2012-01-03

最先端の軍事技術、世界どこでも1時間以内に? 空飛ぶ自動車も

 米国防総省高等研究計画局(DARPA)は、世界での中でもずば抜けて先端を行く未来志向の軍事技術研究に投資している。助成先はハイテク製品の開発を手掛ける民間企業や研究機関。現在はダチョウロボット、空飛ぶ自動車、滞空時間5年間の航空機などの開発プロジェクトを支援する。

 中にはSFに登場しそうな技術もあるが、DARPAによる資金提供は、少なくとも実現の可能性があることを意味する。以下に紹介する研究プロジェクトは未来の戦争を一変させる可能性があり、そしていつか、軍用以外にも転用される日が来るかもしれない。

ディスクローター複合ヘリコプター
 DARPAとボーイング米航空大手ボーイングの共同プロジェクト。ヘリコプターと飛行機の利点を組み合わせ、ヘリコプターのようなホバリング状態からそのまま飛行機のような飛行へと切り替えられる性能の実現を目指す。中央のディスクから伸びた回転翼で地面から離着陸でき、この翼をディスク内に回収すれば、両翼の下に搭載したエンジンで飛行できる。

バルチャー
 バルチャーは「コンドル」の意味。偵察や監視、通信などの作戦用に、滞空時間5年以上の性能を備えた衛星のような無人機の開発を目指す。このプロジェクトもボーイングが手掛け、太陽光発電式の無人機「ソーラーイーグル」を開発中。同機は翼幅120メートル。1万8000メートルの高度で運航する。2014年に初のデモ飛行を予定している。

チェムボット
 米ハイテク企業のアイロボットとDARPAが共同で開発している柔軟性の高い軟体ロボット。変形しながら自分よりも小さな隙間(ドアの下など)をくぐりぬけて進み、極秘作戦の遂行を目指す。

LANドロイド
 アイロボットが開発中のポケットサイズのロボット。兵士が都市部を移動しながら安定した通信を確保できるよう、各ロボットに無線LAN通信の中継機能を備え、兵士が移動するとロボットも自動的に付いてくる。重さは約450グラム。水かきのような構造を使って態勢を立て直し、障害物を乗り越える。

ファルコンHTV-2
 セ氏1925度の高温に耐え、世界中のどこへでも1時間以内に到達できる飛行体の開発が目標。ロケット打ち上げ式の無人航空機「HTV-2」はDARPAが既に製造し、飛行実験を行った。マッハ20はニューヨークからロサンゼルスまで12分足らずで到達できる速度。2010年4月の実験では打ち上げから約9分で太平洋に墜落し、11年8月の実験も同じような経過をたどった。

ファストランナー
 別名「ダチョウロボット」はDARPAとマサチューセッツ工科大学(MIT)などの共同プロジェクト。人間の短距離走者並みのスピードで荒れ地を駆け抜けられる二足歩行ロボットの開発を目指す。コンピューターモデルでは最高時速43キロを達成、2012年に実際のロボットを開発予定。

フェニックス
 地上2万マイルの軌道上にある通信衛星が故障した場合、たとえアンテナや太陽光電池パネルなどの部品がまだ利用できる状態にあったとしても、代替となる衛星を新たに打ち上げなければならない。このプロジェクトでは故障したり引退したりした衛星からこうした部品を取り外し、再利用することを目指す。つまり宇宙ごみのリサイクル事業。

シュライク
 航空宇宙会社のアエロバイロンメントが開発する垂直離着陸式の無人偵察機。バックパックに入れて持ち歩けるサイズの小型機に4枚の回転翼と高解像度のカメラを搭載し、映像を生中継できる。最高40分間のホバリングと数時間の映像中継が可能。

トランスフォーマー
 自動操縦機能を備えた空飛ぶ軍用車の開発は、ロッキード・マーティンやカーネギーメロン大学などの共同プロジェクト。4人乗りで、タンク1個分の燃料で400キロ以上の運航が可能。周囲の環境を認識し、それに応じた飛行ができる自動操縦機能の実現を目指す。

コグニティブ技術危険通報システム(CT2WS)
 遠方から危険を察知して兵士に知らせる双眼鏡。「コグニティブ視覚処理」技術を使って兵士の脳にある潜在意識のパターンをチェックし、兵士が自覚する前に危険を察知する。

