2012-01-11
2012-01-10
朝日新聞「成人の日」社説の望む若者が出現!
@totti81
青木勇気 でも記事は読売という…w RT @sasakitoshinao: 朝日新聞「成人の日」社説の望む若者が出現!(笑。/中学で窓ガラス47枚割られ、壁に「死ね」 (読売新聞) http://t.co/fCCKcd0I
Jan 10 via ついっぷる/twippleFavoriteRetweetReply
・朝日新聞が社説で墓穴 不買運動に発展するか?
朝日新聞が社説で墓穴 不買運動に発展するか?
昨夜来た新聞販売店(非讀賣)と東京新聞で3ヶ月契約。「朝日は減る一方」と嘆息、「助かりました…」と帰って行った。RT @bobbyht 社内改革に期待 @hori_shigeki @kazouille 朝日、社説を書くトップ論説委員ら?の質が嘆かわしい。下剋上を期待するしかない。
— ymtkさん (@ymtkhr) 1月 10, 2012
・成人の日に――尾崎豊を知っているか 朝日新聞社説 平成24年1月9日 月曜日
・小田嶋隆さんtako_ashiの「尾崎豊にカブれていたのは同時代でも十分にイタい人たちで、とてもじゃないけど朝日新聞に入社するタイプじゃなかったということを当時を知らない新成人のみなさんにお知らせしておきます。」
・朝日新聞「成人の日」社説の望む若者が出現!
遠山啓
『数学入門(上)』遠山啓〈とおやま・ひらく〉(岩波新書、1959年)/正真正銘の教科書本。であるがゆえに読むのをやめた。今年は数学本に挑む予定ではあるが、私が求めるのは数学概念と数学センスなのだ。長い間読まれ続けているにもかかわらず版が変わっていない。フォントも小さくて読みにくい。一番腹立たしいのは、岩波の横書きにおけるカンマ&ピリオドの使用だ。文化的自殺といってよい。
2012-01-09
「成人するあなたへ」鴻上尚史(こうかみ・しょうじ)
本物の孤独と出会おう
成人式でお酒を飲んで暴れている若者が、毎年話題になりますが、彼らは、本当の意味で一度も孤独になったことがない人達だと思います。
孤独には、「本物の孤独」と「偽物の孤独」があります。(中略)
ただ、「本物の孤独」の時間を持った人だけが、うんうんとうなりながら問題に取り組むことができるのです。
【愛媛新聞 2012-01-09】
・覚え書:鴻上尚史「成人するあなたへ」、『愛媛新聞』2012年1月9日(月)付。
2012-01-08
天国と地獄と中国
@wwwwww_bot
笑ってはいけない 生前悪い行いをした者は地獄に、 良い行いをした者は天国に、 中くらいの行いをした者は中国に行くという。
Jan 06 via twittbot.netFavoriteRetweetReply
物語の本質~青木勇気『「物語」とは何であるか』への応答
・キリスト教を知るための書籍
・宗教とは何か?
・ブッダの教えを学ぶ
・悟りとは
・物語の本質
・権威を知るための書籍
・情報とアルゴリズム
・世界史の教科書
・日本の近代史を学ぶ
・虐待と知的障害&発達障害に関する書籍
・時間論
・身体革命
・ミステリ&SF
・必読書リスト
氏家〈うじけ〉さんのツイートで青木勇気というライターの存在を知った。
「フラットに読まれるべきものが先に結論付けられてはいないか、このことを問いたいだけだ。そして、その問いに答えられないものは、決して確からしいとは言えない」。多数派か少数派かによって変わる“確からしさ”について - 青木勇気 #BLOGOS http://t.co/FIACdi6W
— 氏家法雄 (@ujikenorio) 2012, 1月 7
・多数派か少数派かによって変わる“確からしさ”について | アゴラ 言論プラットフォーム
BLOGOSは私の趣味に合わないため殆ど見ることがない。何て言うんでしょうな。インチキ臭い(笑)。多分、編集方針がないためだろう。雑多というよりは、まとまりを欠いているというべきか。
早速、本人のブログを読んだ。
・Write Between The Lines.
先の記事もそうだがとにかく文章がいい。読んでいて気持ちがよくなってくる。その上、箴言力(コピーライティングのセンス)があるのだから侮れない。
で、注目に値する記事を発見した。
・「物語」とは何であるか
私の専門分野だ(ニヤリ)。ケチをつけようと思えばどんな角度からもつけることが可能だ(笑)。しかし、私が「物語」に気づいたのは4年前のことである。青木は私より一回り以上も若い。ならば援護射撃をすべきだろう。
私が「物語」を悟ったのは、上杉隆著『官邸崩壊 安倍政権迷走の一年』を読んだことに始まる。それ以前から「思想とは物語である」という持論があったのだが、上杉を通して「物語を編む」営みに初めて気づいた。
私は文筆家ではなく古本屋のため、ここはやはり読書の水先案内としておこう。
その頃、私が吹聴していた「物語論」は、岸田唯幻論の幻想とは違った。世界の構造・結構としての物語性であった。生きることが物語なのではない。我々は物語を生きるのだ。
・唯幻論の衝撃/『ものぐさ精神分析』岸田秀
森達也の『A』はカメラの位置をオウム信者側にしただけで物語を反転させてみせた。
・森達也インタビュー
その意味で私の小さな思いつきが完全な形で表現されたのが、野家啓一〈のえ・けいいち〉著『物語の哲学』であった。
・「理想的年代記」は物語を紡げない/『物語の哲学 柳田國男と歴史の発見』野家啓一
もうね、ぐうの音も出なかったよ。当時は野家啓一が神様に思えたほどだ。きちんと書評を書いていないので一両日中にアップする予定。
ここからが私の本領を発揮する地点だ。まずは歴史。理想的年代記が物語を紡げないのであれば、物語を編むのは歴史家の仕事となる。つまり歴史トピックの取捨選択に物語性が込められているのだ。ここでわかるように物語性の本質とは「因果関係」(=起承転結)である。
そこでまず世界史という物語の枠組みを知る必要がある。
・世界史は中国世界と地中海世界から誕生した/『世界史の誕生 モンゴルの発展と伝統』岡田英弘
次に歴史という概念を学ぶ。
・読書の昂奮極まれり/『歴史とは何か』E・H・カー
・歴史の本質と国民国家/『歴史とはなにか』岡田英弘
本気で勉強するなら、ここで野家本を再読するのが望ましい。
で、先ほど申し上げた因果関係を木っ端微塵に粉砕するのがこれ。
