2021-02-14

精神障碍者を町に解き放つ/『ベリー オーディナリー ピープル とても普通の人たち 北海道 浦川べてるの家から』四宮鉄男


『死と狂気 死者の発見』渡辺哲夫
『悩む力 べてるの家の人びと』斉藤道雄
『治りませんように べてるの家のいま』斉藤道雄

 ・精神障碍者を町に解き放つ

『べてるの家の「当事者研究」』浦河べてるの家
『石原吉郎詩文集』石原吉郎

虐待と知的障害&発達障害に関する書籍

 べてるのメンバーはどんどん町へ出ていく。病気が治ってからとか、症状がよくなってから、というのではない。症状が良くても悪くても、よほど状態が悪かったり急性期の錯乱状態でもなければ、本人に外に出ていきたいという意志や意欲があれば、積極的に後押しして町へ出ていけるようにしている。(中略)
 患者さんが町に出ていくと問題が起きやしないかと心配する人がいる。しかしべてるでは、誰もそんな心配はしない。むしろ問題が起こることを歓迎する。問題が起こった方が、問題の在りかが明らかになり、それが問題解決の手がかりになる。そもそも、べてるには、問題は必ず解決しなければいけないという発想がない。すぐに解決するような問題は放って置いてもたいしたこがないし、逆に、本質的な大問題は少々の努力をしてみても、すぐにどうこうなるものではないからだ。

【『ベリー オーディナリー ピープル とても普通の人たち 北海道 浦川べてるの家から』四宮鉄男〈しのみや・てつお〉(北海道新聞社、2002年)】

 四宮鉄男はドキュメンタリー映画監督で、長期間に渡ってべてるの家を撮り続けてきた。斉藤道雄著『悩む力 べてるの家の人びと』と同年に刊行されており、べてるが広く社会に知られるきっかけとなったことだろう。驚くほど文章が巧みで著作が一冊しかないのはもったいない限りである。必読書に入れてもよかったのだが既にべてる本は3冊あるため教科書本とした。

『ベリー オーディナリー ピープル』は全8巻、続いて『シリーズ・精神分裂病を生きる』は全10巻のビデオ作品となっている。たった今知ったのだが林竹二〈はやし・たけじ〉の映像作品も撮っていた。こりゃ本物ですな。現在入手可能な作品は限られているが、図書館を探せばビデオ作品は見ることができるかもしれない。尚、一連の映像はコピー可で営利を目的としていない。

 精神障碍者といえばどうしてもレッサーパンダ帽男殺人事件(2001年)を思い出してしまう。

『自閉症裁判 レッサーパンダ帽男の「罪と罰」』佐藤幹夫

 あの頃は幼児を高層マンションから投げ落とす事件が何度も起こった(児童投げ落とし事件の考察 異常犯罪行動学の試み:佐藤弘弥)。後日報道が途絶えた。いずれも知的障碍者や精神障碍者の犯行だった。本書でも池田小事件(2001年)が起こった際のべてるメンバーの反応が紹介されている。犯人は統合失調症であった。

 こうした事件があると「精神障碍者は危ない」となりがちだが、そこには認知バイアスが働いている。殆どの障碍者は罪を犯していない。健常者だって人を殺す。正確な犯罪率を出すことにも意味はないだろう。例えば都道府県の窃盗犯罪率を調べて、最も多い県名を挙げて「泥棒県」と評価するような行為に堕してしまう。こうしたデータは原因を究明するところに意味があり、長期的な視点に立たないと単純な現状批判の刃(やいば)になりかねない。

「開かれた社会」という言葉がある。べてるが行ったのは「社会を開かせる」一種の蛮行であった。横紙破りといっていい。地域に迷惑をかけ、110番通報されることも多かった。しかし数年を経て地域に溶け込み、更にはなくてはならない存在にまでなるのである。べてるの家は地域密着サービス事業を行い、勇名を馳せてからは観光資源にまでなる。ともすれば障碍者の自由は地域住民の不自由につながりなけないが、不自由と自由が入り乱れて予測し得ない化学反応を起こした。

 私が知る限り、べてるの家は最高に理想的なコミュニティである。ダイアローグ(対話)の意味はべてるを知らずして理解できまい。向谷地生良〈むかいやち・いくよし〉(ソーシャルワーカー)と川村敏明医師の功績は年々輝きを増している。





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