2020-02-13

宇宙開闢(かいびゃく)の歌/『はじめてのインド哲学』立川武蔵


『世界の名著1 バラモン教典 原始仏典』長尾雅人責任編集
『ウパニシャッド』辻直四郎

 ・宗教とは「聖なるもの」と「俗なるもの」との相違を意識した合目的的な行為
 ・宇宙開闢(かいびゃく)の歌

『バガヴァッド・ギーター』上村勝彦訳
『仏教とはなにか その思想を検証する』大正大学仏教学科編
『最澄と空海 日本仏教思想の誕生』立川武蔵、1992年
『空の思想史 原始仏教から日本近代へ』立川武蔵、2003年

リグ・ヴェーダ』に含まれる10点近い宇宙創造に関する讃歌(紀元前10-9世紀の成立)のうち、「宇宙開闢(かいびゃく)の歌」(10・129)は次のようにうたう。

 一、そのとき(宇宙始原のとき)無もなく、有もなかった。空界もなく、その上の天もなかった。(中略)深く測ることのできない水は存在していたのか。
 二、その時、死も不死もなかった。夜と昼のしるしもなかった。かの唯一物は自力によって風なく呼吸していた。これより他の何も存在しなかった。
 三、始原の時、暗黒は暗黒におおわれた、この一切はしるしのない水波だった。空虚におおわれて現れつつあるもの、かの唯一物は、熱の力によって生まれ出た。
 四、最初にかの唯一物に意欲が現われた。これは思考の第一の種子だった。詩人たちは心に探し求めて、有の始原を無に見つけた。(以下略)

【『はじめてのインド哲学』立川武蔵〈たちかわ・むさし〉(講談社現代新書、1992年)】

「リグ」は「讃歌」、「ヴェーダ」は「知識」を表す。紀元前1000~500年に編まれた。ブッダ以前の聖典である。後期仏教(大乗)では善知識・悪知識など知識を「友」の意で使うがヴェーダとの関連性は不明にしてわからず。

 個人的には旧約聖書の天地創造より好みである。一読して感じるのは宇宙開闢が胎児の意識に酷似している点である。あるいは目覚めの瞬間を詳しく捉えたようにも読める。

 カンブリア紀の大爆発(5.42~5.3億年前)で眼が完成したと考えられている(アンドリュー・パーカー)。生命の起源はまだはっきりしていないが約40~30億年前のこと。つまり眼ができたのは最近のことだ。長い暗黒時代が続いたわけである。

 光りを感知できるようになったことは認識のビッグバンといっても過言ではない。それまで世界は手(感覚)の届く範囲内に限られた。ところが眼の誕生によって生命の感覚は宇宙にまで広がったのである。仏道では真理を覚知することを「開眼」(かいげん)と表現する。眼は開(あ)いていても節穴レベルである。見えているようで見えない何かがある。今まで見えなかったものが見えるようになれば生きてる価値があると言えよう。

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