2014-01-07

2014-01-06

社稷を主とす/『晏子』宮城谷昌光


『管仲』宮城谷昌光
『重耳』宮城谷昌光
『介子推』宮城谷昌光
『孟嘗君』宮城谷昌光

言葉の正しさ
正(まさ)しき道理
「牛首を懸けて馬肉を売る」(羊頭狗肉)の故事
・社稷を主とす

『子産』宮城谷昌光
『湖底の城 呉越春秋』宮城谷昌光
『香乱記』宮城谷昌光
・『草原の風』宮城谷昌光
・『三国志』宮城谷昌光
・『劉邦』宮城谷昌光

 社稷(しゃしょく)というのは、もともと王朝の守護神のことで、社は夏王朝の、稷は穀物の神である。こまかなことをいえば、社は土地の神ではなく、じつは水の神であり、稷は穀物の神であるが、周王室が合祀して、地の実りの神にしてしまった。周王室が社稷を第一の神とするかぎり、周王室に属する国々の公室も社稷をあがめた。ということは国家の存立は社稷にかかっているといえなくはない。そこから社稷といえば国家を指すようになった。晏嬰〈あんえい〉のいう社稷もその意味である。
 一国にとって最も大切なのは、君主であるのか、社稷であるのか。晏嬰はそれについて、
「君主というものは、民の上に立っているが、民をあなどるべきではなく、社稷に仕えるものである。臣下というものは、俸禄のために君主に仕えているわけではなく、社稷を養う者である」
 と、ここで明言した。
 さらに晏嬰は、君主が社稷のために死んだのであれば、臣下も社稷のために死ぬ。君主が社稷のために亡命すれば、臣下も社稷のために亡命する。と言葉を継いだ。
 君主が自分のために死んだり、亡命したのであれば、君主に寵愛された臣でなければ、たれが行動をともにしよう。

【『晏子』宮城谷昌光〈みやぎたに・まさみつ〉(新潮社、1994年/新潮文庫、1997年)】

 老子(?/紀元前6世紀とされる)曰く「国の垢を受くる、是れを社稷の主と謂ふ。国の不祥を受くる、是れを天下の王と謂う」(語訳、解説)と。また『礼記』(らいき)には「社稷之臣」と。

 人類の脳が一変した様子が見てとれる。重んじるべきは祭壇(宗教)からシステム(組織、国家)にスライドしたのだ。これ以降、物語の主役は政治となった。

 晏嬰〈あんえい〉の言葉は「大文字の物語」(ジャン=フランソワ・リオタールポスト・モダンの条件 知・社会・言語ゲーム』)を紡ぎだした。人類の脳は家族や地域を超えてつながることが可能となった。だがその一方で人は権力を巡る動物と化した。

 古代中国ではその後、呂不韋〈りょふい〉(?-紀元前235/『奇貨居くべし』)が登場し民主主義という壮大な理想に向かう。

 軸の時代(紀元前800年頃-紀元前200年)は絢爛(けんらん)たる人材群を輩出し、人類の精神を調(ととの)えた。だがどうしたことか。スポーク(軸)はあるのに回転すべき車輪がない。人類史は停滞したまま淀(よど)んでいる。西洋では社稷が強大な権力を握るキリスト教会となってしまう。

 軸の時代と比べればルネサンス(14-16世紀)やナポレオンも精彩を欠く。巨視的に見ればその後の最も大きな変化は科学と金融経済であろう。だが大きな物語は終焉した。残されたのは小人物のみだ。

 あるいはこう考えることも可能だ。既に人類が一つになる鍋(インフラ)は整備された。あとは人類の存亡を揺るがす出来事が強火となって鍋のスープを完成させることだろう。末法ハルマゲドンの真意はそこにあるのかもしれない。

 来たれ、人類の春秋時代よ。


2014-01-05

不当に富むとそれが不幸のもとになる/『晏子』宮城谷昌光


『管仲』宮城谷昌光
『重耳』宮城谷昌光
『介子推』宮城谷昌光
『孟嘗君』宮城谷昌光

言葉の正しさ
正(まさ)しき道理
「牛首を懸けて馬肉を売る」(羊頭狗肉)の故事
・不当に富むとそれが不幸のもとになる
社稷を主とす

『子産』宮城谷昌光
『湖底の城 呉越春秋』宮城谷昌光
『香乱記』宮城谷昌光
・『草原の風』宮城谷昌光
・『三国志』宮城谷昌光
・『劉邦』宮城谷昌光

「不当に富むと、それが不幸のもとになる。名誉だけをさずかれば、それは人に奪われぬ」
 と、いい、湿りのない笑声を放った。
 実際、晏弱〈あんじゃく〉の心底には、暗さも湿りもなかった。

