2015-04-03

情報という概念/『宇宙を復号(デコード)する 量子情報理論が解読する、宇宙という驚くべき暗号』チャールズ・サイフェ


『異端の数ゼロ 数学・物理学が恐れるもっとも危険な概念』チャールズ・サイフェ
『量子革命 アインシュタインとボーア、偉大なる頭脳の激突』マンジット・クマール
『量子が変える情報の宇宙』ハンス・クリスチャン・フォン=バイヤー

 ・情報という概念

『史上最大の発明アルゴリズム 現代社会を造りあげた根本原理』デイヴィッド・バーリンスキ
情報とアルゴリズム

 熱力学の法則――物質のかたまりに含まれる原子の運動を支配する法則――は、すべての根底にある、情報についての法則だ。相対性理論は、極度に大きな速さで動いている物体や重力の強い影響を受けている物体がどのように振舞うかを述べるものだが、実は情報の理論である。量子論は、ごく小さなものの領域を支配する理論だが、情報の理論でもある。情報という概念は、単なるハードディスクの内容よりはるかに広く、今述べた理論をすべて、信じられないほど強力な一つの概念にまとめあげる。
 情報理論がこれほど強力なのは、情報が物理的なものだからだ。情報はただの抽象的な概念ではなく、ただの事実や数字、日付や名前ではない。物質とエネルギーに備わる、数量化でき測定できる具体的な性質なのだ。鉛のかたまりの重さや核弾頭に貯蔵されたエネルギーにおとらず実在するのであり、質量やエネルギーと同じく、情報は一組の物理法則によって、どう振舞いうるか――どう操作、移転、複製、消去、破壊できるか――を規定されている。宇宙にある何もかもが情報の法則にしたがわなければならない。宇宙にある何もかもが、それに含まれる情報によって形づくられるからだ。
 この情報という概念は、長い歴史をもつ暗号作戦と暗号解読の技術から生まれた。国家機密を隠すために用いられた暗号は、情報を人目に触れぬまま、ある場所から別の場所へと運ぶ方法だった。暗号解読の技術が熱力学――熱機関の振舞い、熱の交換、仕事の生成を記述する学問――と結びついた結果生まれたのが情報理論だ。情報についてのこの新しい理論は、量子論と相対性理論におとらず革命的な考えである。一瞬にして通信の分野を変容させ、コンピューター時代への道を敷いたのが情報理論なのだが、これはほんの始まりにすぎなかった。10年のうちに物理学者と生物学者は、情報理論のさまざまな考えがコンピューターのビットおよぎバイトや暗号や通信のほかにも多くのものを支配することを理解しはじめた。こうした考えは、原子より小さい世界の振舞い、地球上の生命すべて、さらには宇宙全体を記述するのだ。

【『宇宙を復号(デコード)する 量子情報理論が解読する、宇宙という驚くべき暗号』チャールズ・サイフェ:林大〈はやし・まさる〉訳(早川書房、2007年)】

 驚愕の指摘である。熱力学の法則と相対性理論と量子論を「情報」の一言で結びつけている。「振る舞い」とのキーワードが腑に落ちれば、エントロピーで読み解く手法に得心がゆく。『異端の数ゼロ』で見せた鮮やかな筆致は衰えていない。

 ロルフ・ランダウアーが「情報は物理的」と喝破し、ジョン・ホイーラーが「すべてはビットから生まれる」と断言した。マクスウェルの悪魔に止めを刺したのはランダウアーの原理であった。

 よくよく考えるとマクスウェルの悪魔自身が素早い分子と遅い分子という情報に基いていることがわかる。思考実験恐るべし。本物の問いはその中に答えをはらんでいる。

 調べものをしているうちに2時間ほど経過。知識が少ないと書評を書くのも骨が折れる。熱力学第二法則とエントロピー増大則がどうもスッキリと理解できない。この物理法則が社会や組織に適用可能かどうかで行き詰まった。結局のところ新たな知見は得られず。

物質界(生命系を含め)の法則:熱力学の第二法則

 エントロピー増大則は諸行無常を志向する。自然は秩序から無秩序へと向かい、宇宙のエントロピーは時間とともに増大する。コップの水にインクを1滴たらす。インクは拡散し、薄く色のついた水となる。逆はあり得ない(不可逆性)。つまり閉じたシステムでエントロピーが減少すれば、それは時間が逆行したことを意味する。風呂の湯はやがて冷める。外部から熱を加えない限り。