・歴史が人を生むのか、人が歴史をつくるのか?/『歴史は「べき乗則」で動く 種の絶滅から戦争までを読み解く複雑系科学』マーク・ブキャナン
ここからの急降下はジェットコースター級となる。諸君、振り落とされるなよ(笑)。
まずは岸田唯幻論を踏まえた上で脳機能を知っておこう。
・唯脳論宣言/『唯脳論』養老孟司
で、「負の物語」ともいうべき迷信・誤信について書かれたのが以下。
・怨霊の祟り/『霊はあるか 科学の視点から』安斎育郎
・誤った信念は合理性の欠如から生まれる/『人間この信じやすきもの 迷信・誤信はどうして生まれるか』トーマス・ギロビッチ
人類が創作した最大の物語は「神」であろう。
・脳は神秘を好む/『脳はいかにして〈神〉を見るか 宗教体験のブレイン・サイエンス』アンドリュー・ニューバーグ、ユージーン・ダギリ、ヴィンス・ロース
ここで振り出しに戻って物語を見つめる。
・必然という物語/『本当にあった嘘のような話 「偶然の一致」のミステリーを探る』マーティン・プリマー
次は変化球になってしまうが、「相関関係=因果関係ではない」ことを学ぶのに欠かせない。
・相関関係=因果関係ではない/『精神疾患は脳の病気か? 向精神薬の化学と虚構』エリオット・S・ヴァレンスタイン
医療や製薬会社を取り巻く「業界の物語」と置き換えることも可能だ。
そろそろ最終コーナーに差し掛かる。
・比較トラップ/『予想どおりに不合理 行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」』ダン・アリエリー
更に加速しよう。ラストスパートだ。
・エントロピーを解明したボルツマン/『ユーザーイリュージョン 意識という幻想』トール・ノーレットランダーシュ
・視覚の謎を解く一書/『46年目の光 視力を取り戻した男の奇跡の人生』ロバート・カーソン
・宗教の原型は確証バイアス/『動物感覚 アニマル・マインドを読み解く』テンプル・グランディン、キャサリン・ジョンソン
・『宗教を生みだす本能 進化論からみたヒトと信仰』ニコラス・ウェイド
・『隠れた脳 好み、道徳、市場、集団を操る無意識の科学』シャンカール・ヴェダンタム
これで大体、「物語の本質」は征服できる。あとは止(とど)めの2冊だ。
・服従の本質/『服従の心理』スタンレー・ミルグラム
・現在をコントロールするものは過去をコントロールする/『一九八四年』ジョージ・オーウェル
物語の正体は確証バイアスであり、確証バイアスから宗教が生まれた。一言で書いてしまうと身も蓋もないように思えるだろうがそうではない。人間の「錯覚できる能力」が物語を紡ぎ出すのだ。
ゆえに困難や危機が訪れるたびに「人類の物語」を更新してゆくことが正しい。個人においても同様である。
ただし真の宗教性に立てば「物語=主役としての自我」から離れることが唯一の道となる。神という創造物は人類にとっての自我も同然であって、それ自体が物語にすぎない。今のところ真の宗教性として認められるのはブッダの初期経典とクリシュナムルティのみである。
最後に青木の著作を紹介しておく。彼の勁草(けいそう)を思わせる柔らかな感性に期待したい。
・物語る行為の意味/『物語の哲学』野家啓一
・物語
・虐待による睡眠障害/『消えたい 虐待された人の生き方から知る心の幸せ』高橋和巳
・『手にとるようにNLPがわかる本』加藤聖龍
・『ストーリーが世界を滅ぼす 物語があなたの脳を操作する』ジョナサン・ゴットシャル
2012-01-07
気がつけば月の光
昨夜、妙な体験をした。
少し前から深夜のサイクリングにハマっている。深々(しんしん)と冷え込んだ闇こそ、独りゆく者に相応しい。繁華街を過ぎれば人と擦れ違うこともない。車すら滅多に通らない。
15分ほどペダルを漕ぐと身体が温まってくる。南浅川のせせらぎがペダルのリズムと同調する。辺り一面は透明な月光に包まれている。生の象徴が太陽であるならば、月は死を象徴しているのだろう。そして生も死も本質は光なのだ。私はそう思う。
最初のうちはあれやこれやを考えているが、ペダルの単調な動きが思考を抑制し、瞑想状態へ誘(いざな)う。街灯の少ない場所だとびっくりするほど星がよく見える。糸筋のような光が無数に降り注ぐ。
細い刃(やいば)のような三日月が、日を増すに連れどんどん大きくなってゆく。あと2~3日もすれば満月だ。
昨夜もいつもと同じように私は月光に包まれていた。しかし何かが微妙に異なった。フワフワした感触があった。「あ!」と気づき、振り返りざまに空を見上げた。月が私を見守っていた。確かに見守られている感覚があった。月に向かって私は声を発した。「Kよ……」と。
クリシュナムルティはKと呼ばれることを好んだ。多分、人格神として祀(まつ)られることを忌み嫌ったのであろう。「自我など記号にすぎない」というメッセージが伝わってくる。
昨日紹介したテキストの全文を読んで私の脊髄に変化が生じた。脳、ではない。身体全体を司る中枢神経だ。
・死別を悲しむ人々~クリシュナムルティの指摘
「見る」ことは「気づく」ことであり、「気づく」ことは「見る」ことであった。
私は32歳の時に半年間で5人の後輩を喪ったことがある。その後もう一人が逝った。死の理不尽さを呪おうとも思ったが、死という現実を受け容れ、引き摺って生きてゆく道を選んだ。それこそ命の底からブルドーザー並みの馬力を引き出さねばならなかった。
クリシュナムルティは死後の存在については何も語っていない。無記である。だが、「語らない」中に慈悲があるのだ。語られたものは知識となってしまう。知識は死物である。
無記とは沈黙によって欲望を炙(あぶ)り出し、粉砕する行為なのだろう。それを知った瞬間から私は馬力を必要としなくなった。外側から見つめれば悲哀は固体と化しているが、内側に潜り込むことで液状化され、気化してしまった。
単純な昂奮とは違った心臓の高鳴りを覚えた。今までとは別の響きが鼓動に感じられた。静かな感動が脈を通して身体全体に伝わった。
疾走しながら何度も月を見上げた。「本当にKなのか?」と。クリシュナムルティに見守られている感覚が抜けなかった。
しかし私は合理的な人間だ。神はおろか、幽霊や宇宙人の類いは絶対に信用しないし、スピリチュアリズムには唾を吐きかけることを信条としている。幽霊が出てきたら足元で立ち小便をし、神様が登場したら顔にまたがってウンコをすることもやぶさかではない。「ははーん、さては例のテキストに感動したあまり、脳が酔っ払った状態になったのだろう」と自己分析した。