ナノエアービークル(NAV)
 屋内および屋内での作戦に利用する超軽量小型飛行体。翼を高速で羽ばたかせてホバリングや飛行ができるハチドリ型ロボットの試作品が既に開発されている。

CNN 2012-01-02

◎フォトスライド

「なぜ入力するのか?」「そこに活字の山があるからだ」


「なぜ、そこまで入力するのですか?」という質問が寄せられた。

私はブック・キャッチャーである/『スリーピング・ドール』ジェフリー・ディーヴァー

「そこに活字の山があるからだ」と返事をした。私はかねがねジョージ・マロリー卿に強い憧れを抱いている。

『そして謎は残った 伝説の登山家マロリー発見記』ヨッヘン・ヘムレブ、エリック・R・サイモンスン、ラリー・A・ジョンソン

 高峰へのアタックはルート選びで成否が決する。未踏の領域には何があるのか? そこには誰も経験していない「山との対話」があるのだ。対話とはコミュニケーションである。天に近い領域に縁起的世界が広がる。私は山であり、山は私である。

 高尾山くらいしか登れない私でも、そんなことは容易に想像がつく。多くの人々によって踏み固められたコースに感動はないかといえばそうでもない。初めて往く道には新鮮な出会いがある。通勤や通学コースがつまらないのは「先がわかっている」ためだ。

 話を元に戻そう。入力は相手の思索を辿る行為である。その意味で「思想のトレース」といってよい。実際にやってみるとわかるが、読んだ時は感動したものの、入力するとキータッチが重くなることがある。これは文体が悪いためだ。文体の生命はリズムである。つまり思想が身体性に至っていないためにアンバランスが生じるのだ。

 法華経の法師品第十で五種法師が説かれ、法師功徳品第十九では「受持、読、誦、解説、書写」という五種の修行の功徳が宣言される。

 書写の目的は情報のコピーではなく、思想のトレースにあったというのが私の見立てである。日本でも明治初期まではこれが普通であった。勝海舟や福澤諭吉が学問と取り組む姿勢にひ弱なところは全くない。むしろ格闘技に近い。

日清戦争に反対した勝海舟/『氷川清話』勝海舟:江藤淳、松浦玲編
枕がないことに気づかぬほどの猛勉強/『福翁自伝』福澤諭吉

 彼らの時代は蘭書があると聞けば全国を渡り歩き、和紙を用意し、墨を磨(す)り、筆を振るって書き写した。その強靭な身体性が外国の思想に肉薄したことは間違いないだろう。

 だから本当であれば、やはり「書く」という行為が重要なのだ。また「声に出して読む」ことも大切であろう。テキストを演劇化すれば、もっと凄い領域に辿りつくはずだ。

 これはスポーツの世界においても同様で、徹底して基本の繰り返しが行われる。身体で「なぞる」のだ。例えば野球の素振りは100回を超えると無駄な力が抜けるといわれる。そして少しずつ理想のフォーム(型)が固まってゆくのだ。

「型にはまるな」という考えはここでは通用しない。型を身につけないと、型を超えることはできないからだ。名選手とはいずれも基本型から独自世界を生み出した人々の異名である。型を無視することは不自由につながる。

 悟りや知性は身体性を伴う。コンピュータが人間にかなわないのは身体性を欠いているためだ。我々は脳内ネットワークが言葉や思考で結ばれていると錯覚しているが、実際の反応を司っているのは五感の刺激であると思われる。つまり身体性を伴う刺激が脳を左右するのだ。

 私の直観が告げる。ここに呼吸が絡んでくる、と。呼吸法ではない。様々な呼吸の変化を見つめ、自覚するということだ。呼吸が生命のリズムを奏でる。

歩く瞑想/『君あり、故に我あり 依存の宣言』サティシュ・クマール

 生の本質は呼吸にある。自信のないまま断言してしまおう。今年も冴えてるぞ(笑)。

私のダメな読書法

2012-01-02

電力会社の年間販促・広告費&新聞・雑誌の電力系PR広告出稿ランキング/『別冊宝島 原発の深い闇』

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原発の深い闇 (別冊宝島) (別冊宝島 1796 ノンフィクション)原発の深い闇 2 (別冊宝島) (別冊宝島 1821 ノンフィクション)

