2014-05-11

「わだつみ」に別の遺書 恩師編集、今の形に


 戦没学徒の遺書や遺稿を集め、戦後を代表するロングセラーとなっている「きけ わだつみのこえ」(岩波文庫)の中でも特に感動的な内容で知られる木村久夫(一九一八~四六年)の遺書が、もう一通存在することが本紙の調べで分かった。「わだつみ」ではすべて獄中で愛読した哲学書の余白に書かれたものとされていたが、実際は二つの遺書を合わせて編集してあり、辞世の歌も今回見つかった遺書にあった。

「もう一通の遺書」は手製の原稿用紙十一枚に書かれており、遺族が保管していた。父親宛てで、末尾に「処刑半時間前擱筆(かくひつ)す(筆を置く)」とあった。

 この遺書で木村は、先立つ不孝をわび、故郷や旧制高校時代を過ごした高知の思い出を語るとともに、死刑を宣告されてから哲学者で京都帝国大(現京都大)教授だった田辺元の「哲学通論」を手にし、感激して読んだことをつづった。また、戦後の日本に自分がいない無念さを吐露。最後に別れの挨拶(あいさつ)をし、辞世の歌二首を残した。

 木村の遺書は、旧制高知高校時代の恩師・塩尻公明(一九〇一~六九年)が四八年に「新潮」誌に発表した「或(あ)る遺書について」で抜粋が紹介され、初めて公になった。「凡(すべ)てこの(「哲学通論」の)書きこみの中から引いてきた」とされ、「わだつみ」でも同様に記されたが、いずれも二つの遺書を編集したものだった。

「わだつみ」の後半四分の一は父宛ての遺書の内容だった。二つの遺書を精査したところ、「哲学通論」の遺書で陸軍を批判した箇所などが削除されたり、いずれの遺書にもない言葉が加筆されたりしていたことも分かった。「辞世」の歌二首のうち最後の一首も違うものになっていた。

 大阪府吹田市出身の木村は京都帝大に入学後、召集され、陸軍上等兵としてインド洋・カーニコバル島に駐屯。民政部に配属され通訳などをしていたが、スパイ容疑で住民を取り調べた際、拷問して死なせたとして、B級戦犯に問われた。取り調べは軍の参謀らの命令に従ったもので、木村は無実を訴えたが、シンガポールの戦犯裁判で死刑とされ、四六年五月、執行された。二十八歳だった。

 木村は判決後、シンガポール・チャンギ刑務所の獄中で同じく戦犯に問われた元上官から「哲学通論」を入手。三たび熟読するとともに、余白に遺書を書きつづった。執行間際には今回見つかった遺書を書き、両方が戦友の手で遺族のもとに届けられたとみられる。

◆衝撃、改訂を検討したい

 日本戦没学生記念会(わだつみ会)の高橋武智理事長の話 もう一つ遺書があったことは初めて知った。「きけ わだつみのこえ」の編集上、頼りにしていた塩尻公明の「或る遺書について」とも違いがあると知り、二重に衝撃を受けている。今後、遺書が公になれば、ご遺族の意見も伺いながら改訂を検討したい。

《「きけ わだつみのこえ」》 東京大協同組合出版部が1947(昭和22)年に出版した「はるかなる山河に-東大戦没学生の手記」を全国の学徒に広げ、49年に刊行された。82年に岩波文庫に入り、改訂を加えた95年の新版は現在もロングセラーを続けている。74人の遺書・遺稿を収録。木村久夫の遺書は、特別に重要なものだとして「本文のあと」に掲載されている。

東京新聞 2014年4月29日 朝刊

きけわだつみのこえ―日本戦没学生の手記 (ワイド版岩波文庫)きけ わだつみのこえ―日本戦没学生の手記 (岩波文庫)
(※左がワイド版、右が文庫本)

近藤道生と木村久夫/『きけ わだつみのこえ 日本戦没学生の手記』日本戦没学生記念会編

神を討つメッセージ/『一神教の闇 アニミズムの復権』安田喜憲


『環境と文明の世界史 人類史20万年の興亡を環境史から学ぶ』石弘之、安田喜憲、湯浅赳男
『人類の起源、宗教の誕生 ホモ・サピエンスの「信じる心」が生まれたとき』山極寿一、小原克博

