2014-06-28

ロジクール コンフォートキーボード K290

ロジクール コンフォートキーボード K290

静音フルサイズキーボードで快適タイピング◆Windows 8のキーを備えたフルサイズキーボード個別のテンキーとWindows 8キーへ即座にアクセスでき、フルサイズのレイアウトが素早く正確な入力を実現します。◆パームレスト一体型パームレスト一体型で、タイピングによる手の疲労を軽減します。◆耐久性のあるスマートなデザインスマートなデザインと耐久性を両立し、最大1000万回のキーストロークにも耐えうるよう設計されています。 / ■ 仕様 ■対応OS:Windows 8 / 7接続I/F:USBキーレイアウト:108キー日本語レイアウトキー構造/デザイン:メンブレンキーピッチ:19mmキーストローク:2.65mm押下圧:60g角度調節機能:有ショートカットキー:検索、共有、デバイス、設定、アプリケーションの切り替え、前のトラック再生/一時停止、次のトラック、ミュート、音量ダウン、音量アップ、パソコンスリープモードサイズ:幅459×奥行182.6×高さ20.4mm重量:930gケーブル長:1700mm付属品:保証書、保証規定、取扱説明書メーカー保証:3年間

岩本沙弓、原島嵩、ブライアン・ジョセフソン、安保徹、他


 5冊挫折、3冊読了。

プリーモ・レーヴィへの旅』徐京植〈ソ・キョンシク〉(朝日新聞社、1999年)/前々から読みたかった一冊であっただけに期待外れ感が大きい。在日朝鮮人によるユダヤ人利用としか読めない。

検事失格』市川寛〈いちかわ・ひろし〉(毎日新聞社、2012年)/佐賀市農協事件で冤罪をつくりあげた検事が内情を暴露した本。良書だが弱い。

夢見られた近代』佐藤健志〈さとう・けんじ〉(NTT出版、2008年)/遂に佐藤の著作は一冊も読了できず。

ノーベル賞科学者ブライアン・ジョセフソンの科学は心霊現象をいかにとらえるか』ブライアン・ジョセフソン:茂木健一郎、竹内薫訳(徳間書店、1997年)/読めず。

免疫革命』安保徹〈あぼ・とおる〉(講談社インターナショナル、2003年/講談社+α文庫、2011年)/典型的なトンデモ本。相関関係を因果関係に摩り替えた代物。体験談に基づく手法が健康食品販売を思わせる。新潟大学医学部教授という肩書に驚かされる。

 37冊目『最後のバブルがやってくる それでも日本が生き残る理由 世界恐慌への序章』岩本沙弓〈いわもと・さゆみ〉(集英社、2012年)/36冊目と順番を間違えた。こちらを先に読了。岩本沙弓に外れなし。

 38冊目『経済は「お金の流れ」でよくわかる: 金融情報の正しい読み方』岩本沙弓〈いわもと・さゆみ〉(徳間ポケット、2013年)/アベノミクスの盲点は資源高という指摘が腑に落ちる。元為替ディーラーだけあって浮ついた理論に流されない足腰の強さが窺える。

 39冊目『誰も書かなかった池田大作・創価学会の真実』原島嵩〈はらしま・たかし〉(日新報道、2002年)/創価学会の元教学部長による告発手記。矢野絢也の著作と比べるとかなりレベルが落ちる。池田の女性問題にまつわる部分は印象に傾きすぎていて危うい。

先ず隗より始めよ/『楽毅』宮城谷昌光


『孟嘗君』宮城谷昌光
『長城のかげ』宮城谷昌光

 ・マントラと漢字
 ・勝利を創造する
 ・気格
 ・第一巻のメモ
 ・将軍学
 ・王者とは弱者をいたわるもの
 ・外交とは戦いである
 ・第二巻のメモ
 ・先ず隗より始めよ
 ・大望をもつ者
 ・将は将を知る

『青雲はるかに』宮城谷昌光
『奇貨居くべし』宮城谷昌光

 即位した昭王が考えたことは、
 ――父と国の仇を討つ。
 ということであり、に勝つにはどうするか、ということであった。一貫して自分を援けてくれた郭隗(かくかい)にその問いをぶつけた。
「斉はわが国の乱れに乗じて襲ってきて、わが国を破った。わが国は小さく国力もとぼしい。斉に報復するには力不足であることを重々承知している。それでも真の賢士を得て、国事をともにし、先王の恥を雪(すす)ぐのが、わしの願いである。先生、それができる者をみつけてくれまいか。身をもってその者に仕えるであろう」
 それに対する郭隗の答えが、不朽の名言になった。

 王必ず士を致(いた)さんと欲せば、先(ま)ず隗(かい)より始めよ。

 王が賢士をどうしても招きたいと欲しておられるなら、この郭隗にまずお仕えなさい、といったのである。そういった郭隗自身、
「先従隗始」(せんしょうかいし)
 が、人口(じんこう)に膾炙(かいしゃ)し、東海中の島の民にも親しまれる語句になろうとはおもわなかったであろう。それはそれとして郭隗のことばにはつづきがある。
「そうすれば、隗より賢い者が、千里を通しとせずに燕(えん)にやってきましょう」
 ふしぎないいかたである。昭王は眉(まゆ)をひそめた。郭隗はたしかに賢者であるが、国政をあずけてもよいほどの大才ではない。他国にその賢名がきこえているとはおもわれない男である。その郭隗に仕えると、諸国より賢士がやってくるとは、どういうことであろう。
 それについて郭隗は懇々と述べた。(第二巻終了)

【『楽毅』宮城谷昌光〈みやぎたに・まさみつ〉(新潮社、1997年/新潮文庫、2002年)以下同】

 対話の妙味が問答にあることと、答えには物語が不可欠であることを教える故事だ。歴史を学ぶ目的は温故知新にある。「子曰く、故(ふる)きを温(たず)ねて、新しきを知れば、以って師と為るべし」(『論語』)。物語は未来を志向する。占いがその典型だ(占いこそ物語の原型/『重耳』宮城谷昌光)。現状打開の智慧に物語の本質がある。郭隗の提言は「まず出来ることから始めよ」と受け止めることができよう。このエピソードは第三巻の冒頭で詳細が展開される。

