2022-03-12

明るい言葉/『湖底の城 呉越春秋』宮城谷昌光


『天空の舟 小説・伊尹伝』宮城谷昌光
・『太公望』宮城谷昌光
『管仲』宮城谷昌光
『重耳』宮城谷昌光
『介子推』宮城谷昌光
・『沙中の回廊』宮城谷昌光
『晏子』宮城谷昌光
『子産』宮城谷昌光

 ・術と法の違い
 ・策と術は時を短縮
 ・人生の転機は明日にもある
 ・天下を問う
 ・傑人
 ・明るい言葉
 ・孫子の兵法
 ・孫子の兵法 その二
 ・人の言葉はいかなる財宝にもまさる

『孟嘗君』宮城谷昌光
『楽毅』宮城谷昌光
『青雲はるかに』宮城谷昌光
『奇貨居くべし』宮城谷昌光
『香乱記』宮城谷昌光
・『草原の風』宮城谷昌光
・『三国志』宮城谷昌光
・『劉邦』宮城谷昌光

 翌日から暴風と猛雨(もうう)がつづき、晴天がもどってきても、破損した船の修理などがあって、すぐに出発できなかった。
「さいさきが悪い」
 と、公子光(こうしこう)は顔をしかめた。だが、子胥(ししょ)は、
「地が水びたしになっても人は生きられますが、地から水が消えたら、人は死にます。大いなる天からの水は、吉兆(きっちょう)ですよ」
 と、いって、不吉さを払った。
「ことばで邪気(じゃき)を払ってくれるのか……。王はふたたび占いをおこなわせ、吉日を選んで発(た)つことになろう」(四巻)

【『湖底の城 呉越春秋』宮城谷昌光〈みやぎたに・まさみつ〉(講談社、2010年/講談社文庫、2013年)】

 公子光は後の闔廬(こうりょ)である。占いとは、事の成り行きや吉凶を亀甲(きっこう)のひび割れや筮竹(ぜいちく)に仮託する行為である。つまり目の前の偶然に将来を重ね見るわけだ。現在のトランプやサイコロにも通じる。私が子供の時分は、「あーした、天気になあーれ」と履いている靴を放り投げて翌日の天気を占ったものだ。

 占いは廃(すた)れたようで廃れていない。星座・血液型占いもさることながら、ギャンブルと名を変えて多くの人々が手を染めている。宝くじを始めとする富くじの類いも同様だ。投資も占いに堕した感がある。

 言葉の呪力は呪う方向にも祝う方向にも作用する。もともとは吉凶を占うだけの行為であったが、凶を吉に転じる言葉を編み出した占い師が出現したのだろう。脳に備わる智慧は複数の事をつなぎ合わせて光らせる不思議な性質をはらんでいる。「ことばで邪気を払」うところに占い師の本領があったと考えられまいか。

 言葉には脳を束縛する力がある。宮城谷作品を読む時、私の脳は作者によって完全に支配されている。私の感情はフィクション(小説)の中で翻弄されるのだ。本を読まぬ人は歌の歌詞を思えばよい。

 善(よ)き言葉は人の背中を押して自由へと誘(いざな)う。悪しき言葉は妄想の罠に人を閉じ込める。世の中を照らすのは「明るい言葉」であろう。

『ウクライナ・オン・ファイヤー』(日本語字幕)


 ・『ウクライナ・オン・ファイヤー』(日本語字幕)

『Revealing Ukraine 2019(乗っ取られたウクライナ)』字幕埋め込み版

 オリバー・ストーンは左翼として知られる映画監督だ。慎重に見る必要がある。

2022-03-11

天下を問う/『湖底の城 呉越春秋』宮城谷昌光


『天空の舟 小説・伊尹伝』宮城谷昌光
・『太公望』宮城谷昌光
『管仲』宮城谷昌光
『重耳』宮城谷昌光
『介子推』宮城谷昌光
・『沙中の回廊』宮城谷昌光
『晏子』宮城谷昌光
『子産』宮城谷昌光

 ・術と法の違い
 ・策と術は時を短縮
 ・人生の転機は明日にもある
 ・天下を問う
 ・傑人
 ・明るい言葉
 ・孫子の兵法
 ・孫子の兵法 その二
 ・人の言葉はいかなる財宝にもまさる

『孟嘗君』宮城谷昌光
『楽毅』宮城谷昌光
『青雲はるかに』宮城谷昌光
『奇貨居くべし』宮城谷昌光
『香乱記』宮城谷昌光
・『草原の風』宮城谷昌光
・『三国志』宮城谷昌光
・『劉邦』宮城谷昌光

