昌光
『楽毅』宮城谷昌光
『青雲はるかに』宮城谷昌光

 ・戦争を問う
 ・学びて問い、生きて答える
 ・和氏の璧
 ・荀子との出会い
 ・侈傲(しごう)の者は亡ぶ
 ・孟嘗君の境地
 ・「蔽(おお)われた者」
 ・楚国の長城
 ・深谿に臨まざれば地の厚きことを知らず
 ・徳には盛衰がない

・『香乱記』宮城谷昌光

 奴隷の身を脱した呂不韋〈りょふい〉は稀代の人相見である唐挙〈とうきょ〉という人物と巡り合い、そのまま従者となる。

瓊玉(けいぎょく)で室内を飾るのは、亡びの兆(きざ)しであるとおもったほうがよい。西(せい)氏の賈(こ)には、あくどさがあるらしい」
 と辛(から)いことをいった。
「天子や諸侯も玉で飾られた宮殿に住んでおられるのではないのですか。亡びの兆しはそこにはないのでしょうか」
 呂不韋〈りょふい〉の問いのほうがすさまじい。
「侈傲(しごう)の者は亡ぶ。貴賎を問わず、そうです。では、なぜ、天子や諸侯は亡びないのか。先祖の遺徳がそれらの貴人を助けているからだ。それに気づかず、侈傲でありつづければ、三代で亡ぶ。この家の主の西氏は、一代で成功した者であり、先祖が徳をほどこしたとはおもわれないゆえ、目にみえない助けは得られず、わざわいをまともにかぶる」
「それを西氏にお語(つ)げになるのですか」
「問われれば、いう。兆しとは、あくまでも兆しであり、凶の兆しでも消すことはできる」

【『奇貨居くべし 火雲篇』宮城谷昌光(中央公論新社、1998年/中公文庫、2002年)】

 厳密にいえば唐挙は占い師ではない。しかし一を見て万を知ること斯(か)くの如しである。抜きん出た洞察力によって彼の名声は広く知られていた。相手が貴族であろうが庶民であろうが人相を見てピタリと何でも当ててみせた。

 侈傲(しごう)とは奢侈(しゃし)と同じ意味であろう。傲と奢はいずれも「おごり」と読む。とすれば「度をこえてぜいたくなこと。身分不相応な暮らしをすること」(大辞林)と考えてよさそうだ。

 殷(いん)の紂王(ちゅうおう)が象牙の箸(はし)を作った時、箕子〈きし〉はひとり憂(うれ)えた(箕氏の憂い)。欲望には限度がない。ひとたび贅沢(ぜいたく)が度を越せば際限のない刺激を求めて大事を見失う。成り金が転落する理由もここにある。

 唐挙が紡(つむ)ぐ物語は巧みで深い。人相見が当たる当たらぬよりも人々が共感する物語を示したところに彼の本領があるのだろう。

奇貨居くべし―春風篇 (中公文庫)奇貨居くべし―火雲篇 (中公文庫)
奇貨居くべし (黄河篇) (中公文庫)奇貨居くべし (飛翔篇) (中公文庫)奇貨居くべし 天命篇 (中公文庫)

2014-10-29

ナミブ砂漠のデッドフレイ



テロとは/『日本はテロと戦えるか』アルベルト・フジモリ、菅沼光弘


 ・テロとは

『この国を支配/管理する者たち 諜報から見た闇の権力』中丸薫、菅沼光弘:2006年
『菅沼レポート・増補版 守るべき日本の国益』菅沼光弘:2009年
『この国のために今二人が絶対伝えたい本当のこと 闇の世界権力との最終バトル【北朝鮮編】』中丸薫、菅沼光弘:2010年
『日本最後のスパイからの遺言』菅沼光弘、須田慎一郎:2010年
『この国の権力中枢を握る者は誰か』菅沼光弘:2011年
『この国の不都合な真実 日本はなぜここまで劣化したのか?』菅沼光弘:2012年
『日本人が知らないではすまない 金王朝の機密情報』菅沼光弘:2012年
『国家非常事態緊急会議』菅沼光弘、ベンジャミン・フルフォード、飛鳥昭雄:2012年
『この国はいつから米中の奴隷国家になったのか』菅沼光弘:2012年
『誰も教えないこの国の歴史の真実』菅沼光弘:2012年
『神国日本VS.ワンワールド支配者』菅沼光弘、ベンジャミン・フルフォード、飛鳥昭雄
『この世界でいま本当に起きていること』中丸薫、菅沼光弘:2013年
『日本を貶めた戦後重大事件の裏側』菅沼光弘:2013年

 テロとは何か。それを客観的に定義することは困難ですが、簡単にいえば、「政治的目的をもって実行される暴力」です。テロという言葉の起源を辿れば、フランス革命にまで遡ります。(菅沼光弘)

【『日本はテロと戦えるか』アルベルト・フジモリ、菅沼光弘(扶桑社、2003年)】

テロリズム
テロとフランス革命:武田邦彦

日本はテロと戦えるか
アルベルト フジモリ 菅沼 光弘
扶桑社
売り上げランキング: 1,408,879

荀子との出会い/『奇貨居くべし 火雲篇』宮城谷昌光


『孟嘗君』宮城谷昌光
『楽毅』宮城谷昌光
『青雲はるかに』宮城谷昌光

 ・戦争を問う
 ・学びて問い、生きて答える
 ・和氏の璧
 ・荀子との出会い
 ・侈傲(しごう)の者は亡ぶ
 ・孟嘗君の境地
 ・「蔽(おお)われた者」
 ・楚国の長城
 ・深谿に臨まざれば地の厚きことを知らず
 ・徳には盛衰がない

・『香乱記』宮城谷昌光

 すでに呂不韋〈りょふい〉たちは、牛馬のごとく舟に積みこまれ、黄河をくだり、南岸に上陸し、稜に近づきつつあった。
 ――こういう現実がある。
 信じられぬおもいで、呂不韋は天を仰ぎ、地をみつめ、人をながめた。弱者とは、いやおうなくこうなるものか。では、強者とは、何であるのか。秦(しん)が強者で趙が弱者であるとすれば、何が秦を強くし、何が趙を弱くしたのか。この世にも貧富の差がある。その差はどこから生ずるのか。いま強国であっても太古から強国ではあるまい。富家も昔から富家ではあるまい。国も家も人も盛衰というものがあり、その盛衰をつかさどる力、あるいはその盛衰をあやつる法則などが、どこにあるのか。
 そういう問いをたれにもぶつけることのできぬ歩行のなかにいるのは、呂不韋ばかりではない。みな黙々とおのれの暗さのなかを歩いている。この500人というのは、いきなり悲運の淵につき落とされた者ばかりではなく、もともと私家の奴隷であった者が徴発された場合もふくまれており、かれらは悲運をひきずっているということになる。

【『奇貨居くべし 火雲篇』宮城谷昌光(中央公論新社、1998年/中公文庫、2002年)以下同】

 戦乱の中で呂不韋は囚われの身となる。待ち受けていたのは奴隷という立場であった。順境にあっても逆境にあっても彼は問い続けた。問うことと疑うことは似て非なるものだ。偉大な人物はおしなべて我が身の不遇を嘆き運命を疑うことがない。自分を含む世界を突き放して客観的に捉える。なぜなら不幸も幸福も移ろいゆくものであることを自覚しているためだ。万物は流転する。ゆえに流転する万物を達観し好機を待てばよい。

 呂不韋は雉〈ち〉という奴隷の少年と出会う。雉〈ち〉は生まれながらの奴隷であったが、呂不韋と出会い従者となる。

 呂不韋はかつて慎子〈しんし〉という師に学んだ。思想家の慎到〈しんとう〉である。呂不韋は雉〈ち〉に慎子の教えを授けた。ある時、昂然(こうぜん)と慎子を批判する男が現れた。30歳前後と見える男は難解な言葉をやすやすと操った。

 この男から呂不韋は顔つきを厳しく注意される。「逃げたい、逃げたい。かならず逃げてやる。かならず、かならず、と喋りつづけている。うるさいことだ。その声がきこえるのは、わしばかりではない。役人がなんじの貌(かお)をみれば、やはりその声をきき、なんじはもっと逃走しにくいところで働かされることになる。わかったか」。

 それは事実であった。呂不韋は脱走を考えていた。

 呂不韋はうつむき、地をみた。そこに自分の影がある。
 陽翟(ようてき)の実家でみつめていた影とおなじで、さびしく、楽しまない影である。
 呂不韋のまなざしがうつろになったのをみた孫〈そん〉は、
「すっかり萎(しお)れてしまったな。願いが浅いところにあるからだ。それだけ傷つきやすい。花をみよ。早く咲けば早く散らざるをえない。人目を惹(ひ)くほど咲き誇れば人に手折られやすい。人もそうだ。願いやこころざしは、秘すものだ。早くあらわれようとする願いはたいしたものではない。秘蔵せざるをえない重さをもった願いをこころざしという。なんじには、まだ、こころざしがない」
 と、皮肉をまじえていった。おし黙った呂不韋をはげましているのか、怒らせているのか。とにかくこのことばは、多少、呂不韋の活力をうしなった心をゆすぶった。
「こころざしで穣(じょう)邑の門を破れますか。こころざしで穣邑の壁を崩せますか」
「たやすいことだ。こころざしによって、地に潜ることができ、天に昇ることもできる」
 孫はなんのためらいもみせずにいった。
 ――狂人かもしれぬ。
 呂不韋はそう疑った。

 これが荀子(※本書では孫子と表記される)その人であった。呂不韋はまだ十代か。名場面である。成功を望む人は多い。だがそこに「世を直す」「人々を助く」との志を持つ人は稀(まれ)だ。いたずらにランクアップを願う学校、ひたすら勢力拡大に奔走する教団。そのどこに志があるというのか。美しい言葉で理想を語りながら実際は自分たちの利益しか考えていない。

「秘蔵せざるをえない重さをもった願いをこころざしという」――ならば志は飽くまでも孤独の中で生まれ、鍛えられ、培(つちかわ)われてゆくのだろう。それを全体主義的に人民に強制したのが社会主義国家の「同志」なる言葉だ。同志でないと認定されればいとも簡単に粛清された。似た志を持つことはできても、志を同じくすることはできない。そして志は教えることも強いることもできない。なぜなら志とは生きるものであるからだ。

 後日、呂不韋は襟を正して教えを請う。荀子は「教鞭をとりたくても、わしには鞭(むち)がない。不韋〈ふい〉はおのれを鞭で打たねばならない。それを勉強という。それをやるか」と問い、呂不韋は「懸命に、いたします」と応じ、入門を許された。

奇貨居くべし―春風篇 (中公文庫)奇貨居くべし―火雲篇 (中公文庫)
奇貨居くべし (黄河篇) (中公文庫)奇貨居くべし (飛翔篇) (中公文庫)奇貨居くべし 天命篇 (中公文庫)

2014-10-28

民主主義のスクラップ・アンド・ビルドを繰り返すアメリカ/『この国を支配/管理する者たち 諜報から見た闇の権力』中丸薫、菅沼光弘


『日本はテロと戦えるか』アルベルト・フジモリ、菅沼光弘:2003年

 ・民主主義のスクラップ・アンド・ビルドを繰り返すアメリカ
 ・郵政民営化の真相
 ・日本の伝統の徹底的な否定論者・竹内好への告発状 その正体は、北京政府の忠実な代理人(エージェント)

『菅沼レポート・増補版 守るべき日本の国益』菅沼光弘:2009年
『この国のために今二人が絶対伝えたい本当のこと 闇の世界権力との最終バトル【北朝鮮編】』中丸薫、菅沼光弘:2010年
『日本最後のスパイからの遺言』菅沼光弘、須田慎一郎:2010年
この国の権力中枢を握る者は誰か』菅沼光弘:2011年
『この国の不都合な真実 日本はなぜここまで劣化したのか?』菅沼光弘:2012年
『日本人が知らないではすまない 金王朝の機密情報』菅沼光弘:2012年
『国家非常事態緊急会議』菅沼光弘、ベンジャミン・フルフォード、飛鳥昭雄:2012年
『この国はいつから米中の奴隷国家になったのか』菅沼光弘:2012年
『誰も教えないこの国の歴史の真実』菅沼光弘:2012年
『この世界でいま本当に起きていること』中丸薫、菅沼光弘:2013年
『神国日本VS.ワンワールド支配者』菅沼光弘、ベンジャミン・フルフォード、飛鳥昭雄
『日本を貶めた戦後重大事件の裏側』菅沼光弘:2013年

『この国を支配/管理する者たち 諜報から見た闇の権力』中丸薫、菅沼光弘(徳間書店、2006年)で中丸が薦めている動画を紹介する。かような国家に日本の安全保障を託している事実を考え直すべきだ。