【『晏子』宮城谷昌光〈みやぎたに・まさみつ〉(新潮社、1994年/新潮文庫、1997年)】

 高厚〈こうこう〉という人物によって莱国(らいこく)攻略の報酬が怪しくなった。領地が増えないことを懸念した配下にかけた晏弱の言葉である。

 誰しも富を愛する。当今は富んでいないにもかかわらず富んだふりをするほどだ。身の丈を超えた家・クルマ・衣服、そして言葉。

 富は人々の心を揺らす。カネがあるとわかれば誰もが親切に扱ってくれる。お世辞・阿諛追従(あゆついしょう)で酒食にありつくことができれば安いものだ、とでも考えているのだろう。富者をさもしい連中が取り巻く。

 実際に求められているのは富ではなく心の余裕だろう。カネ=余裕となっているところに現代人の不幸がある。

 内面のものを熱望する者は  すでに偉大で富んでいる。(「エピメニデスの目ざめ」1814年、から)

【『ゲーテ格言集』ゲーテ:高橋健二編訳(新潮文庫、1952年)】

 我々の悲しい錯覚は外の富が内なる富を引き出してくれると固く信じていることだ。

 貧者から奪われたもの――それが富だ。だが真の富は奪えない。赤ん坊を見よ、彼らはただそこに存在するだけで既に富んでいる。満たされない心の穴を金品が埋めてくれると思ったら大間違いだ。



無である人は幸いなるかな!/『しなやかに生きるために 若い女性への手紙』J・クリシュナムルティ

2014-01-04

「牛首を懸けて馬肉を売る」(羊頭狗肉)の故事/『晏子』宮城谷昌光


『管仲』宮城谷昌光
『重耳』宮城谷昌光
『介子推』宮城谷昌光
『孟嘗君』宮城谷昌光

言葉の正しさ
正(まさ)しき道理
・「牛首を懸けて馬肉を売る」(羊頭狗肉)の故事
不当に富むとそれが不幸のもとになる
社稷を主とす

『子産』宮城谷昌光
『湖底の城 呉越春秋』宮城谷昌光
『香乱記』宮城谷昌光
・『草原の風』宮城谷昌光
・『三国志』宮城谷昌光
・『劉邦』宮城谷昌光

 霊公〈れいこう〉が禁令を出したにもかかわらず男装はとどこまることなく女たちは丈夫の飾りを身につけた。思い余った霊公は足斬りや鼻を削(そ)ぎ落とす刑まで考えた。思考は錯綜するばかりで眼差しも虚(うつ)ろになった。それもそのはずで霊公は自分の周囲の女性たちには男装を認めていた。解決策をもたぬ臣下たちは霊公を避けるようになる。そこへ晏嬰〈あんえい〉が通りかかる。

 霊公は険しさを含んだ声で「その賢明さでわが足下を明るめ、汝の知恵でわが威令を回復させよ」と命じる。晏嬰〈あんえい〉は「いかなる儀についてでございましょう」とすっとぼけてみせた。霊公は丈夫の飾りを禁じたにもかかわらず守らないのはなぜか、「意見を申せ」と言い募る。

 霊公〈れいこう〉は口調を荒だてた。自分をおさえきれぬらしい。室外の臣は不安げに晏嬰〈あんえい〉をながめている。晏嬰の頭がわずかにあがった。
 が、晏嬰の顔をのぞきみることができる者がいたら、このときの表情に凛乎(りんこ)たる信念があることに、おどろいたであろう。晏嬰はむしろこのときを待っていたのである。
「恐れながら申し上げます」
 重苦しい空気をやぶるように溌剌(はつらつ)と声があがった。奇妙な明るさをふくんだ声で、それはいかにもこの場における霊公の心の情状にそぐわないものであったので、霊公は春の光をまぶしげにみていたときと同じ目つきをして、晏嬰をみた。
 晏嬰の澄明(ちょうめい)な声が霊公の耳にふたたびとどいた。
「丈夫の飾りにつきましては、君はこれを内におゆるしになり、外に禁じておられます。そのことをたとえてみますと、牛首(ぎゅうしゅ)を門にかけて、じつはなかで馬肉を売っているようなものです。なにゆえ君は、内において丈夫の飾りをお禁じになりませぬ。さすれば、外のことは、なんらご心配をなさることはございません」
 霊公の眼底が光った。
 鮮烈なことばが霊公の胸をよぎった。
 ――牛首を門にかけて、馬肉を内に売る。
 とは、これにまさる皮肉はなく、これにまさる諫言(かんげん)もない。霊公は詐欺(さぎ)をおこなっている肉屋にたとえられたのである。

