・情報理論の父クロード・シャノン
・『ビッグデータの正体 情報の産業革命が世界のすべてを変える』ビクター・マイヤー=ショーンベルガー、ケネス・クキエ
・『〈インターネット〉の次に来るもの 未来を決める12の法則』ケヴィン・ケリー
・『量子が変える情報の宇宙』ハンス・クリスチャン・フォン=バイヤー
・情報とアルゴリズム
・必読書リスト その三
通信というものの本質的な課題は、ある地点で選択されたメッセージを、別の地点で精確に、あるいは近似的に再現することである。メッセージはしばしば、意味を有している。
――クロード・シャノン(1948年)
【『インフォメーション 情報技術の人類史』ジェイムズ・グリック:楡井浩一〈にれい・こういち〉訳(新潮社、2013年)以下同】
若き日のクロード・シャノン。 pic.twitter.com/G8i9QkRQCw
— 小野不一 (@fuitsuono) 2017年8月29日
巻頭のエピグラフは「通信の数学的理論」からの引用で最も有名な部分である。クロード・シャノンはこの論文で情報理論という概念を創出した。同年、ベル研究所によってトランジスタが発明される。「トランジスタは、電子工学における革命の火付け役となって、テクノロジーの小型化、偏在化を進め、ほどなく主要開発者3名にノーベル物理学賞をもたらした」。ジョージ・オーウェルが『一九八四年』を書いていた年でもあった(刊行は翌年)。
もっと深遠で、科学技術のもっと根幹に関わる発明は、《ベル・システム・テクニカル・ジャーナル》7月号及び10月号掲載の、計79ページにわたる論文として登場した。記者発表が行なわれることはなかった。『通信の数学的な一理論』という簡潔かつ壮大な表題を付けた論文は、たやすく要約できるような内容のものではない。しかし、この論文を軸に、世界が大きく動き始めることになる。トランジスタと同様、この論文にも新語が付随していた。ただし、“ビット”というその新語を選んだのは委員会ではなく、独力で論文を書きあげた32歳の研究者クロード・シャノンだった。ビットは一躍、インチ、ポンド、クォート、分(ふん)などの固定単位量、すなわち度量衡の仲間入りを果たした。
しかし、何の度量衡なのか? シャノンは“情報を測る単位”と記している。まるで、測定可能、軽量可能な情報というものが存在するかのように。
bitとはbinary digit (2進数字)の略でベル研究所のジョン・テューキーが創案し、シャノンが情報量の単位として使った。
「シャノンは電信電話の時代に、情報を統計分析に基づいてサンプリングすることにより、帯域幅が拡大するにつれてCD、DVD、デジタル放送が可能になり、インターネット上でマルチメディアの世界が広がることを理論的に示していた」(インターネット・サイエンスの歴史人物館 2 クロード・シャノン)。そして科学の分野では量子情報理論にまで及んでいる。
電信の土台となる仕組みは、音声ではなく、アルファベットの書き文字を短点(・)と長点(―)の符合に変換するというものだが、書き文字もまた、それ自体が符合の機能を備えている。ここに着目して、掘り下げてみると、抽象化と変換の連鎖を見出すことができる。短点(・)と長点(―)は書き文字の代替表現であり、書き文字は音声の代替表現であって、その組み合わせによる単語を構成し、単語は意味の究極的基層の代替表現であって、この辺まで来ると、もう哲学者の領分だろう。
クロード・シャノン。 pic.twitter.com/gdhXZKkEO8
— 小野不一 (@fuitsuono) 2017年8月29日
情報伝達の本質が「置き換え」であることがよくわかる。私が常々書いている「解釈」も同じ性質のものだ。そして情報の運命は受け取る側に委ねられる。
(※自動制御学〈サイバネティクス〉、1948年)と時期を同じくして、シャノンは特異な観点から、テレビジョン信号に格別の関心を寄せ始めた。信号の中身を結合または圧縮することで、もっと速く伝達できないかと考えたのだ。論理学と電気回路の交配から、新種の理論が生まれた。暗号と遺伝子から遺伝子理論が生まれたように。シャノンは独自のやりかたで、何本もの思索の糸をつなぐ枠組みを探しながら、情報のための理論をまとめ始めた。
情報が計測可能になった意味はこういうところにあるのだろう。考えようによっては芸術作品も圧縮された情報だ。またマンダラ(曼荼羅)は宇宙を圧縮したものだ。
