2014-05-12

情報理論の父クロード・シャノン/『インフォメーション 情報技術の人類史』ジェイムズ・グリック


・情報理論の父クロード・シャノン

『ビッグデータの正体 情報の産業革命が世界のすべてを変える』ビクター・マイヤー=ショーンベルガー、ケネス・クキエ
『〈インターネット〉の次に来るもの 未来を決める12の法則』ケヴィン・ケリー
『量子が変える情報の宇宙』ハンス・クリスチャン・フォン=バイヤー

情報とアルゴリズム
必読書リスト その三

通信というものの本質的な課題は、ある地点で選択されたメッセージを、別の地点で精確に、あるいは近似的に再現することである。メッセージはしばしば、意味を有している。
     ――クロード・シャノン(1948年)

【『インフォメーション 情報技術の人類史』ジェイムズ・グリック:楡井浩一〈にれい・こういち〉訳(新潮社、2013年)以下同】


 巻頭のエピグラフは「通信の数学的理論」からの引用で最も有名な部分である。クロード・シャノンはこの論文で情報理論という概念を創出した。同年、ベル研究所によってトランジスタが発明される。「トランジスタは、電子工学における革命の火付け役となって、テクノロジーの小型化、偏在化を進め、ほどなく主要開発者3名にノーベル物理学賞をもたらした」。ジョージ・オーウェルが『一九八四年』を書いていた年でもあった(刊行は翌年)。

 もっと深遠で、科学技術のもっと根幹に関わる発明は、《ベル・システム・テクニカル・ジャーナル》7月号及び10月号掲載の、計79ページにわたる論文として登場した。記者発表が行なわれることはなかった。『通信の数学的な一理論』という簡潔かつ壮大な表題を付けた論文は、たやすく要約できるような内容のものではない。しかし、この論文を軸に、世界が大きく動き始めることになる。トランジスタと同様、この論文にも新語が付随していた。ただし、“ビット”というその新語を選んだのは委員会ではなく、独力で論文を書きあげた32歳の研究者クロード・シャノンだった。ビットは一躍、インチ、ポンド、クォート、分(ふん)などの固定単位量、すなわち度量衡の仲間入りを果たした。
 しかし、何の度量衡なのか? シャノンは“情報を測る単位”と記している。まるで、測定可能、軽量可能な情報というものが存在するかのように。

 bitとはbinary digit (2進数字)の略でベル研究所のジョン・テューキーが創案し、シャノンが情報量の単位として使った。

「シャノンは電信電話の時代に、情報を統計分析に基づいてサンプリングすることにより、帯域幅が拡大するにつれてCD、DVD、デジタル放送が可能になり、インターネット上でマルチメディアの世界が広がることを理論的に示していた」(インターネット・サイエンスの歴史人物館 2 クロード・シャノン)。そして科学の分野では量子情報理論にまで及んでいる。

 電信の土台となる仕組みは、音声ではなく、アルファベットの書き文字を短点(・)と長点(―)の符合に変換するというものだが、書き文字もまた、それ自体が符合の機能を備えている。ここに着目して、掘り下げてみると、抽象化と変換の連鎖を見出すことができる。短点(・)と長点(―)は書き文字の代替表現であり、書き文字は音声の代替表現であって、その組み合わせによる単語を構成し、単語は意味の究極的基層の代替表現であって、この辺まで来ると、もう哲学者の領分だろう。


 情報伝達の本質が「置き換え」であることがよくわかる。私が常々書いている「解釈」も同じ性質のものだ。そして情報の運命は受け取る側に委ねられる。

(※自動制御学〈サイバネティクス〉、1948年)と時期を同じくして、シャノンは特異な観点から、テレビジョン信号に格別の関心を寄せ始めた。信号の中身を結合または圧縮することで、もっと速く伝達できないかと考えたのだ。論理学と電気回路の交配から、新種の理論が生まれた。暗号と遺伝子から遺伝子理論が生まれたように。シャノンは独自のやりかたで、何本もの思索の糸をつなぐ枠組みを探しながら、情報のための理論をまとめ始めた。