【『晏子』宮城谷昌光〈みやぎたに・まさみつ〉(新潮社、1994年/新潮文庫、1997年)以下同】

 本書の白眉(はくび)をなす場面だ。誠とは唯々諾々(いいだくだく)と主(あるじ)に従うことではない。

「誠」という漢字は「言」+「成」で、「言」は「言葉」、「成」は「仕上げる・出来上がる・固める」です。自分の言葉を固く守って動くことのない心を「誠」と言います。

「まこと」は、「真」(ま)+「言」「事」(こと)で、「真」実である「事」・「言」葉(とそれを守る事)を意味します。

「誠・まこと」の意味と語源教えてください

 晏嬰〈あんえい〉は礼を尽くして単刀直入に真実を語った。簡にして要を得た言葉に感情の臭みはない。諫言の難しさはここにある。積もりに積もった感情があれば怒気や怨嗟(えんさ)となって主の人格を攻撃しかねない。晏嬰〈あんえい〉の心は晴朗(せいろう)であった。それにしても、まさか羊頭狗肉の故事が諫言に由来しているとは思わなかった。

 晏嬰〈あんえい〉は一言にして人情というものをつかんでみせ、霊公の矛盾を衝(つ)いた。
 霊公は怒りで全身がふるえたであろう。
 が、怒声を発する前に、吸いこんだ空気がさわやかであった。それが晏嬰の気というものであることをさとった霊公は、からりと晴れた口調で、その通りである、といった(中略)

 晏嬰のことばは、その日のうちに宮中にひろまり、半月後には国内で知らぬ者がいないほど人口に膾炙(かいしゃ)した。これが晏嬰の歴史への登場のありかたであった。驚嘆すべきあざやかさであった。
「これほどの勇者をみたことがない」
 と、賛辞を呈した晏父戎〈あんほじゅう〉は、晏嬰のとなりにすわっている晏弱にむかって表情をくずしてみせ、(後略)

