・なぜハイチは瓦礫に埋もれたままなのか 巨大地震からの復興を阻む統治の空白 1
・なぜハイチは瓦礫に埋もれたままなのか 巨大地震からの復興を阻む統治の空白 2
・なぜハイチは瓦礫に埋もれたままなのか 巨大地震からの復興を阻む統治の空白 3
統治の空白と国際援助のジレンマ
なぜ地震がかくも甚大な被害を与えたのだろうか。それは、地震が起きる前からハイチの統治が破綻していたからだ。ハイチ地震から数週間後にさらに大きな地震がチリを襲ったが、現地の建築基準がしっかりしていたおかげで、ハイチよりもはるかに小さなダメージで済んでいる。ハイチにおける脆弱な統治は、被害を大きくしただけでなく、救済・復興対策への大きな障害となっている。
地震が起きる前から、社会の必要性を満たせていなかったハイチ政府は、地震によって社会サービスの必要性が爆発的に増大するという事態を前に、わずかに残されていた対応能力さえも失ってしまった。さらに悪いことに、選挙を控えていたために、政治、統治の機能不全はますますひどくなった。地震後の一年間は復興と再建がテーマとされるべきだったが、そうはならなかった。政治腐敗にまみれ、しかも長期化した大統領選挙の影響を引きずり、市民の政府への不信感はますます大きくなった。
ハイチの統治制度は事実上破綻していたし、現地が必要とする支援の内容と規模からみて、唯一の選択肢は国際支援だった。しかし、これも克服し難い障害に遭遇した。
ファーマーは、ハイチ政府が破綻したそもそもの原因は、植民地時代におけるフランス、その後のアメリカによる外部からの有害な介入だったと主張している。最近もアメリカは、事実関係のはっきりしない2004年のアリスティド大統領の追放劇に関与している。
民主的に選出されたポピュリスト政治家で、貧困層に多くの支持者を持っていたアリスティドは、ギャングが関係していた反乱によってポストを追われた。アリスティドはこの時以来、「介入のせいで自分はポストを失った」とアメリカの介入を批判している。このため、歴史的にも最近の出来事からも、ハイチ人は外国の介入に大きな猜疑心を持っており、これが人道支援にとっての大きな障害を作り出している。
支援の必要性は明らかに存在したが、政府が機能不全に陥っていたために、現地は、NGOにとって非常に活動しにくい環境にあった。
地震が起きる前の段階でも、ハイチではNGOのスタッフ約1万人が活動していた。その一つを運営していたファーマーは、NGOが全般的に政府を迂回して活動していることに批判的だ。
ファーマーも「政府の役人にはNGOの仕事を監督したり調整したりする能力はなく、NGO間の活動をどう調整するかが医療を提供する上での最大の課題の一つになっていること」と政府側に問題があることは認めている。だが、彼が言うように、問題はハイチの終わりのない膨大な必要性がNGOの対応能力をはるかに超えていることだ。子供の半分が学校に通っていないという問題をNGOが解決するのはどうみても不可能だ。
だが、NGOの活動が政府の機能不全をさらにひどくしているのも事実だ。NGOは現地の優秀な人材を根こそぎ雇い入れ、教育領域では政府よりもNGOが大きなプレゼンスを持っている。この状況で、政府に対して社会サービスを提供するように求める圧力が作り出されることはない。NGOが政府に代わって社会サービスを提供しているようなものだからだ。
ルワンダとハイチの違い
「効率のない国家をよりよい存在へと変えていくこと」と「さらに国家を形骸化させないようにすること」の間の矛盾と緊張は、ハイチのような脆弱な国家に介入する外部アクターがよく直面するジレンマだ。だが、地震がハイチの慢性的問題を急性の問題へと変化させたために、このジレンマはさらに大きくなった。
地震に見舞われたハイチへの大きな同情と連帯を示した国際社会は、救済と復興のために総額100億ドル規模のハイチへの援助を約束した。
だが拠出国は、腐敗まみれのハイチ政府に対する不信ゆえに援助資金を政府に渡すことを嫌がった。この点をめぐって、社会的混乱から復興への好ましいモデルとしてファーマーが思い描いているのはルワンダのケースだ。(現在ファーマーが活動している)ルワンダでは、1994年に大虐殺が起きた後、国際社会による援助によって効率ある国家の樹立が後押しされた。
ルワンダでの課題は非常に大きく、現地の壊滅的事態はハイチよりも悲惨で、開発に向けた機会も乏しかった。だが、政治エリートの質という側面でルワンダとハイチは大きく違っていた。1994年以降、ルワンダを率いてきたのは、利益供与や政治腐敗を退け、職務に忠実で能力のある官僚たちだった。対照的に、ハイチ政府のエリートは腐敗にまみれ、カネでポストを手に入れることも日常的だった。ファーマーが指摘していないのは、援助拠出国がもっとハイチ政府を支援していれば、盗み出せるものが多くなる分、ますます腐敗が深刻になっていたと考えられることだ。
政府が機能不全に陥っている原因を、悪意に満ちた外部勢力の介入に求めるファーマーの立場は間違ってはいない。しかし、だからといって、援助を提供する側がハイチの政治システムを信用しさえすれば、すべてがうまくいくことにはならない。
もちろん、私よりもファーマーのほうがハイチのことをよく理解している。だが、前首相で市民社会活動家のミシェル・ピエールルイを含む、私が尊敬するハイチの改革主義者たちは、ファーマーとは逆の処方箋を示している。「変化は内側からだけでは実現できない」と彼らは考えている。悪意に満ちた外部勢力の介入が、ハイチを機能不全へと追い込んだのかもしれないし、その結果、友好的な介入さえも難しくなっているのは事実だろう。しかし、外部アクターの介入が必要とされているのも間違いない。
ハイチ政府に資金を提供するのを援助拠出国がためらうのは無理もない。どうみても、政府は救済や復興を管理していく能力を持っていない。ハイチ政府に巨額の援助を与えれば、石油資源が発見された弱体な国家でよくみられる、援助を政治的支持に置き換える動きを刺激することになる。
だが、他の選択肢はもっと魅力に欠ける。この場合、ハイチ社会とは接点を持たない援助組織やNGOがばらばらに活動することを意味する。問題は、援助組織やNGOにとってこの状況が非常に魅力的なことだ。これを裏付けるように、地震後の活動の必要性、メディアでの露出、そして資金流入の組み合わせによって、現地で活動するNGOの数は5000へと膨れあがっている。地震前にも、NGOがハイチ全土で展開した無意味なプロジェクトの残骸が数多くある。その象徴としてファーマーは、3000万ドルの資金を要して建設され、いまは放棄されている風車の存在を指摘している。
【ポール・コリアー(オックスフォード大学教授)/フォーリン・アフェアーズ・リポート 2011年11月8日】