 郭隗は昭王に問われて、つぎのように答えた。
「帝者は師とともに処(お)り、王者は友とともに処り、覇者は臣とともに処り、亡国の主は役(えき)とともに処ります」
 人君として至上の帝者には師があり、その下の王者には友があり、その下の覇者には臣があり、国を滅亡させる者には僕隷(ぼくれい)があるだけである。まずそういった郭隗は、つづいて、
「指を屈して師に仕え、北面して学を受ければ、自分より百倍も才能の豊かな者がやってきます。それより劣る礼ですが、敬意をあらわすために、その人のまえを趨(はし)り、その人よりおくれて息(いこ)い、はじめに問うてのちに黙ってその人の教えをきくようにすれば、自分より十倍もまさる人がやってきます。そうではなく、たがいに趨って礼をやりとりするのでは、自分にひとしい才徳の者しかきません。まして几(き)や杖(つえ)によりかかって、人を眄視指使(べんししし)するようであったら、不浄の者である厠役(しえき)の人しかこないでしょう。もっとも悪いのは、わがままに相手を睨(にら)み、打ちすえ、大声で叱(しか)ることで、それでくるのは奴隷ばかりでしょう」
 と、いい、人君を五種類にわけた。
 もっともすぐれた人君とは、自分が人君であることを忘れるほどの謙虚をしめす人である。これはまさに逆説といえる。王侯は自分の存在がその国でもっとも重く大きなものでなくてはならない。人は自分が存在していることをさまざまな手段をもちいて表現する。さらに、その表現の受け手である相手の反応をみて、異聞の存在を計算する。はやい話が、自分にたいして頭をさげる者が多ければ多いほど尊貴もますのである。だが郭隗の考えでは、自分の存在を無に近づける者のほうが偉いということになる。すなわち人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる。ことばをかえていえば、ひとりの師を得ることは百万の奴隷を得ることにまさる。いま全盛を誇っている斉に勝つほどの富国強兵をなしとげるためには、王としての誇りをなげすてて、賢人に指を屈し身を屈して教えを仰がねばならない。
「いま申し上げたことが、古来賢人を招致するやりかたです。王がほんとうに広く国中の賢人を求めて、その門をたずねたら、天下に評判が立ち、天下の賢人はかならず燕に馳(は)せてきましょう」
「なるほど。では、わしはいったいたれをたずねたらよいのか」
 この昭王の問いにたいして郭隗は逸話をもって答えた。
 こういう話である。
 むかし、ある君主が千金をだしてでも千里の馬を手にいれようとしていた。千里の馬とは、むろん、一日に千里(約400キロメートル)も走ることのできる馬をいう。
 が、3年たっても入手できなかった。宦官(かんがん)のなかでも宮中の掃除をおこなう者を涓人(けんじん)というが、その涓人が君主に、
「どうかその役目をわたしにお命じください。かならず千里の馬をさがしあててまいります」
 と、自信ありげにいった。
「かならずだぞ」
 念を押した君主は涓人に任務をさずけた。涓人は各地を歩き、3か月後に、ついに千里の馬をみつけた。が、不運なことに、その名馬は死んでいた。
「死んでいようが千里の馬は千里の馬だ。その首をわたしに売ってくれ」
 涓人はなんと五百金という大金をだして、馬の首を買いとると、帰国し、復命した。君主が激怒したことはいうまでもない。
「わしが欲しいのは生きている馬だ。どうして死んだ馬を大事にして五百金を捐(す)ててきたのか」
 そうなじられても涓人はいささかも萎縮(いしゅく)せず、
「君は千里の馬であれば死馬でさえ五百金でお買いになったわけです。生馬では、どうか、と世間でとりざたしている者たちは、君が馬の値うちのよくわかるかたであるとおもっておりましょう。まもなく千里の馬を売りにくる者があらわれるでしょう」
 と、いった。はたして1年もたたぬうちに、千里の馬が3頭もやってきたという。
 どこの国の逸話であるかはわからない。話のなかにあった千里の馬が、昭王の求める賢人にあたることはあきらかである。すなわち昭王が賢人を求めるために国中をさがしまわっても、おそらくむだであり、それより身近な者をつかって賢人をさがさせたほうがよいということであろう。郭隗は容(かたち)を端(ただ)して、
「いま王がほんとうに賢人を招きたいとおもっておられるなら、まず隗より始めるべきです。隗のような者でも王に仕えてもらえる。隗よりすぐれている者ならなおさらです。その者にとって千里の道など遠いことがありましょうか」
 と、強い語気でいった。
 遠くにいる賢人をさがすまえに、まぢかにいる賢人に師事しなさい。
 自薦である。
 が、これほどみごとな自薦はほかにない。
 昭王は器量の大きな人である。
 ――いままでの話は、自分を売りこむためのものであったのか。
 とは、おもわなかった。
 郭隗の説述に理を認めた。なるほどむかしから聖王や名君にはみな師がいた。湯王(とうおう)の師である伊尹(いいん)、武王(ぶおう)の師である太公望(たいこうぼう)は在野の賢人である。君主が君主として威張っていては、けっしてみつけることのできない大才である。そのひとりをみつけたことにより、天下がころがりこんできた。とkろが伊尹や太公望は民間人なので、諸侯のたれもがかれらを招く機会を平等にあたえられていたのである。歴史のおもしろさであり、恐ろしさでもある。
 ――頭をさげ、腰をかがめ、指を屈し、辞を低くする者が勝つのか。
 いや、勝利の条件とは、それだけではあるまい。大才をみつめるための姿勢、目の位置、志の高さが問題となろう。とにかく昭王にわかったことは、
 ――おのれを棄てなければ、人はみえぬ。
 ということである。
「郭隗先生」
 昭王は晴れやかな声を発し、郭隗にむかって拝手した。これから自分は郭隗を師と仰ぎ、北面して仕えるであろう、と昭王はいい、実際、郭隗のために黄金台という宮殿を建てた。燕人(えんひと)ばかりでなく、燕をおとずれた他国の者の目をおどろかすに充分な輝きをもった高■(木偏+射/こうしゃ)であり、そのまばゆい光が千里の馬を招きつづけているといえた。

 郭隗はすかさず根拠となる例を示した。これに対する昭王の振る舞いはまさしく「君子豹変」(『中国古典 リーダーの心得帖 名著から選んだ一〇〇の至言』守屋洋)に相応しいものだ。人を求める心の本気が窺える。

 国家や組織の行き詰まりはリーダーに起因する場合が多い。意のままになる者を好み、自分の物差しに合わない人を遠ざけるところから組織は澱(よど)み停滞を始める。巨大組織は腐敗することを避けられない。同族、閨閥(けいばつ)、学閥などが流動化を阻み、社会をタコツボ化する。

 企業が真剣に人材を求めているかどうかは面接態度を見ればわかる。求職者に対して値踏みするような視線を送る企業が大半だろう。圧迫面接というカルト的手法もあるようだが、かような企業が淘汰される運命にあることは間違いない。

 そもそもこの国のエリート選抜システムは受験制度においてペーパーテストを採用している時点で誤っている。教育は私塾レベルの単位で行い、もっと自由な競争をするべきだろう。広く門戸を開けば必ず人材は訪れる。

楽毅〈1〉 (新潮文庫)楽毅〈2〉 (新潮文庫)楽毅〈3〉 (新潮文庫)楽毅〈4〉 (新潮文庫)

先づ隗より始めよ 十八史略 漢文 i think; therefore i am!
「牛首を懸けて馬肉を売る」(羊頭狗肉)の故事/『晏子』宮城谷昌光

2014-06-26

第二巻のメモ/『楽毅』宮城谷昌光


『孟嘗君』宮城谷昌光
『長城のかげ』宮城谷昌光

 ・マントラと漢字
 ・勝利を創造する
 ・気格
 ・第一巻のメモ
 ・将軍学
 ・王者とは弱者をいたわるもの
 ・外交とは戦いである
 ・第二巻のメモ
 ・先ず隗より始めよ
 ・大望をもつ者
 ・将は将を知る

『青雲はるかに』宮城谷昌光
『奇貨居くべし』宮城谷昌光

 よく光る目が沈黙を重々しいものにした。黙ってすわっていることが、かえって相手を威圧するという人物をはじめてみたおもいの楽毅は、この人物のなかにあるのは年月の厚みばかりではなく、戦場の外にもある死地を果敢に乗り越えてきた自信であろうと観察した。

【『楽毅』宮城谷昌光〈みやぎたに・まさみつ〉(新潮社、1997年/新潮文庫、2002年)以下同】



 薛公(せっこう)は人にけっして恐怖をあたえない。むしろ、この人には以前どこかで会ったのではないかという親しげなものやわらかさをただよわせている。天下の信望を集める人は、あのようでなくてはなるまい、と楽毅は痛感したことがある。その薛公にくらべると司馬熹(しばい)の人格には深みが不足している。



