・『半沢直樹1 オレたちバブル入行組』池井戸潤
・『半沢直樹2 オレたち花のバブル組』池井戸潤
・ロストジェネレーション=就職氷河期世代
・『半沢直樹4 銀翼のイカロス』池井戸潤
・『隠蔽捜査』今野敏
・『ザ・ラストバンカー 西川善文回顧録』西川善文
しかし、それはまったく根拠のない希望的観測に過ぎなかった。どれだけ待っても、また期待しても、景気は一向に回復する気配を見せなかったのだ。株価も地価も下落を続け、不景気という名の怪獣の長い尻尾は、ついに森山が大学を卒業するときまで、いやそれ以降も、就職難という形で、立ちはだかったのである。
就職氷河期の真っ只中に就職活動をすることを強いられた森山は、数十社にもおよぶ面接を受けて、落ちた。
就職が難しいことはわかっていたから、学生時代から自己啓発に努め、英会話だけではなく証券アナリスト試験などの資格を得るための勉強にも余念がなかったつもりだ。授業はほとんど皆勤。成績はほとんど「優」――それでも落とされる。
なんで落とされたのか、理由が判然としないことも多かった。
不可解というより、理不尽。
相次ぐ不採用の知らせに、森山の腹に渦巻いたのは、やり場のない怒りだった。
森山の中学から高校にかけての好景気がバブルと呼ばれ、その後の不景気がバブル崩壊と名付けられたのもこの頃であった。
「泡」(バブル)と形容されるほど、奇妙な時代を作り上げ、崩壊させたのは誰なのか?
その張本人は特定できないが、少なくとも森山たちの世代ではない。なのに、満足な就職もできずに、割りを食っているのは自分たちなのだ。
就職の面接を受けるたび、プライドも自信もズタズタに引き裂かれながら、不平ひとつこぼす余裕もない。そのときの森山は、将来の不安と戦いながら、ただ打たれても這い上がるだけのつらい日々を耐えるしかなかった。
大手ではないが、最終的にこの東京セントラル証券への内定が出たとき、森山が抱いたのは深い安堵感だった。もう、就職先が一流とか二流とか、そんなことはどうでもよくなっていた。どこか自分が身を置く場所さえ見つかればそれでいい。最後まで就職先が決まらず、留年して翌年の活動に備える友人もいる中での内定獲得でもあった。
森山が経験した氷河期と呼ばれる就職難は、その後も長く続き、この2004年も状況は変わっていない。
世の中全体が、バブル崩壊後の不景気という名のトンネルにすっぽりと入り込んでしまい、出口を見出そうともがき苦しんでいたこの10年間。1994年から2004年に亘(わた)る就職氷河期に世の中に出た若者たち。その彼らを、後に某全国紙の命名により、「ロスト・ジェネレーション」、略してロスジェネ世代と呼ぶようになる。
しかし――。
身を削るような就職活動をくぐり抜けて会社に入ってみると、そこには、大した能力もないくせに、ただ売りて市場だというだけで大量採用されてた危機感なき社員たちが、中間管理職となって幅をきかせていたのだ。
バブル入社組である。
森山にとって彼らは、ただ好景気だったというだけで大量に採用され、禄(ろく)を喰(は)むが能はないお荷物世代だ。
大量採用のおかげで頭数だけはいるバブル世代を食わすため、少数精鋭のロスジェネ世代が働かされ、虐(しいた)げられている。
世の中は、森山たちの世代に対して、なにもしてくれなかった。まして、会社が手を差し伸べてくれるとも思えない。
バブル世代は、自分を守ってくれるのは会社だと思い込んでいるかも知れない。
しかし、森山らロスジェネ世代にとって、自分を守ってくれるのは自分でしかあり得ない。
【『半沢直樹3 ロスジェネの逆襲』池井戸潤〈いけいど・じゅん〉(ダイヤモンド社、2012年/文春文庫、2015年/講談社文庫、2019年)】
少し文章の揺れが見受けられるが(「余念がなかった【つもりだ】」など)見事な描写だと思う。「ロスジェネの逆襲」はそろそろ政治的課題として浮き上がってくることだろう。この世代から戦後レジームを変える本格派のリーダーと、破壊的な価値観を有する有象無象が出現すると私は考えている。
ロストジェネレーション=就職氷河期世代とは、団塊ジュニア(1971-74年生まれ)の次に生まれたポスト団塊ジュニア(1975-81年生まれ)である。
「超氷河期」と呼ばれた2000年を見ると、1975年〜1981年生まれが該当する15歳〜24歳の失業率は、外の世代よりも格段に高い。2000年1月31日時点の失業率は、全体が4.7%なのに対して、1975年〜1981年生まれが該当する15歳〜24歳の男性が8.7%、15歳〜24歳の女性が6.5%にまで上昇した。同じく2000年3月31日時点の失業率も、25歳〜34歳が5.8%なのに対して、15歳〜24歳が11.3%に達した。
【Wikipedia】
「そして、東日本大震災(2011年)などが起こった2010年代も一貫して、1975年〜1981年生まれの世代は苦難の道を歩み、しばしば40歳を過ぎても非正規雇用を続ける『非正規ミドル』になっている」(同頁)。
彼らの無念を思えば、間もなくロスジェネ政党「氷の会」が立ち上げられ、やがては政権を握り、バブル景気を謳歌した団塊世代から年金を召し上げ、彼らに死ぬまで雇用を義務付ける措置をとったとしても驚くに値しない。
経済的な格差が国家に深刻な亀裂を入れる。その後もグローバリゼーションの大波によって富の偏在は激化の一途を辿った。世界は王と奴隷の時代に戻りつつあるのだろうか。
就職氷河期は災害と同様、形を変えた戦争と考えていいだろう。努力が通用しない困難の中から必ず人間が再生する。復興とは人間に冠した言葉であるべきだ。苦しい思いをしたロスジェネ世代こそ日本を変革する世代であると密かに期待している。
尚、私が読んだのは講談社文庫だが、同社は反日傾向が顕著なため文春文庫の画像リンクに差し替えた。文春版の方が100円ほど安くなっている。