 それからひと月も経たぬうちに男装をする女性はいなくなった。

 晏嬰〈あんえい〉の言葉に雷電が重なる。

時代の闇を放り投げた力士・雷電為右衛門/『雷電本紀』飯嶋和一

 本物の人物は何と似通っていることか。晏嬰〈あんえい〉は霊公に続いて荘公〈そうこう〉、景公〈けいこう〉の三代にわたって仕える。彼の諫言は終生止むことがなかった。



宗教の社会的側面/『宗教を生みだす本能 進化論からみたヒトと信仰』ニコラス・ウェイド

2014-01-03

正(まさ)しき道理/『晏子』宮城谷昌光


『管仲』宮城谷昌光
『重耳』宮城谷昌光
『介子推』宮城谷昌光
『孟嘗君』宮城谷昌光

言葉の正しさ
・正(まさ)しき道理
「牛首を懸けて馬肉を売る」(羊頭狗肉)の故事
不当に富むとそれが不幸のもとになる
社稷を主とす

『子産』宮城谷昌光
『湖底の城 呉越春秋』宮城谷昌光
『香乱記』宮城谷昌光
・『草原の風』宮城谷昌光
・『三国志』宮城谷昌光
・『劉邦』宮城谷昌光

「自分でよくないとおもったことは、君公がなさってもよくない。そうはおもわぬか」
 と、押しかえすような大声をあげた。
 晏父戎〈あんほじゅう〉は喉(のど)に刃をあてられたごとく、顔をゆがめ、ことばにつまった。
 君主の生活と下級貴族の生活とはちがう。君主が美衣美食の生活をおくろうと、下級貴族はそれをまねすることはできない。上は上、下は下である。下の者が上の者を批判することは、つつしむべきである。それをおこなうことを僭越(せんえつ)という。おのれの職責をまっとうすることに専念すればよい。臣下というものはすべからくそうなのである。士分たる者は君主や上司の意にそうように努めよ、晏父戎〈あんほじゅう〉はそう教えられて育ち、そうすることが忠義であるといまもおもっている。
 が、晏嬰〈あんえい〉は一家の主になったわけではないのに、大臣たちを批判し、あまつさえ父の晏弱〈あんじゃく〉さえけなしている。僭越といえば、これより大なるものはなく、礼にも考道にも悖(もと)るではないか。
 晏父戎〈あんほじゅう〉はそうおもったが、その声は心のなかで小さく湧(わ)いただけで、なぜか、口をついてでてくるほどの勢いをもたなかった。それより、心のどこかで愧(は)じる色が生じた。君主をいさめるのは大臣たちの役目であり、士がおこなうべきでないと思い込んでいたこと、丈夫(じょうぶ)の飾りは風儀の乱れを招き、男どもは迷惑を感じているのに、そんなささいなことに口出しして上の怒りを買うのは愚かなことだと考え、たれもが口をつぐんでいること、などを晏嬰〈あんえい〉に指弾され、心のなかにめぐらしてあった古びた柵が蹴破(けやぶ)られたような気がした。
 ――真の忠義とはなにか。
 と、若年の者につきつけられた問いに、歴戦の勇士がうろたえた。ただしこのうろたえは爽快感(そうかいかん)をともなっていた。
 ――晏嬰〈あんえい〉のいう通りだ。
 と、認める気持ちが強くはたらいたからである。

【『晏子』宮城谷昌光〈みやぎたに・まさみつ〉(新潮社、1994年/新潮文庫、1997年)】

 斉の霊公は男装の麗人を好んだ。当然のように国中の女性が宝塚男優っぽくなる。

 心ある人々は問題だと考えていた。霊公本人も頭を抱え込んだ。晏父戎〈あんほじゅう〉は真面目であった。真面目ゆえに眼(まなこ)を高く転じることができなかったのだろう。

 晏嬰〈あんえい〉の言葉は同時代を生きた孔子が説いた「己の欲せざる所は、人に施すこと勿(なか)れ」(『論語』)とは温度が異なる。孔子が示したのは「恕」(じょ)=思いやりであった。一方、晏嬰〈あんえい〉が語ったのは「正(まさ)しき道理」であった。

 真面目で誠実な人々は組織を維持するのには役立つが、飛躍的に発展させることはない。それどころか忠節が結果的に腐敗へ導くのだ。彼らは国家や組織の体面を重んじて小さな問題を軽視するようになる。官僚主義がやがてあちこちに蟻の一穴(いっけつ)を作る。ダムが崩壊するのは時間の問題だ。

 晏嬰〈あんえい〉は諫言(かんげん)の人であった。しかもそこには万人が納得せざるを得ない響きと轟(とどろき)があった。官僚の道を説いた孔子が晏嬰〈あんえい〉を批判したのもむべなるかな。

 道理とは合理でもある。理(ことわり)は断りと語源を同じくする。

ことわり ※区分割りや割り振りをする際に、理に従って行う。
事割 - 事象を表現し認識する為に、区分割りすること。
言割 - 事象の表現や認識を言葉へ割り振ること。言葉り(ことはり)。
理 - 道理・法則・摂理・倫理・理由。事象の道。宇宙の摂理、自然の摂理、神の摂理、人の摂理のようなもの。ここから、倫理である神道・人道の精神が生じた。理路整然の理(神道=統治者側の道理。人道=人としての道理)。
断り - 本来、何かをする時に入れる理や道理。そこから派生して断る際に理由付をする事 となり、近年では 断る行為のみ に使われている。 また、邪道・邪意・邪気・まがごと を断つ為に理を入れる事もある。

「ことだま」の例:言霊の幸はふ国(ことだまのさきわうくに) - 美し国(うましくに)

 理なきゆえに無理という。道理は人と人とを結び合わせる。されば道理こそが国家の礎となろう。はて、小手をかざして周囲を見回しているのだが道理が見当たらないのはどうしたことか。福島の原発周辺に、沖縄の米軍基地に道理はあるか? パレスチナにアフリカ諸国に道理は存在するか? 世に、そして己に深く問え。己心を諌(いさ)めきった者のみが諫言を可能とする。