・『なんでも測定団が行く はかれるものはなんでもはかろう』武蔵工業大学編
・はかることと分けること
「はかる」ことは分けること(分類)とともに、人間が外界に適応し、働きかけて生きていくうえでもっとも基本的な営みの一つである。
【『〈はかる〉科学 計・測・量・謀……はかるをめぐる12話』阪上孝〈さかがみ・たかし〉、後藤武(中公新書、2007年)】
そして科学の基本でもある。「はかる」能力が緻密であったからこそ道具を作ることができた。「分ける」能力はリンネ、ダーウィンを経て量子論にまで至った。
ふと気づいたのだが政治もまた「はかる」ことと「分ける」ことが基礎となっている。徴税や公共事業など。司法も同様か。目隠しをした正義の女神テミスは剣と秤(はかり)を持っている。
19世紀の科学的心理学を形づくったどの説でも、われわれが世界から得ているセンスデータは不十分であるということが前提にあり、この刺激という単位を採用したおかげで心理学は刺激の貧しさを克服しなければならなかった。どうやらそのときにある種の「心」の働きが構想された。ギブソンは、この手の知覚論を関節知覚論と呼んでいる。
これはアフォーダンス理論を解説した箇所である。ギブソンは直接知覚論を説いた。アフォーダンスについては勉強不足のためよく理解していない。大体私が理解しにくいのは西洋の伝統的な思考を知らないためだ。
・ギブソンの生態学的知覚論とは何でしょうか。 感覚と知覚について、遠くギリシャのアリストレテスからギブソンに至るまでの経緯の中で、 生態学的知覚論の特徴を検討してみました。
ま、要は環境からの働きかけを情報として読み取る行為を指しているのだが、仏教だと依報(えほう/環境)・正報(しょうほう/主体)の相互性が説かれているので我々にとっては親和性の高い考え方なのだが、ギブソンはもう一歩具体的な次元に踏み込む。
多分、「つかまりやすい枝」あたりから始まっているような気がするよ。我々のご先祖様がまだ猿だった時代の話だ。
“はかる”科学―計・測・量・謀…はかるをめぐる12話 (中公新書)
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阪上 孝 後藤 武
中央公論新社
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