2021-05-09

幼い心の傷痕/『緑衣の女』アーナルデュル・インドリダソン


『罪』カーリン・アルヴテーゲン
『湿地』アーナルデュル・インドリダソン

 ・幼い心の傷痕

・『』アーナルデュル・インドリダソン
・『湖の男』アーナルデュル・インドリダソン
・『厳寒の町』アーナルデュル・インドリダソン
・『許されざる者』レイフ・GW・ペーション

ミステリ&SF

「それがすべての原因だろうか。わからない。おれは10歳だったが、あれ以来ずっと罪悪感を感じている。それを払い落とすことができないでいる。いや、払い落としたくないんだ。良心の痛みは壁となって、俺が手放したくない悲しみのまわりを囲んでいる。もしかするとおれはずっと前にこの悲しみを手放して、救われた命をありがたく思い、なんらかの意味をこの人生に与えるべきだったのかもしれない。だがおれはそうしなかった。これからもきっとそうしないだろう。人はみななにか重いものを背負っている。おれの背負っている荷物は、同じように大切な人を失ったほかの人の荷物よりも重いというこではないかもしれない。だが、おれにはこれ以外の生き方ができないんだ。
 おれの中でなにかが消えてしまった。おれはあの子を見つけることができなかった。いまでもしょっちゅうあいつの夢を見る。あいつはまだあそこのどこかにいるとおれにはわかっている。一人で吹雪の中をさまよい、みんなに見捨てられ、寒さに震えている。しまいにどこかに倒れるんだ。だれにも見つけられないようなところに。雪が吹き積もって、姿が見えなくなってしまう。おれがどんなに探しても、どんなに彼の名前を読んでも、だめなんだ。おれには見つけられない。彼の耳におれの声は届かない。吹雪の中で永遠におれの視界から消えてしまうんだ」

【『緑衣の女』アーナルデュル・インドリダソン:柳沢由実子〈やなぎさわ・ゆみこ〉(東京創元社、2013年/創元推理文庫、2016年)】

 アーナルデュル・インドリダソンの作品は全部読んでいる。北欧の暗い心情が何となく日本の侘(わ)び寂(さ)びと共鳴する。エーレンデュル捜査官シリーズは現実のリズムを奏でて振幅の大きいメロディーを拒む。頑ななまでに。

 エーレンデュルは幼い頃に吹雪で遭難し弟を喪った。その傷痕が中年になっても癒えていない。むしろ樹木の傷のように歳月を経るごとに大きく引き延ばされてゆく。娘との関係も破綻している。10代の娘がドラッグ漬けになったり、売春に手を染めているのが日常的な光景のように描かれていて、欧州の惨状が垣間見える。

 主人公の内省志向が好き嫌いを分ける。私は決して嫌いではないが、最新作『厳寒の町』では完全な失敗を犯している。

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