・欽定訳聖書の歴史的意味
・他人によってつくられた「私」
あなたは、15世紀の大ベストセラー『魔女に与える鉄槌』(Malleus Maleficarum)を知っていますか?
『魔女に与える鉄槌』は、1486年にドミニコ会士で異端審問官であったハインリヒ・クラマー(Heinrich Kramer)とヤーコプ・シュプレンガー(Jacob Sprenger)によって書かれた【魔女狩り】に関する論文です。魔女発見の手順とその審問と拷問の方法についてこと細かに記されており、中世において大きな影響を与えたことで知られています。
【『現代版 魔女の鉄槌』苫米地英人〈とまべち・ひでと〉(フォレスト出版、2011年)以下同】
私は小室直樹著『日本人のための宗教原論 あなたを宗教はどう助けてくれるのか』で『魔女に与える鉄槌』を知った。本書はキリスト教を通してメディアと洗脳に切り込んでいる。文章はやさしいのだがキリスト教の知識がなければ理解が難しいか。
新しいメディア(媒体)の登場は情報伝播(でんぱ)のスピードを一気に加速する。そして自由に氾濫した情報が人々に不自由な生き方を強いて、ついには新たな魔女狩りに至るといった主旨だ。
21世紀を生きる日本人として、やはりキリスト教を知の常識として学んでおくことが必要だ。私は昔っからキリスト教に対して嫌悪感を抱いているが、キリスト教を知らずして欧米文化――すなわち先進国文化――のコンテクストを理解することは不可能だ。
「キリスト教を知るための書籍」を読む余裕のない人は、
『魔女狩り』森島恒雄
『インディアスの破壊についての簡潔な報告』ラス・カサス
『なぜ、脳は神を創ったのか?』苫米地英人
『苫米地英人、宇宙を語る』苫米地英人
『日本人のための宗教原論 あなたを宗教はどう助けてくれるのか』小室直樹
を読んでから本書に望めばシナプスがスムーズにつながることだろう。
本書によれば『魔女に与える鉄槌』がドイツで出版されたのが1487年。1520年までに13版の増刷が重ねられ、その後1574年から1669年にわたって33版に至る。苫米地の計算によればグーテンベルク聖書の発行部数を基準(1版あたりの印刷が180部)にすると、で、最初の13版で2340部、次の33版で5940部、合計8280部となる。これに海賊版を加えると優にグーテンベルク聖書を上回った可能性があるとしている。
魔女狩りのマニュアル本にこれほどの需要があったところから当時の時代的雰囲気が伝わってくる。キリスト思想に抑圧されたヨーロッパ人が集団ヒステリーを起こし、生け贄(にえ)を探していたわけだ。抑圧的な思考は必ず暴力的な行動を招く。
佐藤優が「イエスの教えを、ユダヤ教とは別のキリスト教であると定型化したのはパウロだ。従って、キリスト教の開祖はイエス・キリストであるが、開祖はパウロである」(『功利主義者の読書術』新潮社、2009年/新潮文庫、2012年)と指摘。これに対して苫米地はコンスタンティヌス大帝(1世)を開祖に挙げる。私は苫米地に一票。
・世界の構造は一人の男によって変わった/『「私たちの世界」がキリスト教になったとき コンスタンティヌスという男』ポール・ヴェーヌ
ここから苫米地は聖書の翻訳にまつわる問題を取り上げる。
英語の「Virgin」に置き換えられたもともとのヘブライ語は「若い女性」という意味であり、イエスの処女懐胎が教義となったのは325年ニカイア公会議においてです。もともとヘブライ語で"almah"という単語が使われており、これは結婚適齢期の女性、もしくは新婚の女性を表す一般名詞です。これがギリシア語に訳される過程で、若い女性と処女の両方を意味する"ギリシア語略 (parthenos)"と訳されました。ニカイア公会議ではヘブライ語の元の言葉を無視してギリシア語の派生的意味合いの「処女」をわざわざ選んだのです。
キリスト教の書き換え~上書き更新だ。宗教も歴史も常に「書き換え~上書き更新」を繰り返す。なぜなら脳のシステムがそのようにできているためだ。ただし、つながりやすさ=進歩ではないことに留意する必要がある。
英語の聖書というのは、通常イギリス国教会の聖書です。KJV聖書といわれます。プロテスタントの聖書は英語で書かれたものであり、それ以外は正しい聖書ではないとさえ言えるのです。実はカトリックの聖書も英語の聖書はKJV聖書をベースにしています。
この聖書を作成した人物は誰か?
プロテスタントの英語聖書をつくったのは、スコットランド、イングランド、アイルランドを治めたジェームズ1世(チャールズ・ジェームズ・スチュアート)です。彼は1611年に、イギリス国教会の典礼に使うという理由から『欽定(きんてい)訳聖書』(KJV聖書)をつくりました。
じつは『欽定訳聖書』が誕生する14年ほど前、ジェームズ1世は『デモノロジー』(悪魔学)という書物を著しています。この本は、先に紹介した『魔女に与える鉄槌』の系譜を汲(く)み、イギリスにおける魔女狩りの指南書の役割を果たしました。つまり、イギリスの魔女狩りを主導した王が、現代に受け継がれるイギリス国教会の聖書をつくったのです。
権力者は聖書を巧妙に書き換えた。「汝殺すことなかれ」の"kill"を"murder"に置き換えた。ここから「神は"murder"は禁じても"kill"は禁じていない」との論理が生まれる。ただし第1回十字軍が1096-1099年であった歴史を踏まえると神の正義と暴力には元々親和性があったと考えてよかろう。欽定訳は暴力のギアをシフトアップした。
私は昂奮を抑えることができなかった。アングロ・サクソン人の優位性を決定づけた理由が初めてわかったからだ。魔女狩りという同胞の大虐殺から『欽定訳聖書』が生まれ、アングロ・サクソン人の系譜はプロテスタント~ピューリタンの渡米~プラグマティズムへとつながる。
世界覇権はローマ帝国から大英帝国に移ったが、そこからアメリカには移っていないような気がする。多分アメリカという国家そのものがメディアの役割を果たしているのだ。それゆえ王が存在しないのだろう。
テンプル騎士団についても詳しく触れていて実に勉強になった。
「新しい媒体は必ず、人間の思考の質を変容させる。長い目で見れば、歴史とは、情報がみずからの本質に目覚めていく物語だと言える」(『インフォメーション 情報技術の人類史』ジェイムズ・グリック:楡井浩一訳)。
・魔女狩りは1300年から激化/『魔女狩り』森島恒雄