2019-01-29

天皇は祭祀王/『ゴーマニズム宣言SPECIAL 天皇論』小林よしのり


『新・ゴーマニズム宣言SPECIAL 戦争論』小林よしのり
・『新・ゴーマニズム宣言SPECIAL 戦争論 2』小林よしのり
・『新・ゴーマニズム宣言SPECIAL 戦争論 3』小林よしのり

 ・少国民世代(昭和一桁生まれ)の反動
 ・天皇は祭祀王

『戦争論争戦』小林よしのり、田原総一朗
・『ゴーマニズム宣言SPECIAL パール真論』小林よしのり
『世界史で読み解く「天皇ブランド」』宇山卓栄

日本の近代史を学ぶ
必読書リスト その四

 日本人はほとんど無自覚に天皇と繋がっている。

 自覚なき天皇尊崇だからこそ、日本の歴史の中でこの長きに亘って存続してきたのかもしれない。

【『ゴーマニズム宣言SPECIAL 天皇論』小林よしのり(小学館、2009年/平成29年 増補改訂版、2017年)】

「天皇陛下はエンペラーに非ず」(『国のために死ねるか 自衛隊「特殊部隊」創設者の思想と行動』伊藤祐靖)の続きである。

 小林のペンが冴えている。ゴー宣シリーズは、まず『ゴーマニズム宣言』(全9巻)があり、『新・ゴーマニズム宣言』(全15巻)に続き、『新・ゴーマニズム宣言SPECIAL』(27巻)へと続く。その他にも10冊ほど刊行されているようだ(Wikipedia)。

 天皇陛下に対する小林の変化、なかんずく自然発生的に湧いた親愛の情が共感を誘う。私自身、日本人の血のようなものを自覚したのは数年前のことだ。「自覚なき天皇尊崇」が伝統や風習の各所に通い、流れているのだろう。

 古今東西に「国王」などの世俗的君主はあまた存在する。

 そして民を虐げ私利私欲に走った王の話もまた枚挙にいとまない(ママ)。

 そのような歴史の中で滅びた王制も数多い。

 しかし日本においては、「民」が「天皇」の存在を滅ぼそうとしたことは歴史上いまだかつてない。

 それは天皇が世俗的君主と異なり、祭祀を司る存在だからである。

 公のため、民のために祈る存在であり、私利私欲とは全く無縁だからである。

 世俗の行き着くところが経済と軍事である。世俗的君主は軍事力を背景にして酷税(こくぜい)を強いる。近代までは生殺与奪も好き勝手に行われていた。こうした人間の本能を思えば天皇という存在を継続し得た歴史はある種の奇蹟といってよい。

「公」よりも「私」。

 行き着く先は、米国・中国のようなウルトラ格差社会しかない。

「公」の心が失われたところには、安定した国家は築けない。

 国の中心に、公のために祈る無私の存在、「天皇」を置くというのは、国を安定させるために人類が考えうる最も賢明な策であり、他に類を見ない偉大な英知なのである。

 しかも天皇という存在の不思議は日本建国に先駆けている事実である。日本を日本たらしめている固有性がここに極まる。国家があって天皇がいるのではなく、初めに天皇ありきで後に国家が形成されるのだ。

 天皇はエンペラー(皇帝)ではない。

 祭祀王だ!(中略)

 天皇とは「祭祀王」であり、祭祀を行なうことこそが天皇の本質である。

 エンペラーは命令権者(司令)である。天皇陛下は祭祀を司る存在であり、その祈りは風のように国民を包む。不敬を恐れず申し上げれば天皇陛下は風呂敷のように柔らかく国民をくるむ。鎖の硬さはどこにもない。こうした「妙(たえ)なる関係性」こそ日本の伝統なのだろう。

「伝統」とは、歴史の積み重ねの中から醸成される「国民の安寧のための智慧(ちえ)・バランス感覚」のことであり、時代と共に柔軟に表現を変えながらも受け継がれていく「魂・エートス」こそが肝要なのだ。

 新嘗祭(にいなめさい)や大嘗祭(だいじょうさい)は古代から行なわれてきた祭祀であり、戦国時代以来、中断していたが、江戸時代、それぞれ復興し18世紀末の光格(こうかく)天皇が本格的に再興させた。

 その皇室祭祀の伝統を「明治に創られた」と言うのは完全に誤りであり、デマである。

 進歩史観の影響は絶大で払拭することが難しい。古代~中世~近代という区分けが脳に染み込んで離れない。人類の進歩や歴史の必然といった概念を我々は無意識のうちに前提としている。マルクス史観に基づけば大東亜戦争以前の日本の歴史は暗黒でなければならない。進歩の果てに社会主義が位置するわけだから闇が深ければ深いほど好都合となる。江戸300年の歴史は長らく貶(おとし)められ、封建時代は前近代を悪し様に表現する言葉となってしまった。

 明治期に天皇を神格化したのは、憲法の基軸にキリスト教の代わりとなる絶対性を据(す)えるためだった(『日本国民に告ぐ 誇りなき国家は滅亡する』小室直樹)。この基軸を欠くゆえにアジア諸国の民主政は機能しないのである。

 進歩主義の根幹にはキリスト者以外は蒙昧(もうまい)とする思想が横たわっているように思う。明治日本は文明化を欧米にアピールすべく鹿鳴館(ろうめいかん)で夜を徹して踊りまくり、伊藤を初めとする政治家たちはキリスト教に改宗までした。

 天皇陛下がおわしますればこそ日本の存在がある。これを知悉(ちしつ)するがゆえに左翼は天皇制を破壊しようと試みるのである。

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