1996年10月30日、岐阜県
可児郡(かにぐん)
御嵩(みたけ)町長を務めていた
柳川喜郎は二人組の暴漢に襲われ、滅多打ちにされた。
左前頭部頭蓋骨陥没骨折、頭部打撲傷、右上腕部骨折、右肋骨3本骨折、その1本は肺に刺さって右肺が気胸(ききょう)の状態、それに右鎖骨骨折との診断であった。
【『襲われて 産廃の闇、自治の光』柳川喜郎〈やながわ・よしろう〉(岩波書店、2009年)以下同】
右腕上腕部は直角に折れていた。
御嵩町長襲撃事件である。柳川は意識不明の重体となるが辛うじて一命を取り留めた。
前年の1995年、産業廃棄物処理場の建設反対を公約に掲げて柳川は町長選で当選する。
襲撃事件の1年以上前から、産廃についての勉強会を開いた住民たちに暴力団や右翼から脅しが入ったり、町長室に広域暴力団の幹部が私に面会を求めてやってきて、「介入する」と凄んでいったこともあった。
襲撃事件の1年前の95年9月、産廃処分場計画の一時凍結を県知事に要望してからは、ミニ新聞が一斉に御嵩町政批判と私に対する個人攻撃を反復し、執拗に敵意をむき出しにしていた。
利権と暴力はセットメニューだ。利権に与(あずか)る企業にとって暴力団は必要悪の存在といえる。汚れ仕事はアウトソーシングするわけだ。
柳川はNHK記者時代に戦場取材や暴動を経験してきた。そこに自信と油断があった。サポーターは監視カメラの設置を進言したが、結局間に合わなかった。
御嵩(みかさ)町の隣りの可児(かに)市にある産業廃棄物処理業者、寿和(としわ)工業の韓鳳道(清水正靖)会長が平井儀男町長に面会して、御嵩町小和沢(こわさわ)に39ヘクタールの管理型産廃処分場を建設する計画について説明した。
この会社は現在も営業中だ。
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寿和工業
木曽川には織田信長にもらったとされる農業用水の水利権、それに福沢桃介(ももすけ)がはじめた水力発電の水利権など、がんじがらめになっている。
御嵩町には木曽川の水利権がなかった。この辺りについては以下のページが詳しい。
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御嵩[1998/05]
岐阜県は産廃処理場設置に積極的だった。柳川も
梶原拓知事と小田清一衛星環境部長の名前を挙げて問題視している。
「協定書」の最大の問題点は、町民の知らないところで、いわば密室協議で決まり、締結されたことであった。それまで表向き産廃処分場は「不適」として建設に反対の意思を表明してきた町が180度方針を転換し、「協定書」で巨大産廃処分場受け入れを決めたことは、町民にはまったく知らされなかった。
それに、町が産廃業者から受け取ることになっていた金額35億円は、町の年間一般会計予算額約60億円と対比させても巨額であり、町民の知らないまま受け取りを決定してよい金額ではなかった。
ま、政治なんてえのあ、闇鍋みたいなもんだろう。この国ではジャーナリズムが機能していないため、政治家や大企業はやりたい放題だ。柳川は住民投票の実施を決意する。しかし、岐阜県がまた横槍を入れてきた。
なぜならば、地元の御嵩町では住民投票で小和沢に産廃処分場を建設するか、しないかについて民意を問おうという矢先に、処分場の建設を前提とした「調整試案」を提示してきたのは、住民投票への妨害工作と解釈せざるをえなかったからである。
こうなると寿和工業と岐阜県の間に何らかの利益構造があると見てよさそうだ。
M右翼の元親分の追悼式は同じ年の9月7日におこなわれるが、その前日、寿和工業会長は高速道路のインター近くで、5000万円の現金をM右翼に渡す。香典にしては巨額であった。
寿和工業の素性が知れる行為である。
また、こんなこともあった。
のちに捜査が進んで盗聴Aグループの実行犯が逮捕されたとき、新聞の犯人の顔写真を見て、私は飛びあがった。逮捕されたT興信所はテレビ取材班と一緒に現れた盗聴器発見プロ氏、その人であった。
柳川の自宅電話は二つのグループによって盗聴されていた。
結局、この事件は時効となる。なぜか?
