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『真剣師 小池重明 “新宿の殺し屋"と呼ばれた将棋ギャンブラーの生涯』団鬼六
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『将棋の子』大崎善生
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『傑作将棋アンソロジー 棋士という人生』大崎善生編
・村山聖 vs. 小池重明
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『フフフの歩』先崎学
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『先崎学の浮いたり沈んだり』先崎学
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『まわり将棋は技術だ 先崎学の浮いたり沈んだり2』先崎学
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山手線内回りのゲリラ 先崎学の浮いたり沈んだり』先崎学
もう道場に聖の相手はいなかった。帰り支度(じたく)をしていると、玄関のドアが開き、一人の巨漢(きょかん)がふらりと店に入ってきた。聖に負かされたアマ強豪たちの眼が一斉にその男に注がれ、こころなしか皆の表情が明るくなったように思えた。
「彼ならこのむやみに強い中学生をやっつけてくれる」
注がれた視線がそう言っていた。
その巨漢こそは小池重明〈こいけ・しげあき〉その人だった。
真剣師(しんけんし)として全国にその名をとどろきわたらせていた小池は、昭和55年にアマ名人戦にはじめて参加し圧倒的な強さで優勝、そして翌年も優勝をさらい2連覇の偉業を成し遂げていた。またアマプロ戦にも引っ張りだこで、しかもプロを相手に優に勝ち越すという驚異的な強さを誇っていた。その小池がふらりと西日暮里将棋センターに顔を出したのである。
席主から話を聞いた小池はにこやかに聖に近づいてきた、そして「僕、強いんだなあ」と言った。
聖も小池のことは「将棋世界」で知っていた。プロにいちばん近い、いやプロすらも恐れ一目置く存在であることも知っていた。
「一局やろう」とぶっきらぼうに小池が言った。もちろん聖に依存はなかった。
何も言わずにコックリとうなずいてみせた。
二人の対局をギャラリーがぐるりと取り囲んだ。その輪の外から伸一も固唾(かたず)をので見守った。
大きすぎる体を丸めるように一心不乱に将棋盤に向かう小池には何ともいえぬ雰囲気があった。やはり強豪といわれる人間にはオーラのようなものがあるんだなあと、伸一は妙に感心した。
将棋は小池の振り飛車穴熊に聖が果敢に急戦を仕掛けていった。決まったかに見えた聖の攻めをギリギリのところで小池が凌(しの)ぎ、そして小池の反撃を聖がいなしながら王様を逃げ回すという激戦になった。初心者の伸一が見ていても手に汗握る熱局だった。
小池の指先に力がこもっている。聖も気合よく駒を打ちつけ少しもそれに負けていない。
長い長い戦いを制したのは中学生の聖だった。小池が投了した瞬間、取り囲むギャラリーの肩の力がスーッと抜けたように思えた。伸一も知らず知らずのうちにホーッとため息を一つついた。
「僕、強いなあ」と小池は敗戦に何ら悪びれることなく聖を称(たた)えた。先ほどまで鬼のような形相が嘘のように、にこやかになっていた。
「はあ」と聖は少し照れたように笑った。
「がんばれよ」と小池は聖をやさしく励ました。
道場でのオープン戦とはいえ、向かうところ敵なしと恐れられていた小池重明に買ったことが聖にもたらした自信は計りしれないものがあった。
【『聖(さとし)の青春』大崎善生〈おおさき・よしお〉(講談社、2000年/講談社青い鳥文庫、2003年/講談社文庫、2002年/角川文庫、2015年)】
村山聖〈むらやま・さとし〉はネフローゼを発症後、6歳で将棋を始める。小学4年でアマ4段。11歳で中国こども名人戦優勝。小学6年の時に森安秀光と飛車落ちで対局。勝利を収めた。
よもや小池重明が登場するとは思わなんだ。小池は外道である。だが、ただの外道ではない。角落ちで大山康晴(当時
王将)に勝ったことがあるのだ。その小池を中学生の村山が退けたというのだから凄い。
全体を通して異様な臨場感があるのは大崎が近くで村山を見てきたためだ。上京した時は住む場所まで一緒に探している。
村山には見えない海を見ていた羽生は、羽生には見えない海を見る村山に畏敬(いけい)の念を抱いていた。
センス、感覚、本能。羽生が語る村山将棋の特長は経験や努力では埋(う)められないものばかりである。
「村山さんはいつも全力をつくして、いい将棋を指したと思います。言葉だけじゃなく、ほんとうに命がけで将棋を指しているといつも感じていました」と羽生は言う。
村山が逝去した翌日に羽生は広島の地へ飛んだという。葬儀云々ではなく、ただ駆けつけたかったのだろう。更に羽生はその後も「村山聖様」宛の年賀状を出し続けているという(
孤高の天才・羽生善治と村山聖が結んだ「特別な関係」)。天才同士が散らせる火花の交流は天才にしかわからない。実際の二人は少し遠慮がちな関係性だった。つまり羽生と村山の友情は盤上に咲いたのだ。
村山聖は彗星の如く駆け抜けたが、月光のように棋界を照らした。彼は病に斃(たお)れた。しかし病に負けたわけではなかった。名人になる夢も潰(つい)えた。だが彼は村山聖であった。
尚、余談となるが講談社文庫は活字が読みにくいので角川文庫をお勧めしておく。