テロリストは誰?ガイドブック

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この国を支配/管理する者たち―諜報から見た闇の権力
中丸 薫 菅沼 光弘
徳間書店
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2014-10-27

アルベルト・フジモリ、菅沼光弘、中丸薫


 1冊挫折、1冊読了。

日本はテロと戦えるか』アルベルト・フジモリ、菅沼光弘(扶桑社、2003年)/菅沼にいつものスピード感がない。相手が相手だけに仕方のない側面があるが。読む必要がないと判断。

 81冊目『この国を支配/管理する者たち 諜報から見た闇の権力』中丸薫、菅沼光弘(徳間書店、2006年)/「なぜ中丸と?」という思いを抱えながら開いた。中丸はスピリチュアル系トンデモ派とでもいうべき人物。明治天皇の孫を自称していることを初めて知った。しかしながら、この女性の人脈は決して侮ることができない。これほど多くの国家元首クラスと会談した人物を私は知らない。ロスチャイルドやロックフェラーとも電話一本で会うことができるというのだから凄い。金日成とも会う予定であったが実現直前に逝去。当時、北朝鮮国内にいた唯一の西側ジャーナリストとして彼女の発言は世界中に報じられた。実に不思議な存在である。菅沼が対談をしたのも何か理由があってのことだろう。中丸の部分は飛ばし読み。既に絶版となっているが菅沼の話を読むだけでも定価(1600円)に十分見合う内容だ。


2014-10-26

初めにビットありき/『宇宙をプログラムする宇宙 いかにして「計算する宇宙」は複雑な世界を創ったか?』セス・ロイド


『史上最大の発明アルゴリズム 現代社会を造りあげた根本原理』デイヴィッド・バーリンスキ

 ・初めにビットありき

『量子が変える情報の宇宙』ハンス・クリスチャン・フォン=バイヤー
『宇宙が始まる前には何があったのか?』ローレンス・クラウス
『宇宙を織りなすもの』ブライアン・グリーン

情報とアルゴリズム

「初めにビットありき」と私は話を切り出した。複雑系を研究するサンタフェ研究所が居(きょ)を構える17世紀建立(こんりゅう)の修道院の礼拝堂には、いつもと変わらぬ物理学者、生物学者、経済学者、数学者の集団と、それから数多くのノーベル賞受賞者に影響を与えた一人の人物がいた。私は、宇宙物理学と量子重力の大家であるジョン・アーチボルト・ホイーラーに、『Itはビットからなる』というタイトルで講演するよう求められ、それを引き受けたのだった。

【『宇宙をプログラムする宇宙 いかにして「計算する宇宙」は複雑な世界を創ったか?』セス・ロイド:水谷淳〈みずたに・じゅん〉訳(早川書房、2007年)以下同】

「初めにビットありき」! 痺(しび)れた。「言葉」でも「光」でもない。「情報」だ。『Itはビットからなる』というのは、もちろんジョン・ホイーラーが提唱した「It from bit」を受けたものだろう。

宇宙を決定しているのは人間だった!?― 猫でもわかる「ビットからイット」理論

 ジョン・ホイーラー(最近は「ウィーラー」という表記も多い)は類稀な言葉のセンスの持ち主でブラックホールの命名者でもある。

「事物、すなわち“It”は、情報、すなわち“ビット”から生まれます」と、私は、緊張した手でリンゴを投げあげながら続けた。「このリンゴは“It”の良い例です。リンゴは昔から情報と結びつけられてきました。まず何よりも、“禁断の一口が世界に死とすべての苦悩をもたらした”知の果実として、リンゴによって運ばれる情報には、良いものも悪いものもあります。時が下り、リンゴの落下する軌道からニュートンが万有引力の法則を明らかにし、リンゴの表面はアインシュタインの説く歪(ゆが)んだ時空の喩(たと)えにもなりました。もっと直接には、リンゴの種の中に閉じ込められた遺伝暗号が、将来育つリンゴの木の構造をプログラミングしています。そして最後に、リンゴには自由エネルギー、すなわち、われわれの体を機能させるうえで必要な、ビットに富む何キロカロリーものエネルギーが含まれているのです」

「事物、すなわち“It”は、情報、すなわち“ビット”から生まれます」――つまり情報理論とは仏教の唯識なのだ。唯識は認識機能に立脚するが、認識対象はすなわち情報である。世界の本質は認知世界であり、世界はこれ情報であり唯識である。目の前に世界が広がっているわけではなく、世界は感覚器官に収まる。

「このリンゴには、当然さまざまな【タイプの】情報が含まれています。いったいこのリンゴには、【どれだけの】情報が含まれているのでしょうか? 1個のリンゴの中には、【どれだけの】ビットが存在するのでしょうか?」私はリンゴをテーブルに置き、ボードの方を向いてちょっとした計算をした。「面白いことに、1個のリンゴに含まれるビットの数は、20世紀初頭、“ビット”という言葉が誕生する前からわかっていました。ちょっと考えただけだと、1個のリンゴには無限個のビットが含まれていると思えるかもしれませんが、そんなことはない。実は、リンゴとその原子の微視的状態を特定するのに必要なビットの数は、あらゆる物理系を支配する量子力学の法則によって、有限とされています。1個1個の原子は、その位置と速度という形でわずか数ビットを記録しているにすぎないし、一つ一つの原子核が持つ核スピンは、たった1ビットしか記録していません。結果として、このリンゴには、原子の数のわずか数倍、すなわち10億の10億倍の数百万倍個の0と1が含まれているだけなのです」

 残念なおしらせだ。無限の可能性は否定された。ビットは有限なのだ。ただし我々の日常感覚からすればやはり無限に近い。そもそも観測可能な宇宙に存在する原子の総数が10の80乗個と推定されている。因(ちな)みに宇宙全体にある星の数は地球上の砂の数を上回る(「砂(すな)の数と星の数」)。

 セス・ロイドは量子コンピュータの第一人者で、本書において宇宙そのものが巨大コンピュータであるという驚くべき仮説を示す。情報処理という観点に立つと「計算」というキーワードが重要になる。

松原久子、佐藤優、夏井睦


 2冊挫折、1冊読了。

炭水化物が人類を滅ぼす 糖質制限からみた生命の科学』夏井睦〈なつい・まこと〉(光文社新書、2013年)/前著『傷はぜったい消毒するな 生態系としての皮膚の科学』(光文社新書、2009年)が売れたことに気をよくしたのだろう。「はじめに」で中年オヤジでも簡単にスリムになることができる方法を紹介しよう、と断っておきながら、スリムな男性は自分一人でいいので同年代の男性には読んで欲しくないと綴っている。本人は炎上マーケティングのつもりであったのかもしれないが読者を小馬鹿にしすぎている。その驕りに付き合う必要も時間も私にはない。

宗教改革の物語  近代、民族、国家の起源』佐藤優〈さとう・まさる〉(角川書店、2014年)/気合いのこもった一冊である。今時珍しい重厚なハードカバーだ。「まえがき」では作家人生を決めた井上ひさしとの出会いを綴っている。ただし本文には食指が動かず。キリスト教系ではR・ブルトマンの『イエス』を超えるものでなければ読む気がしない。

 80冊目『驕れる白人と闘うための日本近代史』松原久子:田中敏〈たなか・さとし〉訳(文藝春秋、2005年/文春文庫、2008年)/松原は日本人であるが原著がドイツ語のため翻訳モノとなっている。大番狂わせだ。本書の登場によって安冨歩著『生きる技法』は2位に転落してしまった。もちろん私の興味が日本近代史に向かっていたことも大きく作用している。私は北海道で生まれ育った。で、北海道はたぶん日教組が強い。記憶にある限りでは君が代を歌ったことは一度しかない。それも中学の音楽の時間で習った時だ。天皇陛下も遠い存在であった。上京してから天皇陛下のカレンダーを飾っているお宅を見てびっくりした覚えがある。旗日に日の丸を掲げるような家もなかったように思う。私が天皇陛下を初めて意識したのは東日本大震災の時である。生まれて初めて心の底から「陛下!」と思った。菅沼光弘や中西輝政を読み、近代史に蒙(くら)い脳味噌に少し明かりが射した。そして本書によって日本人であることに誇りを抱いた。松原の日本礼賛には多少偏りがあるかもしれない。しかし彼女はドイツで文筆活動やテレビ出演を通して日本の歴史を正しく伝えるべく孤軍奮闘している(現在はアメリカ在住)。時にはドイツ市民から暴力を振るわれたこともあったという。その生きざまに心を打たれる。右も左も、エホバも創価学会も、老いも若きも、日本人と名乗るべき人は全員が読むべき一冊である。

2014-10-25

和氏の璧/『奇貨居くべし 春風篇』宮城谷昌光


『孟嘗君』宮城谷昌光
『楽毅』宮城谷昌光
『青雲はるかに』宮城谷昌光

 ・戦争を問う
 ・学びて問い、生きて答える
 ・和氏の璧
 ・荀子との出会い
 ・侈傲(しごう)の者は亡ぶ
 ・孟嘗君の境地
 ・「蔽(おお)われた者」
 ・楚国の長城
 ・深谿に臨まざれば地の厚きことを知らず
 ・徳には盛衰がない

・『香乱記』宮城谷昌光

 呂不韋〈りょふい〉が拝礼して、数歩すすみ、ゆっくりすわった。うしろの鮮乙〈せんいつ〉は呂不韋よりおくれてすわった。
「ここにあります物を入手した事情は何も申し上げません。人を殺したり、盗んだりしたというやましい行為を経た物でないことだけは申しておきます。もしも黄氏に褒章のお気持ちがおありでしたら、そのすべてを、うしろにおります鮮乙にたまわりとう存じます」
 呂不韋は黄歇〈こうけつ〉にむかってからだを折り、頭をゆかにつけた。
「おお、これがまことに和氏(かし)の璧(へき)であったら、わが家財の半分をさずけてもよい」
 黄歇の声がうわずっている。呂不韋は口もとをほころばせ、
「黄氏、商人は信義を重んじます。いちどとりきめたことは守らねばなりません。その信義からみれば、貴家の財の半分をさげわたすとは、虚言にひとしく、そういう虚言を弄されるかたが国の存亡にかかわる大任を果たせるはずがありません。この和氏の璧があろうがなかろうが、あなたさまは、ご自分の虚言によって身を滅ぼされるでしょう」
 と、激しくいい放ち、絹布をつかんで立とうとした。
「待て」
 黄歇の手が呂不韋の腕をつかんだ。
 呂不韋は黄歇をにらみかえした。おとなしく楚(そ)の使者に和氏の璧を献上するだけだとおもっていた鮮乙は、呂不韋の激しい態度に仰天するおもいで事態を見守っている。鮮芳〈せんほう〉も、ひごろおとなしい呂不韋が、楚の貴族に恐れ気もなく直言したことで、
 ――この童子はただものではない。
 と、認識をあらたにした。
「ゆるせ。喜びのあまり、おもわぬことを口走った。あらためていう。もしもこれが和氏の璧であったら、黄金百鎰(いつ)を鮮乙につかわそう。それでどうか」
 黄歇はのちに楚の国政をあずかる男である。肚は太く、智に冴えがあり、人を観(み)る目はもっている。呂不韋という少年がいったことに道理があると認めれば、おのれの非を払い、ことばに真情をそえることにやぶさかではない。

【『奇貨居くべし 春風篇』宮城谷昌光(中央公論新社、1997年/中公文庫、2002年)】

 呂氏(りょし)は賈人(こじん=商人)で不韋〈ふい〉は養子であった。呂不韋が15歳の時、父から鉱山の視察へゆくよう命じられる。父が目に掛けていた店員の鮮乙〈せんいつ〉が旅に同行する。彭存〈ほうそん〉は山男である。

 呂不韋は偶然、和氏(かし)の璧(へき)を手に入れる。これは楚(そ)が趙(ちょう)に贈る途中で強奪されたものだった。黄歇〈こうけつ〉が楚の使者であり、後に春申君と呼ばれる。戦国四君の一人。鮮芳〈せんほう〉は鮮乙〈せんいつ〉の妹である。

 現在でいえば中学生が大臣に向かって話をしているようなものだろう。宮城谷作品にはこの手のエピソードが多いが、そのたびに私は「あ、晏子〈あんし〉だな」と胸が高鳴る。もちろん著者の想像が働いている。だが周囲に正しい言葉を吐く大人が存在すれば、その「気」を吸いながら子供が育つことはあり得るだろう。