 情報が計測可能になった意味はこういうところにあるのだろう。考えようによっては芸術作品も圧縮された情報だ。またマンダラ(曼荼羅)は宇宙を圧縮したものだ。

 やがて、一部の技師が、特にベル研究所の所員たちが、“情報”(インフォメーション)という単語を口にし始めた。その単語は、“情報量”“情報測定”などのように、専門的な内容を表わすのに使われた。シャノンも、この用法を取り入れた。
“情報”という言葉を科学で用いるには、特定の何かを指すものでなくてはならなかった。3世紀前に、物理学の新たな研究分野が拓かれたのは、アイザック・ニュートンが、手あかのついた曖昧な単語に――“力”“質量”“運動”、そして“時間”にまで――新たな意味を与えたおかげだった。これらの普通名詞を、数式で使うのに適した計量可能な用語にしたのだ。それまで(例えば)“運動”は“情報”と同じく、柔軟で包括的な用語だった。アリストテレス哲学の学徒にとって、運動とは、多岐にわたる現象群を含む概念だった。例えば、桃が熟すこと、石が落下すること、子が育つこと、身体が衰えていくことなどだ。あまりにも幅が広すぎた。ニュートンの法則が適用され、科学革命が成し遂げられるには、まず、“運動”のさまざまなありようの大半がふるい落とされなくてはならなかった。19世紀には、“エネルギー”も、同じような変容の道をたどり始めた。自然哲学者らが、勢いや強度を意味する単語として採用し、さらに数式化することで、“エネルギー”という言葉を、物理学者の自然観を支える土台にした。
“情報”にも、同じことが言える。意味の純度を高める必要があった。
 そして、意味が純化された。精製され、ビットで数えられるようになると、情報という言葉は至るところで見出された。シャノンの情報理論によって、情報と不確実性のあいだに橋が架けられた。


 情報理論は情報革命であった。シャノンの理論はものの見方を完全に変えた。宗教という宗教が足踏みを繰り返し、腰を下ろした姿を尻目に、科学は大股で走り抜けた。

 この世界が情報を燃料に走っていることを、今のわたしたちは知っている。情報は血液であり、ガソリンであり、生命力でもある。情報は科学の隅々まで行き渡りつつ、学問の諸分野を変容させている。

 我々にとっての世界が認知を通じた感覚器官の中に存在するなら、感覚が受け取るのは情報であり、我々自身が発するのもまた情報なのだ。この情報世界をブッダは「諸法」と説いたのであろう。ジョウホウとショホウで音も似ている(笑)。

「各生物の中核をなすのは、火でもなく、神の呼気でもなく、“生命のきらめき”でもない」と、進化理論を研究するリチャード・ドーキンスが言い切っている。「それは情報であり、言葉であり、命令であり……(中略)……もし生命を理解したいなら、ぶるぶる震えるゲルや分泌物ではなく、情報技術について考えることだ」。有機体の細胞は、豊かに織りあげられた通信ネットワークにおける中継点(ノード)として、送受信や、暗号化、暗号解読を行なっている。進化それ自体が、有機体と環境とのあいだの、絶えざる情報授受の現われなのだ。
「情報の環(わ)が、生命の単位となる」と、生物物理学者ヴェルナー・レーヴェンシュタインが、30年にわたる細胞間通信の研究の末に語っている。レーヴェンシュタインは、今や“情報”という事おばがもっと奥深いものを意味していることを、わたしたちに気づかせる。「情報は、宇宙の組成と秩序の原理を内に含み、またその原理を測る精確な物差しとなる」。

「ぶるぶる震えるゲルや分泌物」とは脳や血液・ホルモンを示したものだろう。「情報の環(わ)が、生命の単位となる」――痺れる言葉だ。『ポスト・ヒューマン誕生 コンピュータが人類の知性を超えるとき』でレイ・カーツワイルが出した答えと一致している。

