・ジェシー・ベンチュラの陰謀論
・MKウルトラ計画
・タビストック人間関係研究所
・ジェシー・ベンチュラ
・資本主義経済崩壊の警鐘/『ショック・ドクトリン 惨事便乗型資本主義の正体を暴く』ナオミ・クライン
またたくまに、セックスの翳(かげ)りを見るだけでは物足りないという時代になってしまった。フランスでは発売禁止だが、ぼくがいくさつか持ってる「ハスラー」のようなアメリカの雑誌では、セックスそのものが、大きく口を開いたまま、広がって、らんの花やアネモネの風情よろしく幻想的に写されている。この露骨さにはたえられないと訴えてきた多くの女性たちに対し、編集長は雑誌の中で答えて、その立場を次のように正当化した。「男性たちがみたいと望み、みせることをこばまない女性たちがいるのだから、それをのせることにしているまでだ。それをとやかくいうのは、凝(こ)り固った偽善というものだ」彼はさらにつけ加えた。「それでは、ほんとうのポルノグラフィーはどんなものかお見せしよう」そして、ばらばらの死体のかさなったおそろしい戦争の写真を出版した。「みにくく、顔をそむけさせる、おそろしいもの、それこそが戦争ではないか。ポルノグラフィーを排斥する偽善者どもは、戦争に賛成しているのだ」と彼はことばを結んだ。
この理屈が正しいことは認めねばならないだろう。最近のニュースによると、この勇気ある男はその後神秘主義のとりこになり深く沈潜したが、車の中にいるところをピストルで撃たれ半身不随になったそうだ。アメリカで道徳問題に口をはさむのはやめた方がいい。
【『フランス版 愛の公開状 妻に捧げる十九章』ジョルジュ・ヴォランスキー:萩原葉〈はぎわら・よう〉訳(講談社、1981年)以下同】
1978年3月6日、ジョージア州グイネットにてラリー自身がわいせつ事件の裁判に出廷する際、郡裁判所の付近で待ち伏せされラリーの弁護士ジーン・リーブスとともに銃撃を受けた。弁護士のリーブスは治療の甲斐もあって回復したが、ラリーはこの銃撃により下半身麻痺の後遺症が残った。その後白人至上主義の連続殺人犯ジョゼフ・フランクリンが襲撃を認める供述を行った。フランクリンは襲撃の理由についてハスラーに黒人と白人が性交している写真を掲載した為であると供述している。ジョセフの供述には不明確なところもありその信憑性を疑う声もあるが、ラリーは彼の供述を信じているというコメントを発表した。襲撃事件の後ラリーはキリスト教の信仰を止め、妻とともにロサンゼルスに移った。現在サンタモニカに居住している。
【Wikipedia】
フランスのフェミニズム運動(ウーマンリブの運動)はやっと芽ばえたというところで、それは1968年の(五月革命の)あのバリケードの中から生まれでたのだったが、その最も大きな論戦は中絶と避妊についてだった。
そう、フェミニズムと運動の中では、その要求や闘争以上に重要なものがあったが、それはきみたち女性がその中で女同士の友情というものをみいだしたことだ。
独断的かもしれないけれど、ぼくには、女性が世の中を支配したら男ほどばかなことはしないだろうとは、はっきり答えられない。女は一見して男ほど軽はずみでなく、見栄っぱりでもなく、男のように名誉を欲しがらないというのは、男がいままで女を目立つ場所においていなかったからにすぎない、と思う。女性が一寸距離をとって物事を見られる立場にいるせいでそうなのだ、とおも(ママ)う。
ぼくはファロクラット(男性優越主義者)でいるのをどうしてもやめられない。でも、ぼくはきみといっしょに闘うつもりだ。
自分が正しいと確信しているなら、間違っている人々と議論する必要はない。(ヴォランスキー)