2015-04-29

日本にとって危険なヒラリー・クリントン/『この国はいつから米中の奴隷国家になったのか』菅沼光弘


『日本はテロと戦えるか』アルベルト・フジモリ、菅沼光弘:2003年
『この国を支配/管理する者たち 諜報から見た闇の権力』中丸薫、菅沼光弘:2006年
『菅沼レポート・増補版 守るべき日本の国益』菅沼光弘:2009年
『この国のために今二人が絶対伝えたい本当のこと 闇の世界権力との最終バトル【北朝鮮編】』中丸薫、菅沼光弘:2010年
『日本最後のスパイからの遺言』菅沼光弘、須田慎一郎:2010年
『この国の権力中枢を握る者は誰か』菅沼光弘:2011年
『この国の不都合な真実 日本はなぜここまで劣化したのか?』菅沼光弘:2012年
『日本人が知らないではすまない 金王朝の機密情報』菅沼光弘:2012年
『国家非常事態緊急会議』菅沼光弘、ベンジャミン・フルフォード、飛鳥昭雄:2012年

 ・フリーメイソンの「友愛」は「同志愛」の意
 ・日本にとって危険なヒラリー・クリントン

『誰も教えないこの国の歴史の真実』菅沼光弘:2012年
『この世界でいま本当に起きていること』中丸薫、菅沼光弘:2013年
『神国日本VS.ワンワールド支配者』菅沼光弘、ベンジャミン・フルフォード、飛鳥昭雄
『日本を貶めた戦後重大事件の裏側』菅沼光弘:2013年

 売国奴という言葉がありますが、国家観を持たない人間は平気で国を売ります。自分では国を売るという意識もないまま、「親米」だの「親中」だのと体(てい)のいい言葉の裏で、国を売って平然としています。私はこれまでどれほどそういう政治家を見てきたか。本当に嫌になるくらい見てきました。

【『この国はいつから米中の奴隷国家になったのか』菅沼光弘(徳間書店、2012年)以下同】

 今から30年ほど前までは「愛国心」という言葉が右翼を示すキーワードであった。この国は戦争に敗れて以来、「国を愛すること」すら許されなかった。

 本多勝一〈ほんだ・かついち〉の「菊池寛賞を改めて拒否しなおす」(『潮』1983年11月号)に感激した私は、当然のように彼が批判する山本七平からは遠ざかった(『殺す側の論理』すずさわ書店、1972年)。浅見定雄の『にせユダヤ人と日本人』(朝日文庫、1986年)にも私は手を伸ばした。時代の風は左側から吹いていた。それに断固として異を唱えたのが渡部昇一〈わたなべ・しょういち〉や谷沢永一〈たにざわ・えいいち〉であった。彼らは「右翼」と目された。

 菅沼の指摘は右左の問題ではない。政治家が国益よりも私益を重んじたとの一点にある。新聞・テレビ・企業がこれに続くのは当然であろう。祖国は売り物と貶められた。

 日韓関係についてもそうです。例の従軍慰安婦の問題について、ヒラリー・クリントン国務長官が従来の「コンフォート・ウーマン(慰安婦)」という英語の呼称を「セックス・スレイブ(性奴隷)」にするしかないと言いはじめています。
 これは韓国の圧力によるもので、アメリカのニュージャージー州とニューヨーク州の2ヵ所には、旧日本軍従軍慰安婦の記念碑が建てられています。いずれも公共施設の中です。そこには「20万人の韓国の若い女性が日本帝国政府に拉致されてセックス・スレイブになった」と書かれている。せいぜい数万人とされていたのがいまや20万人になっているのです。
 日本政府はこれを撤去するように申し入れていますが、アメリカはまったく撤去しようとしません。
 この記念碑を見たアメリカ人は、これはひどい、日本は許せないとなるでしょう。それを受けてヒラリー・クリントンはセックス・スレイブと言い出した。
 李明博大統領は来年2月で任期は終りですが、韓国というのは政権の末期になると必ず反日の気運を高めることになります。まして李明博政権は身内の収賄事件などが発覚してボロボロですから、世論を反日に向けさせて自分に矛先が向かないようにしています。それにアメリカも加担しているわけです。


「米国は,アメリカ合衆国下院121号決議の成立と,ヒラリークリントンやバラクオバマの声明によって,韓国の売春婦(政府と売春婦の両方)をサポートした」(アメリカ人ジャーナリストのマイケル・ヨンさんの日本語のブログ)。

 バブル景気に酔い痴れる日本に対して「経済戦争」を仕掛けたのが夫君のビル・クリントンであった(『この国の権力中枢を握る者は誰か』菅沼光弘)。その妻女が親日家であるとは考えにくい。夫婦揃って左派的要素が強いことでも知られる。