と、その直後である。脚がブルブルと震え出した。手も震え、遂に全身がわなないた。まだ、「そんなバナナ」と言うだけの余裕はあった。
気がつけば月の光があった。月、ではない。ただ月の光が世界を支配していた。そこには私も月も存在していなかった。
家路に就く途中で感じの悪い中年男と擦れ違った。私はいつもの日常に舞い戻っていた。
2012-01-06
旧日本軍の武装解除と9条の誕生は何の関係もない
@isezakikenji
伊勢崎賢治 「戦後、米は日本を武装解除するために9条をつくった」。ある護憲派学者の発言。これは間違い。旧日本軍の武装解除と9条の誕生は何の関係もない。武装解除完了は1945年10月。マッカーサーノートは1946年2月。
Jan 06 via webFavoriteRetweetReply
◎『武装解除 紛争屋が見た世界』伊勢崎賢治
◎「私たちは大量虐殺を未然に防ぐ努力を怠ってきた」/『NHK未来への提言 ロメオ・ダレール 戦禍なき時代を築く』ロメオ・ダレール、伊勢崎賢治
小田嶋隆の底の浅さとオウム真理教
小田嶋をこき下ろす前に一言申し上げておくが、私は熱烈な小田嶋ファンである。一般的にいわれる「頭のよさ」とはプレゼンテーション能力を意味する。要を得た説明、世相の本質に迫る解説、何にも増して絶妙な比喩の数々、そして駄洒落の急降下。さすが小石川高校出身だけのことはある(早稲田大学と書かないところがミソ)。
小田嶋のコラムには読み手の脳内をスッキリさせるほどの合理性が秘められている。なかんずく、街ネタを書かせれば彼の右側に出る者はあるまい。また昔は臆することなく大企業批判も書いていた。アウトローとまではいわないにせよ、小田嶋は確実にアウトサイドに立って冷ややかな視線で世間を眺めていた。
・私鉄不動産複合体財閥企業がつくった東京の山の手/『山手線膝栗毛』小田嶋隆
・カルロス・ゴーン
しかし、である。最新のコラムを読んで彼の底の浅さが見えた。
・ハルマゲドンと「グレートリセット」という願望
小田嶋は無神論者だ。多分。オウム真理教ネタの息の長さはサブカルチャーに支えられているように私は思う。というよりはむしろ、サブカルチャーとしてのオウム真理教といった方が適切かもしれない。当初はニューエイジ的存在として受け容れられたように記憶している。
私は長らく亀戸に住んでいたが、家から歩いて3~4分のところにオウムの道場ができた。元々は私の友人の家があった場所だ。時々若い信者と擦れ違うこともあったが、「ヘー」くらいしか思わなかった。オウムが経営する飲食店もでき、「おい、サットヴァレモンは飲んだか?」というのが我々仲間内の挨拶になっていた。
彼らが選挙に出た時も、みんなで「ショーコー、ショーコー、ショコ、ショコ、ショーコー、あーさーはーらー」と歌っていた。
一部のメンバーは高学歴だったが、若者が衝撃を受けたのは「自分たちと同じようなサブカル好きの普通の若者がテロ組織に取り込まれたこと」であった。
時を同じくしてオタクが胎動し始めた頃だ。彼らは一様に社会への違和感を抱いていた。それゆえ、ある者はアニメに没頭し、ある者は就職を拒絶し(パラサイト・シングル)、またある者は部屋に引きこもった。その背景には小中学校でのいじめ問題も濃い影を落としていたことだろう。
オウムを取り巻く情況は上九一色村の強制捜査前後から加熱し、メディアが煽るだけ煽り劇場化した。そこには松本サリン事件で河野義行さんをメディアリンチにした罪悪感を払拭しようとする力も作用したはずだ。
そして地下鉄サリン事件(1995年)に至る。2年前には亀戸異臭事件が起こっていた。
この事件のインパクトは、それまで左翼の専売特許であったテロを宗教団体が行ったということ(政治目的ではなかった)、そして生物化学兵器が使用されたこと、更にバブル景気が弾けてから経済的にも心理的にも空白状態が続いたことなどが挙げられよう。
国民全員がバブルを懐かしんでいた。つまり全国民が日本社会に違和感を抱いていたといってもよい。だから、「ひょっとすると誰がオウムに入信してもおかしくない」ような時代情況があったのだ。
小田嶋がオウム事件を引き摺っているのは、やはり彼の出自がオタクであるためだろう。小田嶋の違和感とオウム信者の違和感とが共鳴しているのだ。ゆえにどうせ書くのであれば、「内なるオウム」をテーマにすべきであった。
私はオウムについて何かを書くこと自体を否定しているわけではない。ただ、あのコラム程度の結論になってしまうと、「だったらパレスチナや法輪功はどうなるんだ?」と言いたくなってしまうのだ。しかもこれらは現在進行形だ。ルワンダ大虐殺にしても同様である。
無神論者は二つに分かれる。宗教性まで否定する者と宗教性を肯定する者とに。小田嶋の底が浅いのは前者のためだと推察する。
それでも私が小田嶋ファンをやめることはない。新刊ももちろん購入済みだ。
小田嶋は山下京子さんの著作を読んだのだろうか? 気になるところだ。
・絶望を希望へと転じた崇高な魂の劇/『彩花へ 「生きる力」をありがとう』山下京子
不安を煽り凋落する日本社会
@MobiusRebellius
möbius-rebellius 阪神・淡路大震災の「危機」によって、日本社会は、その危機を克服する方向ではなく、その「危機」の表面上の現象(景気悪くなるぞ!)をことさら強調し、不安を煽り、逆方向に、進んできました。
Jan 06 via Twitter for MacFavoriteRetweetReply
うその中にうそを探すな ほんとの中にうそを探せ
「うそとほんと」谷川俊太郎
うそはほんとによく似てる
ほんとはうそによく似てる
うそとほんとは
双生児
うそはほんととよくまざる
ほんとはうそとよくまざる
うそとほんとは
化合物
うその中にうそを探すな
ほんとの中にうそを探せ
ほんとの中にほんとを探すな
うその中にほんとを探せ
【『谷川俊太郎詩集』谷川俊太郎:ねじめ正一編・解説、中島みゆきエッセイ(ハルキ文庫、1998年)/初出は朝日新聞社、1964年『落首九十九』と思われる】
角川春樹事務所
売り上げランキング: 155,112
・真実を真実と知り、真実でないものを真実でないと見る
・神秘時代のクリシュナムルティ/『大師のみ足のもとに/道の光』J・クリシュナムルティ、メイベル・コリンズ