「正直いって寿和にいる元警察幹部が障害になった」と、ある捜査官は私に語ったことがある。
寿和工業には複数の警察幹部が天下りしていたのだ。警察OBが捜査に手心を加えさせることは決して珍しいことではない。
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革マル派に支配されているJR東日本/『マングローブ テロリストに乗っ取られたJR東日本の真実』西岡研介
岐阜県警は凶器の特定すらできず、あろうことか柳川のX線写真すら確認していなかった。
御嵩町で住民投票が実施された。
即日開票の結果、産廃処分場建設に反対1万373票(79.6%)、賛成2442票(18.7%)、反対票が圧倒的だった。(※絶対得票率69.5%)
この結果を受けて、
産廃業者・寿和工業は住民投票後も町と町長に対する提訴を濫発し、合計10本となった。
訴権の濫用ともいうべき醜態だ。凶暴な野獣を思わせる。
「民主主義は楽ではない」との一言があまりにも重い。柳川が描いたのは暴力に屈することのなかった地方自治の姿であった。柳川は我が身を暴力にさらすことで民主主義に魂を吹き込んだといってよい。民の無関心が民主主義のリスクを高める。その代償はあまりにも大きい。そして司法も警察もまともに機能していない現実がある。
そもそも民主主義というものは理想的な概念であって、私としては信ずるに値するとも思っていないし、単なる欺瞞だと考えている。そんな私からしても柳川&御嵩町民の闘争は一筋の光明と感じた。
本当はここからいじめについて書こうと思っていたのだが、長くなったので筆を擱(お)く。最後に新聞記事を紹介しよう。
犯人に異例の呼び掛け 岐阜・御嵩町長、事件10年で会見
岐阜県御嵩町の柳川喜郎町長(73)が襲撃された事件から30日で10年になるのを前に、町長は26日、御嵩町役場で記者会見し、犯人に呼び掛ける異例のメッセージを発表した。事件は時効まで5年に迫ったが、捜査は難航している。
「犯人に告ぐ」と題したメッセージで柳川町長は「もし、君たちに良心がかけらでもあるならば、自首してもらいたい」と呼び掛けた。会見では「10年間心当たりを探してきたが、事件の背景への心当たりは産廃以外にない」と指摘し「自首するならば、県警に減軽の嘆願書を出すだろう」と心境を語った。
襲撃事件は1996年10月30日午後6時すぎに発生。町内の自宅マンションに戻った柳川町長を、待ち伏せていた2人組の男が棒のようなもので殴り、頭や腕などの骨を折る重傷を負わせた。
県警はこれまでに、延べ14万8000人の捜査員を投入。柳川町長宅の電話が盗聴されていた事件で11人を逮捕したが、襲撃事件の犯人逮捕には結びついていない。
事件解決を訴えてきた町民グループは11月3日午後1時半から、同町の中公民館で暴力追放を訴える集会を開催。右翼団体構成員に実家を放火された加藤紘一衆院議員、元日弁連会長の中坊公平氏、柳川町長が講演する。
町長メッセージ「犯人に告ぐ」
この10年間、考え続けてきたが、どう考えても、君たちと私は互いに見知らぬ関係だ。
君たちは「雇われた男」なのだ。
金のために、暗闇で待ち伏せて、無抵抗の人間をメッタ打ちにするなど、卑怯(ひきょう)とは思
わないのか。
もし、君たちに良心がかけらでもあるならば、自首してもらいたい。
許すことを約束する。
【中日新聞 2006-10-27】
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