2011-08-21

「戦利品」の一つとして、日本人捕虜のシベリヤ強制労働の道は開かれていた/『内なるシベリア抑留体験 石原吉郎・鹿野武一・菅季治の戦後史』多田茂治


『石原吉郎詩文集』石原吉郎
『望郷と海』石原吉郎

 ・石原吉郎と寿福寺
 ・常識を疑え
 ・「戦利品」の一つとして、日本人捕虜のシベリヤ強制労働の道は開かれていた

『シベリア抑留 日本人はどんな目に遭ったのか』長勢了治
『シベリア鎮魂歌 香月泰男の世界』立花隆

 すでにヤルタ会談(45年2月)で、ルーズベルト米大統領がスターリンに対して、対日参戦の代償として、「莫大な戦利品の取得」「南樺太・千島列島の割譲」「大連を自由港とし、ソ連の優先権を認める」などの密約をしていたし、「戦利品」の一つとして、日本人捕虜のシベリヤ強制労働の道は開かれていたが、日本政府にそうしたスターリンの横暴を許す姿勢がなかったとは言えない。
 45年5月には、同盟国だったナチス・ドイツが無条件降伏して、ますます窮地に追い込まれた日本政府は、不可侵条約を結んでいたソ連を仲介にして和平交渉を進めようと、7月20日、近衛文麿元首相を特使としてソ連に派遣する計画を立て、「和平交渉の要綱」なるものをつくったが、それには次のような条件が含まれていたという。
 一、国体護持は絶対にして、一歩も譲らざること。
 二、戦争責任者たる臣下の処分はこれを認む。
 三、海外にある軍隊は現地において復員し、内地に帰還せしむることに努むるも、やむを得ざれば、当分その若干を残留せしむることに同意す。
 四、賠償として、一部の労力を提供することに同意す。
 事態が急速に悪化して、この近衛特使派遣は実現しなかったが、日本政府みずから、「国体護持」(天皇制護持)を絶対的条件とする代りに、“臣下”の戦犯処分、シベリヤ抑留・労働酷使に道を開くような提案を用意していたのだ。

【『内なるシベリア抑留体験 石原吉郎・鹿野武一・菅季治の戦後史』多田茂治〈ただ・しげはる〉(社会思想社、1994年/文元社、2004年)※社会思想社版は「シベリヤ」となっている】

 そして今、シベリア抑留者と全く同じように、福島の人々が見捨てられているのだ。守るべき国民の生命は脅かされ、国家の体面だけを優先している。


「岸壁の母」菊池章子
「国家と情報 Part2」上杉隆×宮崎哲弥
真の人間は地獄の中から誕生する/『シベリア鎮魂歌 香月泰男の世界』立花隆
瀬島龍三はソ連のスパイ/『インテリジェンスのない国家は亡びる 国家中央情報局を設置せよ!』佐々淳行
「もしもあなたが人間であるなら、私は人間ではない。もし私が人間であるなら、あなたは人間ではない」/『石原吉郎詩文集』石原吉郎

2011-08-20

ペットボトルのサンダル


 履き物すら奪われた人々。

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占いこそ物語の原型/『重耳』宮城谷昌光


『天空の舟 小説・伊尹伝』宮城谷昌光
・『太公望』宮城谷昌光
『管仲』宮城谷昌光

 ・占いこそ物語の原型
 ・占いは神の言葉
 ・未来を明るく照らす言葉

『介子推』宮城谷昌光
・『沙中の回廊』宮城谷昌光
『晏子』宮城谷昌光
・『子産』宮城谷昌光
『湖底の城 呉越春秋』宮城谷昌光
『孟嘗君』宮城谷昌光
『楽毅』宮城谷昌光
『青雲はるかに』宮城谷昌光
『奇貨居くべし』宮城谷昌光
『香乱記』宮城谷昌光
・『草原の風』宮城谷昌光
・『三国志』宮城谷昌光
・『劉邦』宮城谷昌光

