2020-11-10

混迷する米国大統領選と今後の国際社会


掛谷英紀コラム 2020年11月08日 21時40分

 5回読んだ。大きな溜め息を吐いた。ツイッターで「CFR(外交問題評議会)がバイデンをバックアップした」との情報を見かけた。だとすればキッシンジャーも二股をかけていたのだろう。

 新しい世界秩序を構築するためには規制秩序の破壊が前提となる。その意味で米大統領選挙の混乱とバイデン新大統領の登場は最も相応しい出来事といえよう。

 大統領選の裏側ではユダヤの左右勢力による綱引きが行われてきたが、旧勢力である軍産複合体が勝利を収めたと見るべきか。

 歴史を振り返ればフランス革命を支えたのはユダヤ人(『エンデの遺言 「根源からお金を問うこと」』河邑厚徳、グループ現代)であり、ロシア革命もまたユダヤ人の手で行われた。アメリカにはイスラエルの人口に匹敵するユダヤ人が住んでいる(イスラエル614万人、アメリカ543万人)。就中ニューヨークに集中しており以前から「ジューヨーク」と揶揄されているほどだ。

 かつてのコミンテルンを思えば、現代にあってもっと巧妙かつ緊密なネットワークが構築されていてもおかしくはない。今回の米大統領選挙によって世界は全体主義としての社会主義傾向に拍車がかかることだろう。格差がここまで拡大すれば一般大衆はさしたる疑問を挟むことなく諸手を挙げて賛同するはずだ。

 GHQは皇室制度改革を通して戦後日本を改造した。敗戦のショック状態にあって政治家も国民もそれまで守り通した国体を見失った。左翼言論人は皇室制度を階級闘争の槍玉に上げ、あたかも権力者であるかのように吹聴した。


 あの天皇陛下をお慕い申し上げ、声の限りに「万歳」を叫んだ国民感情はどこへ行ったのか? 一君万民は民主主義なる言葉で塗り替えられてしまった。

 マスコミの影響も見過ごせない。

-(関連質問=ロンドン・タイムス中村浩二記者)天皇陛下はホワイトハウスで、「私が深く悲しみとするあの不幸な戦争」というご発言がありましたが、このことは戦争に対して責任を感じておられるという意味と解してよろしゅうございますか。また、陛下はいわゆる戦争責任について、どのようにお考えになっておりますかおうかがいいたします。

天皇 そういう言葉のアヤについては、私はそういう文学方面はあまり研究もしていないのでよくわかりませんから、そういう問題についてはお答えが出来かねます。

1975年、天皇記者会見一問一答の中身

 文字では伝わらないが、あまりにも不躾なものの言い方であった。

 更に昭和天皇が1989年に崩御され、これをきっかけとしてマスコミが暴走を始めた。1990年、共同通信鹿児島支局が「皇室敬語の廃止」を訴えた。続いて沖縄タイムスが天皇陛下が沖縄を初訪問した1993年、敬語抜きの報道を実践した。そして同年、朝日新聞がこれに同調する。更には北海道新聞が足並みを揃えた(「皇室敬語報道の行方 - 鹿児島大学リポジトリ」を参照した)。左翼の寝技は実に巧妙である。

 戦前の武装共産党のリーダーだった田中清玄〈たなか・きよはる〉は獄中で尊皇の精神に目覚めた(『田中清玄自伝』)。徳富蘇峰は終戦後に血を吐く思いで日記を認めた(『徳富蘇峰 終戦後日記 『頑蘇夢物語』』)。だが現在(いま)、田中も徳富もいない。

2020-11-09

瞑想の否定/『クリシュナムルティの日記』J・クリシュナムルティ


『クリシュナムルティの神秘体験』J・クリシュナムルティ

 ・人は自分自身の光りとなるべきだ
 ・瞑想の否定

『最後の日記』J・クリシュナムルティ

ジドゥ・クリシュナムルティ(Jiddu Krishnamurti)著作リスト

 どんな形であれ、意識的な瞑想は真実ではない。けっしてそうはありえないのだ。故意に瞑想しようと試みることは、瞑想ではない。それは起こるべきものであって、こちらから招き寄せるものではない。瞑想は精神の遊びではなく、欲望や楽しみでもない。瞑想しようと試みること自体が、まさに瞑想を否定している。ただ、あなたがいま考えていること、行為していることだけに気をとめていなさい。見ること、聞くことは、報いも罰もない行為である。行為の技(わざ)は、見方、聞き方にかかっている。形をとった瞑想はすべて、かならず欺瞞や幻影にいたる。なぜなら欲望は盲目だから。  美しい宵で、春のやわらかい光が地をおおっていた。