 若い武将は、ふつう策を好まず、勇猛さを誇ろうとするあまり、戦陣における変化を無視し、応変ということができない。



 主従そろって目が■(目+毛/くら)いなかで、ひとり明察の目を具(そな)えていることは、いかに危ういことか、趙与という男にはわかっている。
 ――ここは魯(にぶ)さをよそおうしかあるまい。



 武将というものは感情を殺すべきときに殺し、ふるまうべきときにふるまうことのできる者をいう。



 現代に酔っている人々は、古人の知恵をつい忘れがちになる。現代にあって古言や古事を学ぶことは、知識を豊かにする以上に、おのれのいたらなさを知ることになり、むしろ学問の神髄とはそこにあるといえる。
 楽毅は3年間の留学でおのれが見えるようになった。ということは、相手をも見えるようになったのである。



「人を相する者は、無私でなければならぬ。その無私に人の運命を映しだす。それゆえ、一瞬であろうと、相手と運命をともにする。相手が吉祥の持ち主であればよいが、凶妖(きょうよう)をもっている場合は、それに憑(つ)かれるの、祓(はら)わねばならぬ。要するに天与の幸を享(う)ける者は希(まれ)にしかおらず、その人に付(ふ)すことによって幸をわけてもらうというのが幸運とよばれているものである。いまかるがるしく天命というが、天命を知る者はかつて天子しかおらず、諸侯でさえ地神を祀(まつ)る者でしかなかった。それゆえ貴殿のような人臣は、天地の命をうかがい知ることはできず、すべては人により運命は左右されるとお考えになるがよかろう。幸運の人にお属(つ)きなされよ」(唐挙)



「国難は人の虚飾を剥(は)ぐ」(楽毅)



 それがわかる丹冬は、
「雲は龍に従い、風は虎に従う、といわれます。聖王が龍虎(りゅうこ)であれば、それにしたがう風雲のゆくすえはさだまりますが、龍虎のいない天地で、風はどう吹き、雲はどう流れるのでしょうか」
 と、きいた。むろん風雲とは楽毅のことである。



 楽毅の心はきれぎれの想念を明るくまとめあげ、ひとつの決断にもってゆくというはずみをうしなっている。



 郊昔(こうせき)の推量は衍(ゆた)かである。しかも妄誕(ぼうたん)へながれてゆかない。



「公子、勇気をもたれることです。勇気とは、人より半歩すすみでることです。人生でも戦場でも、その差が大きいのです」



 天下の才は、天下のために使うべきであり、それが天意というものであろう。ひとりの人物が天業のために不可欠であるのなら、かならずその人物に天啓というものがある。その天啓をさまたげようとする者は、天の怒りを買い、天譴(てんけん)をくだされる。



「なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。わしは聖人でも非凡人でもない。人並みの困難を選ぶだけだ」(楽毅)



 こころざしが高い者は、それだけ困難が多く苦悩が深い



「兵の形は水に象(かたど)る。兵に常勢(じょうせい)なく、水に常形(じょうけい)なし、という」(楽毅)



「私欲を捐(す)て、兵を愛し、天の声、地の声、人の声をきけば、おのずと道はさだまる」(楽毅)

楽毅〈1〉 (新潮文庫)楽毅〈2〉 (新潮文庫)楽毅〈3〉 (新潮文庫)楽毅〈4〉 (新潮文庫)

2014-06-25

外交とは戦いである/『楽毅』宮城谷昌光


『孟嘗君』宮城谷昌光
『長城のかげ』宮城谷昌光

 ・マントラと漢字
 ・勝利を創造する
 ・気格
 ・第一巻のメモ
 ・将軍学
 ・王者とは弱者をいたわるもの
 ・外交とは戦いである
 ・第二巻のメモ
 ・先ず隗より始めよ
 ・大望をもつ者
 ・将は将を知る

『青雲はるかに』宮城谷昌光
『奇貨居くべし』宮城谷昌光

 外交の才は、平和時に必要とされる場合が多いので、甘くぬるいものにおもわれがちであるが、戦時や軍事の才となんらかわりなく、大局をつかみ臨機応変でなければならない。外交の場裡(じょうり)も、戦争の場裡とかわらぬ生死のかかったきびしさにある。外交とは戦いであるという認識で、楽毅は趙王に謁見(えっけん)したのであるが、その戦いには勝てなかった。楽毅の才覚が趙王の暴言をうわまわれば、実際に戦争は熄(や)み、趙兵と中山兵とは殺しあわずにすむのである。両国にとってそれが最善であることは、いうをまたない。が、楽毅が趙王の陰點(いんかつ)さを斂(おさ)めさせることができず、それからのがれることに終始したことで、たれの目にもあきらかな戦いが再来する。

【『楽毅』宮城谷昌光〈みやぎたに・まさみつ〉(新潮社、1997年/新潮文庫、2002年)】

 春秋戦国時代における中国の強味は亡命、すなわち人材の流動性を確保できたところにあった。

 翻って日本はどうか。野茂英雄〈のも・ひでお〉がアメリカ大リーグへ渡ったのは1995年のことだった。所属チームであった近鉄とマスコミは野茂を散々バッシングした。高輝度青色発光ダイオード(LED)を発明した中村修二に日亜化学工業が支払った報酬は2万円だった。中村は後に提訴し、東京地裁は発明の対価を約604億3000万円と算定した(東京高裁において8億4391万円で和解)。2000年、中村も渡米した。

 出る杭は打たれる。抜きん出た才能を疎(うと)ましく思い、横並びを奨励するのは、やはり日本人が村社会から脱却できていないためだろう。

 グローバリズムは人や資本の移動を容易なものに変えた。その意味では春秋戦国時代とよく似ている。

 弱い国は蹂躙(じゅうりん)され、強い国に飲み込まれる。激しい合従連衡の時代を生き抜くためには外交が死活問題であった。人材を確保する目的で行われた食客という風習が起こったのもこの頃である。

 外交では礼容と言葉、そして何よりも大義が問われる。些細な粗相や一言の失言で戦争になりかねない。ゆえに胆力と智謀なくして外交は務まらない。

 ヨーロッパが行った植民地主義に外交で対抗し得ることは不可能であった。圧倒的な物量差がヨーロッパをして傍若無人な振る舞いに駆り立てた。アフリカやアジアは今尚そのダメージを払拭できていない。

 楽毅の外交は見事なものであった。それでも戦争を回避するまでには至らなかった。若き猛将は恐れることなく起ち上がった。

楽毅〈1〉 (新潮文庫)楽毅〈2〉 (新潮文庫)楽毅〈3〉 (新潮文庫)楽毅〈4〉 (新潮文庫)

2014-06-21

「JKお散歩」は人身売買=米国務省が年次報告書


【ワシントン時事】米国務省は20日、世界各国の人身売買の実態をまとめた年次報告書を公表した。日本については、女子高生とデートできるとうたった「JKお散歩」と呼ばれる接客サービスを新たな性目的の人身売買の例として示した上で、各国の取り組みを4段階に格付けした中の、上から2番目の評価に据え置いた。

 日本が2番目の評価にとどまったのは10年連続。報告書は「援助交際」も人身売買の例に挙げ、「日本に来る外国人の女性や子供の中には、到着後すぐに売春を強要される者もいる」と指摘。「日本人男性は、東南アジアやモンゴルでの児童買春ツアーの大きな需要源」とも記した。

 また、政府が運営する技能実習制度で来日した人も含め、外国人労働者が強制労働の被害者になりやすい実態があると説明。「日本政府は、人身売買撲滅のための最低基準を十分に満たしていない」と認定し、包括的な人身売買禁止法の制定などを改めて勧告している。