2012-01-05
死別を悲しむ人々~クリシュナムルティの指摘
・死別を悲しむ人々~クリシュナムルティの指摘
・『ゴエンカ氏のヴィパッサナー瞑想入門 豊かな人生の技法』ウィリアム・ハート
ナンディニは私の母を紹介し、次いで私に移った。われわれは再び座り、そして母は数年前に死んだ私の父のことを話した。彼女は彼をとても愛していたこと、そしてぽっかりと開いた大きな穴をどうしても埋められないでいることを話した。彼女はクリシュナムルティに、来世で私の父に会えるかどうかと尋ねた。私は、そのときまでに最初の高められた知覚の強烈さが鈍ったことを見出し、そこでじっと座って、クリシュナムルティから私が慰めになると期待した答を聞こうとした。多くの悲しみに暮れた人々が規則的な間を置いて訪問してきたに違いない、そして彼はきっと彼らにとって慰めになる言葉を知っているに違いない。
すると突然彼は言った。「あいにくですが、あなたは訪ねる人を間違えたようですね、私はあなたに、あなたがお求めの慰めを与えることは出来ません」 われわれ一同はやや当惑したが、しかし彼は話し続けた。「あなたは私に、あなたが死後あなたの夫君に会えるかどうか教えてもらいたがっておられる。が、どの夫にお会いになりたいのですか? あなたと結婚した人ですか? あなたが若い頃あなたと一緒にいた人ですか? なくなった人ですか、それとも、もし生きていたら今日いたであろう人ですか? どの夫君にあなたは会いたいのですか? なぜなら、確かに、死に赴いた人はあなたが結婚した人と同じ人ではないからです」 私は自分の精神が、あたかも何か並外れて挑戦的なことを聞いているかのように、熱心に、ぱっと注意深くなるのを感じた。私の母は、もちろん、これを聞いてひどく当惑しているようだった。彼女は、時間が自分の愛していた者に何らかの相違をもたらしうるということを認める覚悟ができていなかったのである。彼女は「私の夫は変わったりしません」と言った。するとクリシュナムルティは、「なぜ彼に会いたいのですか? あなたが、いないのに気づいて寂しく思っているのは夫ではなく、彼の思い出なのです。奥様、どうかご容赦ください」 彼は両手を組んだが、私は彼のしぐさの完璧さに気づきはじめた。「なぜあなたは彼の思い出を生き続けさせようとするのですか? なぜ自分の心の中で彼を再現しようとするのですか? なぜ悲しみのうちに生き、悲しみと共に生きようとするのですか?」 私の頭の中でぴんとくるものがあった。私の精神は、彼の言葉、その明晰さと正確さに応ずるべくさっと飛び上がった。私は、彼が伝えようとしていた何かとてつもなく大きなものに自分が触れていたのを知っていた。言葉はきびしかったが、しかし彼の目にはいやす力と優しさが宿っており、そして話している間中彼は私の母の片手を握っていた。
【「クリシュナムルティとの邂逅」ププル・ジャヤカール/ゴトの読書室】
クリシュナムルティは「現代のブッダ」などではない。ブッダそのものである。
・クリシュナムルティ「その怒りに終止符を打ちなさい」/『クリシュナムルティ 人と教え』クリシュナムルティ・センター編
・無記について/『人生と仏教 11 未来をひらく思想 〈仏教の文明観〉』中村元
・今やり直せよ。未来を。
・気がつけば月の光
2012-01-04
これから自首を考えている凶悪犯の方へ
@mota2008
もりぞお アジア就職活動中 ネット予約とかできると便利ですね RT @InsideCHIKIRIN これから自首を考えている凶悪犯の方は、複数の出頭先警察署をリストアップしてあらかじめ地図で確認し、さらに、できる限り電話予約をしてから、正月など忙しい日を避けて出頭されるとスムーズなんじゃないかと思います。
Jan 04 via Tweet ATOKFavoriteRetweetReply
シャンカール・ヴェダンタム
1冊読了。
1冊目『隠れた脳 好み、道徳、市場、集団を操る無意識の科学』シャンカール・ヴェダンタム:渡会圭子〈わたらい・けいこ〉訳(インターシフト、2011年)/長い溜息をついた。既に15分ほど経過していると思う(ウソ)。ページを繰るごとに私は唸り、「なるほどねえ」と声を出し、「そう来たか」と目を瞠(みは)り、膝を100回ほど打った。これは本当の話だ。紛(まが)うことなき天才本である。「隠れた脳」とは無意識のバイアスを意味する。本書の驚愕度を深めるためには少々知識が必要だ。本気で取り組むつもりがあるなら次の順番で読まれよ。『進化しすぎた脳 中高生と語る〔大脳生理学〕の最前線』池谷裕二→『精神疾患は脳の病気か? 向精神薬の化学と虚構』エリオット・S・ヴァレンスタイン→『予想どおりに不合理 行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」』ダン・アリエリー→『ユーザーイリュージョン 意識という幻想』トール・ノーレットランダーシュ→『あなたのなかのサル 霊長類学者が明かす「人間らしさ」の起源』フランス・ドゥ・ヴァール→『動物感覚 アニマル・マインドを読み解く』テンプル・グランディン、キャサリン・ジョンソン→『服従の心理』スタンレー・ミルグラム→『木曜の男』G・K・チェスタトン→『生き残る判断 生き残れない行動 大災害・テロの生存者たちの証言で判明』アマンダ・リプリー→『集合知の力、衆愚の罠 人と組織にとって最もすばらしいことは何か』アラン・ブリスキン、シェリル・エリクソン、ジョン・オット、トム・キャラナン→本書。で、次に『一九八四年』を読めば完璧だ。これらの本が全部つながる。一言で表現するなら「脳機能社会心理宗教人類学」だ。すまん、これじゃ寿限無だ(笑)。時間と金のない人は、せめてアマンダ・リプリーを読んでおくべきだろう。内容、翻訳ともに文句なし。インターシフトは良書が多い。
2012-01-03
脳を持たない知能のカギ「粘菌」、活躍する日本の研究者たち
脳を持たない原生生物なのに迷路の中を進むことができる「粘菌」が、理想の交通ネットワークを設計考案する上で役立つかもしれない。落ち葉に生息する単細胞生物にしては「上出来」だ。
アメーバー様で黄色い粘菌は、地球上に数千年前から存在していたが、粘菌たちの生活はハイテクとはほど遠いものだった。だが、科学者たちは、複雑な問題を解決することのできるバイオコンピューターを設計する上で、この粘菌の生態が鍵になるかもしれないと語っている。
