2018-07-21

境川サイクリングコース/『湘南鎌倉自転車散歩』


 ・境川サイクリングコース

『神奈川・伊豆・箱根・富士自転車散歩』山と渓谷社編



【『湘南鎌倉自転車散歩』藤原祥弘、DECO、麻生弘毅(山と渓谷社、2010年)】

 距離は55.4kmである。境川は大和市・藤沢市のよく知られたサイクリングコースだが源流が城山だとは知らなかった(ただし城山湖ではない)。大地沢青少年センター付近で以前よく散歩していた場所だ。この辺りは八王子と町田と相模原が入り組んでいる場所だ。JR高尾駅からだと徒歩1時間ほどの位置にある。


 因みにGoogleマップで徒歩を選択すると上記地図のコースとなる。境川がかなり東側を迂回しているのがわかるだろう。源流付近は川沿いの道がないはずだ。他の道路も決してサイクリングに向いているとは言い難い。ま、そのうち私が確認してこよう。

 本書自体は私にとって噴飯物という以外になく、「どうして自転車で鎌倉なんぞに行かなくてはならないのだ?」と言わざるを得ない。鎌倉は道が悪いのだ。しかも観光客が多い。気取った店はもっと多い。

 読者層が不明の地図だ。強いて挙げれば「盗まれる可能性が低い自転車に乗っている人」に限られる。でも、ママチャリ~クロスバイクで観光する人っているのかね?

「なぜ我が津久井湖、相模湖、宮ヶ瀬湖がないのだ?」と思っていたところ、別本であることが判った。神奈川南部で私が目指すのは三浦半島の城ヶ島公園や箱根、真鶴程度である。湖巡りや道志みちほどの胸の高鳴りは覚えない。

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2018-07-19

武士道はまだ死んでいない/『VTJ前夜の中井祐樹』増田俊也


『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』増田俊也
『七帝柔道記』増田俊也
『北の海』井上靖

 ・武士道はまだ死んでいない

 決勝の相手ヒクソン・グレイシーは顔面を大きく腫らしながら決勝に上がってきた小兵の中井に敬意を表したような戦い方をした。私たちは流れるような2人の寝技戦に魅入った。
 この大会が、本当の意味で日本のMMAの嚆矢(こうし)となった。
 神風を起こしたのは、たしかにグレイシー一族でありUFCであった。
 しかし、神風が吹くだけでは大きな波がおこるだけで、その波を乗りこなせるサーファーがいなければ、波はただ岸にぶつかり砕けて消えるだけだ。
 神風が起こした大波を、右目失明によるプロライセンス剥奪という死刑宣告と引き替えに乗りこなした中井祐樹がいたからこそ、日本に総合格闘技が根付き得た。それだけは格闘技ファンは絶対に忘れてはいけない。

【『VTJ前夜の中井祐樹』増田俊也〈ますだ・としなり〉(イースト・プレス、2014年)】

 増田が4年の時に北大柔道部に入ってきたのが中井祐樹〈なかい・ゆうき〉だった。そして中井が最上級生になった時、北大は12年ぶりに優勝旗を奪還する。中井はその後シューティングへ進み、格闘家として歩む。ヴァーリ・トゥード・ジャパン・オープン1995に参戦し決勝でヒクソンに敗れる。意図的な目潰しをしたのはオランダ人空手家のジェラルド・ゴルドーで、レフェリーの制止を振り切って執拗に行い、中井の眼球の裏側にまで親指を入れた。それ以前にも佐竹雅昭との対戦でサミングをしている。根っからのクズというか、白人なら有色人種に対して何をやってもいいと思っているのだろう。

 本書はノンフィクション短篇集である。『七帝柔道記』のその後や、『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』の執筆エピソードと共に、決して目立つことのなかった本物の武道家たちに光を当てる。

 自分の背負い投げさえ完成すればそれですべては解決する。この背負いさえ完成すれば……。
 すでに尻尾は見えていた。
 堀越はさらに背負いの習得に没頭した。
 そして、ある日、ふとタイミングをつかんだ。
 高校1年から大学4年まで、実に7年近くかけて野村豊和の背負い投げを完全マスターしたのである。自分の形にもっていけば相手が誰だろうと必ず投げることができるようになった。だが、それだけの力がついてきたころには天理大柔道部も代替わりしていた。だから堀越の柔道が大化けしていることに誰も気づかなかった。

