車が1台、彼のほうにゆっくりと進んでくる。武装したガードマンたちを乗せた警備会社の巡回車だ。
バーナードはそういう警官もどきのガードマンが大嫌いだった。彼らは裕福な連中の被害妄想が生み出す恐怖を餌にしている。そして本物の警官を見下し、いやに偉そうに、この特権階級の地域を巡回している。いつもなら彼は車を運転している荒くれ男との対面をじっくり楽しむ。自分の警官バッジが、つねにガードマンの身分証明書に勝つ、そのよろこびのために。
けれど今夜はちがう。
この家の近くにいるのを知られたくない。バーナードは車を発進させ、ガードマンが近づいてくる前に走り去った。
【『血のケープタウン』ロジャー・スミス:長野きよみ訳(ハヤカワ文庫、2010年)】
南アフリカを舞台としたノワール(暗黒小説)。銀行強盗のカネを独り占めし高飛びしたアメリカ人、元ギャング、悪徳刑事の思惑が絡み合う。疾走感のある佳作。やはりその国の風俗を知るにはミステリが一番だ。
警備会社は英語で「security company」。security には警備以外にも治安、保安、防衛、保障といった意味がある。国家安全保障は「national security」だ。アメリカの軍産複合体が下部組織あるいは天下り先としてセキュリティ・カンパニーを立ち上げた。各所で社会不安をつつけば需要はたちどころに増える。
長嶋茂雄がセコムのコマーシャルに登場した頃(1990年)、我々は鼻で笑った。「水と安全が無料といわれるこの国(『日本人とユダヤ人』)で、そんな商売が成り立つわけがない」と。愚かな民に先見の明はなかった。現在では中小企業から一般家庭にまで普及している。
アメリカでは9.11テロ以降、ブラックウォーターを始めとする民間軍事会社までが隆盛を極めている。イラク戦争の終盤では兵力の4割が民間と伝えられた。しかも彼らは軍法会議にかけられないためやりたい放題であった。新自由主義は戦争のアウトソーシング(外部委託)を可能とした。
アメリカのセキュリティ・カンパニーについては『ショック・ドクトリン 惨事便乗型資本主義の正体を暴く』ナオミ・クラインが詳しい。また上杉隆が「警備会社大手のセコムには、数多くの警察OBが天下っている」(『官邸崩壊 安倍政権迷走の一年』)と指摘していることも付け加えておく。