「たしかにいま子胥(ししょ)どのは流浪(るろう)の人ですが、やがて天下に大きな問いかけをなさる人であると推察しました。その天下を相手の事業に、わが子をくわえていただきたいのです」(三巻)

【『湖底の城 呉越春秋』宮城谷昌光〈みやぎたに・まさみつ〉(講談社、2010年/講談社文庫、2013年)】

 伍子胥〈ごししょ〉という人物が、宮城谷昌光をしてこのような言葉を生ましめるのだ。「言葉の呪力」を思わずにはいられない。無論この場合は「祝う」義である(呪には二意ある。祝の字が生まれるのは後世のこと)。

 褒氏〈ほうし〉は流浪の身である子胥に「偉業をなす力」を感じた。子の小羊〈しょうよう〉を預かった子胥であったが、将来を慮(おもんぱか)って孫武〈そんぶ〉のもとで訓育してもらうことにする。

 楚の平王〈へいおう〉は伍子胥の父と兄を誅(ころ)した。そして後に楚の国は伍子胥によって滅ぼされる。たった一人の感情が歴史を変えたのである。

人生の転機は明日にもある/『湖底の城 呉越春秋』宮城谷昌光


『天空の舟 小説・伊尹伝』宮城谷昌光
・『太公望』宮城谷昌光
『管仲』宮城谷昌光
『重耳』宮城谷昌光
『介子推』宮城谷昌光
・『沙中の回廊』宮城谷昌光
『晏子』宮城谷昌光
『子産』宮城谷昌光

 ・術と法の違い
 ・策と術は時を短縮
 ・人生の転機は明日にもある
 ・天下を問う
 ・傑人
 ・明るい言葉
 ・孫子の兵法
 ・孫子の兵法 その二
 ・人の言葉はいかなる財宝にもまさる

『孟嘗君』宮城谷昌光
『楽毅』宮城谷昌光
『青雲はるかに』宮城谷昌光
『奇貨居くべし』宮城谷昌光
『香乱記』宮城谷昌光
・『草原の風』宮城谷昌光
・『三国志』宮城谷昌光
・『劉邦』宮城谷昌光

「よくみとどけてくれた。なんじらがみたこと、きいたことは、けっして桃永(とうえい)と屯(とん)にはつたえるな。屯の未来を明るく照らすことにはならない」

【『湖底の城 呉越春秋』宮城谷昌光〈みやぎたに・まさみつ〉(講談社、2010年/講談社文庫、2013年)以下同】

 屯という児童は出自が不詳で、由来には翳(かげ)がある。永翁〈えいおう〉と桃永〈とうえい〉の三人家族であるが血のつながりはない。子胥(ししょ)は一時期、起居をともにしていた。やがて永翁の家が徒党を組む暴漢に襲われる。永翁にも過去の暗い事情があった。

 人に何を伝え、何を伏せるべきか。自分であれば受け止めることができるが、それができぬ人もいる。込み入った感情が交錯すれば、要らぬ誤解を生むことも少なくない。特に責任が大きい立場になるほど難しい場面がある。

 その人の「未来を明るく照らす」かどうか。これを判断の基準にすれば間違いない。黙して語らぬことが相手の未来を照らす場合もあるだろう。

 子胥(ししょ)にとって時のながれは平凡になった。が、こういう平凡な時をどのようにすごすかによって、非凡な時を迎えた男の価値が決まる。

 焦りがあると足元が見えなくなる。目標が遠く感じた時は眼を下に転じて一歩一歩を確実にすることだ。人生に遠回りはない。そう感じさせるのは野心である。地位に固執する人物は地位を得たところで幸福とは限らない。問われるのは仕事である。地位を得ても充実と満足から遠ざかれば元も子もない。

 ――時のむだづかいのほうが、人生にとって、損失は大きい。
 と、子胥はおもった。
 だが、生まれてから死ぬまでの時間が、すべて有意義であるという人などひとりもいない。むなしさにさらされている時を、意義のあるものに更(か)えるところに、人のほんとうの心力(しんりょく)と知慧がある。

 若い時分に不遇を感じることは多い。しかしながら案外とこうした時期にたくさんのアイディアが生まれるのも確かだ。「尺蠖(せっかく)の屈するは伸びんがため」である。常に何かを目指していれば人生の有限さは邪魔になる。死の意味は中断でしかない。登山の意義が登頂にしかないと考える人は途中の豊かな色彩を見過ごして、小さな花を踏みつけてしまうだろう。ただ無為を恐れて、日々何らかの心魂を傾ければ後悔とは無縁な人生を送ることができる。

 ――人生の転機は、明日にもある。

 漫然と生きる姿勢を衝(つ)く痛切な一言である。そうした明日を望むのではなく、今日その準備ができているかどうかが問われる。