 4段階のうち最高評価だったのは米国、韓国など31カ国・地域。制裁対象となり得る最低評価はロシア、北朝鮮、イランなど23カ国だった。

時事ドットコム 2014-06-20

2014-06-20

世界銀行元上級顧問カレン・ヒュード「ドルは価値がない。クラッシュ目前」




世界銀行の副総裁を務めた日本人女性/『国をつくるという仕事』西水美恵子
経済侵略の尖兵/『エコノミック・ヒットマン 途上国を食い物にするアメリカ』ジョン・パーキンス
資本主義経済崩壊の警鐘/『ショック・ドクトリン 惨事便乗型資本主義の正体を暴く』ナオミ・クライン

視力回復のトレーニング方法


 今日、免許証更新に行ってきたが、このトレーニングのおかげで眼鏡使用を免れた。



視力低下は「脳の疲れ」が原因だった!―アメリカ視力眼科界の最新成果 1日10分、パソコン・ゲーム時代の新・視力回復法 (SEISHUN SUPER BOOKS)あなたの視力は必ず回復する!―驚くべき新方式! (知的生きかた文庫)【中川式アイバランス・マスク(日本製)付き】 視力再生! アイマスクで目がよくなる! (TJMOOK)

中川和宏チャンネル

免許証更新時に注意すべきこと~交通安全協会に騙されるな







王者とは弱者をいたわるもの/『楽毅』宮城谷昌光


『孟嘗君』宮城谷昌光
『長城のかげ』宮城谷昌光

 ・マントラと漢字
 ・勝利を創造する
 ・気格
 ・第一巻のメモ
 ・将軍学
 ・王者とは弱者をいたわるもの
 ・外交とは戦いである
 ・第二巻のメモ
 ・先ず隗より始めよ
 ・大望をもつ者
 ・将は将を知る

『青雲はるかに』宮城谷昌光
『奇貨居くべし』宮城谷昌光

 楽毅(がっき)の心底に憤然と沸いてくる感情がある。
 王者とは弱者をいたわるものである。が、趙王はどうか。弱者である中山を攻め、あざむき、嬲(なぶ)り物にしようとしている。死んでも屈すべき相手ではない。心のどこかで武霊王を賛美していた楽毅は、大いなる失望を怨怒(えんど)で染めた。
 ――趙王とは戦いつづけてみせる。
 この怨讎(えんしゅう)の気分はおそらく楚(そ)の平王に父と兄とを殺されて呉(ご)へ亡命した伍員(ごうん/子胥〈ししょ〉)のそれににているであろう。が、復讎は相手を滅ぼすと同時に自分をも滅ぼすという因果の力をもっている、ということを楽毅は知っている。武霊王を怨(うら)むのはよい。が、その怨みにこだわりつづけると、怨みそのものが魂を宿し、生き物となって、みさかいなく人を喰いはじめる。それをさけるためには、世の人の目に復讎とわからぬ復讎をとげなければならない。
「微なるかな微なるかな、無形に至る。神(しん)なるかな神なるかな、無声に至る。ゆえによく敵の司命(しめい)を為(な)す」
 そう心のなかでつぶやいた楽毅には、にわかに孫子の教義があきらかになった。戦いは戦場にあるばかりではなく、平凡にみえる人の一生も戦いの連続であろう。自分が勝って相手をゆるすということはあっても、自分が負けてゆるされるということはない。それが現実なのである。相手にさとられないように戦い、それでこそ、敵の運命を司(つかさど)ることができる。真に兵法を知るとは、そういうことなのである。

【『楽毅』宮城谷昌光〈みやぎたに・まさみつ〉(新潮社、1997年/新潮文庫、2002年)】

「王者とは弱者をいたわるものである」――若い楽毅の思いには甘さが潜(ひそ)んでいる。中国はおろか日本の権力者にも「弱者をいたわる」という志操は見えない。だからこそ胸を打つのだろう。強い者が弱い者をいじめる社会であるがゆえに光芒を放つのだ。

「恨晴らし(ハンブリ)」
 という言葉が韓国語にはあるが、それだ。「恨(ハン)」を持った者には、「恨晴らし(ハンブリ)をするまで「恨(ハン)」が宿る。そして多くの場合、「恨」は内に沈殿してその者の生活すべてに負に作用する。「恨」を昇華させなければならない。

【『無境界の人』森巣博〈もりす・ひろし〉(小学館、1998年/集英社文庫、2002年)】

 怨みはフロイト心理学の「抑圧」と考えてよい。怨念のあまり死にきれない幽霊の存在はPTSD(心的外傷後ストレス障害)を示唆する。

 私は直接報復でも構わないと思う。例えば大阪産業大学付属高校同級生殺害事件のように。何もせずに泣き寝入りするのが一番ダメだ。世の中がよくならない根本的な原因もここにある。

 プーラン・デヴィは直接的な復讐を果たした後に政治家となることで昇華したケースであろう(『女盗賊プーラン』プーラン・デヴィ)。

 賢者は日常において危機的状況に想像を巡らせ、愚者は窮地に追い込まれて取り乱す。いざ、という時に速やかな行動を起こせるかどうかが生死を分ける。

 復讐が「相手を凌(しの)ぐ」ことを意味するならば、より大きな自分をつくり上げることが真の復讐となる。ただしそこに自分を偽る姿勢があれば怨みは昇華されることがない。

 いずれにせよ、「怒り」は必ず「殺」を志向する。中途半端な怒りはさっさと手放すことが正しい。

楽毅〈1〉 (新潮文庫)楽毅〈2〉 (新潮文庫)楽毅〈3〉 (新潮文庫)楽毅〈4〉 (新潮文庫)

無境界の人 (集英社文庫)

2014-06-19

将軍学/『楽毅』宮城谷昌光


『孟嘗君』宮城谷昌光
『長城のかげ』宮城谷昌光

 ・マントラと漢字
 ・勝利を創造する
 ・気格
 ・第一巻のメモ
 ・将軍学
 ・王者とは弱者をいたわるもの
 ・外交とは戦いである
 ・第二巻のメモ
 ・先ず隗より始めよ
 ・大望をもつ者
 ・将は将を知る

『青雲はるかに』宮城谷昌光
『奇貨居くべし』宮城谷昌光

 これから出発する使者がぶじに往還すれば、(との)和平はいっそうたしかなものになるので、使者への期待は大きいのである。ところが、その使者である楽毅(がっき)が、
「この使いは失敗する」
 と、なんの逡巡(しゅんじゅん)もみせずにいったので、郊昔(こうせき)ははっとうろたえた。
 ――そういうことか。
 この男の頭脳の回転ははやい。漠然と感じていた不安が急に明確になった。国家の中枢(ちゅうすう)にいる者は、国民とおなじ感情に染まっていては、展望ということができないということをあらためてさとった。

【『楽毅』宮城谷昌光〈みやぎたに・まさみつ〉(新潮社、1997年/新潮文庫、2002年)以下同】

 楽毅は中山(ちゅうざん)の使者として趙へ赴くこととなった。上手く運ばないことはわかっていた。それどころか自分が殺される可能性もあった。楽毅は祖国のために立ち上がった。

 これが将軍学というものであろう。馬鹿の一つ覚えで「国民」を語る昨今の政治家とは雲泥の差がある。私は民主制よりも貴族制を支持するものだが、より一層その思いを強くした。左翼が語る「市民」もまったく信用できない。民の苦しみを知ることと苦しみに同調することは別次元のことだ。民が欲するのは衣食住の安定であり、それ以上のものではない。結局自分さえよければいいのだ。