 慰安婦問題を歴史的事実としないためにも、「いわゆる慰安婦問題」と表記することが望ましい。結果的に見ればアメリカにおける韓国のロビー活動に我が国が敗れたということだ。

 本来であれば朝日新聞の慰安婦虚報が明らかになった時点で、これをテコに全国民的な歴史検証を開始すべきであった。アメリカ議会に対するロビー活動も必要だとは思うが、まずきちんとした英語情報を書籍やウェブサイトの形で日本から発信すべきである。

渡部昇一の考える、いわゆる慰安婦問題について

 そもそもなぜ慰安婦が必要になったか? 兵士に強姦させないためである。こんな簡単な理屈もわからなくなっている。欧米やロシアの場合は徹底的な強姦を行う。ノルマンディー上陸作戦に参加した米軍兵士たちはフランス人女性を思う存分犯した(AFP 2013-05-27)。ヒトラー率いるナチス・ドイツを破ったロシア軍も手当たり次第にドイツ人女性をレイプした。老女までもが犠牲となった。

 東京裁判史観を完全に払拭することなしに戦後レジームからの脱却はあり得ない。現段階では正確な自国の歴史を述べる機会すら与えられていないのが日本の現状である。

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2015-04-28

日本における集団は共同体と化す/『日本人と「日本病」について』岸田秀、山本七平


 ・断章取義と日蓮思想
 ・日本における集団は共同体と化す

岸田 つまり日本というのは、あらゆる組織、あらゆる集団が、血縁を拡大した擬制血縁の原理で成り立っているわけですね。

【『日本人と「日本病」について』岸田秀〈きしだ・しゅう〉、山本七平〈やまもと・しちへい〉(文藝春秋、1980年/青土社、1992年/文春文庫、1996年)以下同】

 ま、早い話が親分子分の世界だ。確かにそうだ。後進の育成を我々は「面倒を見る」と表現する。この時点でもう兄貴分だ(笑)。結局、日本の集団は「一家」のレベルに過ぎないのだろう。日本経済をバブル景気まで支えてきた終身雇用制は、まさしく「擬制血縁の原理」が機能していた。

山本 私はね、ヨーロッパが血縁幻想を持つための条件をなくしたとすれば、それは二つあると思っているんです。一つは奴隷制ですね、人間を買ってくる。もう一つは僧院制、これは独身主義です。血縁ができない。したがって、これらは真の意味の組織だけになってくるんです。
 奴隷制度はヨーロッパに唯一神が現れる前から、一種の組織だったんですね。あの時代の自由の概念はきわめてはっきりしていて、契約の対象か売買の対象かで自由民か奴隷かが決まるわけです。ひと口に奴隷といっても、いわゆる技能奴隷、学問奴隷などはムチでひっぱたいてもダメで、報酬を与えないと働かない。その結果、ずいぶん金持の奴隷もいたわけなんです。だけど、金を持っただけでは自由民になれない。奴隷は契約の対象じゃないんですから、いわば家畜が背中に貨幣でも積んでいるような形にすぎないんですね。

「民族的伝統と見られているものの大半が過去百数十年の間に『創られた伝統』に過ぎない」(『インテリジェンス人生相談 個人編』佐藤優)としても、やはりヨーロッパには異なる宗教や言語が存在したわけだから「敵」が多かったことは確かだろう。第二次世界大戦に至るまで戦争に次ぐ戦争の歴史を経てきた。それゆえ集団内にあっても徹底的に主張をぶつけ合う。日本のように小異を捨てて大同につくなどということはあり得ない。

岸田 やはりヨーロッパは家畜文化であるというところに、根本の起源があるのかもしれませんね。

山本 そうかもしれません。

岸田 日本には奴隷制はなかったわけですからね。

山本 ないです。「貞永(じょうえい)式目」を見ると人身売買はありますが、ローマのような制度としての奴隷制というものはない。これははっきりしている。

 人間を家畜化したのが奴隷である。

動物文明と植物文明という世界史の構図/『環境と文明の世界史 人類史20万年の興亡を環境史から学ぶ』石弘之、安田喜憲、湯浅赳男

 日本に奴隷制がなかった事実が、ヨーロッパと日本の帝国主義の違いにつながる。イギリスやフランスは植民地を奴隷として扱った。日本は一度もそんな真似をしたことがない。朝鮮も併合したのであって植民地ではなかった。イングランドとスコットランドのようなものだ。

 ヨーロッパ人がアフリカ人やインディアンに為した仕打ちを見るがいい。キリスト教による宗教的正義がヨーロッパ人の残虐非道を可能とした。アメリカでは黒人奴隷が動産として扱われた(『ナット・ターナーの告白』ウィリアム・スタイロン)。

