第一印象を弄(もてあそ)ばされた事実を知り、笑って誤魔化す大衆をとくとご覧あれ。
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「市場」は、ソーシャル・イノベーション(社会問題を解決する革新的な仕組み)として大成功を収めたコンセプトだ。限られた資源を効率的に分配しやすくする仕組みであり、その効果は絶大だ。市場のおかげで80億人もの人口の大半の衣食住が満たされ、生活の質も寿命も大幅に改善されることになった。市場の取引は、長い間、人々の交流の場でもあり、人間らしさとも見事に合致していた。だからこそ市場はほとんどの人々にとって自然なものと受け取られ、社会の構造に深く根付いたのである。そして経済の重要な構成要素となったのだ。
市場が力を発揮するためには、データが円滑に流れることが前提で、人間にはこのデータを解釈して意思決定する能力が求められる。これはまさに市場での取引の仕組みそのものであり、意思決定が1ヵ所に集中せずに参加者一人ひとりに分散している特徴がある。市場が簡単に壊れない強靭さを持ち、何かあってもさっと立ち直る優れた回復力を備えている理由はここにある。だが、その大前提として、今、市場に出回っている商品について総合的な情報を誰でも簡単に入手できなければならない。
とはいえ、市場でそのような充実した情報を流通させることは、つい最近まで手間もコストもかかっていた。そこで対応策として、こうしたさまざまな情報を圧縮してひとつの尺度で表すことにした。それが「価格」である。つまり貨幣の力を借りて、そのような情報を運ぶことにしたのである。
実際、価格と貨幣は、情報伝達という難題を少しでも和らげるうまい当座しのぎになったし、それなりに効果も発揮した。だが、情報が圧縮されているため、詳細や微妙なニュアンスは抜け落ちているから、本当に最適な取引とまでは言えなくなる。情報が圧縮されているために、市場に出回っている商品を完全に把握できなかったり、誤解したりすれば、我々の選択は失敗してしまう。もっとましな解決策がなかったため、長い間、この不完全な解決策を我慢して受け容れてきたのである。
今、それが変わろうとしている。まもなく豊富なデータが市場を広範囲にわたって、迅速に、しかも低コストで駆け巡ることになる。膨大な量のデータに、機械学習や最先端のマッチング・アルゴリズムを組み合わせ、絶えず状況の変化に合わせて自動的に適応していくシステムを構築すれば、市場で裁量の取引相手を見つけ出せるようになる。とにかく手軽なので、単純極まりない取引にまでこの手法が使われるようになるだろう。
【『データ資本主義 ビッグデータがもたらす新しい経済』ビクター・マイヤー=ショーンベルガー、トーマス・ランジ:斎藤栄一郎〈さいとう・えいいちろう〉訳(NTT出版、2019年/原書、2018年)以下同】
理論上、市場は「最適な取引」というメリットをもたらすものなのだが、情報流通上の制約で実現できていなかった。これがデータリッチ市場(豊富なデータを原動力に動く市場)になると実現するのである。
この重大な変化が生み出すメリットは、あらゆる市場に波及する。小売や旅行はもちろん、金融、投資にも当てはまる。(中略)
また、従来の貨幣中心の市場は、誤解や誤判断によるバブルなどの惨事に苦しめられてきたが、これもデータリッチ市場では減少する見込みだ。(中略)
データリッチ市場による再編の波はありとあらゆる分野に及ぶ。非効率を絵に描いたような仕組みで大手公益事業者の懐を潤し、一般家庭の財布から莫大な額を吸い上げてきたエネルギー分野も例外ではない。運輸・物流分野も、はたまた労働分野も医療分野も同じようにその影響から逃れられない。教育でさえ、データ主導の市場を生かせば、教師、生徒、学校の最適なマッチングを追求できるようになる。
一連の岸の活動は吉野とともに統制経済の道を拓き、整備拡充するものとなったが、世間はこうした官僚を「革新官僚」とか「新官僚」と呼ぶようになっていた。
「革新」といえば戦後は左翼を意味してきたが、当時の「革新」にイデオロギー色はない。敢えて言えば国家主義的な色彩が強かった。
【『絢爛たる醜聞 岸信介伝』工藤美代子〈くどう・みよこ〉(幻冬舎文庫、2014年/幻冬舎、2012年『絢爛たる悪運 岸信介伝』改題)】
「パーソナルデータ:新たな資産の誕生(Personal Data: The Emergence of a New Asset Class)」というやや刺激的なタイトルのレポートが世界経済フォーラム(WEP:World Economic Forum)から、2011年2月に発表されている。レポートの冒頭には次のようなくだりがある。
「パーソナルデータは新しい石油である。21世紀の価値ある資源である。今後、社会のあらゆる場面で新たな資産として登場するようになるだろう」
【『パーソナルデータの衝撃 一生を丸裸にされる「情報経済」が始まった』城田真琴〈しろた・まこと〉(ダイヤモンド社、2015年)以下同】
ここでいう「パーソナルデータ」とは、年齢や性別、職業、年収の他、趣味、関心事、所有している車、商品の購買履歴、電力やガスの使用履歴、あるいは自分の健康情報(血圧や心拍数に加え、人間ドックで測定するような詳細な情報)、さらには遺伝子情報といった究極の個人情報まで多岐に渡る。場合によっては、無償で提供するのではなく、金銭と引き換えに「パーソナルデータへのアクセス権」を提供することも想定されている。
「われわれはあなたがどこにいるか知っている。どこにいたかも知っている。あなたが考えていることもおおよそ把握している(We know where you are. We know shere you’ve been. We can more or less know what you’re thinking about.)」
2010年10月、当時グーグルのCEOであったエリック・シュミット氏は米国の経済誌『ジ・アトランティック』のインタビューを受けた際、このように語っている。