 生物は秩序を形成している点でエントロピー増大則に逆らっているように見えるが、エネルギーを外部から摂取し、エントロピーを外に捨てている。汚れた部屋に例えれば、掃除をすれば部屋のエントロピーは減少するが、掃除機の中のエントロピーは増大する。乱雑さが移動しただけに過ぎない。

 ゲーデルの不完全性定理は神の地位をも揺るがした。

 ニューヨーク州立大学の哲学者パトリック・グリムは、1991年、不完全性定理の哲学的帰結として、神の非存在論を導いている。彼の推論は、次のようなものである。

 定義 すべての真理を知る無矛盾な存在を「神」と呼ぶ。
 グリムの定理 「神」は存在しない。

 証明は、非常に単純である。定義により、すべての真理を知る「神」は、もちろん自然数論も知っているはずであり、無矛盾でもある。ところが、不完全性定理により、ゲーデル命題に相当する特定の多項方程式については、矛盾を犯すことなく、その真理を決定できないことになる。したがって、すべての真理を知る「神」は、存在しないことになる。
 ただし、グリムは、彼の証明が否定するのは、「人間理性によって理解可能な神」であって、神学そのものを否定するわけではないと述べている。

【『ゲーデルの哲学 不完全性定理と神の存在論』高橋昌一郎〈たかはし・しょういちろう〉(講談社現代新書、1999年)】

神の存在論的証明

 では熱力学第二法則はどうか? 仏教東漸の歴史を見れば確かに乱雑さは増している。ブッダの時代にあっても人を介すほどに教えは乱雑になっていったことだろう。熱は冷め、秩序は無秩序へ向かう。しかしその一方で人間の意識は秩序を形成する。都市化が典型である。そして生命現象という秩序は、必ず死という無秩序に至る。

 宇宙的な時間スケールで見た時、生命現象にはどのような意味があるのか? それともないのか? 思考はそこで止まったまま進まない。

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火星人の一人/『My Brain is Open 20世紀数学界の異才ポール・エルデシュ放浪記』ブルース・シェクター


『放浪の天才数学者エルデシュ』ポール・ホフマン

 ・火星人の一人

 分厚い眼鏡をかけてしわくちゃのスーツをまとった小柄でひ弱そうな男。男は片方の手には家財一式を入れたスーツケースを、もう片方の手には論文を詰め込んだバッグを持って夜昼の見境なく訪問先の玄関をノックする。世界の数学者この非常識な訪問を50年以上もの間にわたって経験した。玄関先で「マイ・ブレイン・イズ・オープン!」と宣言するこの訪問者こそが、20世紀最大の数学者であり誰もが奇人と認めるポール・エルデシュである。
 家も仕事も持たず、身のまわりのことすらまともにはできないエルデシュを支えていたのは、寛大な数学者仲間と数学の魅力そのものだった。「誰が何と言おうと数(すう)は美しいんだ」――エルデシュはよくそう言った。

【『My Brain is Open 20世紀数学界の異才ポール・エルデシュ放浪記』ブルース・シェクター:グラベルロード訳(共立出版、2003年)】

ハンガリー火星人説」をご存じだろうか? ハンガリー人の桁外れの知性に驚嘆した人々が唱えた説だ。「1900年頃、確かに火星人の乗った宇宙船はブダペストに降り立った。そして出発するとき、重量オーバーのために、あまり才能の無い火星人たちをそこに置いてこなければならなかったんだ」とレオ・シラードは語った。火星人の嚆矢(こうし)とされたのは多分ジョン・フォン・ノイマンだろう。

週刊スモールトーク (第66話) 天才の世界II~歴史上の天才~
『異星人伝説 20世紀を創ったハンガリー人』天才たちの誕生の秘話。マルクス・ジョルジュ(著)


 ポール・エルデシュも火星人の一人である。そして火星人の多くがマンハッタン計画に参加した。

 エルデシュが発表した論文は1500篇にも及び、レオンハルト・オイラー(1707-1783年)に次ぐ数とされる。ただしエルデシュの論文の大半は共著であった。そこにこそ彼の人生の本領があった。論文が旅の記念碑にすら見えてくる。出会いと別れを繰り返しながらエルデシュは数学世界を大股で闊歩した。