 元々文章が得意ではないので暑さや寒さを理由にして書かなくなることが多い。頑張ったところで書ける内容は知れているから、今後はあまり気負うことなく感じたことや考えが変わったことをメモ書き程度に綴ってゆこう。

 タイトルは「ちょうじ」と読む。主人公の名である。生まれが紀元前697年というのだからブッダ(紀元前463年/中村元の説)より少し前の時代である。枢軸時代の綺羅星の一人と考えてよかろう。重耳とは春秋五覇の一人、晋(しん)の文公(ぶんこう)である。

 読み物としては『孟嘗君』に軍配が上がるものの、物語の本質が占いにあることを示した点において忘れ得ぬ一書となった。重耳は43歳で放浪を余儀なくされ、実に19年もの艱難辛苦に耐えた。「大器は晩成す」とは老子の言。

 おどろいた成王(せいおう)は、
「わたしは、あれとふざけていただけだ」
 と、弁解した。ところが尹佚(いんいつ)は表情をゆるめるどころか、厳粛さをまして、
「天子に戯言(ぎげん)があってはならないのです。たとえどんなご発言でも、史官というものは、それを書き、宮廷の礼儀によって、その発言を完成させ、音楽とともに歌って、公表するものです」
 と、さとした。

【『重耳』宮城谷昌光〈みやぎたに・まさみつ〉(講談社、1993年/講談社文庫、1996年)以下同】

 成王が遊び半分で弟の唐叔虞(とうしゅくぐ/晋国の祖)を「封じる」と言った時のエピソード。歴史が記録によって形成されることを鮮やかに表現している。歴史とは記録であり、記録されたものだけが歴史なのだ。

 狐氏(こし)が晋に交誼(こうぎ)を求めてきた。この使者が狐突(ことつ)であった。

 若いが、その容貌には山巒(さんらん)の風気に鍛えぬかれたような精悍(せいかん)さと重みとがあり、それでいて目もとはすずやかさをたもって、山岳民族のえたいのしれぬ蒙(くら)さから、すっきりとぬけでている。
 狐突(ことつ)は馬上だけで見聞をひろめた男ではなく、かれの目は書物の上を通ってきたということである。

 書物は蒙(もう/道理に暗いこと)を啓(ひら)き、世界を明るく照らす。学問とは眼(まなこ)を開く営みに他ならない。後に狐突(ことつ)の子である狐毛(こもう)と狐偃(こえん)が重耳を支える。

 狐氏から詭諸(きしょ/重耳の父)のもとに二人の娘が送られることとなった。直ちに吉兆が占われる。

「山岳の神霊は、この婚姻を祝慶(しゅくけい)なさいました。なんと、曲沃(きょくよく)に嫁入(かにゅう)する娘の一人は、天下に号令する子を生むであろうということです」
 と、からだが張り裂けるほどの声でしらせた。

 私の心にフックが掛かった。そして下巻で悟った。占いこそ物語の原型であることを。占いとは未来の絵を描くことだ。卜(ぼく)の字は亀甲占いの割れの形に由来がある。

 不思議なもので占いは偶然から必然をまさぐる行為である。筮竹(ぜいちく)やサイコロ、あるいはコインといった道具を用いて偶然を必然と読み換えるのだ。

 キリスト教の運命や仏教の宿命が不幸の原因を求めて過去をさかのぼるのに対して、占いは未来に向かって道を開く。まったく根拠の薄弱な血液型占いや星座占いの類いが好まれるのも故なきことではないと思われる。

 現状は皆が知っている。責任に応じて視点の高さは変わってくるが、現状から見える未来図は予想範囲が限定される。現実の重さに縛られるためだ。起承転結の起承止まりだ。ここに転結の勢いを与えるのが占いである。

 つまり人々の思考回路に新しい道筋をつけ、更に道理を深く打ち込むことで思考のネットワークと人間のネットワークをも一変させるわけだ。皆の予測を超えた地点に旗を立てることができるかどうかが問われる。その旗が鮮やかな目印となって運命の進路を決定づけてゆく。韓万(かんまん)の言葉が如実にそれを示す。