 豊和は野村忠宏の叔父である。動画を見るとわかるがその背負い投げは光速と形容するのが相応しい。まさしく人間離れしたスピードである。手首の使い方にコツがあるようだ。

 堀越英範は地味な選手だった。戦績も冴えなかった。しかし一つの技を牛の歩みの如く着実にマスターしていった。そしてスター選手の古賀稔彦と対戦する。

 堀越から組んだ。
 切られた。
 激しく組み手争い。
 組めない。
 まだ組めない。
 組んだ。
 瞬間、堀越は勝てると思った。
 応援の声や会場のざわめきはまったく聞こえなかった。古賀の息遣いだけが耳元で聞こえた。(中略)
 古賀が堀越の左釣り手を切って絞った。
 堀越はこれを待っていた。
 切られた左釣り手で古賀の右腕ごと引っぱり出して抱え、左一本背負いで叩きつけた。一瞬のことだ。あまりに速い背負い投げだった。
 会場の福岡市民体育館はしばらく水を打ったように静まり返り、そして揺り戻すような大歓声が上がった。
 その瞬間、堀越は我に返った。
 勝った……。
 わずか39秒の出来事だった。
 古賀が一本負けしたのは1990年の全日本選手権で小川直也の足車に屈して以来。同階級の日本人に一本負けしたのは生まれて初めてだった。自身得意の背負い投げで投げられたのは中学1年のとき一度きりである。

 流した汗の量だけで勝てるほど甘い世界ではない。技が不可欠なのだ。来る日も来る日も同じ行為を繰り返し、技に磨きをかけ、考える前に動く精密機械のように肉体を鍛え上げるのだ。「なぜ、そこまで?」と問うのは愚かだ。ただ、そういう高みで生きる人間がいることを我々は目撃するだけだ。

 日本の武士道はまだ死んでいないことを思い知らされる。




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2018-07-18

昭和黎明期のバンカラ柔道部/『北の海』井上靖


『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』増田俊也
『七帝柔道記』増田俊也

 ・昭和黎明期のバンカラ柔道部

『VTJ前夜の中井祐樹』増田俊也

「稽古はそんなに烈しいですか」
「まあ、烈しいと言えましょうね。朝稽古、昼稽古、夜稽古」
「ほう、すると、勉強は?」
「勉強なんて、そんな余分なものはしませんよ。勉強しに学校へはいって来たんじゃないから」
「じゃ、何のためにはいったんです」
 遠山が訊くと、
「もちろん、柔道をやるためですよ。僕は今年入学して来た1年下の連中に言ったんです。学をやりに来たと思うなよ、柔道をやりに来たと思え」
「ほう」
 洪作は、ここでもまた“ほう”と言う以外仕方なかった。

【『北の海』井上靖(中央公論社、1975年)、新潮文庫、1980年】

『しろばんば』、『夏草冬濤』(なつぐさふゆなみ)、そして本書で自伝三部作となる。井上靖は明治40年(1907年)生まれだから、旧制四高(しこう/現金沢大学)に入ったのは昭和2年(1927年)である。私と同じ旭川出身だとは知らなかった。旧制中学に主席で入学したというのだから元々秀才だったのだろう。主人公の洪作は複雑な家庭環境で育ち、非常に冷めた性格の持ち主となる。ところが受験を控えた時期に蓮見と出会い、春秋の色合いが深まる。

「それにしても、たいへんな学校ね。よくそんなところへはいる者がいると思うね。勉強もしないで、柔道ばかりやって」
「そう思うでしょう。僕もそう思う。だから、考えたらだめなんですよ。考えたら、柔道なんて、やれません。別に柔道家になるわけじゃない。高専大会で優勝することだけが目当なんですからね。でも、練習量がすべてを決定する柔道というものを、僕たちは造ろうとしている。そういう柔道があると思うんです。そういう柔道があるかどうかは、僕たちが自分でやってみないことには判らない。それをやろうと思っている」

 洪作は四高受験を決めた。「練習量がすべてを決定する柔道」との言葉が胸の内に響き渡り、全身を震わせた。まず感心するのは柔道部のスカウト活動である。様々な地域に足を運び、柔道経験者を次々と寝技の餌食にし、「勝つために力を貸して欲しい」と熱弁を振るうのだ。共産党のオルグ活動や日蓮系の折伏といい勝負である。柔道部の人間関係も軍隊というよりは宗教的な次元に近い。二十歳前後の若者とは到底思えぬほど立派な振る舞いである。

