2015-05-10
養老孟司
1冊読了。
48冊目『考えるヒト』養老孟司〈ようろう・たけし〉(ちくまプリマーブックス、1996年)/1996年の時点で情報系というテーマを提示している。養老は「中村桂子氏との話し合いで教えられた」とあとがきに記している。『「私」はなぜ存在するか 脳・免疫・ゲノム』だろうか。養老の著作の中では比較的あっさりした内容。『解剖学教室へようこそ』の続編であり、基本的には『唯脳論』の解説であると本人は位置づける。
限られた資源をめぐる競争/『複雑で単純な世界 不確実なできごとを複雑系で予測する』ニール・ジョンソン
・『歴史は「べき乗則」で動く 種の絶滅から戦争までを読み解く複雑系科学』マーク・ブキャナン
・限られた資源をめぐる競争
現実世界に見られる複雑性は、多くの場合、系の構成要素が限られた資源――たとえば、食べ物、空間(スペース)、エネルギー、権力、富――をめぐって互いに競争を繰り広げているという状況がその核心をなしている。このような状況では、群集の出現が非常に重要な実際的影響を及ぼすことがある。金融市場や住宅市場を例にとると、手持ちの金融商品や物件を売りたい群集――彼らは互いに買い手を求めて競争している――が自然に形成されると、暴落につながって市場価格が短期間のうちに劇的に下がってしまうことがある。同じような群集現象は、同じ時間帯に通る道路上の空間をめぐって競争している車通勤者たちでも生じる。その結果が交通渋滞で、これは市場の暴落の道路交通版なのだ。このほかの例としては、インターネットにおける過負荷、停電をあげることができる。前者は利用者のアクセスが一時に集中したために特定のコンピューター・システムが使えなくなった状況だし、後者もやはり電気の利用が一時的に集中して、電力網による供給が追いつかなくなった状況なのである。戦争やテロさえも、異なる勢力どうしの暴力的な集団行動であり、同じ資源(たとえば、土地や領土や政治的権力)の支配をめぐって競争が繰り広げられていると見なせる。
複雑性科学の究極の目標は、こうした創発現象――とりわけ重要なのは、恐ろしい結果をもたらしかねない市場の暴落、交通渋滞、感染症の世界的流行、癌をはじめとする病気、武力衝突、環境変化など――を理解し、その予測と制御を行なうことである。これらの創発現象の予測は可能なのだろうか。それとも、これらの現象は何の前触れもなく、どこからともなく姿を現わすのだろうか。さらに、いったん生じてしまったとき、われわれはその現象を制御したり操作したりできるのだろうか。
【『複雑で単純な世界 不確実なできごとを複雑系で予測する』ニール・ジョンソン:阪本芳久訳(インターシフト、2011年)】
1+1が2+αというよりは、2xになるような事象を創発という。「がらくた置き場の上を竜巻が通過し、その中の物質からボーイング747が組み立てられる」(フレッド・ホイル)確率と似ている。分子を並べただけでDNAはできないし、同じ数の細胞を並べただけで人体とはならない。創発という概念は自己組織化、散逸構造、非線形科学などとセットになっている。
生命も宇宙も熱力学第二法則に従う。エントロピーは増大するのだ。コーヒーの中に落としたミルクは拡散し、風呂の湯は必ず冷める。逆はあり得ない。時間の矢は過去から未来へ向かう。やがて人は死に、宇宙も死ぬ。分子は乱雑さを増し、一切が平均化してゆく。
群集現象による創発は人文字を思えばよい。一人ひとりは色のついたパネルをめくっているだけだが、全体で見ると文字や絵が浮かぶ。先に書いた1+1=2xがおわかりいただけるだろう。
交通渋滞と戦争やテロを同列に見なす視点が鋭い。特定秘密保護法や集団的自衛権に関する安倍政権批判は相変わらず「古い物語」を踏襲していて、平和を賛美する叙情的な文学のようにしか見えない。中華思想に弾圧されるチベットやウイグルの問題を正面から見据えれば、武力の裏づけを欠いた外交が実を結ぶとは思えない。戦争もできないような国家は国家たり得ない。そんな当たり前のことがこの国では忘れられているのだ。拉致問題が進展しないのも憲法の縛りがあるためだ。
戦争はない方がいいに決まっている。だからといって反戦・平和を叫べばそれで済むというものではない。人類は数千年にわたって戦争を行ってきたわけだから、まず戦争は起こるという前提で考えるべきだろう。そして戦争に至る要因や条件を科学的に検証することで、戦争回避の手立てが見えてくるに違いない。