粘菌研究でイグ・ノーベル賞
はこだて未来大学(Future University Hakodate)の中垣俊之(Toshiyuki Nakagaki)教授は、シャーレ上で培養している粘菌をえさ場への迷路に入れると、最短経路を探し当て、それに沿って自分の細胞を組織化すると述べる。
中垣教授によると、粘菌には自分にとって害となる光などのストレス要因を避けながら、えさ場に到達するという、経路の「最適化」を行える一種の情報処理能力があるようだ。
函館(Hakodate)にある研究室で、中垣氏は「人類だけが情報処理能力のある生き物だとは限らない」と語る。「単純な生物でさえ、ある程度の難しいパズルを解くことができる。もし生命や知能についての根源は何かということを考えていこうとすれば、単純な生物に使うほうがわかりやすい」
粘菌よりも単純なものはない。粘菌は落ち葉や枯れ木に住み着き、バクテリアを食べる生物だ。中でも真正粘菌のモジホコリ(Physarum polycephalum)は、顕微鏡なしで肉眼で見ることのできるサイズに成長する。見た目はマヨネーズのようだ。
中垣氏のモジホコリを使った研究は、2008年と10年に「イグ・ノーベル賞(Ig Nobel Prizes)」を受賞した。ノーベル賞(Nobel Prize)のパロディー版である同賞は「一見、人々を笑わせ、それから考えさせるような」科学研究に授与される賞だ。
最適ルートを発見する粘菌
知能の鍵を探すのに、粘菌を研究するのは奇妙に思えるかもしれない。だが、粘菌こそがスタート地点にふさわしいと研究者たちは語る。
九州大学(Kyushu University)の手老篤史(Atsushi Tero)准教授は粘菌の研究について、人間の知性のメカニズムを探求する上でおかしな研究ではなく、かなり正統なアプローチだと述べる。手老氏によると、粘菌は人類の最先端技術よりもはるかに効果的なネットワークを作りだすことができるのだ。
「複数の通過点を経由する最適ルート分析は、コンピュータの得意な分野ではありません。なぜならこの種の計算は膨大になってしまうからです」と手老氏は語る。「しかし粘菌は、全てのオプションを計算することなく、場当たり的に広がりながら最適ルートを徐々に見つけていきます。粘菌は何億年も生き続けた結果、環境の変化に対して柔軟に適応できるようになり、不測の要因にも耐えうるネットワークを構築できるようになったのではないでしょうか」
粘菌は温度や湿度の変化といったストレスにさらされると、活動を停止することが研究で分かっている。さらにストレスを「記憶」し、同じストレスを体験すると予測したときに、あらかじめ自己防衛的に活動を停止することも判明している。
手老氏の研究チームは、東京を中心とした関東圏の鉄道網によく似たパターンを粘菌に形成させるのに成功した。鉄道網は人びとが知恵を絞って、作り出したものだ。手老氏は、将来の交通網や、停電時の迂回も組み込んだ送電網計画などにこうした粘菌ネットワークが使われることを期待しているという。
粘菌を使い、人間の脳に近いコンピューターを
理化学研究所(Riken)の研究者、青野真士(Masashi Aono)氏は、人間の脳のメカニズムを研究し、やがて人間の脳を粘菌で複製することが研究の目標だと語る。
「低次な細胞の情報処理能力を研究することが、人間の脳のメカニズムの解明につながると思っています。研究者として、(そのような手法で解明する)モチベーションとか野望はあります」と青野氏は述べる。
いわゆる「粘菌ニューロコンピューティング」の応用例には、粘菌のネットワーク形成に用いられる手法に基づいて設計された新たなアルゴリズムやソフトウエアなどの創造なども含まれる。
青野氏は「究極的には、粘菌そのものを使い、人間の脳がもつ情報処理システムに近いコンピュータを作ってみたい」と述べ、「粘菌は中枢神経など持っていないが、自らの流動性を利用して知性があるように動いている。それってすごい。私にとって粘菌は小宇宙です」と語った。
【AFP 2012-01-03】
最先端の軍事技術、世界どこでも1時間以内に? 空飛ぶ自動車も
米国防総省高等研究計画局(DARPA)は、世界での中でもずば抜けて先端を行く未来志向の軍事技術研究に投資している。助成先はハイテク製品の開発を手掛ける民間企業や研究機関。現在はダチョウロボット、空飛ぶ自動車、滞空時間5年間の航空機などの開発プロジェクトを支援する。
中にはSFに登場しそうな技術もあるが、DARPAによる資金提供は、少なくとも実現の可能性があることを意味する。以下に紹介する研究プロジェクトは未来の戦争を一変させる可能性があり、そしていつか、軍用以外にも転用される日が来るかもしれない。
ディスクローター複合ヘリコプター
DARPAとボーイング米航空大手ボーイングの共同プロジェクト。ヘリコプターと飛行機の利点を組み合わせ、ヘリコプターのようなホバリング状態からそのまま飛行機のような飛行へと切り替えられる性能の実現を目指す。中央のディスクから伸びた回転翼で地面から離着陸でき、この翼をディスク内に回収すれば、両翼の下に搭載したエンジンで飛行できる。
バルチャー
バルチャーは「コンドル」の意味。偵察や監視、通信などの作戦用に、滞空時間5年以上の性能を備えた衛星のような無人機の開発を目指す。このプロジェクトもボーイングが手掛け、太陽光発電式の無人機「ソーラーイーグル」を開発中。同機は翼幅120メートル。1万8000メートルの高度で運航する。2014年に初のデモ飛行を予定している。
チェムボット
米ハイテク企業のアイロボットとDARPAが共同で開発している柔軟性の高い軟体ロボット。変形しながら自分よりも小さな隙間(ドアの下など)をくぐりぬけて進み、極秘作戦の遂行を目指す。
LANドロイド
アイロボットが開発中のポケットサイズのロボット。兵士が都市部を移動しながら安定した通信を確保できるよう、各ロボットに無線LAN通信の中継機能を備え、兵士が移動するとロボットも自動的に付いてくる。重さは約450グラム。水かきのような構造を使って態勢を立て直し、障害物を乗り越える。
ファルコンHTV-2