岸田 では、日本の集団はどういう原理で動いているでしょうかね。

山本 ただ一つ、言えるだろうと思う仮説をたてるとしますと、日本では何かの集団が機能すれば、それは「共同体」になってしまう。それを擬制の血縁集団のようにして統制するということじゃないでしょうか。ただ、機能しなくちゃいけないんです、絶対に。血縁集団というものは元来、機能しなくていいんですね。機能しなくても血縁は血縁。しかし、機能集団は別にある。しかし、日本の場合、それは即共同体に転化しちゃう。

 これは日本がもともと母系社会であったことと関係しているように思う。父は裁き、母は守るというのが親の機能であるが、日本のリーダーに求められるのは母親的な役回りである。親分・兄貴分も同様で父としての厳しさよりも、母親的な包容力が重視される。考えてみれば村というコミュニティや談合という文化も極めて女性的だ。

 ま、天照大神(あまてらすおおみかみ)は女神だし、卑弥呼(?-248年頃)という女性権力者がいたことを踏まえると、キリスト教ほどの男尊女卑感覚はなかったことだろう。

 今この本を読むと、意外なことに「日本はそれでいいんじゃないか」という思いが強い。自立した人格の欠如とか散々自分たちのことをボロクソに言ってきたが、寄り合い、もたれ合いながらも、奴隷制がなかった歴史的事実を誇るべきだろう。俺たちは『「甘え」の構造』(土居健郎)でゆこうぜ(笑)。今更、砂漠の宗教にカブれる必要はない。自然に恵まれた環境なんだから価値観が異なるのは当たり前だ。それゆえ私は今こそ日本のあらゆる集団が「確固たる共同体」を構築すべきだと提案したい。

日本人と「日本病」について (文春学藝ライブラリー)
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会津藩の運命が日本の行く末を決めた/『守城の人 明治人柴五郎大将の生涯』村上兵衛
シナの文化は滅んだ/『香乱記』宮城谷昌光

2015-04-27

宮城谷昌光


 3冊読了。

 37~39冊目『香乱記(一)』『香乱記(ニ)』『香乱記(三)』宮城谷昌光(新潮文庫、2006年/毎日新聞社、2004年)/秦の始皇帝の晩年から楚漢戦争までを描いた作品。毎日新聞連載。主役は田横〈でんおう〉という人物である。『遠野物語』のまえがきで柳田國男が名を上げた「陳勝呉広(ちんしょうごこう)」も登場する。そして項羽と劉邦も。少々取っ掛かりにくかったのだが、人相見が出てきた途端、物語が色めき立つ。その後はいつものように一気読みだ。寝る間も惜しみ丸一日で3冊を読んだ。趙高の奸計がやがて秦を亡ぼし、楚漢戦争にまで至る。悪人が時代を揺さぶり、歴史の舞台には次代を担う新しい人々が登場する。

2015-04-26

菅沼光弘、出口汪、福村国春、他


 9冊挫折、5冊読了。

心の病の「流行」と精神科治療薬の真実』ロバート・ウィタカー:小野善郎監訳、門脇陽子、森田由美訳(福村出版、2012年)/良書。専門性が高すぎて挫折。難しいからではなく時間を惜しんだため。統合失調症に関する一級資料と思う。

抗うつ薬の功罪 SSRI論争と訴訟』デイヴィッド・ヒーリー:田島治監修、谷垣暁美訳(みすず書房、2005年)/読み物としてはこちらの方が面白い。こちらも同様で時間がないため放り投げた。目安としては『クレイジー・ライク・アメリカ 心の病はいかに輸出されたか』を読んで、更に前へ進みたい人はこの2冊に取り組むのがよい。

ヒトの見方』養老孟司(ちくま文庫、1991年/筑摩書房、1985年『ヒトの見方 形態学の目から』改題)/飛ばし読み。余計な一言が多く、せっかくの主張が台無しになっている。冷笑が養老の悪癖だ。それでも尚、養老の著書を開くのは、私がテーマにしている「見る」ことと鋭い時間論が展開されているためだ。

新薬ひとつに1000億円!? アメリカ医薬品研究開発の裏側』メリル・グーズナー:東京薬科大学医薬情報研究会訳(朝日選書、2009年)/フォントが小さい告発本にはロクなものがないと思ってよい。数ページで挫ける。

オーウェル評論集』ジョージ・オーウェル:小野寺健編訳(岩波文庫、1982年)/二度目の挫折。ディケンズの文学評論が長すぎる。

未知の次元』カルロス・カスタネダ:名谷一郎〈なたに・いちろう〉訳(講談社、1979年)/後回し。

世界史の極意』佐藤優(NHK出版新書、2015年)/後回し。

プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』マックス・ウェーバー:中山元〈なかやま・げん〉訳(日経BP社、2010年)/待望の新訳。読みやすい。が、一筋縄ではゆかず。これも後回し。

