話が込み入ってまいりましたので、ここでキリスト教の問題点をまとめておきましょう。
第一に、「神」「霊魂」「自我」「精神」「自由意志」などといった、ありもしないものに対して、本当に存在するかのような言葉を与えたこと。
第二に、「罪」「救い」「神の恵み」「罰」「罪の許し」などといった空想的な物語を作ったこと。
第三に、「神」「精霊」「霊魂」など、ありもしないものをでっちあげたこと。
第四に、自然科学をゆがめたこと(彼らの世界観はいつでも人間が中心で、自然というものを少しも理解していなかった)。
第五に、「悔い改め」「良心の呵責(かしゃく)」「悪魔の誘惑」「最後の審判」といったお芝居の世界の話を、現実の世界に持ち込んで、心理学をゆがめたこと。
まだまだありますが、ざっとこのようになるのではないでしょうか。
こうした空想の世界は、夢の世界とはまた別のものです。夢の世界は現実を反映していますが、彼らの空想は現実をねじ曲げ、価値をおとしめ、否定します。
キリスト教の敵は「現実」です。なぜなら、彼らの思い描いている世界と現実はあまりにもかけ離れているからです。
【『キリスト教は邪教です! 現代語訳『アンチクリスト』』ニーチェ:適菜収〈てきな・おさむ〉訳(講談社+α新書、2005年)】
既に7万部売れたらしい。買っているのは2ちゃんねらーとネトウヨだろうか(笑)。
語尾に作為を感じる。その邪(よこしま)な意図に誑(たぶら)かされるほど私は若くない。やはり、『ニーチェ全集 14 偶像の黄昏 反キリスト者』を開くべきだ。適菜の超訳はイエロー哲学といってよい。哲学することよりも、むしろ扇情に目的があるのだろう。ニーチェは材料に過ぎない。
私もアブラハムの宗教は邪教であると考えているが、彼の著作には与(くみ)しない。日本でキリスト教批判をするのであれば、欧米人の目を覚まさせるくらいの骨太さが必要だ。適菜収の言論はネット掲示板の臭いがする。
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