・『天空の舟 小説・伊尹伝』宮城谷昌光
・『太公望』宮城谷昌光
・『管仲』宮城谷昌光
・『重耳』宮城谷昌光
・『介子推』宮城谷昌光
・『沙中の回廊』宮城谷昌光
・『晏子』宮城谷昌光
・『子産』宮城谷昌光
・術と法の違い
・策と術は時を短縮
・人生の転機は明日にもある
・天下を問う
・傑人
・明るい言葉
・孫子の兵法
・孫子の兵法 その二
・人の言葉はいかなる財宝にもまさる
・『孟嘗君』宮城谷昌光
・『楽毅』宮城谷昌光
・『青雲はるかに』宮城谷昌光
・『奇貨居くべし』宮城谷昌光
・『香乱記』宮城谷昌光
・『草原の風』宮城谷昌光
・『三国志』宮城谷昌光
・『劉邦』宮城谷昌光
翌日から暴風と猛雨(もうう)がつづき、晴天がもどってきても、破損した船の修理などがあって、すぐに出発できなかった。
「さいさきが悪い」
と、公子光(こうしこう)は顔をしかめた。だが、子胥(ししょ)は、
「地が水びたしになっても人は生きられますが、地から水が消えたら、人は死にます。大いなる天からの水は、吉兆(きっちょう)ですよ」
と、いって、不吉さを払った。
「ことばで邪気(じゃき)を払ってくれるのか……。王はふたたび占いをおこなわせ、吉日を選んで発(た)つことになろう」(四巻)
【『湖底の城 呉越春秋』宮城谷昌光〈みやぎたに・まさみつ〉(講談社、2010年/講談社文庫、2013年)】
公子光は後の闔廬(こうりょ)である。占いとは、事の成り行きや吉凶を亀甲(きっこう)のひび割れや筮竹(ぜいちく)に仮託する行為である。つまり目の前の偶然に将来を重ね見るわけだ。現在のトランプやサイコロにも通じる。私が子供の時分は、「あーした、天気になあーれ」と履いている靴を放り投げて翌日の天気を占ったものだ。
占いは廃(すた)れたようで廃れていない。星座・血液型占いもさることながら、ギャンブルと名を変えて多くの人々が手を染めている。宝くじを始めとする富くじの類いも同様だ。投資も占いに堕した感がある。
言葉の呪力は呪う方向にも祝う方向にも作用する。もともとは吉凶を占うだけの行為であったが、凶を吉に転じる言葉を編み出した占い師が出現したのだろう。脳に備わる智慧は複数の事をつなぎ合わせて光らせる不思議な性質をはらんでいる。「ことばで邪気を払」うところに占い師の本領があったと考えられまいか。
言葉には脳を束縛する力がある。宮城谷作品を読む時、私の脳は作者によって完全に支配されている。私の感情はフィクション(小説)の中で翻弄されるのだ。本を読まぬ人は歌の歌詞を思えばよい。
善(よ)き言葉は人の背中を押して自由へと誘(いざな)う。悪しき言葉は妄想の罠に人を閉じ込める。世の中を照らすのは「明るい言葉」であろう。