 生命それ自体は決して情報ではない。むしろ生命の本質は知性、すなわち計算性にあると考えられる。つまり優れた自我をコピーするよりも、情報感度の高い感受性や統合性を身につけることが正しいのだ。尊敬する誰かを目指すよりも、自分のCPUをバージョンアップし、ハードディスク容量を増やし、メモリを増設する人生が望ましい(宗教OS論の覚え書き)。

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ジェイムズ グリック
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情報エントロピーとは/『シャノンの情報理論入門』高岡詠子
無意味と有意味/『偶然とは何か 北欧神話で読む現代数学理論全6章』イーヴァル・エクランド
「物質-情報当量」

2014-05-11

「わだつみ」に別の遺書 恩師編集、今の形に


 戦没学徒の遺書や遺稿を集め、戦後を代表するロングセラーとなっている「きけ わだつみのこえ」(岩波文庫)の中でも特に感動的な内容で知られる木村久夫(一九一八~四六年)の遺書が、もう一通存在することが本紙の調べで分かった。「わだつみ」ではすべて獄中で愛読した哲学書の余白に書かれたものとされていたが、実際は二つの遺書を合わせて編集してあり、辞世の歌も今回見つかった遺書にあった。

「もう一通の遺書」は手製の原稿用紙十一枚に書かれており、遺族が保管していた。父親宛てで、末尾に「処刑半時間前擱筆(かくひつ)す(筆を置く)」とあった。

 この遺書で木村は、先立つ不孝をわび、故郷や旧制高校時代を過ごした高知の思い出を語るとともに、死刑を宣告されてから哲学者で京都帝国大(現京都大)教授だった田辺元の「哲学通論」を手にし、感激して読んだことをつづった。また、戦後の日本に自分がいない無念さを吐露。最後に別れの挨拶(あいさつ)をし、辞世の歌二首を残した。

 木村の遺書は、旧制高知高校時代の恩師・塩尻公明(一九〇一~六九年)が四八年に「新潮」誌に発表した「或(あ)る遺書について」で抜粋が紹介され、初めて公になった。「凡(すべ)てこの(「哲学通論」の)書きこみの中から引いてきた」とされ、「わだつみ」でも同様に記されたが、いずれも二つの遺書を編集したものだった。

「わだつみ」の後半四分の一は父宛ての遺書の内容だった。二つの遺書を精査したところ、「哲学通論」の遺書で陸軍を批判した箇所などが削除されたり、いずれの遺書にもない言葉が加筆されたりしていたことも分かった。「辞世」の歌二首のうち最後の一首も違うものになっていた。

 大阪府吹田市出身の木村は京都帝大に入学後、召集され、陸軍上等兵としてインド洋・カーニコバル島に駐屯。民政部に配属され通訳などをしていたが、スパイ容疑で住民を取り調べた際、拷問して死なせたとして、B級戦犯に問われた。取り調べは軍の参謀らの命令に従ったもので、木村は無実を訴えたが、シンガポールの戦犯裁判で死刑とされ、四六年五月、執行された。二十八歳だった。

 木村は判決後、シンガポール・チャンギ刑務所の獄中で同じく戦犯に問われた元上官から「哲学通論」を入手。三たび熟読するとともに、余白に遺書を書きつづった。執行間際には今回見つかった遺書を書き、両方が戦友の手で遺族のもとに届けられたとみられる。

◆衝撃、改訂を検討したい

 日本戦没学生記念会(わだつみ会)の高橋武智理事長の話 もう一つ遺書があったことは初めて知った。「きけ わだつみのこえ」の編集上、頼りにしていた塩尻公明の「或る遺書について」とも違いがあると知り、二重に衝撃を受けている。今後、遺書が公になれば、ご遺族の意見も伺いながら改訂を検討したい。