 ノブレス・オブリージュを欠いた政治家ばかりだ。官僚化した政治家しか見当たらない。天下国家が語られることもなく瑣末な議論に終始している。そして彼らが操る言葉はとっくに死んでしまった。政治は我欲のレベルにまで堕した。

 そのとき肥義(ひぎ)は武霊王(ぶれいおう)の苦悩を察し、
「疑事(ぎじ)は功なく、疑行(ぎこう)は名なし」
 と、決断を勧(すす)めた。疑いながら事をはじめれば成功せず、疑いながら事をおこなえば名誉を得られない。君主の迷いは臣下の迷いとなり、ひいては国民の迷いとなる。迷いのなかで法令がくだり、施行(せこう)されても、上から下まで成果も利益も得られない。責任の所在が明確でないものは、かならずそうなる。君主が世の非難を浴びる覚悟をすえていれば、かえって世の非難は顧慮する必要はない。そのことを肥疑は、
「大功を成(な)す者は、衆に謀(はか)らず」
 と、表現した。さらにかれは幽玄の理念をこう説いた。
「愚者は成事に闇(くら)く、智者は未形に■(者+見/み)る」
 愚かな者はすでに完成された事でも理解をおよぼすことができないのにくらべて、智のある者は、その事が形をもたないうちに洞察してしまう。胡服騎射(こふくきしゃ)に関していえば、まだその軍政が形となっていなくても、自分にはその成果をありありと■(者+見/み)ることができる、と肥疑は武霊王をはげましたのである。ちなみに■(者+見)には、自分の目でたしかに、という強い意志がふくまれているので、人から■(者+見/み)られる、というような使い方はけっしてされない字である。

 臣とはかくあるべし。君主を時に諌め、時に励ますのが臣の役目である。それにしても見事な言葉だ。脳内のシナプスがタテ一直線に並ぶほどの説得力がある。しかも君主の自覚や責任に強く訴えている。言葉が盤石の根拠となり得るのだ。

 武霊王は趙の君主である。案の定、楽毅は謀(はか)られたが智慧を巡らせて危地を脱する。本書の名場面のひとつである。

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2014-06-17

第一巻のメモ/『楽毅』宮城谷昌光


『孟嘗君』宮城谷昌光
『長城のかげ』宮城谷昌光

 ・マントラと漢字
 ・勝利を創造する
 ・気格
 ・第一巻のメモ
 ・将軍学
 ・王者とは弱者をいたわるもの
 ・外交とは戦いである
 ・第二巻のメモ
 ・先ず隗より始めよ
 ・大望をもつ者
 ・将は将を知る

『青雲はるかに』宮城谷昌光
『奇貨居くべし』宮城谷昌光

 英雄不在、というのが戦国の裏面である。

【『楽毅』宮城谷昌光〈みやぎたに・まさみつ〉(新潮社、1997年/新潮文庫、2002年)以下同】



「商の湯王は伊尹(いいん)を、周の武王は太公望(たいこうぼう)をしたがえただけで、天下をとったのです。すなわち天下は、野(や)のどこかにころがっている、とおもわれます」



 龍元の目のかがやきもよい。
 志望が穢(けが)れていない目である。山も川も人も国も、そういう目でみなければ、真のかたちをとらえることはできぬ。



 目にみえぬ力に意味をみいだせない民族に文化はない。



 成功する者は、平穏なときに、危機を予想してそなえをはじめるものである。



 人のうえに立つ者がおのれに熱中すれば、したにいる者は冷(ひ)えるものなのである。



「驕る者は人が小さくみえるようになる」



 自分の近いところにおよぼす愛が仁であれば、遠いところにおよぼす愛が義である。



 軽蔑のなかには発見はない



 ――わしがこの者たちを護(まも)り、この者たちによってわしは衛(まも)られる。



「目くばりをするということは、実際にそこに目を■(とど)めなければならぬ。目には呪力(じゅりょく)がある。防禦(ぼうぎょ)の念力をこめてみた壁は破られにくく、武器もまた損壊しにくい。人にはふしぎな力がある。古代の人はそれをよく知っていた。が、現代人はそれを忘れている」



 ――君命に受けざるところあり。
 受けてはならない君命のあることを孫子の兵法はおしえている。とくに戦場における将は、たとえ王の命令でも、したがえないときがある。



 楽毅は儒教についてくわしくないが、教祖である孔子は、
 ――道おこなわれず。桴(いかだ)に乗りて海に浮かばん。
 と、いったそうである。国家に正しい道がないとき、流亡の旅もやむをえない。



 よくよく考えてみれば、この世で、自分が自分でわかっている人はほとんどおらず、自分がいったい何であるのか、わからせてくれる人にめぐりあい、その人とともに生きたいと希(ねが)っているのかもしれない。



 将の気が塞をささえているといっても過言ではない。将の表情に射したわずかな翳(かげ)でも、兵の戦意を殺(そ)ぐのである。



 戦場の露(つゆ)をおのれの涙にかえる王にこそ、人は喜んで命をささげるものである。



 かつて周(しゅう)の武王(ぶおう)が商(殷)王朝を倒したあと、難攻不落の険峻(けんしゅん)の地に首都をおこうとした。そのとき武王の弟の周公旦(しゅうこうたん)が諫止(かんし)した。
「このようなけわしいところに王都を定めれば、諸侯が入朝(にゅうちょう)するにも、諸方が入貢するにも、難儀をいたします。まして周王朝が悪政をおこなって万民を苦しめたとき、諸侯によって匡(ただ)されにくくなります」
 王朝が天下の民にとって元凶にかわったとき、滅亡しやすいところに王都を定めるべきである、と周公旦はいったらしい。
 ――周公旦とは、何という男か。
 と、楽毅は腹の底から感動したおぼえがある。また、周公旦の諫言を容(い)れて、あっさり山をおりた武王の寛容力の大きさにも驚嘆した。

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2014-06-16

オフコース - 言葉にできない


 これほど美しい微速度映像を見たことがない。

気格/『楽毅』宮城谷昌光


『孟嘗君』宮城谷昌光
『長城のかげ』宮城谷昌光

 ・マントラと漢字
 ・勝利を創造する
 ・気格
 ・第一巻のメモ
 ・将軍学
 ・王者とは弱者をいたわるもの
 ・外交とは戦いである
 ・第二巻のメモ
 ・先ず隗より始めよ
 ・大望をもつ者
 ・将は将を知る

『青雲はるかに』宮城谷昌光
『奇貨居くべし』宮城谷昌光

「薛公(せっこう)についていえば、天の気をもった人だな。風雨を吐きだすことができる。彼に撃ちかかろうとしても、ひと息で飛ばされよう。飢渇(きかつ)した者は、慈雨(じう)をあびることができよう。中山(ちゅうざん)は薛公にすがることだ」

【『楽毅』宮城谷昌光〈みやぎたに・まさみつ〉(新潮社、1997年/新潮文庫、2002年)以下同】

「気」にまつわる文章をいくつか拾ってみよう。気とは陰陽(いんよう)を往き交うものと私は理解している。気息の場合は呼気が陽で吸気が陰となるようだが(第四難)、個人的には呼吸が陽で息の止まる一瞬が陰と考えている。(追記/ただし声で考えると前者がわかりやすい)