セ氏1925度の高温に耐え、世界中のどこへでも1時間以内に到達できる飛行体の開発が目標。ロケット打ち上げ式の無人航空機「HTV-2」はDARPAが既に製造し、飛行実験を行った。マッハ20はニューヨークからロサンゼルスまで12分足らずで到達できる速度。2010年4月の実験では打ち上げから約9分で太平洋に墜落し、11年8月の実験も同じような経過をたどった。
ファストランナー
別名「ダチョウロボット」はDARPAとマサチューセッツ工科大学(MIT)などの共同プロジェクト。人間の短距離走者並みのスピードで荒れ地を駆け抜けられる二足歩行ロボットの開発を目指す。コンピューターモデルでは最高時速43キロを達成、2012年に実際のロボットを開発予定。
フェニックス
地上2万マイルの軌道上にある通信衛星が故障した場合、たとえアンテナや太陽光電池パネルなどの部品がまだ利用できる状態にあったとしても、代替となる衛星を新たに打ち上げなければならない。このプロジェクトでは故障したり引退したりした衛星からこうした部品を取り外し、再利用することを目指す。つまり宇宙ごみのリサイクル事業。
シュライク
航空宇宙会社のアエロバイロンメントが開発する垂直離着陸式の無人偵察機。バックパックに入れて持ち歩けるサイズの小型機に4枚の回転翼と高解像度のカメラを搭載し、映像を生中継できる。最高40分間のホバリングと数時間の映像中継が可能。
トランスフォーマー
自動操縦機能を備えた空飛ぶ軍用車の開発は、ロッキード・マーティンやカーネギーメロン大学などの共同プロジェクト。4人乗りで、タンク1個分の燃料で400キロ以上の運航が可能。周囲の環境を認識し、それに応じた飛行ができる自動操縦機能の実現を目指す。
コグニティブ技術危険通報システム(CT2WS)
遠方から危険を察知して兵士に知らせる双眼鏡。「コグニティブ視覚処理」技術を使って兵士の脳にある潜在意識のパターンをチェックし、兵士が自覚する前に危険を察知する。
ナノエアービークル(NAV)
屋内および屋内での作戦に利用する超軽量小型飛行体。翼を高速で羽ばたかせてホバリングや飛行ができるハチドリ型ロボットの試作品が既に開発されている。
【CNN 2012-01-02】
◎フォトスライド
「なぜ入力するのか?」「そこに活字の山があるからだ」
「なぜ、そこまで入力するのですか?」という質問が寄せられた。
・私はブック・キャッチャーである/『スリーピング・ドール』ジェフリー・ディーヴァー
「そこに活字の山があるからだ」と返事をした。私はかねがねジョージ・マロリー卿に強い憧れを抱いている。
・『そして謎は残った 伝説の登山家マロリー発見記』ヨッヘン・ヘムレブ、エリック・R・サイモンスン、ラリー・A・ジョンソン
高峰へのアタックはルート選びで成否が決する。未踏の領域には何があるのか? そこには誰も経験していない「山との対話」があるのだ。対話とはコミュニケーションである。天に近い領域に縁起的世界が広がる。私は山であり、山は私である。
高尾山くらいしか登れない私でも、そんなことは容易に想像がつく。多くの人々によって踏み固められたコースに感動はないかといえばそうでもない。初めて往く道には新鮮な出会いがある。通勤や通学コースがつまらないのは「先がわかっている」ためだ。
話を元に戻そう。入力は相手の思索を辿る行為である。その意味で「思想のトレース」といってよい。実際にやってみるとわかるが、読んだ時は感動したものの、入力するとキータッチが重くなることがある。これは文体が悪いためだ。文体の生命はリズムである。つまり思想が身体性に至っていないためにアンバランスが生じるのだ。
法華経の法師品第十で五種法師が説かれ、法師功徳品第十九では「受持、読、誦、解説、書写」という五種の修行の功徳が宣言される。
書写の目的は情報のコピーではなく、思想のトレースにあったというのが私の見立てである。日本でも明治初期まではこれが普通であった。勝海舟や福澤諭吉が学問と取り組む姿勢にひ弱なところは全くない。むしろ格闘技に近い。
・日清戦争に反対した勝海舟/『氷川清話』勝海舟:江藤淳、松浦玲編
・枕がないことに気づかぬほどの猛勉強/『福翁自伝』福澤諭吉
彼らの時代は蘭書があると聞けば全国を渡り歩き、和紙を用意し、墨を磨(す)り、筆を振るって書き写した。その強靭な身体性が外国の思想に肉薄したことは間違いないだろう。
だから本当であれば、やはり「書く」という行為が重要なのだ。また「声に出して読む」ことも大切であろう。テキストを演劇化すれば、もっと凄い領域に辿りつくはずだ。
これはスポーツの世界においても同様で、徹底して基本の繰り返しが行われる。身体で「なぞる」のだ。例えば野球の素振りは100回を超えると無駄な力が抜けるといわれる。そして少しずつ理想のフォーム(型)が固まってゆくのだ。
「型にはまるな」という考えはここでは通用しない。型を身につけないと、型を超えることはできないからだ。名選手とはいずれも基本型から独自世界を生み出した人々の異名である。型を無視することは不自由につながる。
悟りや知性は身体性を伴う。コンピュータが人間にかなわないのは身体性を欠いているためだ。我々は脳内ネットワークが言葉や思考で結ばれていると錯覚しているが、実際の反応を司っているのは五感の刺激であると思われる。つまり身体性を伴う刺激が脳を左右するのだ。
私の直観が告げる。ここに呼吸が絡んでくる、と。呼吸法ではない。様々な呼吸の変化を見つめ、自覚するということだ。呼吸が生命のリズムを奏でる。
・歩く瞑想/『君あり、故に我あり 依存の宣言』サティシュ・クマール
生の本質は呼吸にある。自信のないまま断言してしまおう。今年も冴えてるぞ(笑)。
・私のダメな読書法
2012-01-02
私はブック・キャッチャーである/『スリーピング・ドール』ジェフリー・ディーヴァー
本来であれば、ひたすら抜き書きをしたいのだ(笑)。書写の快楽に浸(ひた)りたい。しかしながら、それでは私の味覚が伝わらない。それゆえ仕方なしに所感を綴っているのである。
だから、江口はそこかの「引用せずにはいられない」というキャッチフレーズは死ぬほど共感できる。
そして致命的な問題も発生した。実は数年前からキーボードの打ち過ぎで腱鞘炎(けんしょうえん)になってしまったのだ。始めのうちは肘に痛みを覚えたのだが、一昨年あたりから十本指の全関節が痛み出した。ピアニストなどに見られる症状のようで、放置しておくと指の関節が拘縮するケースもあると知り、さすがの私も青ざめた。
