2009-01-06

苦楽を分かち合えぬ人間は「わらくず同然」/『妻として母としての幸せ』藤原てい


 ・苦楽を分かち合えぬ人間は「わらくず同然」

『夫の悪夢』藤原美子

 講演を編んだもの。これは聴いてみたかった。既に長女の藤原咲子さんが『母への詫び状 新田次郎、藤原ていの娘に生まれて』(山と渓谷社、2005年)で明らかにしているが、ていさんは既に認知症である。藤原正彦(次男)の『祖国とは国語』でも、記憶が薄れゆく姿が描かれていた。

 満州からの壮絶な引き上げ体験(『流れる星は生きている』)が、単純明快な哲学となってほとばしっている。

 この人生を生きていくうえに、人様の喜びを素直に手を取り合って喜び合うことのできない人生、人様の悲しみを悲しんでやることのできない人生、それはわらくず同然だと私は思います。生きていく甲斐のない人生だと思います。

【『妻として母としての幸せ』藤原てい(聖教新聞社、1982年)】

 わかりやすい言葉には、鞭のような厳しさが込められている。死線をくぐり抜けた者だけが知る真実に彩られている。問いかけではなく断定。「生きる姿勢」は考えるものではなく、先人である大人が指し示すべきものだ。小気味いいほどの確信こそ、藤原ていの魅力だ。

「わかる」とは、「分ける」の謂いである。「はっきりした言葉」が善悪を分けるのだろう。

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