 黄金百鎰は約32キログラム。10年間飲まず食わずで働いても手の届かぬ大金である。呂不韋は「そんなにもらえるのか」と内心で驚いた。

 楚の国宝であった和氏(かし)の璧(へき)が更なるドラマを生む。趙国(ちょうこく)に渡った壁(へき)を秦王(しんおう)が奪おうと目論み親書を遣(つか)わす。趙の恵文王〈けいぶんおう〉が秦への使者に選んだのが藺相如〈りんしょうじょ〉であった。秦王(しんおう)とのやり取りは「怒髪天を衝く」(『史記』では「怒髪上〈のぼ〉りて冠を衝〈つ〉く」)の言葉で現在にまで伝わる。「刎頸(ふんけい)の交わり」も藺相如〈りんしょうじょ〉に由来する。

 これだけでも豪華キャストだが、荀子と年老いた孟嘗君〈もうしょうくん〉まで登場する。呂不韋は一つひとつの出会いを通して成長してゆく。

奇貨居くべし―春風篇 (中公文庫)奇貨居くべし―火雲篇 (中公文庫)
奇貨居くべし (黄河篇) (中公文庫)奇貨居くべし (飛翔篇) (中公文庫)奇貨居くべし 天命篇 (中公文庫)

2014-10-23

学びて問い、生きて答える/『奇貨居くべし 春風篇』宮城谷昌光


『孟嘗君』宮城谷昌光
『楽毅』宮城谷昌光
『青雲はるかに』宮城谷昌光

 ・戦争を問う
 ・学びて問い、生きて答える
 ・和氏の璧
 ・荀子との出会い
 ・侈傲(しごう)の者は亡ぶ
 ・孟嘗君の境地
 ・「蔽(おお)われた者」
 ・楚国の長城
 ・深谿に臨まざれば地の厚きことを知らず
 ・徳には盛衰がない

・『香乱記』宮城谷昌光

 もっともこの年ごろの少年は、肉体の成長が意識の成長をはるかに超えてゆく。その点にかぎらず、人はいろいろな面において遅速(ちそく)があり、それらの足なみがそろうのが、四十歳なのであろう。
 ――四十にして惑(まど)わず。
 と、孔子がいったのも、孔子個人の精神遍歴ではあるまい。旅が孔子にさまざまなことを教えたように、呂不韋(りょふい)の精神にことばをたくわえさせた。端的にいえば、
「問う」
 ということができるようになった。耳目にふれるものが否応なく問いを発しているといってもよい。その問いに答える者は、けっきょく自身しかいない、ということもわかる。生きてゆくうちに答えを見つける、そういう答えかたしかできず、その答えかたこそ、おのれの生き方にある。呂不韋という内省に富んだ少年は、そのことに気づきつつある。

【『奇貨居くべし 春風篇』宮城谷昌光(中央公論新社、1997年/中公文庫、2002年)】

「旅」という言葉には心を掻(か)き立てる響きがある。止(や)み難い憧憬(どうけい)の理由がわかった。もちろんここでいう「旅」とは観光や出張のことではない。本格的な移動を意味する。文明が発達する以前、人や物は歩くスピードで交流する他なかった。移動のダイナミズムを想像してみよう。それはテレビの前で得られる感動とは質が異なるものだ。五感情報の桁(けた)が違う。映像は生(なま)の情報ではない。アナウンスで説明され、効果音やBGMが流れる。つまりメディア情報そのものが一つの装置であるといってよいだろう。

 そう考えると交通手段の発達によって「旅」が失われたことに気づく。日本においても明治維新の熱気は人々の交流によるところが大きい。これ、という人物を知れば彼らは躊躇(ちゅうちょ)することなく直接会いにいった。珍しい蘭書があれば持ち主の元を訪(たず)ねて書き写した。その人と人とのぶつかり合いが時代を動かしたのだ。

 現在でこの感覚に近いのは留学だろうか。そうであれば国内の学校や同業者間でも留学・研修などで交流する機会を作るべきだと思う。知識は豊かになったが実は狭い世界しか知らない人間が殆どだ。私なんぞは隣県に行くことすらない。人や地域を通して様々な世界を知ることがどれほど大きな力になるか計り知れない。

 学問とは学びて問うの謂(いい)であろう。今の教育は「問う」を欠いている。与えられることに慣れると感覚がどんどん鈍り、刺激を刺激として感じられなくなってゆく。大いなる問いを立てることが大いなる人生につながる。世を問い、己を問う。特定の政治テーマは必ずプロパガンダに絡(から)め取られる。党派や宗派に生きてしまえば出会う人も限られる。そうではなくありのままの自分で先入観を払拭して曇りなき瞳で新しい世界と出会うところに旅の醍醐味がある。

奇貨居くべし―春風篇 (中公文庫)奇貨居くべし―火雲篇 (中公文庫)
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2014-10-22

中西輝政、森三樹三郎、リチャード・マシスン、他


 5冊挫折、2冊読了。

縮みゆく人間』リチャード・マシスン:吉田誠一訳(ハヤカワ文庫、1977年)/訳文が肌に合わず。本間有訳を読む予定。

KGB格闘マニュアル アルファチーム極秘戦闘術』パラディン・プレス編:毛利元貞訳、稲垣収訳(並木書房、1994年)/読むのは二度目。いい本なのだが、古めかしいイラストがわかりにくい。写真に差し替えれば多少は売れるだろう。システマの技術が導入されているのがわかる。

完本 ベストセラーの戦後史』井上ひさし(文藝春秋、1995年/文春学藝ライブラリー、2014年)/2冊モノが文庫1冊で復刊。これまた読むのは二度目。飛ばし読み。マッカーサーの記述が参考になった。

「無」の思想 老荘思想の系譜』森三樹三郎(講談社現代新書、1969年)/文章に馴染めず。

老子・荘子』(講談社学術文庫、1994年/『人類の知的遺産 5 老子・荘子』講談社、1978年)/これまた同様。

 78冊目『日本人が知らない世界と日本の見方 本当の国際政治学とは』中西輝政(PHP文庫、2014年/『日本人が知らない世界と日本の見方』PHP研究所、2011年)/京都大学総合人間学部の講義をまとめたもの。これは勉強になった。見事な教科書本。保守論客の本音が披露されている。「現代国際政治」のアウトラインをこの一冊で知ることができる。

 79冊目『日本人として知っておきたい外交の授業』中西輝政(PHP研究所、2012年)/こちらはもっと面白かった。中西輝政は侮れない。松下政経塾33期生に対して行われた「歴史観・国家観養成講座」を編んだもの。中西の指摘は菅沼の主張と非常に近い。にもかかわらず政治的リアリズムを追求する中西が日米安保を支持するのが解せない。恩師であった高坂正堯〈こうさか・まさたか〉の影響なのだろうか。高坂といえば吉田茂を持ち上げたことで知られる人物だ。孫崎享〈まごさき・うける〉は吉田を親米従属派の元祖であるとしている。いずれにせよ日本の近代史が一望できるという点でオススメ。

中国の経済成長率が鈍化/『この国の不都合な真実 日本はなぜここまで劣化したのか?』菅沼光弘


『日本はテロと戦えるか』アルベルト・フジモリ、菅沼光弘:2003年
『この国を支配/管理する者たち 諜報から見た闇の権力』中丸薫、菅沼光弘:2006年
『菅沼レポート・増補版 守るべき日本の国益』菅沼光弘:2009年
『この国のために今二人が絶対伝えたい本当のこと 闇の世界権力との最終バトル【北朝鮮編】』中丸薫、菅沼光弘:2010年
『日本最後のスパイからの遺言』菅沼光弘、須田慎一郎:2010年
『この国の権力中枢を握る者は誰か』菅沼光弘:2011年

 ・教科書問題が謝罪外交の原因
 ・アメリカの穀物輸出戦略
 ・中国の経済成長率が鈍化
 ・安倍首相辞任の真相

『日本人が知らないではすまない 金王朝の機密情報』菅沼光弘:2012年
『国家非常事態緊急会議』菅沼光弘、ベンジャミン・フルフォード、飛鳥昭雄:2012年
『この国はいつから米中の奴隷国家になったのか』菅沼光弘:2012年
『誰も教えないこの国の歴史の真実』菅沼光弘:2012年
『この世界でいま本当に起きていること』中丸薫、菅沼光弘:2013年
『神国日本VS.ワンワールド支配者』菅沼光弘、ベンジャミン・フルフォード、飛鳥昭雄
『日本を貶めた戦後重大事件の裏側』菅沼光弘:2013年

中国、7.3%成長に減速 5年半ぶり低水準/7~9月、住宅販売不振で

 中国国家統計局は21日、2014年7~9月期の国内総生産(GDP)が物価変動を除く実質で前年同期に比べ7.3%増えたと発表した。成長率は2四半期ぶりに縮小し、リーマン・ショック後の09年1~3月期(6.6%増)以来、5年半ぶりの低い水準となった。全国に広がる住宅販売の不振の余波で投資や生産が停滞した。中国の成長鈍化は世界経済を揺らすリスクとなる。

 成長率は1~3月は7.4%、4~6月が7.5%と推移し、今回7.3%に鈍った。

日本経済新聞Web刊 2014年10月21日

第3四半期の中国成長率は7.3%に減速、約6年ぶり低水準

 中国国家統計局の盛来運報道官は、第3・四半期のGDP伸び率が鈍化したことについて、構造改革や住宅市場の不振、比較となる前年同期のGDP水準が高かったことが原因と指摘したうえで、成長率はなお「妥当なレンジ内」にあるとの認識を示した。

 中国は今年の7.5%成長目標を達成できない見通し。ただ、李克強首相は、労働市場が持ちこたえている限り、成長率が目標を若干下回ることは容認するとの考えを繰り返し示している。

ロイター 2014年10月21日

 いま中国共産党が政権を維持できているのは、あるいは民衆が中国共産党を支持している唯一の理由は、経済が成長しているからです。経済の成長こそが中国共産党政権の存在理由になっている。しかも、なんとしてでも8%以上の経済成長を続けていかないと、毎年毎年出てくる新しい労働力を吸収できないのです。それでも大変な数の失業者が出ています。
 その8%の成長率を維持するために、中国はこれから拡大政策に走って、たとえば日本に戦争を仕掛け、尖閣諸島を占領して海底油田の利権を独り占めしようとするかもしれないという不安の声も高まっています。

【『この国の不都合な真実 日本はなぜここまで劣化したのか?』菅沼光弘(徳間書店、2012年)】

 読み終えたばかりでこのニュースだ。吃驚仰天(びっくりぎょうてん)した。しかも目標自体が既に8%を割っている。中国共産党首脳にも限界が見え始めているのだろう。

「中国文明は衰退の局面に入っている」と中西輝政が指摘している(『日本人として知っておきたい外交の授業』)。黄河の水が涸(か)れつつあり揚子江の水もコントロールを失いつつあるという。文明の基(もとい)となる水が失われ、グローバル経済の煽りを受けてバブルが弾ければ中国が国家分裂することは避けられないとの主張だ。

 中国は王朝国家であり、革命思想の波に洗われてきた歴史がある。民の怒りが天の声となった瞬間に暴動が起こる。

 中国が日本やフィリピンの領海を侵犯するのも8%の経済成長を維持するためと考えればわかりやすい。彼らが強気で行動すればするほど、中国内部で不満のガスが溜まっていると見てよさそうだ。

この国の不都合な真実―日本はなぜここまで劣化したのか?
菅沼 光弘
徳間書店
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2014-10-20

CIA vs. KGB 冷戦時代のスパイ戦

戦争を問う/『奇貨居くべし 春風篇』宮城谷昌光


『天空の舟 小説・伊尹伝』宮城谷昌光
『孟嘗君』宮城谷昌光
『楽毅』宮城谷昌光
『青雲はるかに』宮城谷昌光

 ・戦争を問う
 ・学びて問い、生きて答える
 ・和氏の璧
 ・荀子との出会い
 ・侈傲(しごう)の者は亡ぶ
 ・孟嘗君の境地
 ・「蔽(おお)われた者」
 ・楚国の長城
 ・深谿に臨まざれば地の厚きことを知らず
 ・徳には盛衰がない

・『香乱記』宮城谷昌光

 この少年の脳裡(のうり)には、目撃している兵馬の多さだけではなく、各国が出す兵馬の多さもあり、それらがまとまったとき、兵の数は100万をこえるのではないかという想像がつづき、それを迎え撃つ斉軍が50万をこえる大軍容であったら、どんなすさまじい戦いになるのか、という想像の連続がある。その果てにある死者の多さが、呂不韋〈りょふい〉の胸を悪くさせた。
 ――なにゆえ、人は殺しあうのか。
 いつからそういう世になったのであろう。
 急に呂不韋はしゃがんで土をなでた。
「どうなさいました」
 鮮乙(せんいつ)がふりかえった。彭存〈ほうそん〉も少年の手もとをいぶかしげにながめた。
「土は毒を吐くのだろうか」
 土が吐く毒を吸った者が兵士となり、狂って、人を殺す。呂不韋はそんな気がしてきた。
 鮮乙(せんいつ)は困惑したように目をあげた。すると彭存(ほうそん)は目を細め、
「土に血を吸わせるからそうなるのだ。人が土のうえで血を流すことをやめ、和合して、土を祭り、酒をささげるようになれば、毒など吐かぬ」
 と、おしえた。呂不韋は立った。自分が考えていることを、多くのことばをついやさず、人に通じさせたというおどろきをおぼえた。