で、音声入力ソフトを試したのだが、如何せん変換率が悪い。そんなこんながあって昨年からはデジカメ撮影で保存するようになった。でもさ、画像で保存すると殆ど見ることがないんだよね(笑)。
そもそも、ひたすら書写するという研鑚方法に問題がある。初めてパソコンを買った当初、テキスト入力でキー操作を練習し、数ヶ月かけて4万文字を入力した頃タッチタイピングができるようになっていた。
今は桁が違う。クリシュナムルティの『子供たちとの対話 考えてごらん』に至っては9万5000字ほど入力したが、これを3~4日間で行っている。更に悪いことは、クリシュナムルティを読むようになってから感受性が鋭さを増し、さほど変哲のない文章にも感動を覚えるようになってしまった。
過去に入力した分だけ見返しても、とても発信できる量ではない。
そこで、やはり基本スタンスを確認する必要に迫られている。私は明年で50歳になるのだ。うかうかしているうちに介護保険のお世話になってもおかしくない年代だ。ライフワークの「ライフ」があと20年くらいしかないのだ。ちょっと背伸びしただけでゴールが見える位置にいるのだ。人生のハーフタイムは既に過ぎている。あな恐ろしや。
「ブッダの初期経典とクリシュナムルティを結びつけ、大乗仏教から政治性・世俗性を抜き去る」というのが個人的なテーマである。
ただし私は学識者ではないし哲学者でもない。具体的な立場としては「キャッチャー」なのだ。
“民謡研究者”という立派な呼称もあるもの(ママ)、一般には“ソング・キャッチャー”と呼ばれている。
【『スリーピング・ドール』ジェフリー・ディーヴァー:池田真紀子訳(文藝春秋、2008年/文春文庫、2011年)】
豪速球を受け止め、受けたボールを軽く投げ返すのがキャッチャーの仕事である。目指すは書評家ではなくブック・キャッチャーだ。
私は3000冊ほどの本を読んできたが、本格的に集中して読むようになったのはここ数年のことである。それらがやっと、つながるようになってきた。これがまた実にスリリングなんだ。知識の光が合わせ鏡のように反射する時、縁起が少しだけ実感できる。
というわけで、2012年も宜しくお願い申し上げます。
◎カルト教団のリーダーvsキネシクス/『スリーピング・ドール』ジェフリー・ディーヴァー
◎「なぜ入力するのか?」「そこに活字の山があるからだ」
ウゴ・チャベス「民主主義実現のために汚職を許さない」
2010年7月。BBCのインタビュー。ベネズエラ大統領ウゴ・チャベス。
チャーミングにして率直。インタビュアーは田原総一朗的な臭いを放っている。権力者と近い位置に身を置く者に特有な腐臭を。
NHK紅白歌合戦 レディー・ガガ訳詞問題
@comteFQ
北夙川不可止(伯爵) これをご覧下さい。よくまとまっています。RT →NHK紅白・レディー・ガガの歌詞字幕について http://t.co/aVXJHxty@kiyoekawazu
Jan 01 via webFavoriteRetweetReply
2012-01-01
レイ・カーツワイルが描く衝撃的な未来図/『ポスト・ヒューマン誕生 コンピュータが人類の知性を超えるとき』レイ・カーツワイル
・『人類が知っていることすべての短い歴史』ビル・ブライソン
・『神々の沈黙 意識の誕生と文明の興亡』ジュリアン・ジェインズ
・『ユーザーイリュージョン 意識という幻想』トール・ノーレットランダーシュ
・『動物感覚 アニマル・マインドを読み解く』テンプル・グランディン、キャサリン・ジョンソン
・『人間原理の宇宙論 人間は宇宙の中心か』松田卓也
・全地球史アトラス
・『2045年問題 コンピュータが人類を超える日』松田卓也
・指数関数的な加速度とシンギュラリティ(特異点)
・レイ・カーツワイルが描く衝撃的な未来図
・アルゴリズムが人間の知性を超える
・意識と肉体を切り離して考えることで、人と社会は進化する!?【川上量生×堀江貴文】
・『AIは人類を駆逐するのか? 自律(オートノミー)世界の到来』太田裕朗
・『トランセンデンス』ウォーリー・フィスター監督
・『LUCY/ルーシー』リュック・ベッソン監督、脚本
・『Beyond Human 超人類の時代へ 今、医療テクノロジーの最先端で』イブ・ヘロルド
・『〈インターネット〉の次に来るもの 未来を決める12の法則』ケヴィン・ケリー
・『養老孟司の人間科学講義』養老孟司
・『ホモ・デウス テクノロジーとサピエンスの未来』ユヴァル・ノア・ハラリ
・『文明が不幸をもたらす 病んだ社会の起源』クリストファー・ライアン
・『われわれは仮想世界を生きている AI社会のその先の未来を描く「シミュレーション仮説」』リズワン・バーク
・情報とアルゴリズム
「10年後の2021年、われわれを取り巻く科学の世界はどうなっているのか――米国の民間研究機関インスティテュート・フォー・ザ・フューチャー(IFTF)が、今後10年間に科学技術分野で起こりうる進展をまとめた」(CNN 2011-12-31)
面白味のない記事だ。そこで、レイ・カーツワイルが描く衝撃的な未来図を紹介しよう。指数関数的な加速度がシンギュラリティ(特異点)に達すると世界は激変する。
・パラダイム・シフト(技術革新)の起こる率が加速化している。今の時点では、10年ごとに2倍。
・情報テクノロジーの能力(コストパフォーマンス、速度、容量、帯域幅)はさらに速いペースで指数関数的に成長している。今の時点で毎年およそ2倍。この原則は、さまざまな計測単位にも当てはまる。人間の知識量もそのひとつ。
・情報テクノロジーにおいては、指数関数的成長にはさらに上の段階がある。指数関数的な成長率(指数)が、指数関数的に成長する、というものだ。理由は以下のとおり。テクノロジーのコストパフォーマンスがさらに高くなり、技術の進歩に向けてより大きな資源が投入される。そのため、指数関数的な成長率は、時間の経過とともに大きくなる。たとえば、1940年代にコンピュータ産業に置いて実施された事業の中で、歴史的に重要だと今なお見なされるものはわずかしかない。それに対し今日、この業界での総収益は1兆ドルを超える。よって、その分だけ、研究開発にかける予算も高くなっている。(中略)
・人間の機能を模倣するために必要なハードウェアが、スーパーコンピュータでは10年以内に、パーソナル・コンピュータ程度のサイズの装置ではその次の10年以内に得られる。2020年代半ばまでに、人間の機能をモデル化した有効なソフトウェアが開発される。
