・日本の家紋と西洋の紋章
・『自然観と科学思想 文明の根底を成すもの』倉前盛通
日本の家紋によく使われる十大紋は「鷹の羽、橘、柏、藤、おもだか、茗荷、桐、蔦、木瓜、かたばみ」であるとされている。
このうち鷹の羽を除く九つは、すべて植物である。日本の家紋は植物をモチーフにしたものが多い。
一方、ヨーロッパの紋章を見ると、獅子や鷲、ユニコーンなど、いかにも強そうな動物が居並んでいる。日本にも強そうな生き物はいそうなものなのに、日本人は、どういうわけか食物連鎖の底辺にある植物をシンボルとしているのである。
見るからに強そうな生き物ではなく、何事にも動じず静かに凛と立つ植物に日本人は強さを感じた。そして、自らの紋章として選んだのである。
不思議なことに、十大紋のうち、「おもだか紋」と「かたばみ紋」は雑草である。特に戦国時代に活躍した勇猛な武将は、雑草の家紋を好んだ。オモダカは田んぼに生えるしつこい雑草である。ところが武将は、この雑草を「勝ち草」と呼んで尊んだのである。また、カタバミも畑や道端に生える小さな雑草に過ぎない。どうして、戦国武将は、雑草を家紋に選んだのだろうか。
田んぼや畑の雑草は、抜いても抜いても生えてきて、どんどん広がっていく。戦国武将はこのしぶとさに子孫繁栄の願いを重ねたのである。戦国武将にとって、もっとも大切なのは、生き残って家を存続させることである。百戦錬磨の猛者たちは、田畑の小さな雑草にそんな強さを見出していたのである。
【『弱者の戦略』稲垣栄洋〈いながき・ひでひろ〉(新潮選書、2014年)】
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明らかに日本の家紋の方がシンボル姓が高い。マンダラパワーのようなものが窺える。また西洋が特別なものに価値を感じるのに対し、日本はありふれたものに眼差しを注(そそ)いだ。
現在の強弱よりも永続性に重きを置いた日本人の価値観は花鳥風月を愛でる心性から生まれたのだろう。そして美意識は、侘(わ)び・寂(さ)び・もののあわれに行き着く。華麗とは反対方向に進む心象が不思議である。
紋章については倉前盛通〈くらまえ・もりみち〉が『自然観と科学思想 文明の根底を成すもの』(南窓社、1976年)において「世界で紋章を有する地域は西欧と日本のみである。これは正確な意味の封建社会の成立した地域であり、古代官僚制や古代帝王姓が最近まで続いてた地域には紋章は発生しなかった」と指摘している(「第二章 日本シャーマニズムの情報祭祀」)。