【『奇貨居くべし 春風篇』宮城谷昌光(中央公論新社、1997年/中公文庫、2002年)】

「奇貨(きか)居(お)くべし」は『史記』の「呂不韋伝」にある言葉で、珍しい品物であるから今買っておいて後日利益を得るがよいとの意と、得難い機会だから逃さず利用すべきだとの二意がある。呂不韋〈りょふい〉は中国戦国時代の人物で一介の商人から宰相(さいしょう)にまで上りつめた。始皇帝の実父という説もある。

 少年の苦悩が思わず詩となって口を衝(つ)いて出た。それに応答した彭存〈ほうそん〉の言葉もまた詩であった。詩情の通う対話に本書のテーマがシンボリックに表現されている。呂不韋は後に民主主義を目指す政治家となるのだ。

「和合して、土を祭り、酒をささげる」――祭りと鎮魂(ちんこん)の儀式にコミュニティを調和させる鍵があることを示唆(しさ)しているようだ。文明の発達に伴って人々は自然に対する畏敬を念を忘れ、祭儀も形骸化していったのであろう。そもそも都市部では土が見えない。土を邪魔者のように扱う文化は必ず手痛いしっぺ返しを食らうことだろう。アスファルトに覆われ、陽に当たることのない土壌で悪しき菌が培養されているような気がする。

奇貨居くべし―春風篇 (中公文庫)奇貨居くべし―火雲篇 (中公文庫)
奇貨居くべし (黄河篇) (中公文庫)奇貨居くべし (飛翔篇) (中公文庫)奇貨居くべし 天命篇 (中公文庫)

2014-10-19

心理的虐待/『生きる技法』安冨歩


 ・血で綴られた一書
 ・心理的虐待

『原発危機と「東大話法」 傍観者の論理・欺瞞の言語』安冨歩
『消えたい 虐待された人の生き方から知る心の幸せ』高橋和巳
『君あり、故に我あり 依存の宣言』サティシュ・クマール
『ザ・ワーク 人生を変える4つの質問』バイロン・ケイティ、スティーヴン・ミッチェル
虐待と知的障害&発達障害に関する書籍

 私が簡単に支配された理由は、私が母親に対して抱いている無意識の恐怖心を、配偶者によって徹底的に利用され、同じような恐怖心を抱くように操作されていたからです。母親に対する恐怖心が生じたのは、基本的には愛されていなかったからです。私の母親は、この配偶者と同様に、私の特質のある部分のみを好みつつ、私の全人格を受け入れることを徹底して拒絶していました。私に与えられたのは、無条件の愛ではなく、常に条件付きでした。何かを達成してはじめて、少しだけ、まがい物の愛情を向けられたに過ぎなかったのです。

【『生きる技法』安冨歩〈やすとみ・あゆむ〉(青灯社、2011年)】

「フム、母親と細君はパーソナリティ障害だな」と思いながら文字を辿り、この箇所でギョッとなった。心の深い部分に亀裂が生じ何かが滲み出した。私も「親から愛されていなかった」ことを初めて自覚した。もちろん安冨ほどの苛酷な情況ではない。我が家の場合は体罰が顕著で、私の顔に残っている小さな傷は全部母によってつけられたものだ。ただし私は小学校5年生くらいから猛反撃を試み、母の足に青あざができるほど蹴りを入れてやった。母はヤカンやイスを投げて応戦した。その頃から母親を「お前」と呼ぶようになった。現在でもそうだ。ま、個人的なことでお恥ずかしい限りだが。

 安冨の自分自身を見つめる厳格な眼差しが私にまで作用して自省を促す。少年時代の私は個性的でアクが強く、かなり運動神経がよく、冗談を好んだので周囲からは常に評価されてきた。挨拶をきちんとすることもあって近所のおじさんやおばさんからも可愛がられた。その意味では親からの愛情不足を外部の愛情でカバーしてきた側面がある。

 父からも随分殴られたが常に非は私にあった。だから逆らいようがなかった。二十歳を過ぎても殴られていたよ。数年前に父が死んだ。北海道の実家へゆき、遺体に触れた時、「ああ、これでもうぶん殴られることもないな」とホッとした。本当の話だ。それくらい恐ろしい存在だった。

 安冨は小学生の頃から自殺衝動を抱え「死にたい……」と独り言をつぶやく癖が抜けなかった。東大教授という肩書も役に立たなかった。やはり幸不幸は形ではないのだ。妻からのハラスメントを通し、母親からの心理的虐待に気づいた安冨は逃げた。妻からも母親からも。

 なかなか書けることではない。先ほど書いた私事だって結構ためらいながら書いたのだ。もしも死の衝動を抱えている人がいたら、今直ぐその場所から逃げ出すことだ。避難は早ければ早いほどよい。取り敢えず逃げて、後のことは後で考えればよい。意を決して「何とかする」などと思う必要はない。必ず何とかなるものだ。

 例えば安冨が私の友達で直接こうした事実を告げられたとしたら、「俺も愛されてはいなかったな」とは言えない。ひたすら傾聴して、「そうか。大変だったな」と肩を叩くしかない。つまり読書と書評という行為であればこそ私の応答が成り立つわけだ。ここに読書体験の醍醐味がある。

生きる技法
生きる技法
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安冨 歩
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人格障害(パーソナリティ障害)に関する私見
人格障害(パーソナリティ障害)を知る

2014-10-18

アメリカの穀物輸出戦略/『この国の不都合な真実 日本はなぜここまで劣化したのか?』菅沼光弘


『日本はテロと戦えるか』アルベルト・フジモリ、菅沼光弘:2003年
『この国を支配/管理する者たち 諜報から見た闇の権力』中丸薫、菅沼光弘:2006年
『菅沼レポート・増補版 守るべき日本の国益』菅沼光弘:2009年
『この国のために今二人が絶対伝えたい本当のこと 闇の世界権力との最終バトル【北朝鮮編】』中丸薫、菅沼光弘:2010年
『日本最後のスパイからの遺言』菅沼光弘、須田慎一郎:2010年
『この国の権力中枢を握る者は誰か』菅沼光弘:2011年

 ・教科書問題が謝罪外交の原因
 ・アメリカの穀物輸出戦略
 ・中国の経済成長率が鈍化
 ・安倍首相辞任の真相

『日本人が知らないではすまない 金王朝の機密情報』菅沼光弘:2012年
『国家非常事態緊急会議』菅沼光弘、ベンジャミン・フルフォード、飛鳥昭雄:2012年
『この国はいつから米中の奴隷国家になったのか』菅沼光弘:2012年
『誰も教えないこの国の歴史の真実』菅沼光弘:2012年
『この世界でいま本当に起きていること』中丸薫、菅沼光弘:2013年
『神国日本VS.ワンワールド支配者』菅沼光弘、ベンジャミン・フルフォード、飛鳥昭雄
『日本を貶めた戦後重大事件の裏側』菅沼光弘:2013年

 TPPによって日本が受ける打撃のなかでも、とりわけ農業は深刻な状況に直面することになります。ブッシュ前大統領はいみじくも「主食をよその国に依存しているような国家は独立国家とはいえない」と言いましたが、アメリカがターゲットにしている一つは、まさに日本の主食の自給率をゼロに持っていくことです。
 いま日本人の主食である米の自給率は95%以上を確保していますが、小麦は十数パーセント(ママ)の自給率でしかなく、トウモロコシは100%輸入に頼っています。そして小麦の50%以上、トウモロコシの90%以上をアメリカから輸入しています。こうした構図になったのには理由があって、これまたアメリカの食糧戦略の結果なのです。
 戦後間もない1950年代、アメリカは大量の小麦をかかえて、これをどうさばくか頭を悩ませていました。そこで目をつけたのが、まだ復興途上の敗戦国日本です。そのために何をしたかというと、まずアメリカは余剰農産物処理法という法律をつくり、アメリカの余剰農産物はドル決済ではなくて輸入国の通貨で購入できるとしたのです。当時の日本にドルの蓄えなどありませんから、円で決済できるとなればこれはありがたいと、余剰小麦の輸入に飛びつきました。しかし、アメリカの戦略のすごいところはそれからです。
 余剰農産物処理法には、売却した代金の一部を輸入国内にプールし、アメリカ農産物の宣伝および市場開拓のために使用できる、また余剰農産物の一部は無償で学校給食に供与できるとあって、本来、日本政府から支払われた輸入代金を使って、アメリカは小麦のPR活動を展開するとともに、学校給食はパン食にするというシステムをつくりあげます。当時、小学生だった人はよく憶えているでしょうが、コッペパンに脱脂粉乳というのが学校給食になったのです。もちろん脱脂粉乳もアメリカから提供されたものです。
 一方、厚生省はアメリカの意を受けて、食生活改善運動としょうして日本食生活改善協会という外郭団体を立ち上げ、キッチンカーというものを全国に巡回させて、パンを食べましょう、卵を摂(と)りましょうと小麦粉料理の講習事業を展開しました。さらにマスメディアを使って、日本人の主食である米については、「米ばかり食べていると頭が悪くなる」「脚気(かっけ)や高血圧になる」「背骨が萎縮(いしゅく)する」などとネガティブキャンペーンもやっています。もちろんこれらの活動資金はアメリカが日本国内にプールした円から支出されました。
 その結果どうなったか。1960年頃を境に日本人の食生活ががらりと変わっていきました。それまで一人辺り年間120キロ近くの米を食べていたのが、1960年以降は年々減り続け、いまや半分の60キロまで落ち込んでいます。日本人の主食が完全に様変わりしてしまったのです。国民の主食がこれほど劇的に変化した国は他にありません。
 アメリカの戦略はつねにこうなのです。決して焦らない。時間と金をかけて根底から変革していく。そしてその国の国民が気がついたときには、もはや取り返しがつかないという状態まで追い込んでいくのです。

【『この国の不都合な真実 日本はなぜここまで劣化したのか?』菅沼光弘(徳間書店、2012年)】

 アメリカの余剰小麦が給食になったのは知っていたが、円で決済ができたとは知らなかった。これこそソフトパワーだ。当時の日本政府は「アメリカの善意」を信じて疑わなかったことだろう。戦略とは物語でもある。食べることを目的にしている国家が、売ることを目的としている国家にかなうわけがない。

 私は菅沼は信用できるが、佐藤優はどうも信用できない。佐藤は鈴木宗男との人間関係を通して信義を貫いたような印象を巧みに演出しているが、該博な知識で何かを隠蔽(いんぺい)しているような疑惑を払拭することができない。きっとイスラエルのスパイだろうと私は睨(にら)んでいる。佐藤はTPP賛成で、同じく官僚上がりの江田憲司もTPPに賛成している。しかも理由が同じなのだ。「日本がアメリカブロックを選ぶか、中国ブロックを選ぶかという選択肢だ」と。

 菅沼によれば、田中角栄がロッキード事件で失脚したことによって、日本の政治家はアメリカを恐れ、尻尾を振るようになったという。ロッキード事件は日中国交回復に激怒したキッシンジャーが仕掛けたものだ。日本の首相は誰が務めようとアメリカのコントロール下にある。そもそも国家の安全保障をアメリカに委ねているのだからアメリカに頭が上がらないのも当然だ。

 エネルギーと食糧は戦略物資なのだ。しかも穀物を始めとする農産物は生産に一定期間を要する。そして市場を席巻するF1種には種がならない。一代限りの野菜なのだ。またモンサント社を始めとする巨大アグリ産業は農業を完全支配しつつある(『自殺する種子 アグロバイオ企業が食を支配する』安田節子)。そしてビル・ゲイツはスヴァールバル世界種子貯蔵庫に3000万ドルを投資している。

 そろそろアングロサクソンの誇大妄想と被害妄想が世界を混乱させている事実に我々は気づくべきだろう。



赤い季節/『北朝鮮利権の真相 「コメ支援」「戦後補償」から「媚朝派報道」まで!』野村旗守編
現代の小麦は諸病の源/『小麦は食べるな!』ウイリアム・デイビス
余ったトウモロコシのために清涼飲料水が発明された/『医者が教える食事術 最強の教科書 20万人を診てわかった医学的に正しい食べ方68』牧田善二