やがて、一部の技師が、特にベル研究所の所員たちが、“情報”(インフォメーション)という単語を口にし始めた。その単語は、“情報量”“情報測定”などのように、専門的な内容を表わすのに使われた。シャノンも、この用法を取り入れた。
“情報”という言葉を科学で用いるには、特定の何かを指すものでなくてはならなかった。3世紀前に、物理学の新たな研究分野が拓かれたのは、アイザック・ニュートンが、手あかのついた曖昧な単語に――“力”“質量”“運動”、そして“時間”にまで――新たな意味を与えたおかげだった。これらの普通名詞を、数式で使うのに適した計量可能な用語にしたのだ。それまで(例えば)“運動”は“情報”と同じく、柔軟で包括的な用語だった。アリストテレス哲学の学徒にとって、運動とは、多岐にわたる現象群を含む概念だった。例えば、桃が熟すこと、石が落下すること、子が育つこと、身体が衰えていくことなどだ。あまりにも幅が広すぎた。ニュートンの法則が適用され、科学革命が成し遂げられるには、まず、“運動”のさまざまなありようの大半がふるい落とされなくてはならなかった。19世紀には、“エネルギー”も、同じような変容の道をたどり始めた。自然哲学者らが、勢いや強度を意味する単語として採用し、さらに数式化することで、“エネルギー”という言葉を、物理学者の自然観を支える土台にした。
“情報”にも、同じことが言える。意味の純度を高める必要があった。
そして、意味が純化された。精製され、ビットで数えられるようになると、情報という言葉は至るところで見出された。シャノンの情報理論によって、情報と不確実性のあいだに橋が架けられた。
クロード・シャノン。 pic.twitter.com/EVBirlLxNb
— 小野不一 (@fuitsuono) 2017年8月29日
情報理論は情報革命であった。シャノンの理論はものの見方を完全に変えた。宗教という宗教が足踏みを繰り返し、腰を下ろした姿を尻目に、科学は大股で走り抜けた。
この世界が情報を燃料に走っていることを、今のわたしたちは知っている。情報は血液であり、ガソリンであり、生命力でもある。情報は科学の隅々まで行き渡りつつ、学問の諸分野を変容させている。
我々にとっての世界が認知を通じた感覚器官の中に存在するなら、感覚が受け取るのは情報であり、我々自身が発するのもまた情報なのだ。この情報世界をブッダは「諸法」と説いたのであろう。ジョウホウとショホウで音も似ている(笑)。
「各生物の中核をなすのは、火でもなく、神の呼気でもなく、“生命のきらめき”でもない」と、進化理論を研究するリチャード・ドーキンスが言い切っている。「それは情報であり、言葉であり、命令であり……(中略)……もし生命を理解したいなら、ぶるぶる震えるゲルや分泌物ではなく、情報技術について考えることだ」。有機体の細胞は、豊かに織りあげられた通信ネットワークにおける中継点(ノード)として、送受信や、暗号化、暗号解読を行なっている。進化それ自体が、有機体と環境とのあいだの、絶えざる情報授受の現われなのだ。
「情報の環(わ)が、生命の単位となる」と、生物物理学者ヴェルナー・レーヴェンシュタインが、30年にわたる細胞間通信の研究の末に語っている。レーヴェンシュタインは、今や“情報”という事おばがもっと奥深いものを意味していることを、わたしたちに気づかせる。「情報は、宇宙の組成と秩序の原理を内に含み、またその原理を測る精確な物差しとなる」。
「ぶるぶる震えるゲルや分泌物」とは脳や血液・ホルモンを示したものだろう。「情報の環(わ)が、生命の単位となる」――痺れる言葉だ。『ポスト・ヒューマン誕生 コンピュータが人類の知性を超えるとき』でレイ・カーツワイルが出した答えと一致している。
生命それ自体は決して情報ではない。むしろ生命の本質は知性、すなわち計算性にあると考えられる。つまり優れた自我をコピーするよりも、情報感度の高い感受性や統合性を身につけることが正しいのだ。尊敬する誰かを目指すよりも、自分のCPUをバージョンアップし、ハードディスク容量を増やし、メモリを増設する人生が望ましい(宗教OS論の覚え書き)。
インフォメーション―情報技術の人類史
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・情報エントロピーとは/『シャノンの情報理論入門』高岡詠子
・無意味と有意味/『偶然とは何か 北欧神話で読む現代数学理論全6章』イーヴァル・エクランド
・「物質-情報当量」