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2013-07-04

バイロン・ケイティは現代のアルハットである/『ザ・ワーク 人生を変える4つの質問』バイロン・ケイティ、スティーヴン・ミッチェル


『ものぐさ精神分析』岸田秀
『続 ものぐさ精神分析』岸田秀
『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福』ユヴァル・ノア・ハラリ
『生きる技法』安冨歩
『消えたい 虐待された人の生き方から知る心の幸せ』高橋和巳
『どんなことがあっても自分をみじめにしないためには 論理療法のすすめ』アルバート・エリス
『嫌われる勇気 自己啓発の源流「アドラー」の教え』岸見一郎、古賀史健
『悟りの階梯 テーラワーダ仏教が明かす悟りの構造』藤本晃
『ストーリーが世界を滅ぼす 物語があなたの脳を操作する』ジョナサン・ゴットシャル
『手にとるようにNLPがわかる本』加藤聖龍
『NLPフレーム・チェンジ 視点が変わる〈リフレーミング〉7つの技術』L・マイケル・ホール、ボビー・G・ボーデンハマー
『奇跡の脳 脳科学者の脳が壊れたとき』ジル・ボルト・テイラー
『未処理の感情に気付けば、問題の8割は解決する』城ノ石ゆかり
『マンガでわかる 仕事もプライベートもうまくいく 感情のしくみ』城ノ石ゆかり監修、今谷鉄柱作画
『ザ・メンタルモデル 痛みの分離から統合へ向かう人の進化のテクノロジー』由佐美加子、天外伺朗
『無意識がわかれば人生が変わる 「現実」は4つのメンタルモデルからつくり出される』前野隆司、由佐美加子
『ザ・メンタルモデル ワークブック 自分を「観る」から始まる生きやすさへのパラダイムシフト』由佐美加子、中村伸也
『過去にも未来にもとらわれない生き方 スピリチュアルな目覚めが「自分」を解放する』ステファン・ボディアン

 ・バイロン・ケイティは現代のアルハットである
 ・認識のフレームを転換するメソッド

『人生を変える一番シンプルな方法 セドナメソッド』ヘイル・ドゥオスキン
『タオを生きる あるがままを受け入れる81の言葉』バイロン・ケイティ、スティーヴン・ミッチェル
『わかっちゃった人たち 悟りについて普通の7人が語ったこと』サリー・ボンジャース
『悟り系で行こう 「私」が終わる時、「世界」が現れる』那智タケシ
『二十一世紀の諸法無我 断片と統合 新しき超人たちへの福音』那智タケシ
『気づきの視点に立ってみたらどうなるんだろう? ダイレクトパスの基本と対話』グレッグ・グッド
『さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる』エックハルト・トール
『ニュー・アース』エックハルト・トール
『覚醒の炎 プンジャジの教え』デーヴィッド・ゴッドマン

虐待と知的障害&発達障害に関する書籍
悟りとは
必読書リスト その五

 世界にはたった3種類の領域しかありません。私の領域、あなたの領域、そして神の領域です。私にとって、神という言葉は「現実」を意味します。現実こそが世界を支配しているという意味で、神なのです。私やあなた、みんながコントロールできないもの、それが神の領域です。
 ストレスの多くは、頭の中で自分自身の領域から離れたときに生じます。「(あなたは)就職した方がいい、幸せになってほしい、時間通りに来るべきだ、もっと自己管理する必要がある」と考えるとき、私はあなたの領域に入り込んでいます。一方で、地震や洪水、戦争、死について危惧していれば、神の領域に入っていることになります。私が頭の中で、あなたや神の領域に干渉していると、自分自身から離れてしまうことになります。

【『ザ・ワーク 人生を変える4つの質問』バイロン・ケイティ、スティーヴン・ミッチェル:ティム・マクリーン、高岡よし子監訳、神田房枝訳(ダイヤモンド社、2011年/安藤由紀子訳、アーティストハウスパブリッシャーズ、2003年)】

 私が「現代のアルハット(=阿羅漢)」と考える人物は二人いる。その筆頭格がバイロン・ケイティである(もう一人はジル・ボルト・テイラー)。彼女は元々悪い母親であった。ところが病気を通して悟りを得る。そこから導き出されたのが「ザ・ワーク」である。

 相手(もちろん自分でも構わない)の悩みに対して四つの質問をするだけという極めてシンプルなものだ。

「それは本当でしょうか?」
「その考えが本当であると、絶対言い切れますか?」
「そう考えるとき、(あなたは)どのように反応しますか?」
「その考えがなければ、(あなたは)どうなりますか?」

 たったこれだけだ。だがこの深遠なる問いによって悩みは完全に相対化されるのだ。つまりブッダの説法と同じ原理だ。ま、論より証拠、見てごらんよ。


 凄い……。何が凄いかって、彼女は全く誘導していないのだ。にもかかわらず問い掛けるだけで、相手は自ら問題の本質を悟っている。つまり、「世界が変わった」のだ。バイロン・ケイティが言うところの「ストーリー」と私が常々触れている「物語」とは全く同じ意味だ。