2014-10-17

教科書問題が謝罪外交の原因/『この国の不都合な真実 日本はなぜここまで劣化したのか?』菅沼光弘


『日本はテロと戦えるか』アルベルト・フジモリ、菅沼光弘:2003年
『この国を支配/管理する者たち 諜報から見た闇の権力』中丸薫、菅沼光弘:2006年
『菅沼レポート・増補版 守るべき日本の国益』菅沼光弘:2009年
『この国のために今二人が絶対伝えたい本当のこと 闇の世界権力との最終バトル【北朝鮮編】』中丸薫、菅沼光弘:2010年
『日本最後のスパイからの遺言』菅沼光弘、須田慎一郎:2010年
『この国の権力中枢を握る者は誰か』菅沼光弘:2011年

 ・教科書問題が謝罪外交の原因
 ・アメリカの穀物輸出戦略
 ・中国の経済成長率が鈍化
 ・安倍首相辞任の真相

『日本人が知らないではすまない 金王朝の機密情報』菅沼光弘:2012年
『国家非常事態緊急会議』菅沼光弘、ベンジャミン・フルフォード、飛鳥昭雄:2012年
『この国はいつから米中の奴隷国家になったのか』菅沼光弘:2012年
『誰も教えないこの国の歴史の真実』菅沼光弘:2012年
『この世界でいま本当に起きていること』中丸薫、菅沼光弘:2013年
『神国日本VS.ワンワールド支配者』菅沼光弘、ベンジャミン・フルフォード、飛鳥昭雄
『日本を貶めた戦後重大事件の裏側』菅沼光弘:2013年

 いまは日中関係も日韓関係も北朝鮮との関係もガタガタになっているけれど、その根源はどこにあるのかといえば、第一の要因は、1982年の教科書問題に発しています。これは高等学校の歴史教科書の記述において文部省が日本の中国華北への「侵略」を「進出」と書き改めさせたという報道がマスコミによって一斉になされ、この報道を受けて中国が猛然と反発抗議してきた事件です。
 しかし調べてみると、どの教科書にもそんな事実はなく、マスコミの明らかな誤報だったのですが、いろいろすったもんだしたあげく、あろうことか当時の宮沢喜一官房長官が「今後、教科書検定については国際理解と国際協調の見地から、アジア近隣諸国の感情を害さないように配慮する」と発言しました。いわゆる「近隣諸国条項」というものです。  そもそも「侵略→進出」の誤報も、一部のマスコミが意図的にミスリードしたふしがあるのですが、そうした流れのなかで日本政府はこのときからひたすら「謝罪外交」の道を歩み始めることになりました。

【『この国の不都合な真実 日本はなぜここまで劣化したのか?』菅沼光弘(徳間書店、2012年)以下同】

 菅沼光弘はかつて公安調査庁で第二部長を務めた人物だ。公安警察国家公安委員会と混同しやすいので要注意。公安調査庁は情報機関である。

 一読してその見識と憂国の情に胸を打たれる。菅沼は入庁直後、ドイツのゲーレン機関に送られ訓練を受けている。ラインハルト・ゲーレンも健在であった。小野田寛郎〈おのだ・ひろお〉と同じ精神の光を感じてならなかった。すなわちこの二人は国士といってよい。

陸軍中野学校の勝利と敗北を体現した男/『たった一人の30年戦争』小野田寛郎

 私は本書を開くまで教科書問題が誤報だと知らなかった。つまり30年以上にわたって「右傾化する日本に反発する中国」という構図を信じ込んできたわけだ。ものを知らないことは本当に恐ろしい。

教科書誤報事件
教科書問題の発端「世紀の大誤報」の真実

 しかも事実無根の誤報である。誰かが情報を与え、マスコミが意図的にリークしたわけだ。東アジア諸国の友好関係を阻む動きと理解していいだろう。

 最近、またぞろ韓国は「従軍慰安婦」の問題を持ち出していますが、中国も韓国も北朝鮮も、何か事あるごとに過去のことを引っ張りだしてきては日本を非難する。それに対して日本はひたすら謝罪、謝罪を繰り返してきました。宮沢発言以来、そればかりです。
 ではそれで日中関係がよくなってきたかといったら、少しもよくならない。韓国・北朝鮮ともだんだん悪くなる一方で、謝れば謝るほど相手を外交的に優位に立たせるだけのことです。世界中でこんな稚拙な外交をやっているのは日本だけです。たとえばイギリスはインドをはじめビルマ(ミャンマー)、マレーシア、シンガポールなど東南アジア諸国を植民地にしたけれど、何一つ謝罪などしていません。そんな過去の話など関係ないよと、まったく相手にしないのです。それが普通のことです。

 確かにそうだ。アフリカの黒人を誘拐同然で輸入したアメリカも謝罪している様子はない。そもそもあいつらはインディアン虐殺すら反省していないことだろう。イギリス、フランスはアフリカのほぼすべてを植民地化したが謝ったという話は聞いたことがない。

 宮沢喜一の謝罪は政治判断であったのか、それとも官僚の入れ知恵であったのかを明らかにする必要があるだろう。

 日本の外交がなぜこんなにも弱腰になってしまったのかといえば、戦後日本を占領したアメリカ(GHQ=連合軍総司令部)の対日戦略に始まることであって、ひと言で言ってそれは精神的な日本解体のシナリオだということです。戦後65年あまり、アメリカの対日政策は一貫して日本解体にあったといっていいのです。

 やや飛躍しているように感じるが、本書はその「不都合な真実」を次々と暴き出す。基本となるのは憲法、自虐史観そして日米安保である。

 本書を読めば、GHQによる占領の意味と占領後の日本がどのように変えられたかを知ることができる。また菅沼はTPPについても警鐘を乱打しているのでどんどん紹介する予定だ。

この国の不都合な真実―日本はなぜここまで劣化したのか?
菅沼 光弘
徳間書店
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集団化した正義の嘘を見抜け/『「正義」を叫ぶ者こそ疑え』宮崎学


 つまり「正義」とは、ある共同体における支配的な論理のうち、「人の命」を奪うことが正当化される原理を指す言葉と考えてもいい。

【『「正義」を叫ぶ者こそ疑え』宮崎学(ダイヤモンド社、2002年)以下同】

 宮崎学の自伝『突破者 戦後史の陰を駆け抜けた五十年』(南風社、1996年)を読んだ時の衝撃を忘れることができない。バブル景気崩壊後の澱(よど)んだ空気を吹き払う風のようにすら思えた。私がインターネットを始めた頃(1999年)には通信傍受法廃止を目的に政治団体「電脳突破党」を結党した。

 好きな人物ではないが、かといって嫌いになることもできない男である。体を張って生きてきた者には嘘がない。だが全共闘世代に顕著な理論をこねくり回す姿勢が肌に合わない。

 昔の正義はわかりやすかった。その質が変わり始めたのはテレビ版「デビルマン」(1972年)あたりからだと思う。その後「秘密戦隊ゴレンジャー」(1975年)によって、それまで単独であった正義の味方が集団(組織)となった。きっと正義を一人で担うことができなくなったのだろう。

 ポイントその一「正義は人を裁く」。

 ロシアの革命家トロツキーは「悪魔でさえ聖書の引用で自分の言葉を飾ることができる」と言った。

 ポイントその二「盗っ人には盗っ人の正義がある」。先の言葉と併せれば集団(共同体)内部の正義は利害へと概念が変質していることに気づく。

 いったん正義という名の原則を立てると、その原則に反するもの、すなわち「不正義」を排除する。どんな原則であれ、その原則をめぐる集団においてであれ、必ずこの「排除の構造」が現れる。そして「排除の構造」のもとに「人殺し」が正当化され、殺人は正義と化すのである。

 教団とは禁忌(タブー)を共有するコミュニティであり、共同体は罰を共有する集団と考えられる。これが「法」(掟)である。宮崎の言葉が浅いのは科学的な視点を欠くためだ。文学レベルにとどまっている。

 原理が集団に共有されるように働きかける者がいつの時代にもいる。宗教でも人権でも民主主義でも民族の優秀性でもどんな原理でもいい。旗を振り、正義を唱える者たちだ。正義という名の原理こそ、そしてその旗を振る人間こそ「殺人を正当化する」ものとして、一番疑わなくてはいけない存在であることが、これで解るだろう。

 わからない。「魔女狩りは悪しき歴史だ」という言説にさしたる意味はない。なぜそれが起こったかが重要なのだ。英雄とは脳の構造が一段階進んだ人物のことだ。英雄の言葉と振る舞いが人々のシナプス結合を一変させる。その瞬間に時代は変わるのだ。宮崎の言いたいことは理解できるが、親や経営者、はたまた裁判官にまで当てはまってしまう。

 日本共産党の機関紙・赤旗のキャッチフレーズは「正義の味方、真実の報道」である。昔の子供たちの素朴な倫理観に訴えた、かなり安易なドラマ「月光仮面」並みのキャッチフレーズではないか。大の大人が口にするのは相当恥ずかしい言葉であり、かなり崩れてしまったとはいえ、我々の世代にはまだまだ根強く残っている「恥の文化」に反するものだ。普通は恥ずかしくてこんなことは言えない。臆面もなく「正義の味方、真実の報道」と口にできる精神に、通常の神経では「ついてはいけない」と思うものだ。
 しかし、共産党幹部、支持者はそう思わない。それが正義の怖さだろう。正義を体現していると信じた瞬間から、この言葉が恥ずかしくなくなる。臆面もないとは思わない。自分を疑うことを忘れる。客観性を喪失して、自分が世界の中心になってしまう。幼児的自我の中に埋没する。そして、その正義に従わない者こそ悪と断じてしまうのである。
 正義を信じてしまう恐ろしさが、ここにある。しかも従わない者を悪と断ずるだけでなく、罰して矯正しなければならないとまで考え始める。倫理の独占者と化す。つまり、人であることをやめて神の位置に昇ってしまうのである。革命政党が宗教組織になぞらえられ、その論争を神学論争に喩えるのは、正義を信じた瞬間から、それは人間にとって宗教と同じく倫理観に裏打ちされるからだ。
 神の位置に昇ることは、正義の体現者となったときから、革命政党が「無謬(むびゅう)性」を打ち出すことでも解る。「党は間違えない」のである。
 なんという厚顔無恥。わたしも、よくその一員でいられたものだと、つくづく思う。

 赤旗のキャッチフレーズはいみじくもプロパガンダの本質を言い当てている。正確さよりも正しさ。正しさとは「正しいと人々に思わせること」でもある。「私は正しい」。その後に何がくるだろうか? 当然「私に従え」だ。1+1=2くらいわかりやすい公式だ。

 縮小を願う組織はあり得ない。常に拡大発展を目的として動くのが組織である。これはやくざであれ、株式会社であれ、党派であれ、同じである。創価学会でいえば、戦前の弾圧による殉教や平和志向などの「信仰の原理」よりも、政治的判断・数値目標・保身などの「組織の論理」を優先するようになるのである。
 官僚は、その組織の上に乗ることで自分の立場を成立させている。組織が維持発展することと官僚の利害は一致する。そこで、組織(この場合創価学会の官僚)は、組織の維持すなわち自分たちの存立基盤の強化拡大という路線を選択することになる。教理、宗派の理念に沿い、それを時代とともに進化させる方向は、組織維持の原則と官僚の利害の前に二次、三次の選択肢となっていく。かくして壇上に並んだ幹部は「裏切り者」の集団となる。

 政治は宗教を目指し、宗教は政治に向かう。正義とは教条(ドグマ)なのだ。創価学会の機関紙・聖教新聞には「正義」の文字が極太ゴシック体でこれでもかといわんばかりに印刷されている。あたかも嘘をついているようにすら見えるほどだ。共産党の創価学会化と創価学会の共産党化は研究に値すると思われる。なぜなら二つの団体はメカニズムがほぼ一致しているためだ。党の無謬性と指導者の絶対性やオルグと折伏(しゃくぶく)など。

 宮崎は「集団化した正義の嘘を見抜け」と言いたいのだろう。アウトローだからこそ見えるものがある。インサイダーは見ざる聞かざる言わざるで臭いのもに蓋(ふた)をする。

 本物の正義は他人を説得しない。自(おの)ずから従わざるを得ない光のような性質をはらんでいる。太陽はしゃべらない。ただ暖かさを与えるだけだ。

 自分自身の問題でも、また組織の側の問題でも、どんな問題が起こったら、あるいはどんな環境下で自分のどこに抵触したら組織を離れるか、身を退くか。要するにやめる理由を整理整頓しておくべきではないか。

 これは千鈞の重みがある言葉だ。自分で自分にルールを課す。身の処し方とはそういうものだ。毒に気づかなければ皿まで食べる羽目となる。離れる。そして離れた後で、離れることからも離れる。そこに自由がある。

「正義」を叫ぶ者こそ疑え
宮崎 学
ダイヤモンド社
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2014-10-15

