絵踏み(踏絵というのは踏まれる絵や浮彫像のこと、踏む行為は絵踏みという)
【『みじかい命』竹山道雄(新潮社、1975年)】
両親逮捕、暴行死の女児「パパ、ママゆるして」 メモ残す
東京・目黒区で5歳の女の子が父親に暴行を受けた後に死亡した事件で、女の子の両親が警視庁に逮捕されました。自宅からは「パパ、ママごめんなさい。ゆるして」という女の子の悲痛なメモが見つかりました。
保護責任者遺棄致死の疑いで逮捕されたのは船戸雄大容疑者(33)と妻の優里容疑者(25)です。
2人は今年1月下旬から、目黒区の自宅で長女で5歳の結愛ちゃんに対して、十分な食事を与えなかったうえ、体を殴ったり水を浴びせたりする暴行を加えた後、病院に連れて行かず、死亡させた疑いが持たれています。5歳児の平均体重は20キロですが、結愛ちゃんは亡くなった際、およそ12キロしかなかったということです。
また、結愛ちゃんは「しつけ」と称して午前4時ごろに起床させられ、体重測定やひらがなの書き取りをさせられていたということです。
自宅には、結愛ちゃんが両親に宛てたメモが残されていました。
「もうパパとママにいわれなくても しっかりと じぶんから きょうできないことも あすはできるようにするから もうおねがい ゆるして ゆるしてください おねがいします パパママごめんなさい ほんとうにもう おなじことしません ゆるして きのうぜんぜんできてなかったこと これまで まいにちやってきたことをなおします これまでにどれだけあほみたいにあそんだか あそぶってあほみたいだからやめるので もうぜったい ぜったい ぜったい やらないからね ぜったい ぜったい やくそくします」(結愛ちゃんの両親へのメモ)
絵を描くのが好きだったという結愛ちゃん。
「あしたのあさは きょうみたいにやるんじゃなくて いっしょうけんめいやるんだ あしたはぜったいやるんだ」(結愛ちゃんの両親へのメモ)
取り調べに対し、2人は容疑を認め、優里容疑者は「虐待の発覚が怖くて見過ごしてしまった」と供述しているということです。
【TBS NEWS 2018年6月6日】
吉川金次●そんななかで、いまから30年ほど前、いやもっと以前かな、古社寺展というのが盛んにおこなわれ、私もかならず見にいきました。そしたらね、おもしろいものを発見しちゃったんですよ。描かれている絵の鋸が、私たちがつくるような鋸とは違う。これは丹念に調べてみたら、鋸の進化が分かるにちがいない。よし、調べてやろう、という気になったんです。43歳の暮れでした。
鋸を調べるには、まず、日本鋼(はがね)で鋸をつくる技術を正しく記録しておく必要があると気づいたわけです。それで家内に話したら、やってみたらというんです。乞食(こじき)になってもいいから、やってみようじゃないか、ノートに書いておけば、みなさんが読んで使ってくださる。それだけでもいいからやってみよう、とはじめたんです。
【『森浩一対談集 古代技術の復権 技術から見た古代人の生活と知恵』森浩一〈もり・こういち〉(小学館、1987年/小学館ライブラリー、1994年)以下同】
貴重な動画。大昔の鋸は殆ど製法がわかっていない。学者による研究もなく民間人が自費で調査している。/Japanese Toolmakers Part 1 - YouTube https://t.co/Tz3wXwQhnU
— 小野不一 (@fuitsuono) 2018年6月7日
吉川●古代の鋸をつくるのは、その構造を理解するためです。(中略)
古代の鋸を、いまの鋸みたいに解釈している人が多いんですが、いまの鋸のように使える道具じゃぜったいない。どうやってつくったかということを調べていくと、どういうところに使ったかも、はっきり分かってくるんです。
森●黄金塚古墳のころの鋸は、何を切っていたんですか。
吉川●いまの鋸のように使える道具じゃありませんね。歯を見ると、アセリもナゲシもない。
森●アセリですか。
吉川●ええ、アセリがない。アセリというのは、歯を互い違いに曲げることです。アセリがないと木質は切れません。
森●歯を互い違いに曲げるのをアセリというんですか。
吉川●齟齬(そご)という人もいるんですが、齟齬という言葉を使うのはやめてもらいたいですね。齟齬というと、くいちがいでしょう。ところが、鋸の歯はくいちがいじゃないんですよ。間に釘1本を通すとスーッと通るくらい整然としているんです。齟齬なんてことを言ったら、大工に頭を張り倒されちゃいますよ。齟齬だったら、家が建てられるはずがない。材木というのは、断面が非常に重要なんです。断面がきれいでなかったら、日本の木材建築なんてできない。その断面をきれいにするために、日本の鋸は工夫されているんです。
吉川●それから、鋸の歯はヤスリで立てたと思うでしょう。ぜんぜん違いますね。4世紀や5世紀の鋸はヤスリで歯を立てていません。タガネで立てたんです。その証拠もちゃんとつくってあります。実験してみましたから。そうすると、ヤスリと鋸は、タガネを母とし、槌(つち)を父とする同じ兄弟だったということになってくるんですよ。使い方も非常に近縁なんです。さっきも言ったように、黄金塚古墳の鋸なんか、使い方がヤスリとそっくりでした。
吉川●まあ、こうやって復原してみると、古代人たちがどんなに苦労したかということが、よく分かりますね。いまの人ならすぐにでもできるようなものでも、古代人にとっては、とんでもないことだったんでしょうね。でも、それはやっぱり、おもしろかったんでしょうね。古代人と話しているような気になるのも、そのためなんです。苦しいばっかりじゃない。ものをつくるのは、なんでもそうでしょう。そうそう、いま鍬(くわ)をつくっているんですよ。鍬なんか、考古学者は軽蔑しているみたでね。しかし、鍬は大切ですぜ。
「復原をして、すっかり貧乏になりました」
と、屈託なく笑われる吉川さんの研究を、私は、文部省の研究費を受けて“研究”している大学人や研究所などのいわゆる専門家の研究なるものと、どうしても比較せざるをえなかった。研究費をもらうどころか、生活費をさいてまでつぎこんで、学問に役立つ研究が、下町の職人の家から生まれたのである。
対談が終わって、帰りぎわ、1回分の土量を知るために鍬をつくっていると、吉川さんが述べたとき、横から奥さんが、つぎのように言ったものである。
「いやだね、また実験だとかいって、土掘りをやらされるね。前は木こりをやらされたけど」
どうもこれは、吉川ご夫妻の研究とでもいうべきものである。(1983年10月18日)