・『賢者の書』喜多川泰
・『君と会えたから……』喜多川泰
・『手紙屋 僕の就職活動を変えた十通の手紙』喜多川泰
・『心晴日和』喜多川泰
・『「また、必ず会おう」と誰もが言った 偶然出会った、たくさんの必然』喜多川泰
・命のつながり
・『スタートライン』喜多川泰
・『ライフトラベラー』喜多川泰
・『書斎の鍵 父が遺した「人生の奇跡」』喜多川泰
・『株式会社タイムカプセル社 十年前からやってきた使者』喜多川泰
・『ソバニイルヨ』喜多川泰
・『運転者 未来を変える過去からの使者』喜多川泰
秀平は自分の命の重み、そしてつながりを感じていた。
自分の人生は、自分以外のものに生かされてきた歴史だ。
祖父の代が、命をかけてつないでくれた命を、両親がまた命をかけてつないでくれた。そして、それは子供たちのために自分の命をかける決意をしてくれた人たちの歴史でもあった。
秀平は電車の中にいる見ず知らずの人たちの顔を見た。
そこにいつもの顔ぶれはなく、多くは、お盆休みに入り、買い物に出かけるカップルや帰省のために大きなリュックをしょった小学生らしき子供を連れた家族連れだった。
思わず、平壌に帰る汽車に乗っている、俊子を膝に抱えた正一と理津子と千鶴子、そして義雄、浪江の姿が脳裏に浮かんだ。
「ここにいる一人ひとりも一緒だ。俺のじいちゃんたちのように命をつないでくれた先人たちがいたからこそ、今ここにいるんだ」
自分が知るはずもない時代の空気を吸うことによって肌で感じたのは、秀平が見た自分の家族の過去の歴史は、この国に住む、すべての家族の過去でもあるということだった。
あの時代に、命をかけて家族の命を守り、命を捨てて家族の命を守ろうとしたのは、義雄や浪江、英司だけではない。
あの時代のすべての人たちがそうだったのだ。
誰一人として、安全なところにいて難を逃れた人などはいない。
秀平は、見知らぬ人一人ひとりの肩をたたき、
「なあ、お互い、よくここまで命をつないでもらったよな。本当にありがたいよな」
と言って回りたいほどの感動が波のように何度も押し寄せてきた。
【『きみが来た場所 Where are you from? Where are you going?』喜多川泰〈きたがわ・やすし〉(ディスカヴァー・トゥエンティワン、2017年/大和書房、2011年『母さんのコロッケ 懸命に命をぐなぐ、ひとつの家族の物語』改題・新作短篇)】
2冊読む羽目になった。出版社の意向もあるのだろうが古い作品がわからなくなる改題には問題がある。タイトルに英文を入れるのも妙に気取った印象があって好きになれない。ゴーギャンのパクリっぽい。しかも新作短篇の出来があまりよくない。
喜多川の小説は当たり外れがはっきりしているのだが本書は当たりだ。私塾を立ち上げる主人公には喜多川自身の経験が反映されていることだろう。
キヨスクで偶然買った「ルーツキャンディ」を舐(な)めると祖父や父の体験が目の前で繰り広げられる。最初はわけがわからなかったが主人公は徐々に「自分がどこから来たか」を知る。歴史を学ぶと全てを知った気になるが実はそうではないことがわかる。我々は自分の父や祖父の感情の軌跡すら知らないのだ。自分の誕生をどれほどの喜びで迎えてくれたか。家族のためにどのような思いで戦争に臨んだか。そうした感情の一つひとつが人類の歴史を織り成しているのだ。
命はつながり、そして流れる。人々の思いは確かな痕跡となって大河の方向を決めるのだろう。