「ことばと申すものは、外にあらわれますと、ありえぬことを、ありうることに変える、不可思議な働きをすることがあるものです」

 春秋戦国時代において狐氏は不安を抱えていたことだろう。であればこそ、晋に対して合従連衡(がっしょうれんこう)を求めたわけである。占いは人々の「淡い期待」を「絶対的な確信」に変えた。その瞬間に脳内で新たなシナプス経路が構築される。それまでの過去・現在と未来は「天下に号令する子」に捧げられることとなる。狐氏の運命が決まった瞬間であった。そして重耳が誕生する。

 いつもながら宮城谷のペンは冴え冴えとした光を放ちながら人間を描写する。

「狐突(ことつ)の体内のどこかに感動の灯がともった」、「かけひきのない人柄」、「眉やひたいの形のよさは、心の美質をもっとも素直にあらわしているといってよい」、「口調はおだやかだが、遁辞(とんじ)をゆるさぬというきびしさを目容(もくよう)にみせた」、「壮意を腹に溜(た)めなおして」、「胆知のさわやかさ」、「恐れがないから、やさしさがないのだ」、「声の質の良さは、その人の心術の良さでもある」――。

 宮城谷作品の魅力は人間の道と振る舞いを丹念に捉えているところにある。

重耳(上) (講談社文庫)重耳(中) (講談社文庫)重耳(下) (講談社文庫)

マントラと漢字/『楽毅』宮城谷昌光
先ず隗より始めよ/『楽毅』宮城谷昌光
占いは未来への展望/『香乱記』宮城谷昌光

ユダヤ人少年「みなが、その共犯者さ」


 私に付いてきた入植地の男の子に聞いた。イェディディヤ・ベインツハック、10歳である。
 ――もっと静かな暮らしをしたいと思うかい。
「うん」
 ――それには、どうしたらいい?
「アラブ人をここからおっぽりだしてしまえばいいのさ」
 ――でも、ここに住んでいるユダヤ人は400人で、アラブ人は12万人なんだよ。どうやってアラブ人を追い出すつもりだい?
「やり方は、いろいろあるさ。例えば、みなが逃げて行くように、何人か殺してやるとか」
 ――でも、人を殺すのはいいことかい?
「人を殺す奴を殺すのは、いいことさ」
 ――でも、みなが人殺しというわけじゃないよ。
「みなが、その共犯者さ」

【『パレスチナ 新版』広河隆一〈ひろかわ・りゅういち〉(岩波新書、2002年)】

パレスチナ新版 (岩波新書)

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パレスチナ人女性を中傷するイスラエルの若者たち

2011-08-19

副島隆彦、一ノ瀬正樹、ポール・ホーケン


 3冊挫折。尚、前回から挫折本の冊数をカウントするのをやめた。読了率を示すことに意味があるとは思えないため。五十の坂が近づいているので、とにかくムダな本を避けなくてはならない。

新たなる金融危機に向かう世界』副島隆彦〈そえじま・たかひこ〉(徳間書店、2010年)/おっかなびっくり開いて飛ばし読み。言葉遣いが2ちゃんねらーと同じレベルだ。きっと小室直樹の負の部分だけを譲り受けてしまったのだろう。ものの考え方が極端を超えて破綻の領域に突入している。一部からカルト的人気を博しているようだが、ただのカルトだと思う。

原因と結果の迷宮』一ノ瀬正樹(勁草書房、2001年)/狙いはいいのだが文章がまどろっこしい。妙なわかりやすさを演出したのではあるまいか。そのため文章が迷宮のようになっている。

祝福を受けた不安 サステナビリティ革命の可能性』ポール・ホーケン:阪本啓一訳(バジリコ、2009年)/「レイチェル・カーソン『沈黙の春』の精神を受け継ぐベストセラー」と見返しに書いてあるのを見てやめた。多分イデオロギー宣揚が目的なのだろう。内容は決して悪くはないと思う。モンサント社に対する批判も書かれている。それから、わけのわからんカタカナ語をタイトルに使用するのは賢明ではない。