 彼女は「領域」という言葉で異なる世界を表現している。親が子に「お前はこうするべきだ」と語る時、子は親の所有物と化していることが多い。親はよかれと錯覚しながら、子の人生を操縦しようとするのだ。教育や宗教も同様であろう。

 感化と言えば聞こえはよい。だがブッダは感化を否定している。


 もちろんクリシュナムルティも否定している。

 学びとは理解することを愛し、ものごとをそれ自体のために行なうことを愛することを含蓄している。学びは、一切の強制がないときにだけ可能である。そして強制は、さまざまな形をとるのではないだろうか? 感化、固執、脅し、言葉たくみな激励、あるいは微妙な形の報いによる強制があるのだ。

【『未来の生』J・クリシュナムルティ:大野純一訳(春秋社、1989年)】

 たとえその子が、彼に対するあなたの愛ゆえにいたずらをやめたとしても、それでは一種の感化であり、それは本当の変化でしょうか。それは愛かもしれませんが、それでも、何かをしたり、何かになるようにという、その子に対する一つの形の圧力です。そしてあなたが、子供は変化しなければならないと言うとき、それはどういうことでしょう。何から何への変化でしょうか。ありのままの彼が、【あるべき】彼に変化するのでしょうか。あるべき彼に変化するなら、彼はかつての自分を単に修正しただけであり、それゆえにまったく変化ではないのでしょう。

【『子供たちとの対話 考えてごらん』J・クリシュナムルティ:藤仲孝司〈ふじなか・たかし〉訳(平河出版社、1992年)】

 バイロン・ケイティのワークは在りし日のブッダを彷彿(ほうふつ)とさせる。ブッダもクリシュナムルティも「偉大なる問い」を発する人であった。安易な答えを人々に教えるだけであれば、彼らの名前はこれほどの響きを持たなかったはずだ。

 占ってもらう必要はない。祈ってもらう必要もない。本書を開いてただワークシートに記入するだけでよいのだから。



すべてが私を支えている/『探すのをやめたとき愛は見つかる 人生を美しく変える四つの質問』バイロン・ケイティ
血で綴られた一書/『生きる技法』安冨歩
序文「インド思想の潮流」に日本仏教を解く鍵あり/『世界の名著1 バラモン教典 原始仏典』長尾雅人責任編集、『空の思想史 原始仏教から日本近代へ』立川武蔵
『歴史的意識について』竹山道雄

2010-03-23

小野田寛郎の悟り


 ・小野田寛郎の悟り

『生命力を高める身体操作術 古武術の達人が初めて教える神技のすべて』河野智聖

 小野田さんは、ジャングルの戦いを通じて不思議な能力が発揮された経験を持っています。一度は、夕暮れ時に友軍の周囲を敵軍によって完全に包囲されてしまったときでした。本当に命を賭けなければいけないと必死になったその瞬間、頭が数倍の大きさに膨らんだ感じになって悪寒に襲われて身震いし、その直後、頭が元の大きさに戻ったと感じると、あたりがパーッと明るく鮮明に見えるようになったそうです。

 小野田自然塾でも定番のキャンプファイアー。火を使うことで人間は大きな進化を遂げましたが、小野田さんの体験を聞くと、太古に培った野生的な能力が体のどこかで眠っているような気がします 「夕闇が迫っているのに、まるで昼間のような明るさになりました。そして、遠くに見える木の葉の表面に浮かぶ一つ一つの脈まではっきり認識することができました。そうなると、はるか先にいる敵兵の動きも手に取るように分かります。それこそ、相手が射撃をする直前にサッと身をかわして銃弾を避けることさえできると思いました」

 命を賭ける場面が、命を賭けなくても大丈夫だという自信に変わった小野田さんは、難なくこのピンチを切り抜けることができました。

 もう一度は、日本に帰還して検査のために入院していたときに分かったことでした。たとえ寝ていても、病室にやってくる人の気配を感じることができたのです。

「毎晩3回、巡寮の看護婦さんが部屋に入る前から気配を察し眼を覚ましていました。これは、島の生活を送るなかで知らぬ間に身についていた能力でした。初めての場所を偵察中、道の脇とは知らず仮眠をしてしまい、人の気配で眼を覚まし、別の場所に変えて、敵や住民をかわしたことが何度もありました。寝ていても警戒心は働いていたのです」

 力を合わせてテントを設営する子どもたち。自然のなかでいろいろな体験をすることによって、生きるための知恵や判断力が養われていきます こうした経験から、人間には普段使われていない潜在的な能力がたくさんあるはずだと、小野田さんは考えています。

「特殊な能力は、本当に必死になったときでなければ表に出てきませんから、普通の生活を送るうえで必要はありません。しかし、少なくとも危険から身を守る能力や知恵、判断力は、子どものときに体験するさまざまな動作や遊びのなかで身についていくものだと思います。