《「きけ わだつみのこえ」》 東京大協同組合出版部が1947(昭和22)年に出版した「はるかなる山河に-東大戦没学生の手記」を全国の学徒に広げ、49年に刊行された。82年に岩波文庫に入り、改訂を加えた95年の新版は現在もロングセラーを続けている。74人の遺書・遺稿を収録。木村久夫の遺書は、特別に重要なものだとして「本文のあと」に掲載されている。

東京新聞 2014年4月29日 朝刊

きけわだつみのこえ―日本戦没学生の手記 (ワイド版岩波文庫)きけ わだつみのこえ―日本戦没学生の手記 (岩波文庫)
(※左がワイド版、右が文庫本)

近藤道生と木村久夫/『きけ わだつみのこえ 日本戦没学生の手記』日本戦没学生記念会編

神を討つメッセージ/『一神教の闇 アニミズムの復権』安田喜憲


『環境と文明の世界史 人類史20万年の興亡を環境史から学ぶ』石弘之、安田喜憲、湯浅赳男
『人類の起源、宗教の誕生 ホモ・サピエンスの「信じる心」が生まれたとき』山極寿一、小原克博

 ・神を討つメッセージ
 ・都市革命から枢軸文明が生まれた

『カミの人類学 不思議の場所をめぐって』岩田慶治
『新・悪の論理』倉前盛通

 海と森を見て感動する心は、美しい水の循環系を維持する心でもある。森の繁る山は水の源である。そして稲作には水が必要不可欠である。だから稲作漁撈民は、山に特別の思いを抱いた。美しい水の循環系を守るためには、美しい心が必要だ。美しい未来の日本文明を創るためには、まず心を美しくすることだ。その美しい心の原点はアニミズムにある。
 真摯に森と山と海の貴重な循環を知り、それに感動する心を育む。そうすれば、その先にはかならず未来が見えてくるはずだ。美しい「美と慈悲の文明」・「生命文明」の未来が見えてくるはずだ。21世紀は「美と慈悲の文明」・「生命文明」の世紀となるべきものなのである。
 学問をするということの意味は人によって異なるだろう。しかし今、なにをおいても必要なことは、地球環境の劣化という人類の危機を救済する新たな道を探求することである。新たな哲学、新たな宗教の再生に立脚した、地球環境と人類を救済する「新たな物語」が必要なのである。
 たとえば最澄空海、さらには親鸞日蓮の思想は、1000年以上にわたって日本人の心に受け継がれてきた。自分が学問をすることの意味とは何かを考えたとき、最終的にめざすべきものは、そうした1000年も受け継がれるような新たな文明の潮流の根幹となりうる思想を提示することであると思う。

【『一神教の闇 アニミズムの復権』安田喜憲〈やすだ・よしのり〉(ちくま新書、2006年)】

 一神教批判の書である。日本は明治以降、西洋文明の恩恵を受けることで経済的・学問的な発展を遂げてきた。その恩を返す意味でも東洋から西洋文明を捉え直す作業が必要だ。なかんずく歴史・思想・宗教の次元で西洋文化を再構築するべきだ。多様性が叫ばれながらも世界を支配するのは一神教の論理である。日本国内でごちゃごちゃやるよりも欧米を向いたメッセージの発信が求められる。

 私がアニミズムに着目した経緯については読書日記(2011-12-13)に記した通りだ。本書は私が抱いた多くの疑問に答えてくれた。『環境と文明の世界史 人類史20万年の興亡を環境史から学ぶ』(石弘之、安田喜憲、湯浅赳男)も東洋の位置から西洋を鋭く見据えた鼎談(ていだん)となっている。

 地球温暖化説はカーボン・マーケット(排出取引)創出を目的とした世界的な詐欺行為であると私は考えるが、地球環境が破壊されているのは事実である。これに異論を挟む者はあるまい。

 戦争や工業化など様々な問題があるが結局のところ先進国の搾取に行きつく。発展途上国の人口爆発も貧困に支えられている。環境運動は一時的には盛り上がりを見せたものの、市民運動のレベルにとどまり国家的な方向転換にまで至っていない。地球がどれほど破壊されようとも人類は反省しないのだ。何という思い上がりか。