「日本のヤクザと裏社会」菅沼光弘 2006年10月19日

養老孟司、池田清彦、吉岡忍


 1冊読了。

 77冊目『バカにならない読書術』養老孟司、池田清彦、吉岡忍(朝日新書、2007年)/前半100ページが養老のエッセイ、後半が鼎談(ていだん)となっている。タイトルは『バカの壁』(新潮新書、2003年)に因(ちな)んだのだろうが、慣用句のため「(費用も)バカにならない」とも読めてしまう。どうせつけるのなら「バカにならないための読書術」にするべきであった。養老のわかりやすさを前面に出した軽い筆致があまり好きではないのだが、相変わらず着眼点が鋭く、特に「挨拶が苦手な自分」の原因が判明した件(くだり)は感動的だ。読み聞かせについても書かれているので若いお母さんの手引きとなろう。鼎談も面白い。ただ2回以上読める本ではない。3人の関係性について何も書かれていないのが不親切で、結局、養老におんぶに抱っこという企画のようだ。

2014-10-14

付加価値税(消費税)は物価/『あなたの知らない日本経済のカラクリ 対談 この人に聞きたい!日本経済の憂鬱と再生への道』岩本沙弓


『円高円安でわかる世界のお金の大原則』岩本沙弓
『新・マネー敗戦 ――ドル暴落後の日本』岩本沙弓

 ・湖東京至の消費税批判
 ・付加価値税(消費税)は物価

 富岡幸雄(中央大学名誉教授)は中曽根首相が売上税を導入しようと目論んだ時に、体を張って戦った人物。元国税実査官。月刊『文藝春秋』の1987年3月号に寄稿し、三菱商事を筆頭に利益がありながら1円も税金を支払っていない企業100社の名前を列挙し糾弾した。売上税は頓挫した。

岩本●結局8%、10%に消費税が上がると、スタグフレーション(不況でありながら物価上昇が続く状態)にもなりかねません。
 今、円安で物価は上がっているけれど、所得は上がっていません。上がったところで一時金、ボーナスだけで、固定給までは上げようとしていない。

富岡●そのことは、日本の大企業の経営姿勢に問題があると同時に、会社法との関係があります。【会社法は年次改革要望書、つまりアメリカの要求によってできた】もの。だから日本の経営者は会社法の施行後、経営のあり方をアメリカナイズした。短期利益、株主利益中心主義です。利益の配当という制度が剰余金の配当制度に変わり、利益がなくても株主には配当をすることができるのです。

岩本●そのしわ寄せが従業員に来ていますよね。付加価値の配分が歪んでしまって、配当がものすごく多くなる一方で労働への分配が減るという現象が起きています。

【『あなたの知らない日本経済のカラクリ 対談 この人に聞きたい!日本経済の憂鬱と再生への道』岩本沙弓(自由国民社、2014年)以下同】

 年次改革要望書については関岡英之著『拒否できない日本 アメリカの日本改造が進んでいる』が詳しい。

 流れとしては、日米構造協議(1989年)→年次改革要望書(1994年)→日米経済調和対話(2011年)と変遷しているが、日本改造プログラムであることに変わりはない。非関税障壁を取り除くために日本社会をアメリカナイズすることが目的だ。で、規制緩和をしてもアメリカ製品が日本で売れないため、遂にTPPへと舵を切ったわけだ。多国間の協定となれば拘束力が強くなる。

富岡●繰り返しますが、【付加価値税というのは税金じゃない。物価、物の値段】なの。
 人間は物を買わなければ生きていけないんですから、付加価値税は「生きていること」にかかる税金です。人間と家畜、生きとし生けるものにかかる「空気税」みたいなものです。生きることそれ自体を税の対象物とするのは、あってはならないことです。

岩本●しかし先生、私自身も最初にそう言われてもピンとこなかったように、消費税が物価であるということを一般の国民はなかなか理解できないのではないかと思うんですが。

富岡●単純に考えていいんですよ。だってお腹が空いたら駅の売店でパンを買うでしょう。それが本来1個100円だとしたら、それが105円になる。105円払わないとパンは食えない。それが物価というものです。だから消費税は、消費者を絶対に逃れられない鉄の鎖に縛りつける税金。悪魔の仕組みなんです。

 これはわかりやすい。消費税を間接税と意義づけるところに国税庁の欺瞞がある。

消費税は、たばこ税と同じ「間接税」なのか?法人税と同じ「直接税」なのか?
消費税は間接税なのか

富岡●トランスファープライシング。日本の親会社が海外関連企業と国際取引する価格を調整することで、所得を海外移転することです。
 移転価格操作とタックスヘイブンを結びつけて悪用すれば、税金なんてほとんどゼロにできてしまうテクニックがある。
 簡単に説明するとね、日本にAというメーカーがあるとします。A社は税金の安いカリブ海などのタックスヘイブンに海外子会社Bをつくって、そのB社に普通よりも安い値段――たとえば本来の卸価格が80円だとすれば、70円などで売る。そしてB社はアメリカにあるもうひとつの子会社である販売会社のC社に100円で売る。実際にアメリカで売るのはC社です。
 これをすることで、日本にあるA社は利益を減らすけれど、タックスヘイブンにあるB社に利益が集中する。要するに、会社を3つつくれば、税金なんてすぐなくなっちゃうの。

 タックスヘイブン(租税回避地)に関しては次の3冊がオススメ。

マネーロンダリング入門 国際金融詐欺からテロ資金まで』橘玲
タックス・ヘイブン 逃げていく税金』志賀櫻
タックスヘイブンの闇 世界の富は盗まれている!』ニコラス・シャクソン

 ただしマネーロンダリングについてはアメリカが法的規制をしたため、ブラックマネーと判断されれば米国内の銀行口座は凍結され、彼らと取引のある金融機関も米国内での業務を停止させられる。こうなるとドル決済の取引がほぼ不可能となる。

 大局的な歴史観に立てば、やはりサブプライム・ショック(2007年)~リーマン・ショック(2008年)で金融をメインとする資本主義は衰亡へと向かいつつある。既に新自由主義は旗を下ろし、国家による保護主義が台頭している。

 不公平な税制が改善される見込みはない。どうせなら全部直接税にしてはどうか? 正しい税制が敷かれていれば、税金を支払うことに企業や国民は誇りを抱くはずだ。

 尚、湖東同様、富岡の近著『税金を払わない巨大企業』に対する批判も多いので一つだけ紹介しよう。

巨大企業も税金を払っています。 - すらすら日記。Ver2

あなたの知らない日本経済のカラクリ---〔対談〕この人に聞きたい! 日本経済の憂鬱と再生への道筋

サードマン現象は右脳で起こる/『サードマン 奇跡の生還へ導く人』ジョン・ガイガー


 どうやら極限状態で命と向き合った人びとに起こる共通の体験があるらしく、おかしな言い方かもしれないが、それまで耐えてきた艱難辛苦を思えば、その体験はおそろしくすばらしいことなのだ。人間の忍耐力の限界に達した人たちが成功したり生還したりした背景には見えない存在の力があったという、突飛とも思えるこの考えは、極限的な状況から生還した多数の人びとの驚くべき証言にもとづいている。彼らは口をそろえて、重大な局面で正体不明の味方があらわれ、きわめて緊迫した状況を克服する力を与えてくれたと話す。この現象には名前がある。「サードマン現象」というものだ。

【『サードマン 奇跡の生還へ導く人』ジョン・ガイガー:伊豆原弓(いずはら・ゆみ)訳(新潮文庫、2014年/新潮社、2010年『奇跡の生還へ導く人 極限状況の「サードマン現象」』改題)】

 別名は守護天使。ま、守護神と考えてよかろう。文庫本の改題は誤解を与える。「サードマン」が存在となっているためだ。飽くまでも「サードマン現象」と考えることが望ましい。

 山野井泰史の手記にもサードマンが現れる。しかし生還へと導いたわけではない。ただ現れただけだ。本書は「生還へと導かれた人々」の話を集めているが、必ずしもそうではないことを心に留めておく必要がある。

 これはたぶん右脳に起こる現象なのだろう。ジュリアン・ジェインズの理論(『神々の沈黙 意識の誕生と文明の興亡』)で解けそうな気がする。もっと強烈な体験をすると教祖になるのだ。現代社会は左脳に支えられているため我々には不可思議と映るが、言語の誕生以前は日常的にそのような出来事があったと想像する。

 例えとしてはよくないが幼児は夢と現実の区別がつかず、夜中に激しく泣き出すことがある。古代人であれば「夢のお告げ」と受け止めたことだろう。コンスタンティヌスもその一人だ(『「私たちの世界」がキリスト教になったとき コンスタンティヌスという男』ポール・ヴェーヌ)。

 あるいはサードマンが現れても生還できなかった人々もいるに違いない。8000メートル級の高所登山で幻覚・幻聴は頻繁に起こる。それが原因で山から飛び降りてしまう人もいる。たまたま幸運だったケースだけ取り上げるのはやはり問題がある。

 いずれにせよ右脳には知られざる豊かな世界が眠っている。ジル・ボルト・テイラー著『奇跡の脳 脳科学者の脳が壊れたとき』を読めば、人は瞬時に悟りに至ることが理解できる。

サードマン: 奇跡の生還へ導く人 (新潮文庫)

イエスの復活~夢で見ることと現実とは同格/『サバイバル宗教論』佐藤優

菅沼光弘


 1冊読了。

 76冊目『この国はいつから米中の奴隷国家になったのか』菅沼光弘(徳間書店、2012年)/財政健全化を口実に消費税増税をするのは倍国債購入のためと明言している。昨今のドル高もそれで説明できる。先方としては高い値段で売りたいわけだ。菅沼の一連の著作は語り下ろしだと思われる。それだけに読みやすいのだが、本書の編集はやや散漫で統一性を欠く。日本の政治家・官僚の多くが親米なら反中、親中なら反米となることを憂慮し、「なぜ独自の道を歩まないのか」と指弾する。菅沼は赤裸々に原発とオスプレイを肯定している。だがそれはタメにする議論ではなく、飽くまでも日本が国家として自立する道を志向してやまないためだ。国民の感情的な反応には確かに問題があろう。重複する内容も多いが、アメリカの戦略的な日本支配に慄然とする。

2014-10-13

湖東京至の消費税批判/『あなたの知らない日本経済のカラクリ 対談 この人に聞きたい!日本経済の憂鬱と再生への道』岩本沙弓


『円高円安でわかる世界のお金の大原則』岩本沙弓
『新・マネー敗戦 ――ドル暴落後の日本』岩本沙弓(2010年)

 ・湖東京至の消費税批判
 ・付加価値税(消費税)は物価

『消費税は民意を問うべし 自主課税なき処にデモクラシーなし』小室直樹
消費税が国民を殺す/『消費税のカラクリ』斎藤貴男
消費税率を上げても税収は増えない
【日本の税収】は、消費税を3%から5%に上げた平成9年以降、減収の一途

 湖東京至〈ことう・きょうじ〉は静岡大学人文学部法学科教授、関東学院大学法学部教授、関東学院大学法科大学院教授を務め現在は税理士。輸出戻し税を「還付金」と指摘したことで広く知られるようになった。岩本は既に『バブルの死角 日本人が損するカラクリ』(2013年)で湖東と同じ主張をしているので何らかのつながりはあったのだろう。更に消費税をテーマにした『アメリカは日本の消費税を許さない 通貨戦争で読み解く世界経済』(2014年)を著している。

 私にとっては一筋縄ではゆかない問題のため、湖東の主張と批判を併せて紹介するにとどめる。

湖東●私が写しを持っているのは2010年度版なのでちょっと古いのですが、これを見るとたしかに10年度時点で日本国の「負債」は1000兆円弱、国債発行高は752兆円あります。しかし一方で日本には「資産」もあります。これは預金のほか株や出資金、国有地などの固定資産などさまざまなものがありますが、この合計額が1073兆円あるのです。しかもこの年は正味財産(資産としての積極財産と、負債としての消費財産との差額)がプラス36兆円あるんですね。だから借金大国ではなくて、ひと様からお金を借りて株を買っている状態。そういう国ですから、ゆとりがあると言えばある。

【『あなたの知らない日本経済のカラクリ 対談 この人に聞きたい!日本経済の憂鬱と再生への道』岩本沙弓(自由国民社、2014年)】
 国債発行額は1947年(昭和22年)~1964年(昭和39年)まではゼロ。大まかな推移は以下の通りだ。

     1965年 1972億円
     1966年 6656億円
     1971年 1兆1871億円
     1975年 5兆6961億円
     1978年 11兆3066億円
     1985年 21兆2653億円
     1998年 76兆4310億円
     2001年 133兆2127億円
     2005年 165兆379億円
     2014年 181兆5388億円

国債発行額の推移(実績ベース)」(PDF)を参照した。湖東のデータが何を元にしているのかわからない。Wikipediaの「国債残高の推移」を見ると2010年の国債残高は900兆円弱となっている。