ブルーシー・アンド・グリーンランド財団

光り輝く世界/『飛鳥へ、そしてまだ見ぬ子へ 若き医師が死の直前まで綴った愛の手記』井村和清

2010-02-20

光り輝く世界/『飛鳥へ、そしてまだ見ぬ子へ 若き医師が死の直前まで綴った愛の手記』井村和清


 ・光り輝く世界

『左脳さん、右脳さん。 あなたにも体感できる意識変容の5ステップ』ネドじゅん

悟りとは

 ベストセラーには食指が動かない。所詮、出版社のマーケティングやプロパガンダに乗せられた人々が買ったというだけの話であろう。そんな私が30年前のミリオンセラーを開いたのには理由がある。田坂広志の講演(なぜ、我々は「志」を抱いて生きるのか)で本書が紹介されており、どうしてもその部分を確認したかった。

 2005年に新版が出ていた。夫人の原稿が加えられている。癌のため31歳で絶命した医師が、我が子に宛てて書いた手記である。

 読み物としてどうこうというよりも、一人の青年の死にゆく姿が圧倒的な重量で胸に迫ってくる。井村は元々命のきれいな人物だったようだ。淡々と清水のように綴られた文章から、人柄が浮かび上がってくる。

 様々な患者との出会いがスケッチされていて、人生の深い余韻がこちらにまで伝わってくる――

「ズキン、ズキンとするのは痛いけれど、私にはそれが、建築現場の槌音(つちおと)のように感じるのです。ズキン、ズキンとくるたびに、私の壊(こわ)れた体が健康な体へと生まれかえさせて頂(いただ)いている。そう思うと、勿体(もったい)なくて、手をあわせているのです。ですから、少しも苦しいと思わないのです」
 おだやかに話されるお婆さんの目は優しく、まるで観音(かんのん)さまのようでした。そのお婆さん、今はすっかり元気になられ、またあちこちを飛びまわっておられます。

【『飛鳥へ、そしてまだ見ぬ子へ 若き医師が死の直前まで綴った愛の手記』井村和清(祥伝社ノンブック、1981年/祥伝社黄金文庫、2002年/〈新版〉祥伝社、2005年)以下同】

 病(やまい)によって人生の意味を見つめ直す人は多い。限りある生の現実を思い知らされた時、人は謙虚にならざるを得ない。病気の前では地位も名誉も通用しない。強靭な肉体を誇るプロスポーツ選手ですら病気にはかなわない。病は万人に生が平等であることを教える。

 お婆さんの言葉が胸を打つ。何らかの真理を悟った者に特有の「高貴な香り」が漂う。「少しも苦しいと思わない」という言葉は決して強がりではなかったことだろう。苦(く)から離れ、達観しているのだ。

 病に臥(ふ)すと、どうしようもない孤独感が忍び寄ってくる。何となく、置いてきぼりを食ったような感覚に捉われ、家族や社会の足を引っ張っている事実に苦しむ。「病は気から」なんて言うが、身体が病んでしまえば自動的に気も病んでしまう。病院へ入院すれば、そこは病気であることが普通の場所である。深夜にもなれば廊下をひたひたと音も立てずに死の影がうろついている。

 そんな孤独や申しわけなさを乗り越えると、自分自身と向き合わざるを得なくなる。「生きる自分」と「死ぬ自分」が見えてくるのだ。お婆さんの言葉には生きることへの感謝が溢れている。それこそが死を受け容れた証拠であろう。生に対する執着心が、人を不幸のどん底に追いやることは決して珍しいことではない。

 だが、井村は若かった。そして幼い娘がいた。癌が発病し、片足を切断した。しかし、無情にも肺に転移していた――

 その夕刻、自分のアパートの駐車場に車をとめながら、私は不思議な光景を見ていました。世の中が輝いてみえるのです。スーパーに来る買い物客が輝いている。走りまわる子供たちが輝いている。犬が、垂れはじめた稲穂が雑草が、電柱が、小石までが美しく輝いてみえるのです。アパートへ戻って見た妻もまた、手を合わせたいほど尊(とうと)くみえたのでした。

 講演で引用されたのはこの箇所だ。死を自覚した時、世界は光り輝いていた。日常の風景が荘厳な世界に変わった。死のショックが視覚野か側頭葉を刺激したのだろうか? 私はそうは思わない。それまでは見えなかったものが、見えるようになったのだ。自分が生の当体であり、死の当体であると悟った瞬間に世界は劇的に変化したのだ。井村が見た光景はこの世の現実であり、真実であった。クリシュナムルティが言う「生の全体性」の一部を彼は覚知したのだ。

 私は既に井村よりも15年長く生きている。だが、井村が見た世界を私は知らない。井村は二人目の娘の顔をみることなく逝ってしまった。それでも、彼が生きて生きて生き抜いたことは確かだ。二人の子は井村を上回る年齢になった。亡き父は、沈黙の中から多くのことを娘達に教えているに違いない。

 

小野田寛郎の悟り
本覚思想とは時間的有限性の打破/『生と覚醒(めざめ)のコメンタリー 1 クリシュナムルティの手帖より』J・クリシュナムルティ
被虐少女の自殺未遂/『消えたい 虐待された人の生き方から知る心の幸せ』高橋和巳