 神はまだ死んでいない。あいつはまだ生きている。いくら戦争反対を叫んでも無駄だ。欧米には宗教的正義が息づいているのだから。ゆえに戦争反対よりもキリスト教反対を叫ぶことが正しい。それに代わる思想はアニミズムでよい。アニミズムはありとあらゆるものに聖霊を見出す平和思想だ。聖霊がいるかいないかはこの際不問に付す。「物語としての聖霊」で構わない。たった一人の神様が君臨するよりはずっといいだろう。



必須音/『音と文明 音の環境学ことはじめ』大橋力
一神教と天皇の違い/『日本語の年輪』大野晋

チャート分析のデマーク氏:米国株は11%の下落リスク


 5月2日(ブルームバーグ):米国株は早ければ来週にも11%の下落局面に入る――相場の転換点を見極めるチャート分析指標の生みの親であるトム・デマーク氏が、いくつかの価格パターンが形成されればという条件付きで予想を示した。

 S&P500種 株価指数が日中取引で1884まで下げず、1891ポイントを上回って引けることが1度か2度あれば、天井を付けたといえると、デマーク氏は1日の電話インタビューで述べた。同氏は2月にも似たような予想を示しており、一定の条件が満たされれば、米国株は1929年の大暴落前と似た状況に達したといえるとしていた。S&P500種はその後、8%上昇した。

 デマーク・アナリティクス(アリゾナ州スコッツデール)の創立者である同氏は、「これらの相場目標が達成されれば、高い山が形成されることは間違いないだろう」と指摘。「これらの指数が天井を付ける時期はかなり近いかもしれない」と続けた。

 デマーク氏によれば、ダウ工業株30種平均 は取引中に1万6661ドルを超え、1万6581ドルを上回って引けることが1度あれば、下落局面に入ると見込まれる。

 記録的な企業利益と3度にわたる連邦公開市場委員会(FOMC)の量的緩和によって、株式投資は最も有力な投資先となり、相場は過去5年間に急上昇した。S&PキャピタルIQのストラテジスト、サム・ストーバル氏のデータによると、S&P500種は10%以上の値下がりを伴わない上昇局面が2年7カ月近く続けている。1945年以降の記録では1年半が平均という。

原題:Tom DeMark Says U.S. Stocks at Risk of 11% Drop as MarketPeaks(抜粋)

ブルームバーグ 2014年5月3日

365日24時間休みなしで働く仕事の面接とは?


職種は「現場総監督」です。原則1日24時間の勤務。年間365日、休暇はありません。食事をとる時間はありますが、他の同僚が食べ終わってからです。徹夜で働く場合もあります。サラリー? 無給です。世界で一番大事な仕事ですよ。やってみる気はありますか。▼こんな就活の面接に、応募者たちの顔が見る見る硬くなっていく。いまどき、これほどひどい会社があるのだろうか。それとも何かの冗談だろうか。ネットで話題になった、ある企業の広告の動画である。面接官は自信たっぷりで語り続ける。世界で何億人もの人がこの仕事に就いているという。「母」という職業である。▼電車の中で気まずい空気の親子を見かけた。部活の様子や体調などあれこれ問いかける母親に、中学生らしき男の子は横を向いたままだ。煩わしくて仕方ない風で舌打ちなどしている。母親は怒って、ますます声が高くなる。大人になっていく子供をいつまでも心配し、管理下に置こうとして、疎まれるのもまた母である。▼奉仕は無償で無限。けれども総監督を引退する年齢は意外に早く来る。子は10代後半には母から自立し、母は子離れをして再び自分自身と向き合わねばならない。どちらも甘えと期待を絶つ、ほんの少しの勇気と葛藤が要る。お母さん、ありがとう。素直に言えるだろうか。大人同士だからこそ心に届く感謝の言葉もある。

【春秋/日本経済新聞 2014年5月11日】