「実績ベース」があるなら「名目ベース」もありそうなものだが見つけられず。以下のデータでは昭和30~39年も発行されている。

国債残高税収比率

 まあ、こんな感じでとにかく税金のことはわかりにくいし、政府や官僚は意図的にわかりにくくしていると考えざるを得ない。響堂雪乃〈きょうどう・ゆきの〉は「国家予算とはすなわちブラックボックスであり、我々のイデオロギーとは旧ソビエトを凌ぐ官僚統制主義に他なりません」と指摘する(『独りファシズム つまり生命は資本に翻弄され続けるのか?』)。

 日本以外では「付加価値税」という税を、なぜか日本だけが「消費税」と命名している。直訳すれば世界で通用せず、反対に別の税だと受け止められると湖東は指摘する。

 以下要約――付加価値税という税を最初に考えたのはアメリカのカール・シャウプであるとされる。「シャウプ勧告」のシャウプだ。アメリカではいったん成立したものの1954年に廃案となる。フランスはこれを「間接税」だと無理矢理定義して導入した。日本やドイツに押されて輸出を伸ばすことができなかったフランスは輸出企業に対して補助金で保護してきた。しかし1948年に締結されたGATT(関税および貿易に関する一般協定)で輸出企業に対する補助金が禁じられる。

湖東●そこでフランスがルールの盲点を突くような形で考えたのが、本来直接税である付加価値税を間接税に仕立て上げて導入することでした。税を転嫁できないことが明らかな輸出品は免税とし、仕入段階でかかったとされる税金に対しては、後で国が戻してやる。その「還付金」を、事実上の補助金にするという方法を思いついたのです。

岩本●ほとんど知られていないことだと思いますが、消費税には輸出企業だけが受け取れる「還付金」という制度がある、ということですね。

湖東●あるんです。たとえばここに年間売上が1000億円の企業があり、さらにこの1000億円の売上高のうち500億円が国内販売で、500億円が輸出販売。これに対する仕入が国内分と輸出分を合わせて800億円だったとします。
 このモデルケースでは、国内販売に対してかかる消費税は500億円×5%で25億円であるのに対し、輸出販売にかかる消費税は500億円×0でゼロ。したがって全売上にかかる消費税は、国内販売分の25億円だけです。
 一方で控除できる消費税は年間仕入額の800億円×5%で40億円になりますから、差し引き15億円のマイナスになります。これが税務署から輸出企業に還付されるのです。
 私の調査では、日本全体で毎年3兆円ほどが還付されています。

岩本●仮にその会社の販売比率が、国内3に対し輸出7だとすれば、消費税は300億円×5%で15億円。還付される額は25億円になりますから、売上に締める輸出販売の割合が高ければ高いほど還付金が増える仕組みですね。

湖東●そうです。ですから日本の巨大輸出企業を見るとほとんどが多額の還付金を受け取っており、消費税を1円も納めていません。

 これが問題だ。国税庁は「消費税とは、消費一般に広く公平に課税する間接税です」と定義している(「消費税はどんな仕組み?」PDF)。間接税であれば事業者負担はない。これに対して湖東は中小企業が消費税分を価格に上乗せすることができないケースや、大企業が中小企業に消費税分を値引きさせるケースを挙げている。こうなるとお手上げだ。ってなわけで以下に湖東批判を引用する。

 消費税はすべて消費者に転嫁されるので、実は税率がいくらであっても、企業の付加価値は変わらない。(中略)企業は、受け取った消費税分から支払った消費税分を引いた金額を納税(マイナスになれば還付)するため、還付されたからといって収益に変化はない。(高橋洋一:「輸出戻し税は大企業の恩恵」の嘘 消費増税論議の障害になる

 しかし、それと輸出免税還付金とは別のハナシであります。なんとなれば、トヨタの値引き圧力にあらがうことができずに、60万円で売りたいところ50万円にしなさいという圧力に涙を呑んで受け入れても、実務的には消費税は伝票に記入せざるをえません。(雑想庵の破れた障子:消費税の問題点とされる “輸出戻し税” について考える(4)無理を承知の上で、あえて主張している…。

消費税の問題点とされる “輸出戻し税” について考える(その1)消費税額の2割強が還付されている。
消費税の問題点とされる “輸出戻し税” について考える(その2)豊田税務署は “TOYOTA税務署” なのか?
消費税の問題点とされる “輸出戻し税” について考える(3)直感的に正しく見えることは、必ずしも真ならず。
消費税の問題点とされる “輸出戻し税” について考える(5)消費税の増税は、逆に税収を減らす…。

 以下のまとめもわかりやすい。

「輸出戻し税」で本当に大企業はボロ儲けなの?(仮) - Togetterまとめ

 こうして考えると、湖東の分が悪いように思う。次回は富岡幸雄(中央大学名誉教授)との対談を紹介する予定だ。

あなたの知らない日本経済のカラクリ---〔対談〕この人に聞きたい! 日本経済の憂鬱と再生への道筋

2014-10-12

白川静


 1冊読了。

 75冊目『回思九十年』白川静(平凡社、2000年/平凡社ライブラリー、2011年)/日本経済新聞に連載された「私の履歴書」と呉智英〈くれ・ともふさ〉によるインタビューおよび対談で構成。対談者は10人ほど。白川本人の話を1000円で聴けると考えれば破格の値段である。ネット上を跋扈(ばっこ)する有料情報はこれに比すれば1円でも高すぎる。白川の文章は硬筆で書かれたハードボイルド文体の趣がある。自分を飾るところが全く見られない。淡々と事実を簡略に記す。それで物足りないかといえば決してそうではない。若き日に『詩経』と『万葉集』の間に東洋の橋を架けることを志し、やがて漢字に辿り着き、遂には甲骨・金文の解読に至る。白川漢字学は長らく日の目を見ることがなかった。白川は学生運動の嵐が吹き荒れる中でも大学での研究を絶やさなかった。その集大成が『字統』『字訓』『字通』となって花開くわけだが、この字書三部作に着手したのは何と73歳の時であった。「その真意を解明した独自の学説は、1900年もの長い間、字源研究の聖典として権威をもった後漢の許慎『説文解字』の誤りを指摘した」(東洋文字文化研究所)。凄いよね。1900年振りの大幅更新だよ。尚、『三国志読本』の宮城谷昌光との対談は本書からの転載のようだ。個人的には酒見賢一〈さけみ・けんいち〉、江藤淳、石牟礼道子〈いしむれ・みちこ〉、吉田加南子〈よしだ・かなこ〉の対談が面白かった。多少難しいところはあるが若い人にこそ読んでもらいたい。

サインとシンボル/『史上最大の発明アルゴリズム 現代社会を造りあげた根本原理』デイヴィッド・バーリンスキ


『宇宙を復号(デコード)する 量子情報理論が解読する、宇宙という驚くべき暗号』チャールズ・サイフェ

 ・サインとシンボル
 ・アルゴリズムとは

『アルゴリズムが世界を支配する』クリストファー・スタイナー
『生命を進化させる究極のアルゴリズム』レスリー・ヴァリアント
『宇宙をプログラムする宇宙 いかにして「計算する宇宙」は複雑な世界を創ったか?』セス・ロイド

情報とアルゴリズム
必読書リスト その三

 デジタルコンピューターは機械であり、あらゆる物質的対象と同じく、熱力学の冷酷な法則がもたらす結果に縛られている。時間が尽きると、活力も尽きてしまう。緊張した2本の指の先でキーボードを叩くコンピュータープログラマーのように。私たちすべてと同じように。だが、アルゴリズムは違う。アルゴリズムは刺すような欲望と、その結果生じる満足の泡とを仲介する、抽象的な調整手段であり、さまざまな目的を達成するためての手続きを提供する。アルゴリズムは、サインとシンボルから構成され、思考と同じく時間を超えた世界に属する。

【『史上最大の発明アルゴリズム 現代社会を造りあげた根本原理』デイヴィッド・バーリンスキ:林大〈はやし・まさる〉訳(早川書房、2001年/ハヤカワ文庫、2012年)】

 アルゴリズムは算法と訳す。問題を解決する方法や手順を意味する。函数(関数、ファンクション)と混同しやすいので注意が必要。

アルゴリズムってなんでしょか

 つまり「アルゴリズムが優秀であれば、計算量を減らすことができる」(ニコニコ大百科)。巡回セールスマン問題を考えるとアルゴリズムの本質がわかりやすいだろう。そしてアルゴリズムの概念を定式化したのがチューリングマシンであった。「つまり、アルゴリズムの判定をする機械がチューリング機械である」(チューリング機械の解説)。

 上記テキストだけではわかりにくいと思うが、デイヴィッド・バーリンスキはコンピュータ以前からアルゴリズムが存在したことを指摘する。例として古代中国の官僚機構を示す。思わず膝を打った。なるほど、確かに計算手順だ。社会には必ずルールが存在する。それが効率や成果を目的としていることは明らかだ。社会や教育をアルゴリズムと捉えれば一気に抽象度が高まる。

 そしてアルゴリズムが「サインとシンボルから構成され」ているとの指摘に私は度肝を抜かれた。「サインとシンボル」といえばマンダラである。「ああ、あれはアルゴリズムだったのか」と思わず溜め息をついた。だとすれば宗教ってのは「生のアルゴリズム」なのか? そうかもしれない。

 もう一段思索を伸ばしてみよう。文字と言葉もまた「サインとシンボル」である。つまり言語とは「コミュニケーションのアルゴリズム」なのだろう。とすれば天才とは演算能力の高い人物を指すのだろう。y=f(x) の x の質が違うのだ。

 スポーツの場合だと作戦やセオリーがアルゴリズムとなる。アルゴリズムvs.アルゴリズムというわけだ。

 社会機能がアルゴリズムとすれば、政治家の本質はプログラマーでなくてはならない。社会の歪みは無駄な計算手順によって生まれる。日本の場合、第二次世界大戦に敗戦して以来、オペレーションシステムはアメリカ製でセキュリティソフト(日米安全保障)もアメリカ頼みだ。しかもGHQによって最初からバグを埋め込まれている。更に教育においてマシンへの愛着(愛国心)は否定的に扱われる有り様だ。

 求人:日本をプログラムし直す若者を募集します。希望者は次の衆院選に立候補されよ。

史上最大の発明アルゴリズム―現代社会を造りあげた根本原理
デイヴィッド バーリンスキ
早川書房
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血で綴られた一書/『生きる技法』安冨歩


 ・血で綴られた一書
 ・心理的虐待

『原発危機と「東大話法」 傍観者の論理・欺瞞の言語』安冨歩
『消えたい 虐待された人の生き方から知る心の幸せ』高橋和巳
『君あり、故に我あり 依存の宣言』サティシュ・クマール
『ザ・ワーク 人生を変える4つの質問』バイロン・ケイティ、スティーヴン・ミッチェル

虐待と知的障害&発達障害に関する書籍
必読書リスト その二

 しかし、私が受けてきた教育は学んだ学問の大半は、この簡単なことを隠蔽するように構成されていました。ですから、この簡単なことを見出すのが、とても大変だったのです。

【『生きる技法』安冨歩〈やすとみ・あゆむ〉(青灯社、2011年)以下同】

 昨年は同い年ということで1位にした佐村河内守〈さむらごうち・まもる〉にまんまと騙されてしまったわけだが、何と安冨も同い年であった。そして今年の1位はよほどのことがない限り本書で決まりだ。『原発危機と「東大話法」 傍観者の論理・欺瞞の言語』(明石書店、2012年)の柔らかな視点と剛直な意志の秘密がわかった。

 タイトルの「技法」はテクニックのことではない。エーリッヒ・フロム著『愛するということ』の原題"The Art of Loving"に由来している。つまり「生の流儀」「生きる術(すべ)」という意味合いだ。

 サティシュ・クマールが説く依存は調和を志向しているが、安冨がいう依存はストレートなものだ。クマール本は綺羅星の如き登場人物の多彩さで読ませるが、私はさほど思想の深さを感じなかった。これに対して安冨の精神性の深さは思想や哲学を超えて規範や道に近い性質をはらんでいる。もちろん著者はそんなことは一言も書いていない。その謙虚さこそが本物の証拠である。

【命題1-1】★自立とは、多くの人に依存することである

 このトリッキーな命題から本書は始まる。人々の心に根強く巣食う執着を揺さぶる言葉だ。命題は以下のように次々と深められる。

【命題1-2】★依存する相手が増えるとき、人はより自立する

【命題1-3】★依存する相手が減るとき、人はより従属する

【命題1-4】★従属とは依存できないことだ

【命題1-5】★助けてください、と言えたとき、あなたは自立している

 ここで安冨は自分の人生を振り返り、親や配偶者から精神的な虐待を受けてきたことを明けっ広げに述べる。そこから文字が立ち上がってくる。魂の遍歴と精神の彷徨(ほうこう)を経て、いわば血で綴られた一書であることに気づかされるためだ。安冨の柔らかな精神は自分自身と対峙(たいじ)することで培われたのだろう。