 ・神を討つメッセージ
 ・都市革命から枢軸文明が生まれた

『カミの人類学 不思議の場所をめぐって』岩田慶治
『新・悪の論理』倉前盛通

 海と森を見て感動する心は、美しい水の循環系を維持する心でもある。森の繁る山は水の源である。そして稲作には水が必要不可欠である。だから稲作漁撈民は、山に特別の思いを抱いた。美しい水の循環系を守るためには、美しい心が必要だ。美しい未来の日本文明を創るためには、まず心を美しくすることだ。その美しい心の原点はアニミズムにある。
 真摯に森と山と海の貴重な循環を知り、それに感動する心を育む。そうすれば、その先にはかならず未来が見えてくるはずだ。美しい「美と慈悲の文明」・「生命文明」の未来が見えてくるはずだ。21世紀は「美と慈悲の文明」・「生命文明」の世紀となるべきものなのである。
 学問をするということの意味は人によって異なるだろう。しかし今、なにをおいても必要なことは、地球環境の劣化という人類の危機を救済する新たな道を探求することである。新たな哲学、新たな宗教の再生に立脚した、地球環境と人類を救済する「新たな物語」が必要なのである。
 たとえば最澄空海、さらには親鸞日蓮の思想は、1000年以上にわたって日本人の心に受け継がれてきた。自分が学問をすることの意味とは何かを考えたとき、最終的にめざすべきものは、そうした1000年も受け継がれるような新たな文明の潮流の根幹となりうる思想を提示することであると思う。

【『一神教の闇 アニミズムの復権』安田喜憲〈やすだ・よしのり〉(ちくま新書、2006年)】

 一神教批判の書である。日本は明治以降、西洋文明の恩恵を受けることで経済的・学問的な発展を遂げてきた。その恩を返す意味でも東洋から西洋文明を捉え直す作業が必要だ。なかんずく歴史・思想・宗教の次元で西洋文化を再構築するべきだ。多様性が叫ばれながらも世界を支配するのは一神教の論理である。日本国内でごちゃごちゃやるよりも欧米を向いたメッセージの発信が求められる。

 私がアニミズムに着目した経緯については読書日記(2011-12-13)に記した通りだ。本書は私が抱いた多くの疑問に答えてくれた。『環境と文明の世界史 人類史20万年の興亡を環境史から学ぶ』(石弘之、安田喜憲、湯浅赳男)も東洋の位置から西洋を鋭く見据えた鼎談(ていだん)となっている。

 地球温暖化説はカーボン・マーケット(排出取引)創出を目的とした世界的な詐欺行為であると私は考えるが、地球環境が破壊されているのは事実である。これに異論を挟む者はあるまい。

 戦争や工業化など様々な問題があるが結局のところ先進国の搾取に行きつく。発展途上国の人口爆発も貧困に支えられている。環境運動は一時的には盛り上がりを見せたものの、市民運動のレベルにとどまり国家的な方向転換にまで至っていない。地球がどれほど破壊されようとも人類は反省しないのだ。何という思い上がりか。

 神はまだ死んでいない。あいつはまだ生きている。いくら戦争反対を叫んでも無駄だ。欧米には宗教的正義が息づいているのだから。ゆえに戦争反対よりもキリスト教反対を叫ぶことが正しい。それに代わる思想はアニミズムでよい。アニミズムはありとあらゆるものに聖霊を見出す平和思想だ。聖霊がいるかいないかはこの際不問に付す。「物語としての聖霊」で構わない。たった一人の神様が君臨するよりはずっといいだろう。



必須音/『音と文明 音の環境学ことはじめ』大橋力
一神教と天皇の違い/『日本語の年輪』大野晋

チャート分析のデマーク氏:米国株は11%の下落リスク


 5月2日(ブルームバーグ):米国株は早ければ来週にも11%の下落局面に入る――相場の転換点を見極めるチャート分析指標の生みの親であるトム・デマーク氏が、いくつかの価格パターンが形成されればという条件付きで予想を示した。

 S&P500種 株価指数が日中取引で1884まで下げず、1891ポイントを上回って引けることが1度か2度あれば、天井を付けたといえると、デマーク氏は1日の電話インタビューで述べた。同氏は2月にも似たような予想を示しており、一定の条件が満たされれば、米国株は1929年の大暴落前と似た状況に達したといえるとしていた。S&P500種はその後、8%上昇した。

 デマーク・アナリティクス(アリゾナ州スコッツデール)の創立者である同氏は、「これらの相場目標が達成されれば、高い山が形成されることは間違いないだろう」と指摘。「これらの指数が天井を付ける時期はかなり近いかもしれない」と続けた。

 デマーク氏によれば、ダウ工業株30種平均 は取引中に1万6661ドルを超え、1万6581ドルを上回って引けることが1度あれば、下落局面に入ると見込まれる。

 記録的な企業利益と3度にわたる連邦公開市場委員会(FOMC)の量的緩和によって、株式投資は最も有力な投資先となり、相場は過去5年間に急上昇した。S&PキャピタルIQのストラテジスト、サム・ストーバル氏のデータによると、S&P500種は10%以上の値下がりを伴わない上昇局面が2年7カ月近く続けている。1945年以降の記録では1年半が平均という。

原題:Tom DeMark Says U.S. Stocks at Risk of 11% Drop as MarketPeaks(抜粋)

ブルームバーグ 2014年5月3日

365日24時間休みなしで働く仕事の面接とは?