【『クリシュナムルティの日記』J・クリシュナムルティ:宮内勝典〈みやうち・かつすけ〉訳(めるくまーる、1983年/原書は1982年)】

 いつの間にか読むものがなくなったので再読した。宮内の訳文は読みやすい。さほどこなれた文章ではないのだが読んでいると気にならない。点線のように言葉が辿りやすいのだろう。

 瞑想の否定である。もちろん瞑想そのものではなく形式・方式に収まった瞑想を指す。これを私は仏教徒への批判と読んだ。悟っていない者が悟った者に額づく時、隷従する精神が悟性の妨げとなる。他人の言いなりになって悟りを開けるのであれば、それは技術となってしまう。よもやブッダが「私に従え」と言うはずもなかろう。

「精神の遊び」という一言が針の如く突き刺さる。悟りへの羨望こそが迷いの本質なのだろう。むしろ迷いをありのままに見つめ、否定も肯定もしないところに悟道がある。

 最後の一行で思弁に基づく批判が封じ込められる。内部が偉大なる空(くう)の境地で占められている人は、ただ世界を受容し、ひたと見つめ、世界そのものと化している。

2020-11-07

高血圧に有効な運動療法


 週に61分以上の運動は1~2回にまとめて行っても、週に5回以上に分けて行っても、血圧の改善効果は変らないことが認められました。(中略)
 有効な降圧のためには、1回の運動につき約300kcalのエネルギー消費が必要とされています。300kcalとは、最大酸素摂取量50%の弱い運動で約60分必要になります。多くの報告によればこの量の運動で合計1000分以上必要といわれ、十分な効果を得るにはさらにその2倍以上が望ましいとされています。

ほっかいどう・おくすり情報室|一般社団法人 北海道薬剤師会 > 【PDF】どのくらい運動すれば高血圧が改善するでしょうか?

 エリック・ホッファーが沖仲仕の仕事を心地よく感じていたのは適度な運動量があったためなのだろう。健康のために運動をするのはやや本末転倒であるように思う。むしろ日常生活の中に歩行や力仕事を加えるべきだ。「ホモ・サピエンスが誕生したのは25万年前で、農耕が確認されているのは23000年前である。人類の歴史を振り返れば狩猟・漁撈(ぎょろう)の時期が殆どであるといってよい」(逃げない社会=定住革命/『人類史のなかの定住革命』西田正規)。つまり狩人の本能をいかに蘇らせるかに健康の本領がある。

 因みに300kcalの運動量は以下の通りだ。

・ウォーキング(速歩き) 75分
・ジョギング(強い) 30分前後
・縄跳び 20~30分
・登山 60分

300kcalを消費するための運動内容と時間(体重60kgの人)

 この手のカロリー計算を私が鵜呑みにすることはない。そもそも摂取カロリーが体内にどの程度取り込まれるかもそれほどハッキリしているわけではない。よく「筋肉を増やして基礎代謝を上げる」という話を聞くが、基礎代謝量は体の表面積に比例するからデブの方が上なのだよ。基礎代謝とは燃費である。わざわざ燃費の悪い状態を目指すところに現代人の病んだ健康信仰が窺える。

 現実に即していえば、家事に勤(いそ)しむことが最も正しい。特にトレーニングのつもりで拭き掃除を行うことが望ましい。洗濯も手でやればかなりの運動量になるだろう。そして一番手軽なのが歩くことだ。少し遠いスーパーを目指してあるくのがよい。目的は歩行にあるので荷物は背負えるよう大きめのデイバッグ(40L)や背負子(しょいこ)が欲しい。

2020-11-03

【日本語字幕】友人をトランプ支持に変えた対話【2020米大統領選挙】