 私はたぶん安冨と正反対の性格だ。そもそもハラスメントの経験がない。若い時分から態度がでかいし、何かあったらいつでも実力行使をする準備ができている。そんな私が読んでも心が打たれた。否、「撃たれた」というべきかもしれない。なぜなら、自分自身と向き合うという厳しさにおいて私は安冨の足元にも及ばないからだ。

 朱序弼〈シュ・ジョヒツ〉との出会いを通して、この命題は見事に証明される。そしてハラスメントを拒絶した安冨の人間関係は一変した。価値観とそれに伴う行動が変われば世界を変えることができるのだ。

 もう一つだけ紹介しよう。

 友だちを作るうえで、何よりも大切な原則があります。それは、

  【命題2】☆誰とでも仲良くしてはいけない

ということです。これが友だちづくりの大原則です。誰とでも仲良くしようとすれば、友だちを作るのはほぼ絶望的です。なぜかというと、世の中には、押し付けをしてくる人がたくさんいるからです。誰とでも仲良くするということは、こういった押し付けをしてくる人とも、ちゃんと付き合うことを意味します。

 私は幼い頃からやたらと悪に対して敏感なところがあり、知らず知らずのうちにこれを実践してきた。たぶん父親の影響が大きかったのだろう。30代を過ぎると瞬時に人を見分けられるようになった。日常生活において善を求め悪を斥(しりぞ)ける修練を化せば、それほど難しいことではない。抑圧されるのは人のよい人物に決まっている。結果的にその「人のよさ」に付け込まれるわけだ。拒む勇気、逃げる勇気がなければハラスメントの度合いは限りなく深まる。何となく心が暗くなったり、重くなったりする相手とは付き合うべきではない。その理由を思索し、見極め、自分で決断を下すことだ。慣れてくると数秒で出来るようになる。

 人生や生活で何らかの抑圧を感じている人は必ず読むこと。アダルトチルドレンやハラスメント被害者は本書を書写することで精神科の名医と同じ効果を得ることができるだろう。いかなる宗教者よりも安冨は真摯に自分と向かい合っている。

 一つだけケチをつけておくと(笑)、ガンディーや親鸞はいただけない。ガンディーは国粋主義者であり、カースト制度の擁護者でもあった。アンベードカルを知ればガンディーを評価することはできない(『アンベードカルの生涯』ダナンジャイ・キール)。鎌倉仏教についてもブッダから懸け離れた距離を思えば再評価せざるを得ないだろう。

 私からは、『ザ・ワーク 人生を変える4つの質問』バイロン・ケイティ、スティーヴン・ミッチェル、『子供たちとの対話 考えてごらん』J・クリシュナムルティ、『ブッダのことば スッタニパータ』中村元訳を薦めておこう。

生きる技法
生きる技法
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安冨 歩
青灯社
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2014-10-11

交換可能な存在とされた労働者/『学校では教えてくれない本当のアメリカの歴史(下) 1901-2006年』ハワード ジン、レベッカ・ステフォフ編


『学校では教えてくれない本当のアメリカの歴史(上) 1492-1901年』ハワード・ジン、レベッカ・ステフォフ編

 ・交換可能な存在とされた労働者

 企業はさらに生産性をあげ、もっと金もうけのできる方法を求めていた。その一つが、すべての生産工程をいくつもの断順作業に分けるという“分業”だ。分業によれば、たとえば、一人で一つの家具を最初から最後までつくる必要がなくなり、男であれ女であれ、その者は分担された一つの作業だけをすればよいことになる。ドリルで穴をあける、接着剤をしぼり出す、というような単純作業をひたすらくり返せばよいのだ。これで、会社は高い技術をもった者を雇わなくてもすむようになった。そして労働者は、その者がまさに動かしている機械類と大差のない、交換可能な存在にされ、個性と人間性は奪われてしまった。

【『学校では教えてくれない本当のアメリカの歴史(下) 1901-2006年』ハワード ジン、レベッカ・ステフォフ編:鳥見真生〈とりみ・まさお〉訳(あすなろ書房、2009年)】

 近代の扉を開いた産業革命の本質は機械化にある。その機械化が労働の質を変えた。労働者は部品となった。こうして働く喜びが人類から奪われたのだろう。

 驚くべきことだが、この部分に続いてアメリカ国内で社会主義旋風が起こった歴史が記されている。もちろん実現することはなかった。町山智浩によると自動車産業が隆盛を極めた頃は労働組合の力が強かったというから、それなりにアメリカ社会のバランスは取れていたのだろう。その後、新自由主義の台頭によって労働組合は骨抜きにされる。

 21世紀に入り、格差は多重的な構造を形成している。世界には先進国と発展途上国という格差があり、国内にも格差が生まれ、地域内・会社内・学校内にまで格差が広がっている。

 労働も政治も経済に収斂(しゅうれん)される。資本主義とは社会の一切が資本へと向かうメカニズムを意味する。そして富める者はますます富み、貧しき者は貧窮を極める。

 現在、凄まじい勢いでロボット産業が前進している。ロボットに労働が奪われる日も近い。その時我々は何を糧(かて)として生きてゆくのだろうか。

 近代は先進国には意味のある歴史だが発展途上国を利することはなかった。それどころか先進国の発展を支えるために途上国は植民地とされた。

 過剰な貿易依存は国を傾ける。近代を否定するとなれば鎖国することが望ましいと私は夢想する。国内で産業や資本が回るようになれば貿易は最小限で済む。問題はエネルギーをどうするかだ。

 世界がひとつになることはあり得ないし、人類が皆兄弟になる日も来ない。国際化は必ず国際的な紛争に巻き込まれることを意味する。「日本はどちらにつくんだ?」とアングロサクソンは問う。

 国家の安全保障をアメリカに依存する以上、日本はアメリカにノーと言えない。我々が米軍基地と認識しているものは、ひょっとするとGHQかもしれない。

 

2014-10-10

虐殺者コロンブス/『学校では教えてくれない本当のアメリカの歴史』ハワード ジン、レベッカ・ステフォフ編


 ・虐殺者コロンブス

『学校では教えてくれない本当のアメリカの歴史(下) 1901-2006年』ハワード ジン、レベッカ・ステフォフ編

 自分の過(あやま)ちを正すには、わたしたち一人ひとりが、その過ちをありのままに見つめなければならない。

【『学校では教えてくれない本当のアメリカの歴史(上) 1492-1901年』ハワード・ジン、レベッカ・ステフォフ編:鳥見真生〈とりみ・まさお〉訳(あすなろ書房、2009年)以下同】

 歴史は繰り返す(古代ローマの歴史家クルティウス・ルフスの言葉)。なぜなら人類は歴史から学ぶことがないからだ。唯物史観は進歩を謳ったが歴史も人類も進歩することはないだろう。ただ「自分を正すかどうか」が問われる。「子曰く、過ちて改めざる、是を過ちと謂う」(『論語』衛霊公第十五)と。過ちを知りながら悔い改めないところに過ちの本質がある。

将来は過去の繰り返しにすぎない/『先物市場のテクニカル分析』ジョン・J・マーフィー

 ルビが多いので多分中高生向けと思われるが、アメリカ合衆国の歴史を知るには打ってつけの一書である。アメリカが反省していないところを見ると本書もさほど読まれていないことだろう。テレビに向かう人は多いが良書に向かう人は少ない。

 私の考える愛国心とは、政府のすることをなんでも無批判に受け入れることではない。民主主義の特質は、政府の言いなりになることではないのだ。国民が政府のやり方に異議を唱えられないなら、その国は全体主義の国、つまり独裁国家である――わたしたちは幼いころ、そう学校で教えられたはずだ。そこが民主国家であるかぎり、国民は自分の政府の施策を批判する権利をもっている。

 メディア・ファシズムが投票民主主義を葬った。そして政府は大企業と金融に支配された。資本主義経済-大衆消費社会の構図がそれを可能にしたのだ。我々は国の行く末よりも今月の給料で何を買うかに関心がある。響堂雪乃〈きょうどう・ゆきの〉は次のように指摘する。

「有権者」と称しつつ、国あるいは自治体の財政収支、つまり【社会資本配分の内訳】を理解して投票する者など1%にも満たないわけです。【99%の国民にとって政治とは感情的に参画する抽象概念であり、統治の本質とは認知捜査に過ぎず、社会システムは迷妄(めいもう)の上に成立しています】。

【『独りファシズム つまり生命は資本に翻弄され続けるのか?』響堂雪乃〈きょうどう・ゆきの〉(ヒカルランド、2012年)】

 そして国家のバランスシートは全てを公開しているわけではない。私も含めて国民の99%はB層なのだ。

 アラワク族の男たち女たちが、村々から浜辺へ走り出してきて、目をまるくしている。そして、その奇妙な大きな船をもっとよく見ようと、海へ飛びこんだ。クリストファー・コロンブスと部下の兵たちが、剣(つるぎ)を帯びて上陸してくるや、彼らは駆けよって一行を歓迎した。コロンブスはのちに自分の航海日誌に、その島の先住民アラワク族についてこう書いている。
〈彼らはわれわれに、オウムや綿の玉や槍(やり)をはじめとするさまざまな物をもってきて、ガラスのビーズや呼び鈴と交換した。なんでも気前よく、交換に応じるのだ。彼らは上背があり、体つきはたくましく、顔立ちもりりしい。武器をもっていないだけでなく、武器というものを知らないようだ。というのは、わたしが剣をさし出すと、知らないで刃を握り、自分の手を切ってしまったからだ。彼らには鉄器はないらしく、槍は、植物の茎でできている。彼らはりっぱな召使になるだろう。手勢が50人もあれば、一人残らず服従させて、思いのままにできるにちがいない〉
 アラワク族が住んでいたのは、バハマ諸島だった。アメリカ大陸の先住民と同じように、客をもてなし、物を分かち合う心を大切にしていた。しかし西ヨーロッパという文明社会から、はじめてアメリカへやってきたコロンブスがもっていたのは、強烈な金銭欲だった。その島に到着するや、彼はアラワク族数人をむりやりとらえて、聞き出そうとした。金(きん)はどこだ? それがコロンブスの知りたいことだった。

 黄金と香辛料を持ち帰れば利益の10%がコロンブスのインセンティブとなる契約だった。当初、黄金は見つからなかった。船を空(から)にしたままスペインへ帰るわけにはゆかない。そこでコロンブスは1495年に大掛かりな奴隷狩りを行う。捕虜の中から500人を選別しスペインへ送った。

 航海の途中で、200人が死んだ。残る300人はなんとかスペインに到着し、地元の教会役員により競(せ)りにかけられた。
 コロンブスはのちに、信心深い調子でこう書いている。〈父と子と聖霊の御名(みな)において、売れんかぎりの奴隷をさらに送りつづけられんことを。〉

 ヨーロッパ人の恐ろしさはここにある。何かトラブルがあって殺害に至ったわけではなく、最初から略奪・虐殺を目的としていたのだ。その後、アフリカ大陸の黒人も奴隷としてアメリカに輸送される運命となる。

コロンブスによる「人間」の発見/『聖書vs.世界史 キリスト教的歴史観とは何か』岡崎勝世
侵略者コロンブスの悪意/『わが魂を聖地に埋めよ アメリカ・インディアン闘争史』ディー・ブラウン
ラス・カサスの立ち位置/『インディアスの破壊についての簡潔な報告』ラス・カサス

 サミュエル・エリオット・モリソンは、コロンブス研究でもっとも有名な歴史学者の一人だ。モリソンはみずからコロンブスの航海をたどり、大西洋を横断した。1954年には『大航海者コロンブス』という、一般向けの本も出版した。そのなかで彼は、コロンブスやあとに続くヨーロッパ人による残虐な行為のせいで、インディアンの〈完全な大量殺戮(ジェノサイド)〉が引き起こされた、と述べている。ジェノサイドとは、とても強い言葉だ。ある民俗的、または文化的集団の全員を計画的に殺害する、という恐ろしい犯罪の呼び名である。

 宗教的正義が大量殺戮を可能にする。アメリカ人の祖は人殺しと泥棒であった。自由の国とはヨーロッパ人が暴力を振るう自由であった。一神教(アブラハムの宗教)こそが世界を混迷させる一大要因であると私は考える。ハワード・ジンの良心はキリスト教を攻撃するまでには至っていない。それは東洋の仕事だ。一神教を撃つ学問を立ち上げる必要があろう。

「異民族は皆殺しにせよ」と神は命じた/『日本人のための宗教原論 あなたを宗教はどう助けてくれるのか』小室直樹