2012-02-12

有澤玲、佐藤俊樹、宮崎学


 2冊挫折、1冊読了。

面白いほどよくわかる世界の秘密結社 秘密のベールに隠された謎の組織の全貌』有澤玲〈ありさわ・れい〉(日本文芸社、2007年)/ちょっと当てが外れた。陰謀史観を斥けながらも胡散臭さを払拭できていない。記述が短いせいもあるのだろう。日本文芸社の「学校で教えない教科書」シリーズは当たり外れが大きい。

社会学の方法 その歴史と構造』佐藤俊樹(ミネルヴァ書房、2011年)/良書である。紙質もよく、ミネルヴァ書房の気合いが窺える。しかし残念なことに私の余生は限られている。一から社会学を学ぶ時間はないのだ。20代で社会学に興味のある人にとっては格好のテキストといってよい。

 10冊目『「正義」を叫ぶ者こそ疑え』宮崎学(ダイヤモンド社、2002年)/主旨には同意するが、論の進め方が拙いと思う。宮崎は左翼のイデオロギーから脱却できていない。多分、私よりもロマンチストなのだろう。明らかに読みが誤っている箇所もある。武闘派左翼、やくざ者の倅、解体屋、週刊誌記者といった過去の遍歴が妙に中途半端な視点となっている。左翼やリベラリストはどうしても部分的な政策について反対する姿勢が目立つ。グランドデザインが描けていないから、批判が形を変えた依存に見えてしまう。

エンリケ航海王子

Padrão dos Descobrimentos

Padrão dos Descobrimentos

Sunset at the Monument to the Discoveries in Lisbon

Padrão dos Descobrimentos

 ポルトガル・リスボン市西部ベレン地区のテージョ川岸にある大航海時代の記念碑「発見のモニュメント」。エンリケ航海王子はパトロンであって一度も航海には出ていない。彼はまたキリスト騎士団の指導者でもあった。1314年にフランスのテンプル騎士団が滅んだ。しかしポルトガルのテンプル騎士団は1319年に改称を認められてキリスト騎士団となった。後の大航海時代(15~17世紀)を牽引したのは彼らであった。ヴァスコ・ダ・ガマやコロンブスの義父もキリスト騎士団の構成員である。そして大航海とは投資の異名であった。

資本主義経済の最初の担い手は投機家だった/『投機学入門 市場経済の「偶然」と「必然」を計算する』山崎和邦
簿記の歴史 ひろがる世界と株式会社
大航海時代後の海商
「エンリケ航海王子が目指した先は?」1
「エンリケ航海王子が目指した先は?」2
「異民族は皆殺しにせよ」と神は命じた/『日本人のための宗教原論 あなたを宗教はどう助けてくれるのか』小室直樹

湾岸戦争におけるプロパガンダ 偽の看護婦の証言



再び歴史学者の自由を殺す法案 アルメニア民族虐殺問題

2011年12月22日。第二次世界大戦中のユダヤ人民族大虐殺を否定する者を処罰するゲッソー法に続き、第一次大戦中のトルコによるアルメニア人民族大虐殺の否定を処罰­する法案がフランスの議会で可決された。



パレスチナ問題の現状 ムスタファ・バルグティ

2012-02-11

ロジャー・スミス


 1冊読了。

 9冊目『血のケープタウン』ロジャー・スミス:長野きよみ訳(ハヤカワ文庫、2010年)/南アフリカ出身の作家によるノワール。中々面白かった。ギャンブルで身を持ち崩したアメリカ人が犯罪に手を貸すことを強いられ、挙げ句の果てに南アフリカへ逃亡する。悪徳警官のルディ・バーナードと夜警のベニー・マングレルが三つ巴となってメロディを奏でる。三人が三人とも追い詰められており、これが疾走感を生んでいる。逆説的ではあるがノワール(暗黒小説)は断固たる掟を描くことで、建て前としての法治国家を嘲笑する作品であることが望ましい。ストーリー上では判断ミスを巧みに設定できるかどうかが肝心で、これを登場人物のキャラクターに委ねてしまうと駄作になる。南アフリカではネックレスという処刑方法があるが、内側からの視点で書かれていて参考になる。

作家の禁じ手/『耽溺者(ジャンキー)』グレッグ・ルッカ


『守護者(キーパー)』グレッグ・ルッカ
『奪回者』グレッグ・ルッカ

・作家の禁じ手

『暗殺者(キラー)』グレッグ・ルッカ
『逸脱者』グレッグ・ルッカ
『哀国者』グレッグ・ルッカ

 ハードボイルドの文体は一人称が好まれる。三人称だと神の視点となってしまうからだ。もちろん創造者である作家は神として君臨するわけだが、リアリズムという大地を離れて作品は成立しない。その意味で本書は作家の禁じ手を犯したといってよい。

 アティカス・コディアック・シリーズの番外編で、ブリジット・ローガンが主役となっている。解説で北上次郎(目黒考二)が絶賛している。「ようやくブリジットに会えた! それが何よりもうれしい」と。金のために書かれたような文章だ。まったく信用ならない。鼻ピアスで身長が185cmのブリジットはシリーズ第1作に登場した時からやさぐれたキャラクターとして描かれている。そしてタイトルの「ジャンキー」とはブリジットのことだ。

 作家が登場人物を堕落させたり蹂躙(じゅうりん)することは最もたやすいことだ。そもそも私立探偵であるブリジットが囮(おとり)となって潜入捜査をする必然性があまり感じられない。過去の経緯(いきさつ)もさほど強いものではない。単純に考えればアティカスに頼んでやっつけてもらった方が手っ取り早いだろう。つまりリスクの選択自体に問題があるのだ。

 私に言わせれば、著者がブリジットを汚(けが)してしまっただけの話だ。このためアティカスの配慮が優柔不断にしか見えない。前巻でアティカスと関係を持ってしまったライザの身勝手さも実に底が浅い。大体、警護を生業(なりわい)とする者は果断に富んでいるのが当たり前で、善良な優柔不断さとは無縁であるはずだ。

 シリーズの寿命を延ばすためにブリジットを一度落としておく必要があったのだろうか? もしも今後の布石のためにブリジットに薬をやらせたとすれば、グレッグ・ルッカの大成は望めない。

 人間の行動には常にふたつの理由がある。
 もっともらしい理由と、真の理由が。
  ――J・P・モーガン

【『耽溺者(ジャンキー)』グレッグ・ルッカ:古沢嘉通〈ふるさわ・よしみち〉訳(講談社文庫、2005年)以下同】

 このエピグラフは著者にこそ突きつけられるべきだ。

 などとケチをつけたところで、文章がいいので読めてしまうんだよね(笑)。

 ヤクの夢はそんなに親切じゃない――それは感覚の狂喜であり、

 持たざることの利点のひとつは、散らかってもたかが知れていることだろう。

「創意工夫のかけらもないね」

「人生の黄昏どきに慈しむ思い出が欲しいのよ」

 どちらも声音の芯に同質の威厳がこもっていた。

「家族ってのは常に過大評価されるんだ」

 干上がったヤク中は右や左に、重力を打ち負かすほどの角度をつけて傾いている。

 もうそれ以上、ついてやれる嘘はなかった。

「じつに気高い行為だな、シスター」

「義憤のかたまりだ」

 次の作品がダメなら、グレッグ・ルッカには見切りをつける予定だ。

耽溺者 (講談社文庫)