 陰陽の落差が気格の個性を表すのだろう。「寒さにふるえた者ほど太陽の暖かさを感じる。人生の悩みをくぐった者ほど生命の尊さを知る」(ウォルト・ホイットマン)。苦労や困難が人生の幅を押し広げる。生命の感応する力が豊かになる。そこに気の深さや太さがある。孟嘗君(もうしょうくん/薛公)は背が低かった。だが飄然とした態度の中に気宇壮大が滲み出た。その人格は楽毅の人生に鮮やかな色彩を加えた。先に『孟嘗君』を読んでおくと、まるで自分の親戚が登場したかのような親しみを覚える。

 狐午(こご)は中山(ちゅうざん)の貴門を出入りし、他国の貴族と面語することもあるが、楽毅のような人柄に会ったことがない。一言でいえば、ふところが■(ひろ)くて巨(おお)きい。人格からたちのぼる気が、虚空(こくう)をさわやかにあざやかに切りすすんでゆく。
 ――めずらしい人だ。
 と、狐午はおもった。好きになったのである。だが商人としての自覚が、そういう感情のかたむきを認めなかった。人への好悪(こうお)は商人が冷静におこなわなければならぬ計算を狂わせる。その自覚が商売という戦場を生きぬくための商人にとっての甲(よろい)である。

 第一巻なので楽毅はたぶん二十代であろう。人生経験の乏しい若者は底が浅い。そして底の浅さに甘んじる若者が多い。やはり溌剌(はつらつ)たる気を漲(みなぎ)らせるべきだろう。自己嫌悪に陥るよりも学ぶことを自らに課せばよい。10代、20代で悪い姿勢が身につくとものが見えなくなる。

 父は自分の子を毅然(きぜん)とつくっている魂胆(こんたん)の重厚な精強さに気づいた。暗殺者はもしかすると楽毅に両断されるまえに、楽毅の渾身(こんしん)から発揚された鋭気のようなものにうちのめされたのかもしれない。
 ――人とはふしぎなものだ。
 身分とはちがうところで、人の格差がある。人がつくった身分ならこわすことも、のり■(こ)えることもできようが、天がつくったような差はいかんともしがたい。

 人生には気の通う出会いがある。もっと極端に言ってしまえば人生は出会いで決まる。その意味で誰と出会うかが肝心だ。数々の出会いが自分自身を染め上げてゆく。もちろん悪い出会いも多い。易(やす)きに流されればあっと言う間に転落してゆく。尊敬できる人物をもつ人は幸せだ。どんな世界にも人物はいるものだ。若者は血眼になって探し回れ。

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2014-06-15

勝利を創造する/『楽毅』宮城谷昌光


『孟嘗君』宮城谷昌光
『長城のかげ』宮城谷昌光

 ・マントラと漢字
 ・勝利を創造する
 ・気格
 ・第一巻のメモ
 ・将軍学
 ・王者とは弱者をいたわるもの
 ・外交とは戦いである
 ・第二巻のメモ
 ・先ず隗より始めよ
 ・大望をもつ者
 ・将は将を知る

『青雲はるかに』宮城谷昌光
『奇貨居くべし』宮城谷昌光

 むろん孫子(そんし)の兵法書は暗記するほどくりかえし読んだ。そうするうちに、
 ――なるほど、人も兵法も、じつにあいまいなものだ。
 ということに想いが到(いた)った。
 生まれて死ぬまで、おなじでありつづける人などどこにもいない。赤子の身重のまま死の牀(とこ)につく老人がないこと、そのひとつをとっても、人は変化するのである。
 兵も同じである。多数の兵は少数の兵につねにまさるとはかぎらない。陣形も地形によって変化する。それに将軍と兵のよしあしを考えあわせてみると、かならず勝つという戦いができるのは、一生のうちに一度あればよいほうであろう。むろん孫子はそんないいかたをしていない。必勝の法をさずけてくれてはいるのだが、楽毅〈がっき〉はむしろ、その法にこだわると負けるのではないか、とおもった。兵法とは戦いの原則にすぎない。が、実戦はその原則の下にあるわけではなく、上において展開される。つまり、かつてあった戦いはこれからの戦いと同一のものではなく、兵を率いる者は、戦場において勝利を創造しなければならない。

【『楽毅』宮城谷昌光〈みやぎたに・まさみつ〉(新潮社、1997年/新潮文庫、2002年)】

 諸葛亮(孔明)が敬慕した名将が楽毅〈がっき〉その人である(管仲・楽毅・晏嬰伝)。智だけでも勇だけでも名将たり得ない。情に人はついてくるが理を欠いては組織することが難しい。若き楽毅は戦場を「生きた現場」と捉えた。兵法に戦場を当てはめるのではなくして、理外の理を鋭く見抜いた。現在の言葉でいえばランダム性だ。

 思い通りに運べば未来は予測されたものとなる。そこに自分自身の変化はない。勝利は「計る」(『新訂 孫子』金谷治訳注)ものであると同時に「創造」するものなのだ。

「創造」の一言が重い。人生もまた同様であろう。トラブルや悲劇という不確定要素が自分の創造力を問う。創造は何も神様の専売特許ではない。

楽毅〈1〉 (新潮文庫)楽毅〈2〉 (新潮文庫)楽毅〈3〉 (新潮文庫)楽毅〈4〉 (新潮文庫)

所有と自我/『ブッダのことば スッタニパータ』中村元訳


『日常語訳 ダンマパダ ブッダの〈真理の言葉〉』今枝由郎訳
『ブッダの真理のことば 感興のことば』中村元訳
『原訳「法句経(ダンマパダ)」一日一話』アルボムッレ・スマナサーラ
『原訳「法句経」(ダンマパダ)一日一悟』アルボムッレ・スマナサーラ
・『法句経』友松圓諦
・『法句経講義』友松圓諦
・『阿含経典』増谷文雄編訳
・『『ダンマパダ』全詩解説 仏祖に学ぶひとすじの道』片山一良
・『パーリ語仏典『ダンマパダ』 こころの清流を求めて』ウ・ウィッジャーナンダ大長老監修、北嶋泰観訳注→ダンマパダ(法句経)を学ぶ会
『日常語訳 新編 スッタニパータ ブッダの〈智恵の言葉〉』今枝由郎訳

 ・犀の角のようにただ独り歩め
 ・蛇の毒
 ・所有と自我
 ・ブッダは論争を禁じた

『スッタニパータ [釈尊のことば] 全現代語訳』荒牧典俊、本庄良文、榎本文雄訳
『原訳「スッタ・ニパータ」蛇の章』アルボムッレ・スマナサーラ
『怒らないこと 役立つ初期仏教法話1』アルボムッレ・スマナサーラ
『慈経 ブッダの「慈しみ」は愛を越える』アルボムッレ・スマナサーラ
『怒りの無条件降伏 中部教典『ノコギリのたとえ』を読む』アルボムッレ・スマナサーラ
『小説ブッダ いにしえの道、白い雲』ティク・ナット・ハン
『ブッダが説いたこと』ワールポラ・ラーフラ
・『ブッダとクリシュナムルティ 人間は変われるか?』J・クリシュナムルティ
ブッダの教えを学ぶ



「お前は何を持っているのだ?」――我々は社会で常に問われる。出自、学歴、職業(勤務会社)、スキル(資格・技術)、地位、財産、家族を。社会はヒエラルキーを構成する。相手の位置を常に確認するのが我々の流儀だ。

「ひとはじぶんでないものを所有しようとして、逆にそれに所有されてしまう。より深く所有しようとして、逆にそれにより深く浸蝕される。ひとは自由への夢を所有による自由へと振り替え、そうすることで逆にじぶんをもっとも不自由にしてしまうのである」(『悲鳴をあげる身体』鷲田清一)。所有物が自我を形成する。思い出の品が私を規定する。認知症になれば記憶は瓦解する。私が私であることを証明するのは思い出の品に他ならない。物は残せる。私が死んだ後まで。