職種は「現場総監督」です。原則1日24時間の勤務。年間365日、休暇はありません。食事をとる時間はありますが、他の同僚が食べ終わってからです。徹夜で働く場合もあります。サラリー? 無給です。世界で一番大事な仕事ですよ。やってみる気はありますか。▼こんな就活の面接に、応募者たちの顔が見る見る硬くなっていく。いまどき、これほどひどい会社があるのだろうか。それとも何かの冗談だろうか。ネットで話題になった、ある企業の広告の動画である。面接官は自信たっぷりで語り続ける。世界で何億人もの人がこの仕事に就いているという。「母」という職業である。▼電車の中で気まずい空気の親子を見かけた。部活の様子や体調などあれこれ問いかける母親に、中学生らしき男の子は横を向いたままだ。煩わしくて仕方ない風で舌打ちなどしている。母親は怒って、ますます声が高くなる。大人になっていく子供をいつまでも心配し、管理下に置こうとして、疎まれるのもまた母である。▼奉仕は無償で無限。けれども総監督を引退する年齢は意外に早く来る。子は10代後半には母から自立し、母は子離れをして再び自分自身と向き合わねばならない。どちらも甘えと期待を絶つ、ほんの少しの勇気と葛藤が要る。お母さん、ありがとう。素直に言えるだろうか。大人同士だからこそ心に届く感謝の言葉もある。

【春秋/日本経済新聞 2014年5月11日】

2014-05-10

原題は『これが人間か』/『アウシュヴィッツは終わらない これが人間か』プリーモ・レーヴィ


『「疑惑」は晴れようとも 松本サリン事件の犯人とされた私』河野義行
『彩花へ 「生きる力」をありがとう』山下京子
『彩花へ、ふたたび あなたがいてくれるから』山下京子
『生きぬく力 逆境と試練を乗り越えた勝利者たち』ジュリアス・シーガル
『夜と霧 ドイツ強制収容所の体験記録』V・E・フランクル:霜山徳爾訳
『それでも人生にイエスと言う』V・E・フランクル

 ・原題は『これが人間か』

『休戦』プリーモ・レーヴィ
『溺れるものと救われるもの』プリーモ・レーヴィ
『プリーモ・レーヴィへの旅 アウシュヴィッツは終わるのか?』徐京植
『イタリア抵抗運動の遺書 1943.9.8-1945.4.25』P・マルヴェッツィ、G・ピレッリ編
『石原吉郎詩文集』石原吉郎
『私の身に起きたこと とあるウイグル人女性の証言』清水ともみ
『命がけの証言』清水ともみ

 だが、これは、人間が絶対的な幸福にたどりつけないことを示すよりも、むしろ、不幸な状態がいかに複雑なものか、十分に理解されていないことを表わしている。不幸の原因は多様で、段階的に配置されているが、人は十分な知識がないため、その原因をただ一つに限定してしまうのだ。つまり最も大きな原因に帰してしまう。ところが、やがていつかこの原因は姿を消す。するとその背後にもう一つ別の原因が見えてきて、苦しいほどの驚きを味わう。だが実際には、別の原因が一続きも控えているのだ。
 だから冬の間中は寒さだけが敵と思えたのに、それが終わるやいなや、私たちは飢えていることに気づく。そして同じ誤りを繰り返して、今日はこう言うのだ。「もし飢えがなかったら!……」
 だが飢えがないことなど、考えられない。ラーゲルとは飢えなのだ。私たちは飢えそのもの、生ける飢えなのだ。

【『アウシュヴィッツは終わらない これが人間か』プリーモ・レーヴィ:竹山博英訳(朝日新聞出版、2017年/朝日選書、1980年『アウシュヴィッツは終わらない あるイタリア人生存者の考察』改題、改訂完全版)】

 27歳の青年が著した手記である。彼はアウシュヴィッツを生き延びた。そして67歳で自殺した(事故説もあり)。遺著となった『溺れるものと救われるもの』を私は二度読もうとしたが挫折した。行間に立ちこめる死の匂いに耐えられないためだ。

 本書の文章には不思議な透明感がある。それはプリーモ・レーヴィが化学者であったからというよりは、自己の経験を突き放して見つめる彼の態度にあるのだろう。


 地獄で問われるのは「生存の意味」だ。「死んだ方が楽な世界」を生き延びた人は実存を問い続ける。そこに浅はかな希望が入り込む余地はない。現実はかくも厳しい。

「私たちは飢えそのもの、生ける飢えなのだ」――この一言は紛(まが)うことなき悟りである。我々の日常において欲望をここまで真摯に見つめることはまずない。飢えの自覚は食べ物に対して無量の感謝を育んだことだろう。我々にはそれがないからいとも簡単に残し、捨てるのだ。


 当然ではあるが『夜と霧』V・E・フランクルを必ず読むこと。池田香代子訳が望ましい。イタリアのレジスタンスを知るために『イタリア抵抗運動の遺書 1943.9.8-1945.4.25』P・マルヴェッツィ、G・ピレッリ編も。それと『石原吉郎詩文集』石原吉郎も併せて。順番は特に指定しない。



ドキュメンタリー「アウシュビッツ」
ジェノサイドの恐ろしさ/『望郷と海』石原吉郎