すべては1979年から始まった 21世紀を方向づけた反逆者たち』クリスチャン・カリル:北川知子訳(草思社、2015年)/文章がいい。翻訳も優れている。ただ人選を誤っているような気がする。世界的に新自由主義が否定されつつある時にサッチャーを取り上げるとはね。

 32冊目『世界経済の支配構造が崩壊する 反グローバリズムで日本復活!』菅沼光弘、藤井厳喜〈ふじい・げんき〉(ビジネス社、2015年)/菅沼の新刊である。藤井厳喜が菅沼を師匠と呼んでいる。菅沼本は語り下ろしが多いが、これはしっかりした文章である。藤井の執筆部分も非常によい。

 33冊目『ブラック・プリンス』デイヴィッド・マレル:山本光伸訳(光文社、1985年/光文社文庫、1989年)/これは4度目くらいだと思った。やはり山本訳はいいね。マレルの作品では『ランボー』よりもこちらがオススメ。『モンテ・クリスト伯』や『スカラムーシュ』に連なる系譜の復讐譚である。文章も素晴らしい。

 34冊目『歴史の見方がわかる世界史入門』福村国春(ベレ出版、2014年)/一気読み。これはオススメ。世界史全体の流れがよくつかめる。気になる箇所がいくつかあったが、ま、細かいことは言うまい。2~3回続けて読めば、西洋史の時間軸を構築できそうだ。

 35冊目『出口式ロジカル・リーディング 読書で論理思考を手に入れよう』出口汪〈でぐち・ひろし〉(インデックスコミュニケーションズ、2009年)/小論文のカリスマ講師らしい。変わった名前でピンと来た人もいるかもしれないが、何と出口王仁三郎の曾孫。粗製乱造気味と見えて、一冊の本としては締まりに欠ける。

 36冊目『神国日本八つ裂きの超シナリオ』菅沼光弘、ベンジャミン・フルフォード、飛鳥昭雄(ヒカルランド、2013年)/おしゃべり本。大した内容ではないが菅沼ファンは読んでしまう。3人でトークショーも行っていたとはね。

2015-04-25

アブラハムの宗教入門/『まんが パレスチナ問題』山井教雄


神様:
ユダヤ教のヤハベ(エホバ)、キリスト教の神、イスラム教のアラー、みな同一の神様で、何を隠そう、私のことなんじゃ。でも、その頃は小さな部族集団だったユダヤ人の部族神でしかなかったんじゃ。「部族」というのは「民族」より小さい単位で、血がつながっていることを信じている人の集団じゃよ。

その頃は、各部族はそれぞれの部族神を持っていて、その部族神は土地や子孫の繁栄など、現世利益(りやく)を部族に約束するんじゃ。当然、土地をめぐって部族間で争いが起こり、負けた部族やその部族神は亡びるか、勝った部族に統合された。

キリスト教やイスラム教のような世界宗教の神としては、人類全体のことを考えなければいけないんだが、当時のユダヤ教の神としては、自分が選んだ民、ユダヤ人のことだけを考えていればよかったのじゃ。

【『まんが パレスチナ問題』山井教雄〈やまのい・のりお〉(講談社現代新書、2005年)以下同】

 アブラハムの宗教入門としてオススメである。「まんが」と題しているが、実際は「大きなイラスト」で、文章の殆どが科白(せりふ)として書かれている。

 もともと部族宗教であったユダヤ教から、キリスト教・イスラム教という世界宗教が生まれた。宗教人口はキリスト教が22.54億人(33.4%)でイスラム教が15億人(22.2%)、ユダヤ教が1509万人(0.2%)となっている(百科事典『ブリタニカ』年鑑2009年版)。米調査機関ピュー・リサーチ・センターによれば、2070年にはイスラム教徒とキリスト教徒がほぼ同数になり、2100年になるとイスラム教徒が最大勢力になると予測している(日本経済新聞 2015-04-06)。


 こうして一覧表にしてもらうと実にわかりやすい。日本人からすれば殆ど差はないように見えるが、それぞれの宗教が無数に分派している現実を思えば、教義に対する解釈論争の厳しさが浮かんでくる。

 アブラハムの宗教は啓典宗教である(『日本人のための宗教原論 あなたを宗教はどう助けてくれるのか』小室直樹)。神よりも言葉が重い。そしてその言葉の解釈を巡って争いが起こる。世界とは聖書世界を意味しており、神の存在証明を目指して西洋では学問が発展してきた。

 テキストを重んじることで宗教の機能は命令と禁止に転落した。複雑を極めたユダヤ律法に異を唱えたのがイエスであった。そしてイエスの弟子たちは同じ過ちを繰り返している。

まんが パレスチナ問題 (講談社現代新書)