 漂泊への憧れを抱いていた私にとってはエルデシュの人生こそ理想である。40代後半から身軽になることを目指し、着々と物を減らしている。ゆくゆくはバッグパックひとつで風のような日々を過ごしたい。そして野垂れ死にこそが人間に最も相応(ふさわ)しい死に様であると考えている。ベッドで死のうが、路上で死のうが大差はない。布団にくるまって死ぬよりも、歩きながら死にたい。

 単なる「わがまま」(我が儘)ではなく、「我の思うがまま」に生きて人と人とが結び合わされば、これにまさる幸せはないだろう。

 尚、読む順番は刊行年に準じただけで、どちらが先でも構わない。

My Brain is Open―20世紀数学界の異才ポール・エルデシュ放浪記
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2015-04-02

鍵山秀三郎、アルボムッレ・スマナサーラ、養老孟司、渡部昇一、馬渕睦夫、他


 4冊読了。

 26冊目『人たらしの流儀』佐藤優(PHP研究所、2011年/PHP文庫、2013年)/Q&A語り下ろし。あとがきに出てくる小峯隆生〈こみね・たかお〉が相手か。あたかもスパイの流儀といった内容で、「凄い」と思う一方で嫌悪感が湧いてくる。どうも好きになれない人物だ。

 27冊目『日本の敵 グローバリズムの正体』渡部昇一〈わたなべ・しょういち〉、馬渕睦夫〈まぶち・むつお〉(飛鳥新社、2014年)/馬渕本は本書から入るのがいいだろう。渡部という相手を得たことでテーマに広がりがある。反グローバリズム=ナショナリストとしてプーチン大統領と安倍首相が挙げられている。

 28冊目『希望のしくみ』アルボムッレ・スマナサーラ、養老孟司〈ようろう・たけし〉(宝島社、2004年/宝島SUGOI文庫、2014年)/養老孟司は媚(こ)びを売ることをしない男である。そして宗教に対する造詣も深い。スマナサーラは養老を「先生」と呼び、やや下手に出ている。編集者を含めた鼎談(ていだん)で3人のバランスが絶妙。これはオススメ。

 29冊目『小さな実践の一歩から』鍵山秀三郎〈かぎやま・ひでさぶろう〉(致知出版社、2002年)/久し振りに鍵山本を読む。鍵山といえば掃除道の元祖である。講演が元になっていて読みやすい。ま、本好きからすればスカスカ本ではあるが。イエローハット創業者の清らかな心根が読む者にじわじわと染み伝わってくる。

2015-03-30

アルゴリズムとは/『史上最大の発明アルゴリズム 現代社会を造りあげた根本原理』デイヴィッド・バーリンスキ


『宇宙を復号(デコード)する 量子情報理論が解読する、宇宙という驚くべき暗号』チャールズ・サイフェ

 ・サインとシンボル
 ・アルゴリズムとは

『宇宙をプログラムする宇宙 いかにして「計算する宇宙」は複雑な世界を創ったか?』セス・ロイド
情報とアルゴリズム

 アルゴリズムは、ひとつの有効な手続き、すなわち、有限個の別個のステップで何かをおこなうすべである。

【『史上最大の発明アルゴリズム 現代社会を造りあげた根本原理』デイヴィッド・バーリンスキ:林大〈はやし・まさる〉訳(早川書房、2001年/ハヤカワ文庫、2012年)以下同】

 古代の人類を思い浮かべてみよう。狩り、農耕、石器(道具)の作り方などにアルゴリズムを見て取れる。学びとは「アルゴリズムの共有」を意味したと考えてもよさそうだ。デイヴィッド・バーリンスキは古代中国に始まる官僚を「複雑なアルゴリズムを実行してきた社会組織以外の何物でもない」と指摘する。戦争やスポーツにおける戦略もアルゴリズムである。経済が上手くゆかないのはアルゴリズムが見出されていないためか。