・ハードとソフトの両方が人間の機能を完全に模倣できるようになれば、2020年代の終わりまでには、コンピューターがチューリングテストに合格できるようになり、コンピュータの知能が生物としての人間の知能と区別がつかなくなるまでになる。(中略)
・機械の知能に従来からある長所には、なん十億もの事実を正確に記憶し、即座に想起するという能力がある。
・非生物的な知能には、また別の利点がある。いったん技能を獲得すれば、それを高速かつ最適な正確さで、疲れることなく何度も繰り返し実行することができる。
・たぶんこれがもっとも重要な点だが、機械は、知識を極端に速く共有することができる。これに比べて、人間が言語を通じて知識を共有するスピードは、とても遅い。
・非生物的な知能は、技能や知識を、ほかの機械からダウンロードするようになるだろう。そのうち、人間からもダウンロードするようになる。
・機械は、光速に近い速さ(毎秒およそ30万キロメートル)で、信号処理し切り換えることができるようになる。これにたいして、哺乳類の脳で使われている電気化学信号の処理速度は、およそ毎秒100メートル。速度は、300万倍以上も違う。(中略)
・機械は、それぞれがもつ資源と知能と記憶を共有することができる。2台の機械――または100万台でも――が集まってひとつになったり、別々のものに戻ったりすることができる。多数の機械が、この二つを同時にする、つまり、同時にひとつにも別々にもなることができる。人間はこれを恋愛と呼ぶが、生物がもつ恋愛の能力は、はかなくて信用できない。
・こうした従来の長所(生物的な人間の機能が持つパターン認識能力と、非生物的な知能の持つスピードと記憶容量と正確さ、知識と技能を共有する力)を合体させると、恐るべきことになる。(中略)
・人間の知能には、かなりの可塑性(それ自身の構造を変化させる力)が、これまで考えられていたよりもある。それでも、人間の脳の設計には、どうしようもない限界がある。たとえば、頭蓋骨には、100兆のニューロン間結合しか収まる余地がない。人間が、先祖の霊長類よりも大きな認知能力を授かることになった重要な遺伝的変化は、大脳皮質が大きくなり、脳の中の特定の領域で灰白質の容量が増えたことだった。しかしこの変化は、生物進化というとてもゆっくりとした時間の尺度で起き、脳の能力には本質的な限界がある。機械は、それ自身の設計を組み替えて、性能を際限なく増加させることができる。ナノテクノロジーを用いた設計をすれば、サイズを大きくすることもエネルギー消費が増大することもなく、生物の脳よりも能力をはるかに高められる。(中略)
・非生物的な知能が加速度的なサイクルで向上するのに加え、ナノテクノロジーを用いれば、物理的な事象を分子レベルで操作することができる。
・ナノテクノロジーを用いてナノボットを設計することができる。ナノボットとは、分子レベルです啓された、大きさがミクロン(1メートルの100万分の1)単位のロボットで、「呼吸細胞(レスピロサイト)」(人工の赤血球)などがある。ナノボットは、人体の中で無数の役割を果たすことになる。たとえば加齢を逆行させるなど(遺伝子工学などのバイオテクノロジーで達成できるレベルを超えて)。
・ナノボットは、生体のニューロンと相互作用して、神経系の内部からヴァーチャル・リアリティを作りだし、人間の体験を大幅に広げる。
・脳の毛細血管に指数十億個のナノボットを送り込み、人間の知能を大幅に高める。
・非生物的な知能が人間の脳にひとたび足場を築けば(すでにコンピュータチップの動物神経組織への移植実験によってその萌芽が始まっている)、脳内の機械の知能は指数関数的に増大し(実際に今まで成長を続けてきたように)、少なくとも年間2倍にはなる。これにたいし、生物的な知能の容量には実際的な限界がある。よって、人間の知能のうち非生物的な知能が、最終的には圧倒的に大きな部分を占めるようになる。
・ナノボットは、過去の工業社会が引き起こした汚染を逆転させ、環境をよくする。(中略)
・他者の感情を理解して適切に反応するという人間の能力(いわゆる感情的知能)も、将来には、機械機能が理解して自由に使いこなすようになるだろう。(中略)
・収穫加速の高速は、非生物的な知能が、宇宙の中のわれわれの周囲にある物質とエネルギーを、人間と機械が合体した知能でほぼ「飽和」させるまで継続される。飽和とは、コンピューティングの物質的性質を理解したうえで、物質とエネルギーのパターンをコンピューティングのために最大限利用することだ。この最大の限界に至るまで、文明の知能は、宇宙のすみずみまで広がり、その能力を拡大し続ける。拡大する速度は、そのうちすぐに、情報が伝達される最大速度に至る。
・最後には、宇宙全体にわれわれの知能が飽和する。これが宇宙の運命なのだ。われわれが自分自身の運命を決定するのであり、今のように、天体の働きを支配する、単純で機械的な「もの言わぬ」力に決定されるのではない。
・宇宙がそこまで知的になるまでにかかる時間は、光速が不変の限界なのかどうかで決まって来る。光速の限界を巧みに取り除く(または回避する)可能性がないわけではなさそうだ。もしもそういう可能性があるのなら、未来の文明に存在する壮大な知能が、それを利用することができるだろう。
さあ、これが特異点だ。
【『ポスト・ヒューマン誕生 コンピュータが人類の知性を超えるとき』レイ・カーツワイル:井上健〈いのうえ・けん〉監訳、小野木明恵〈おのき・あきえ〉、野中香方子〈のなか・きょうこ〉、福田実〈ふくだ・みのる〉訳(NHK出版、2007年)】
・米国で疲れも恐怖も感じない兵士を作るプロジェクトが進行中
初日の出~「Ring」Metis
新年、明けましておめでとうございます。本当は喪中なんだが、死んだ伯母も文句は言うまい。満年齢で数えるようになったのは昭和25年以降のこと。それ以前は「数え」といって1月1日に年が増えた(年齢のとなえ方に関する法律)。お正月は二重の意味で目出度かったことだろう。初日の出も格別の光景だったに違いない。曲はMetisの「Ring」。できることなら、画像をクリック拡大、ボリューム大きめ、そして脚を広げて立ち、前屈みになって歌を聴いてもらいたい。この画像と曲を東北の被災者に捧げる。
・歌詞