梅よりも蝋梅を好む

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素心蝋梅

Winter sweet in blue sky

Winter Sweet / Chimonanthus / 蝋梅(ロウバイ)

 梅よりも蝋梅(ロウバイ)が好きだ。目の高さにあるから、鼻を直接寄せることができる。そして色の乏しい冬を黄色で明るく照らしてくれる。蝋梅を知ったのは大地沢の駐車場でのこと。我が家からは歩いて行ける距離だ。不意に甘い香りが鼻を突いた。吃驚仰天したところ、妻が蝋梅であると教えてくれた。車椅子に座った義母にも香りを嗅ぐよう促した。存在とは容姿よりも、人間としての香りである。蝋梅がそう語っていた。

私はブック・キャッチャーである/『スリーピング・ドール』ジェフリー・ディーヴァー

私が書いているのは書評ではない。はなっから書評を書くつもりもない。書評とは批評であり、作品を材料とした自己主張であろう。

 本来であれば、ひたすら抜き書きをしたいのだ(笑)。書写の快楽に浸(ひた)りたい。しかしながら、それでは私の味覚が伝わらない。それゆえ仕方なしに所感を綴っているのである。

 だから、江口はそこかの「引用せずにはいられない」というキャッチフレーズは死ぬほど共感できる。

 そして致命的な問題も発生した。実は数年前からキーボードの打ち過ぎで腱鞘炎(けんしょうえん)になってしまったのだ。始めのうちは肘に痛みを覚えたのだが、一昨年あたりから十本指の全関節が痛み出した。ピアニストなどに見られる症状のようで、放置しておくと指の関節が拘縮するケースもあると知り、さすがの私も青ざめた。

 で、音声入力ソフトを試したのだが、如何せん変換率が悪い。そんなこんながあって昨年からはデジカメ撮影で保存するようになった。でもさ、画像で保存すると殆ど見ることがないんだよね(笑)。

 そもそも、ひたすら書写するという研鑚方法に問題がある。初めてパソコンを買った当初、テキスト入力でキー操作を練習し、数ヶ月かけて4万文字を入力した頃タッチタイピングができるようになっていた。

 今は桁が違う。クリシュナムルティの『子供たちとの対話 考えてごらん』に至っては9万5000字ほど入力したが、これを3~4日間で行っている。更に悪いことは、クリシュナムルティを読むようになってから感受性が鋭さを増し、さほど変哲のない文章にも感動を覚えるようになってしまった。

 過去に入力した分だけ見返しても、とても発信できる量ではない。

 そこで、やはり基本スタンスを確認する必要に迫られている。私は明年で50歳になるのだ。うかうかしているうちに介護保険のお世話になってもおかしくない年代だ。ライフワークの「ライフ」があと20年くらいしかないのだ。ちょっと背伸びしただけでゴールが見える位置にいるのだ。人生のハーフタイムは既に過ぎている。あな恐ろしや。

「ブッダの初期経典とクリシュナムルティを結びつけ、大乗仏教から政治性・世俗性を抜き去る」というのが個人的なテーマである。

 ただし私は学識者ではないし哲学者でもない。具体的な立場としては「キャッチャー」なのだ。

“民謡研究者”という立派な呼称もあるもの(ママ)、一般には“ソング・キャッチャー”と呼ばれている。

【『スリーピング・ドール』ジェフリー・ディーヴァー:池田真紀子訳(文藝春秋、2008年/文春文庫、2011年)】

 豪速球を受け止め、受けたボールを軽く投げ返すのがキャッチャーの仕事である。目指すは書評家ではなくブック・キャッチャーだ。

 私は3000冊ほどの本を読んできたが、本格的に集中して読むようになったのはここ数年のことである。それらがやっと、つながるようになってきた。これがまた実にスリリングなんだ。知識の光が合わせ鏡のように反射する時、縁起が少しだけ実感できる。

 というわけで、2012年も宜しくお願い申し上げます。

◎カルト教団のリーダーvsキネシクス/『スリーピング・ドール』ジェフリー・ディーヴァー
◎「なぜ入力するのか?」「そこに活字の山があるからだ」


スリーピング・ドール〈上〉 (文春文庫) スリーピング・ドール〈下〉 (文春文庫)

Happy New Year