国民新党・新党日本の両院議員総会から。『上場企業の3割しか税金を払っていない。メガバンクは一円も税金を払っていない。』こんな驚愕の事実をマスゴミは書かずに、一方で経団連のボスの減税談話を垂れ流す。もうこの国は終わっているよ。真っ当な事を言う政党が殆どいなくなっちゃったからな。
— mcadachi (@seattlemylove) 2011年10月15日
2011-10-17
上場企業の3割しか税金を払っていない。メガバンクは一円も税金を払っていない
人間の生きる営みのすべては問題解決の試みである
人間の生きる営みのすべては問題解決の試みである。患者の運動機能回復もまた問題解決の試みである。そう定義すれば、リハビリテーション治療が患者にとっては「学習」であり、それを援助しようとする者にとっては「教育」であると規定できる。学ぶものと教えられるものとの相互関係の構築。これによってリハビリテーション専門家には「教師」としての立場が与えられる。セラピストは自らの治療が教育的であることを自覚しなければならなくなるのである。
【『リハビリテーション・ルネサンス 心と脳と身体の回復 認知運動療法の挑戦』宮本省三〈みやもと・しょうぞう〉(春秋社、2006年)】
ソフトバンクでつながるのは打線だけ
@euroseller
EURO SELLER 「ソフトバンクでつながるのは打線だけ」に続く標語募集。iPhone4Sでauに完敗。http://t.co/LK0FePjY
Oct 14 via yubitterFavoriteRetweetReply
2011-10-16
奥谷禮子の週刊東洋経済インタビュー騒動
週刊東洋経済2007年1月13日号で、「格差社会と言いますけれど、格差なんて当然出てきます。仕方がないでしょう、能力には差があるのだから」と発言し、インターネット上などで波紋が広がっている。
記事では、「下流社会だの何だの、言葉遊びですよ。そう言って甘やかすのはいかがなものか」と持論を展開。過労死については「だいたい経営者は、過労死するまで働けなんて言いませんからね。過労死を含めて、これは自己管理だと私は思います。ボクシングの選手と一緒」とした上で、「自分でつらいなら、休みたいと自己主張すればいいのに、そんなことは言えない、とヘンな自己規制をしてしまって、周囲に促されないと休みも取れない。揚げ句、会社が悪い、上司が悪いと他人のせい。ハッキリ言って、何でもお上に決めてもらわないとできないという、今までの風土がおかしい」と経営者側よりも労働者側の意識が問題との認識を示した。
2007年2月7日の衆議院予算委員会で、川内博史議員(民主党)が「あまりの暴論なので提示させてもらった。柳澤伯夫厚生労働大臣の諮問委員に日本国憲法を無視している人がいて、ホワイトカラーエグゼンプションを推進しようとしている」と詰問し、奥谷の当該発言を読み上げた。この質問に対し、柳澤厚生労働大臣は「まったく、私どもの考え方ではない」と答弁している。
この後、奥谷はマスコミの取材に対し「発言の一部分だけをとらえた質問は遺憾」と反論したが、2007年2月19日の衆議院予算委員会で、枝野幸男議員(民主党)が「十分釈明を聞きたい」と述べ、参考人招致を要求した。結局、与党側が3月2日に委員長職権で審議を打ち切り予算案が衆議院を通過したので野党側が要求していた奥谷の参考人招致は実現しなかったが『週刊ポスト』『女性セブン』(以上、小学館)や『サンデー毎日』(毎日新聞社)でも奥谷発言が取り上げられた。
この発言に関して奥谷は2007年4月2日付の朝日新聞におけるインタビューで、「真意が伝わっていない。工業化社会から知的創造の時代に移り、長く働けば生産性が上がる時代では無い。自分で労働時間を管理し、生産性が上がるよう働けばいいという意味だった」とコメントしている。
2007年5月22日の参議院厚生労働委員会で櫻井充議員は奥谷について「この方が労働政策審議会のメンバーですね、ホワイトカラーエグゼンプションをどんどん進めていって、やられている方ですね。この方は、規制改革会議のメンバーでしたね。過労死は自己責任と言った人ですよ。こういう人が本当に有識者ですか」「何回も、いつもこの委員会で問題になっていますけれども、過労死は自己責任だとか、そういうことをおっしゃっている方が(労働政策審議会の委員として)適切なのかということです」と批判している。
【Wikipedia】
エリザベス・エックフォードを罵ったヘイゼル・ブライアント
(※1957年)9月4日の初登校日、黒人生徒たちはNAACP(全国黒人地位向上協会)役員や白人司祭等と共に団体行動で登校することになったのですが、家が貧しく電話のないElizabeth Eckford(エリザベス・エックフォード、15歳)には連絡がつかず、彼女だけは単独で登校しました。彼女は少しでも可愛く見えるようにと、この日のために手製のスカートを作り、アイロンも念入りにかけていました。バスを下り学校に近づくと、並んでいる州兵が「あっちへ行け」という仕草をしました。彼女は素直に通りの反対側へ移り、学校の正面玄関に向います。Elizabeth Eckfordを発見した白人生徒を含む群衆はゾロゾロと彼女について歩き、口々に"Nigger!"(クロンボめ!)、"Go back to Africa!"(アフリカへ帰れ!)などと罵りました。このワン・ブロックは彼女にとって生涯で一番長い距離だったそうです。正面玄関へと続く小道の近くの州兵たちは冷たい目付きで彼女を睨み、銃剣をかざして通せん坊しました。彼女はTV報道で州兵がいることは知っていましたが、「州兵は黒人の生徒を守ってくれる役目」だと思い込んでいたので愕然とします。Elizabeth Eckfordは途方に暮れ、ふと目に入ったバス停のベンチを目指します。罵声や憎しみの目に囲まれ、彼女の膝はガクガクし、やっとの思いでベンチに到達。数人の親切な白人の助けでバスに乗り、母の職場へ駆け込んで泣き崩れたそうです。
【リトル・ロック(アーカンソー州)セントラル高校の人種統合(1957)】
高校生のヘイゼル・ブライアントが獰猛(どうもう)な野獣のような顔つきで、エリザベス・エックフォードを罵倒している。10代半ばの少女が差別という狂気に取りつかれたのは、そのように教育されてきたためだろう。
ところが、この写真を撮影されてしまったことでヘイゼル・ブライアントは長年にわたって苦しむ羽目となる。「天に向かって吐いた唾(つば)が顔に掛かるのは当然だ」という思いもする。しかし誰にでも過ちはあるものだ。
ヘイゼル・ブライアントがエリザベス・エックフォードと再会し、謝罪することができたのは、実に40年後のことであった。誤った価値観はかくも恐ろしい。
・パレスチナ人女性を中傷するイスラエルの若者たち
・公民権運動の母ローザ・パークスとバス
・クー・クラックス・クラン(KKK)と反ユダヤ主義
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