 マニアを証明するものはコレクションだ。そんな関係と似ている。コレクションが増えるにつれてこだわりも増す。年を重ねるごとに自我意識も強化されるはずだ。私とは私の過去だ。

 ヒエラルキーを登り詰めることが人生の目的であれば、我々はバラモンを目指していると見ることができよう。バラモンとはインドカーストの最高位であり、高貴・有徳を示す。

 バーラドヴァーシャ青年は「生まれによってバラモンとなる」と主張した。これに対してヴァーセッタ青年は「戒律と徳行によってバラモンとなる」と反論した。結論を出せない二人はブッダを訪れ、問うた。

六二〇 われは、(バラモン女の)胎(はら)から生まれ(バラモンの)母から生まれた人をバラモンと呼ぶのではない。かれは〈きみよ、といって呼びかける者〉といわれる。かれは何か所有物の思いにとらわれている。無一物であって執著のない人、──かれをわたくしは〈バラモン〉と呼ぶ。

六二一 すべての束縛(そくばく)を断(た)ち切り、怖(おそ)れることなく、執著を超越して、とらわれることのない人、──かれをわたくしは〈バラモン〉と呼ぶ。

六二二 紐(ひも)と革帯(かわおび)と綱とを、手綱(たづな)ともども断ち切り、門をとざす閂(障礙〈しょうげ〉)を滅して、目ざめた人(ブッダ)、──かれをわたくしは〈バラモン〉と呼ぶ。

六二三 罪がないのに罵られ、なぐられ、拘禁されるのを堪え忍び、忍耐の力あり、心の猛き人、──かれをわたくしは〈バラモン〉と呼ぶ。

六二四 怒ることなく、つつしみあり、戒律を奉じ、欲を増すことなく、身をととのえ、最後の身体に達した人、──かれをわたくしは〈バラモン〉と呼ぶ。

六二五 蓮葉(はちすば)の上の露のように、錐(きり)の尖(さき)の芥子(けし)のように、諸々の欲情に汚(けが)されない人、──かれをわたくしは〈バラモン〉と呼ぶ。

六二六 すでにこの世において自己の苦しみの滅びたことを知り、重荷(おもに)をおろし、とらわれのない人、──かれをわたくしは〈バラモン〉と呼ぶ。

六二七 明らかな智慧が深くて、聡明で、種々の道に通達し、最高の目的を達した人、──かれをわたくしは〈バラモン〉と呼ぶ。

六二八 在家者(ざいけしゃ)・出家者(しゅっけしゃ)のいずれとも交わらず、住家(すみか)がなくて遍歴(へんれき)し、欲の少い人、──かれをわたくしは〈バラモン〉と呼ぶ。

六二九 強くあるいは弱い生きものに対して暴力を加えることなく、殺さず、また殺させることのない人、──かれをわたくしは〈バラモン〉と呼ぶ。

六三〇 敵意ある者どもの間にあって敵意なく、暴力を用いる者どもの間にあって心おだやかに、執著する者どもの間にあって執著しない人、──かれをわたし(ママ)は〈バラモン〉と呼ぶ。

六三一 芥子粒(けしつぶ)が錐(きり)の尖端(せんたん)から落ちたように、愛著(あいじゃく)と憎悪(ぞうお)と高ぶりと隠し立てとが脱落した人、──かれをわたくしは〈バラモン〉と呼ぶ。

六三二 粗野(そや)ならず、ことがらをはっきりと伝える真実のことばを発し、ことばによって何人(なんぴと)の感情をも害することのない人、──かれをわたくしは〈バラモン〉と呼ぶ。

六三三 この世において、長かろうと短かろうと、微細であろうとも粗大であろうとも、浄かろうとも不浄であろうとも、すべて与えられていない物を取らない人、──かれをわたくしは〈バラモン〉と呼ぶ。

六三四 現世を望まず、来世をも望まず、欲求もなくて、とらわれのない人、──かれをわたくしはバラモンと呼ぶ。

六三五 こだわりあることなく、さとりおわって、疑惑(ぎわく)なく、不死の底に達した人、──かれをわたくしは〈バラモン〉と呼ぶ。

六三六 この世の禍福(かふく)いずれにも執著することなく、憂(うれ)いなく、汚(けが)れなく、清らかな人、──かれをわたくしは〈バラモン〉と呼ぶ。

六三七 曇りのない月のように、清く、澄み、濁りがなく、歓楽の生活の尽きた人、──かれをわたくしは〈バラモン〉と呼ぶ。

六三八 この障害・険道・輪廻(りんね〈さまよい〉)・迷妄(めいもう)を超(こ)えて、渡りおわって彼岸(ひがん)に達し、瞑想し、興奮することなく、執著がなくて、心安らかな人、──かれをわたくしは〈バラモン〉と呼ぶ。

六三九 この世の欲望を断ち切り、出家して遍歴し、欲望の生活の尽きた人、──かれをわたくしは〈バラモン〉と呼ぶ。

六四〇 この世の愛執(あいしゅう)を断ち切り、出家して遍歴し、愛執の生活の尽きた人、──かれをわたくしは〈バラモン〉と呼ぶ。

六四一 人間の絆(きずな)を捨て、天界の絆を超え、すべての絆をはなれた人、──かれをわたくしは〈バラモン〉と呼ぶ。

六四二 〈快楽〉と〈不快〉とを捨て、清らかに涼しく、とらわれることなく、全世界にうち勝った健(たけ)き人、──かれをわたくしは〈バラモン〉と呼ぶ。

六四三 生きとし生ける者の死生をすべて知り、執著なく、幸せな人、覚(さと)った人、──かれをわたくしは〈バラモン〉と呼ぶ。

六四四 神々も天の伎楽神(ガンダルヴァ)たちも人間もその行方(ゆくえ)を知り得ない人、煩悩(ぼんのう)の汚れを滅しつくした人、──かれをわたくしは〈バラモン〉と呼ぶ。

六四五 前にも、後にも、中間にも、一物をも所有せず、すべて無一物で、何ものをも執著して取りおさえることのない人、──かれをわたくしは〈バラモン〉と呼ぶ。

六四六 牡牛(おうし)のように雄々(おお)しく、気高(けだか)く、英雄・大仙人・勝利者・欲望のない人・沐浴(もくよく)した者・覚った人(ブッダ)、──かれをわたくしは〈バラモン〉と呼ぶ。

六四七 前世の生涯を知り、また天上と地獄とを見、生存を減し尽くすに至った人、──かれをわたくしは〈バラモン〉と呼ぶ。

六四八 世の中で名とし姓として付けられているものは、名称にすぎない。(人の生まれた)その時その時に付けられて、約束の取り決めによってかりに設けられて伝えられているのである。

六四九 (姓名は、かりに付けられたものにすぎないということを)知らない人々にとっては、誤った偏見が長い間ひそんでいる。知らない人々はわれらに告げていう、『生れによってバラモンなのである』と。

六五〇 生れによって〈バラモン〉となるのではない。生れによって〈バラモンならざる者〉となるのでもない。行為によって〈バラモン〉なのである。行為によって〈バラモンならざる者〉なのである。