 杉戸は説明してくれた。なるほど少し登ると折れ曲り、また少し行くと折れ曲っている。
「腹がへると、何とも言えずきゅうと胃にこたえて来る坂ですよ。あんたも、あしたから、僕の言っていることが嘘でないことが判る。稽古のひどい時には、この辺で足が上らなくなる。なんで四高にはいって、こんなに辛い目にあわかねればならぬかと、自然に涙が出て来る」
「ほんとに涙が出るんですか」
「そりゃあ、出る。1年にはいって、1学期の間は、毎日のように、この坂の途中で涙を出す。実際に足が上らなくなるんだから、涙だって出て来ますよ。だが、1学期が終ると、大体諦めてしまう。こういうものだと思ってしまう。僕などは、現在、そうしたとこへ来ている。鳶のように深刻に考えたりしない。たいしたことではない。3年間、捨ててしまうだけの話なんだ」
「鳶さんも1年ですか」
「そう」
「僕は2年生かと思いました」
「2年の部員はすじ金入りですよ。人間らしい血なんて、1滴も持たなくなる。さかさにして振っても、人間の血なんか1滴も出て来ない。出て来るのは汗ばかりだ。そうなると、みごとですよ。六高(※現岡山大学)に勝つことしか考えなくなる。親のことも、兄弟のことも考えなくなる。考えることは、六高に勝つことばかりだ。人生も、学校の成績も、落第も、及第も考えなくなる。全く、ねえ、変な学生があるものだ」

 バンカラという言葉はハイカラをもじったもので蛮カラとも書く。だが、ここまでくると野蛮そのものである。獣のように力だけが支配する世界のわかりやすさがヒトの古い脳を刺激する。我々の社会にはびこる悪知恵や誤魔化しは一切通用しない。

 読み進むうちに『七帝柔道記』との違いがわからなくなり、不思議な混迷に襲われる。時代は違えども彼らは全く同じ青春を生きているからだろう。

 余談ではあるが、井上が育った静岡の言葉が味わい深く、洪作の四高行きを知った人々が集まってくる場面では、田舎の人々が実にしっかりとした口上で挨拶をしており、失われた文化を思い知らされる。

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目撃された人々 72


 午前9時、気温は33℃を超えていた。

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美しい青春/『七帝柔道記』増田俊也


『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』増田俊也

 ・美しい青春

『北の海』井上靖
『VTJ前夜の中井祐樹』増田俊也

 ひたすら苦しく辛い練習が続いた。
 北大キャンパスで柔道部の時計だけが進まなかった。遅々として進まなかった。たった一日の休みである日曜日が来るまでがあまりに長かった。あまりに苦しかった。拷問のような時間だった。
 いや、毎日の練習が終わるまでの数時間でさえ、それまで経験した時間の流れの100倍にも200倍にも感じられた。500倍にも1000倍にも1万倍にも感じられた。ときに乱取り一本の6分間が数百時間にも感じられた。毎日毎日、残りの本数を数えながら乱取(らんど)りを繰り返した。汗の蒸気のなかで寝技乱取りを繰り返した。道場には汗の蒸気とうめき声しかなかった。いったい引退までにこの乱取りを何万本こなさなければならいのか――。

【『七帝柔道記』増田俊也〈ますだ・としなり〉(角川書店、2013年/角川文庫、2017年)】

 柔道の関連書として山口絵理子著『裸でも生きる 25歳女性起業家の号泣戦記』を挙げておく。七帝柔道(ななていじゅうどう/しちていじゅうどう)は高専柔道の流れを汲むもので寝技が中心である。異種格闘技で名を馳せるグレイシー柔術(ブラジリアン柔術)も同じ流れの中にある。一般的に知られるのは講道館柔道でかなりルールが違う。講道館ルールでは投げ技に続く寝技しか認められていないが、七帝柔道では引き込みが可能で、「待て」がなく、場外もなしで、勝敗は「一本」のみとなっている。関節技が決まっても「参った」をしない選手が多く、骨折に至ることが珍しくない。武道の中でも最も苛酷を極める。

 本書は増田俊也の学生時代を描いた自伝である。高校で柔道を経験した増田ですら悶絶するほどの苦しい練習だった。北海道警察への出稽古シーンなどはまさに修羅場といってよい。絞め技・関節技が中心で人体の限界を思わせるほどの壮絶さである。

 多くの人々がスポーツに魅了される理由は、彼らの苦行に秘密があるのだろう。ストイックな日々は修行そのものだ。のんべんだらりと毎日を過ごす我々は自分が見失った理想を彼らに見出す。宗教が色褪せたのは自らを苦しめる真剣さをなくしたためだろう。

 そしてこれだけの練習をしても北大は最下位だった。語り継がれる伝統と勝利への貪欲な責任感が宗教的な次元にまで高められ、その他の青春を全て犠牲にする。充実した青春は多いが美しい青春は稀(まれ)だ。




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