 今世紀になってはじめて、アルゴリズムという概念の全貌が意識されるようになった。この仕事は、60年以上前、4人の数理論理学者によっておこなわれた。その4人とは、繊細で謎めいたクルト・ゲーデル、教会どころか大聖堂にも劣らずがっしりとして堂々としているアロンゾ・チャーチ、モリス・ラフェル・コーエンと同じくニューヨーク市立大学に葬られているエミル・ポスト、そして、もちろん、20世紀の後半に不安に満ちた目をさまよわせているかのような、風変わりでまったく独創的なA・M・テューリングだ。

 アインシュタインの相対性理論とゲーデルの不完全性定理は世界の見方を完全に引っくり返した。哲学は過去の遺物と化した。キリスト教も色褪せた。二つの理論は現代における常識の最上位に位置する。絶対なるものは崩壊した。

 ドイツはユダヤ人を迫害することで知性を流出して第二次世界大戦に敗れた。その知性を受け入れたアメリカが勝利を収めたのは当然であった。日本も当時、原爆製造に着手していたがウランがなかった。ゼロ戦をつくるほどの技術力はあったものの、全体観に立つ指導者がいなかった。


 解読不可能と思われていたエニグマの息の根を止めたのがチューリングだった。大戦の中で科学は次々と大輪の花を咲かせた。これが歴史の真実である。戦争に勝利したアメリカはドイツから技術や人を盗み取って、戦後の発展を遂げた(『アメリカはなぜヒトラーを必要としたのか』菅原出)。

ゲーデルの哲学 (講談社現代新書)ノイマン・ゲーデル・チューリング (筑摩選書)

『ゲーデルの哲学 不完全性定理と神の存在論』高橋昌一郎
嘘つきのパラドックスとゲーデルの不完全性定理/『ユーザーイリュージョン 意識という幻想』トール・ノーレットランダーシュ

2015-03-28

高橋昌一郎、デイヴィッド・マレル、下田ひとみ、他


 2冊挫折、3冊読了。

ケガレ』波平恵美子〈なみひら・えみこ〉(東京堂出版、1985年/講談社学術文庫、2009年)/「穢(けが)れ」(不浄)思想についてまとめて読もうと思ったのだが、モチベーション低下により挫ける。穢れ→差別→いじめ→進化科学という順序で一応考えてはいたのだが。書籍のピックアップはしてあるので、やる気が出たら再挑戦する。

仁義なき世界経済の不都合な真実』三橋貴明、渡邉哲也(ビジネス社、2014年)/軽い。二人は共に元2ちゃんねらーである。さしずめ旧交を温めたといったところか。渡邉の著作との重複が目立つ。

 23冊目『勝海舟とキリスト教』下田ひとみ〈しもだ・ひとみ〉(作品社、2010年)/こいつあ、いかさまだ。勝海舟ならきっとそう言うに違いない。言葉づかいから察するに下田はクリスチャンだろう。クリスチャンが書いたキリスト教礼賛本を、よくもまあ作品社が刊行したものだ。『勝海舟の嫁 クララの明治日記』(上下)の解説本みたいな代物で、73ページという小品となっている。息子の嫁に白人をもらうくらいだから、当然、勝はキリスト教に対して一定の理解はあったことだろう。終盤ではキリスト教への傾倒ぶりを露骨に紹介し、あたかもクリスチャンになったかのような脚色が施されている。典型的な宗教プロパガンダ作品だ。

 24冊目『ランボー3/怒りのアフガン』デイヴィッド・マレル:沢川進訳(ハヤカワ文庫、1988年)/再読。読まなけりゃよかった。確かに巧い。でもなー、トラウトマン大佐にここまで尽くすこたあないだろーよ。ランボーの動機が見えず、漫画のような安っぽい展開となっている。ランボーはアフガニスタン人と一緒にソ連軍と戦うわけだが、さすがのマレルも冷戦崩壊後、アメリカがアフガニスタンと戦争をすることは予見できなかったようだ。イスラム教の描き方も実に巧い。

 25冊目『ノイマン・ゲーデル・チューリング』高橋昌一郎〈たかはし・しょういちろう〉(筑摩選書、2014年)/つぶやけば必ず返事をくれる高橋先生の新著。面白かった。ただし3本の論文は飛ばした(笑)。天才はまったく新たな分野を創造し、時代を変える。チューリングの暗殺説は知らなかった。高橋の限界シリーズを読んだ人は必読のこと。