六五一 行為によって農夫となるのである。行為によって職人となるのである。行為によって商人となるのである。行為によって傭人(やといにん)となるのである。

六五二 行為によって盗賊ともなり、行為によって武士ともなるのである。行為によって司祭者となり、行為によって王ともなる。

六五三 賢者はこのようにこの行為を、あるがままに見る。かれらは縁起(えんぎ)を見る者であり、行為(業)とその報いとを熟知している。

六五四 世の中は行為によって成り立ち、人々は行為によって成り立つ。生きとし生ける者は業(行為)に束縛されている。――進み行く車が轄(くさび)に結ばれているように。

六五五 熱心な修行と清らかな行いと感官の制御と自制と、――これによって〈バラモン〉となる。これが最上のバラモンの境地である。

六五六 三つのヴェーダ(明知)を具え、心安らかに、再び世に生まれることのない人は、諸々の識者にとっては、梵天や帝釈[と見なされる]のである。ヴァーセッタよ。このとおりであると知れ。

 このように説かれたので、ヴァーセッタ青年とバーラドヴァーシャ青年とは師に向って言った、「すばらしいことです。ゴータマ(ブッダ)さま。すばらしいことです。ゴータマさま。譬(たと)えば、倒れた者を起こすように、覆(おお)われたものを開くように、方角に迷った者に道を示すように、あるいは『眼ある人々は色やかたちを見るように』といって暗夜に灯火をかかげるように、ゴータマさまは種々のしかたで理法を明らかにされました。いまわたくしはゴータマさまと真理と修行僧のつどいに帰依したてまつる。ゴータマさまはわたくしたちを、在俗信者として受けいれてください。わたくしたちは、今日から命の続く限り帰依いたします。」(第三 大いなる章「九、ヴァーセッタ」)

【『ブッダのことば スッタニパータ』中村元〈なかむら・はじめ〉訳(岩波文庫、1984年/岩波ワイド文庫、1991年)以下同】

 話を戻そう。我々が目指しているのはバラモンより前の段階の金持ち・成功者・有名人であろう。つまり「王」になりたがっているのだ。バラモンはその上に位置する。そしてブッダが説いたバラモンは世間で受け止められているバラモンとは明らかに異なる。これこそブラフマンではなくブッダ(仏)なのだ。随所に如来十号が散りばめられていることからも明らかだ。

 ヴァーセッタ青年とバーラドヴァーシャ青年は「人間の位」を問うた。それに対してブッダは「真実の位」を説いた。ヴァーセッタ青年は「それ見たことか、俺の言った通りだろうよ」とは言わなかった。二人は同じ感激に打ち震えている。そして彼らの目は開いた(目覚めた)。

一三六 生れによって賤しい人となるのではない。生れによってバラモンとなるのではない。行為(こうい)によって賤しい人ともなり、行為によってバラモンともなる。(第一 蛇の章「七、賤しい人」)

「七、賤しい人」には資本主義のあらゆる形態が描かれている。

「生れ」とは過去である。地位・名誉・財産も過去を示すものだ。すなわち我々は常に「相手の過去」を見つめているのだ。これによって現在の行為は過小評価・拡大解釈をされる。ブッダの指摘は「過去の完全否定」を意味する。

「発見するためには、自由がなければならない。もしもあなたが束縛され、重荷を背負っていたら、あなたは遠くまで行けない。もしもある種の蓄積があれば、いかにして自由がありうるだろうか?」(『生と覚醒(めざめ)のコメンタリー 2 クリシュナムルティの手帖より』J・クリシュナムルティ)。財産であれ悩みであれ荷物であることに変わりはない。「私」を成り立たせている過去が私自身を束縛するのだ。二人の青年と同じように目を開けば、まったく新しい過去の延長線上ではない現在が生き生きと流れ始める。

 殆どの聖職者や僧侶が王を目指した。彼らは俗人以上の俗人だ。クリシュナムルティは王になろうとはしなかった。弟子やファンをも拒んだ。

 ヴァーセッタ青年とバーラドヴァーシャ青年がブッダの弟子ではなかったことにも注目する必要がある。ブッダには誰でも会うことが可能であった。クリシュナムルティもそうだ。彼らは一切の差別からも自由であったのだ。

 尚、文庫版はあまりにも活字が小さいため、当ブログではワイド版をお薦めする。

 

2014-06-14

寝違えを治す


Hanes メンズMサイズソックス


 Mサイズは25-27cm。

(ヘインズ)Hanes メンズMサイズソックス9点セット HMS237P9 997 マルチカラー1 M

Hanes 3足組靴下 クォーターレングスソックス底切り替え 【ハーフパイル】(HMS340)ホワイト25-27cm(M)プレーンフルレングスソックス 3足セット M(25~27cm)Hanes 3足組靴下 フルレングスソックスリブライン 【ハーフパイル】(HMS342)シルバーグレー25-27cm(M)

2014-06-13

宮城谷昌光長篇作品年表


 宮城谷昌光の長篇はあらかた読んだが、時代を追って再読しようと思う。

天空の舟―小説・伊尹伝〈上〉 (文春文庫)天空の舟―小説・伊尹伝〈下〉 (文春文庫)

太公望〈上〉 (文春文庫)太公望〈中〉 (文春文庫)太公望〈下〉 (文春文庫)

管仲〈上〉 (文春文庫)管仲〈下〉 (文春文庫)

重耳(上) (講談社文庫)重耳(中) (講談社文庫)重耳(下) (講談社文庫)

介子推 (講談社文庫)孟夏の太陽 (文春文庫)

沙中の回廊〈上〉 (文春文庫)沙中の回廊〈下〉 (文春文庫)

夏姫春秋(上) (講談社文庫)夏姫春秋(下) (講談社文庫)華栄の丘 (文春文庫)

晏子〈第1巻〉 (新潮文庫)晏子〈第2巻〉 (新潮文庫)晏子〈第3巻〉 (新潮文庫)晏子〈第4巻〉 (新潮文庫)

子産(上) (講談社文庫)子産(下) (講談社文庫)

呉越春秋 湖底の城 一 (講談社文庫)呉越春秋 湖底の城 二 (講談社文庫)湖底の城 三 呉越春秋 (講談社文庫)

孟嘗君(1) (講談社文庫)孟嘗君(2) (講談社文庫)孟嘗君(3) (講談社文庫)孟嘗君(4) (講談社文庫)孟嘗君(5) (講談社文庫)

楽毅〈1〉 (新潮文庫)楽毅〈2〉 (新潮文庫)楽毅〈3〉 (新潮文庫)楽毅〈4〉 (新潮文庫)

青雲はるかに〈上〉 (新潮文庫)青雲はるかに 下巻

奇貨居くべし―春風篇 (中公文庫)奇貨居くべし―火雲篇 (中公文庫)奇貨居くべし (黄河篇) (中公文庫)奇貨居くべし (飛翔篇) (中公文庫)奇貨居くべし 天命篇 (中公文庫)

香乱記〈1〉 (新潮文庫)香乱記〈2〉 (新潮文庫)香乱記〈3〉 (新潮文庫)香乱記〈4〉 (新潮文庫)

草原の風(上) (中公文庫)草原の風(中) (中公文庫)草原の風(下) (中公文庫)

三国志〈第1巻〉 (文春文庫)三国志〈第2巻〉 (文春文庫)三国志〈第3巻〉 (文春文庫)三国志〈第4巻〉 (文春文庫)三国志〈第5巻〉 (文春文庫)三国志〈第6巻〉 (文春文庫)三国志〈第7巻〉 (文春文庫)三国志 第八巻 (文春文庫)三国志 第九巻 (文春文庫)三国志 第十巻 (文春文庫)三国志 第十一巻 (文春文庫 み 19-31)三国志 第十二巻 (文春文庫)

劉邦(上)劉邦(中)劉邦(下)