複雑系科学は仏教の縁起を立証しているようで実に面白い。阪本芳久が訳した作品は外れが少ない。
2015-05-08
ロバート・B・パーカー、岡檀
2冊読了。
46冊目『生き心地の良い町 この自殺率の低さには理由(わけ)がある』岡檀〈おか・まゆみ〉(講談社、2013年)/数日前に読了。書くのを忘れていた。檀という名前を初めて見たが、意味は真弓と同じ。樹木の名である。期待が大きかっただけに辛口とならざるを得ない。正確な所感を記そう。悪くない。それだけである。徳島県旧海部町(かいふちょう)(現海陽町)は島部を除くと日本で最も自殺率が低い地域とのこと。岡は大学院生として4年間にわたる調査を行った。読み物としてつまらなくなっているのは、論文から派生した作品であるためだ。論文の書き方に触れることで結果的にテーマがぼやけてしまっている。実際の調査から導かれた岡の結論は実に素晴らしいものだ。しかし知識不足を否めない。写真を見る限りではそれほど若くは見えない。自殺の原因は統計では病苦となっているが実際は経済苦が一番多い(『自殺死体の叫び』上野正彦)。また日本人に自殺が多いのは世間という枠組みから考える必要がある。岡には養老孟司の『人間科学』(文庫版は『養老孟司の人間科学講義』)を読むことを勧めておこう。本書だけでは単なるレポートで終わってしまう。思想的、社会科学的に高めてもらいたい。
47冊目『悪党』ロバート・B・パーカー:菊池光〈きくち・みつ〉訳(早川書房、1997年/ハヤカワ文庫、2004年)/まあ菊池の訳が酷い。とにかく酷いよ。誰も注意する人がいないのかね? 亡くなったことだし、いっそのこと全部新訳にしてはどうかと本気で思う。スペンサー・シリーズ第24作。amazonでの評価は高いがどこがいいのか? 理解に苦しむ。大体、命を狙われていることを知りながら、ジョギングに出かける設定がおかしい。スペンサーは瀕死の重傷を負う。車椅子で退院し、リハビリに1年を要した。スーザンの魅力もとっくに色褪せている。ま、ミステリ界のサザエさんと思うしかないだろう。スペンサー・シリーズは殆ど読んでいるが一番面白くなかった。
スコット・パタースン、パブロ・ネルーダ、クララ・ホイットニー
2冊挫折、1冊読了。
『勝海舟の嫁 クララの明治日記(上)』クララ・ホイットニー:一又民子〈いちまた・たみこ〉、高野フミ、岩原明子、小林ひろみ訳(講談社、1976年/増補・訂正版、中公文庫、1996年)/満を持して臨んだが150ページで挫ける。クララは明治8年(1875年)にアメリカから来日した。当時14歳。後に勝海舟の妾腹・梅太郎に嫁ぐ。梅太郎の生母は梶くま。くまの逝去後、梅太郎は勝家の三男として東京で育てられるが長じて梶姓を継ぐ。勝海舟には青い目をした6人の孫がいた。クララは曇りなき瞳で生き生きと明治の日本を綴る。取り立てて黄色人種を見下す視線もない。しかしながら宗教差別が凄まじい。キリスト教に洗脳された14歳としか見えない。福澤諭吉などの大物が次々と登場する。一級の資料といってよい。尚、勝海舟の部分だけであれば、下田ひとみ著『勝海舟とキリスト教』で間に合いそうだ。
『ネルーダ回想録 わが生涯の告白』パブロ・ネルーダ:本川誠二〈ほんかわ・せいじ〉訳(三笠書房、1976年)/飛ばし読み。さすがに文章が素晴らしい。来日していたとは知らなかった。若きカストロやゲバラとの出会いが目を惹く。時代を吹き渡った社会主義旋風にいささか違和感を抱く。各章の合間に挿入された詩が美しい。
45冊目『ザ・クオンツ 世界経済を破壊した天才たち』スコット・パタースン:永峯涼〈ながみね・りょう〉訳(角川書店、2010年)/著者はウォールストリート・ジャーナルの記者でこれがデビュー作。こなれた文章が秀逸で訳も素晴らしい。クオンツと呼ばれる天才数学者たちがサブプライム・ショック、リーマン・ショックで金融を崩壊させるまでをドラマチックに描く。個人的にはアーロン・ブラウンの登場にびっくりした。CDSの事情についても詳しく触れている。
2015-05-07
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