2012-09-09

真っ黒な顔の微笑み


 バングラデシュの首都ダッカで撮影された写真だ。バッテリーの解体処理で煤(すす)まみれとなっている。それでも尚、人間が笑えることに驚嘆した。嘘のない美しい表情だ。きっと嘘すら許されない苛酷な世界なのだろう。生きてゆくために、我が身の健康を阻害しながら働く人々がいる。それを強いるのは誰か? 巨悪は大きすぎて見えにくい。彼女たちの微笑みに癒され、そして私は怒り狂う。

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人生の逆境を跳ね返し、泣きながら全力疾走する乙女/『裸でも生きる 25歳女性起業家の号泣戦記』山口絵理子

魚たちの最後の願い


2012-09-08

なんとなくインチキ臭い/『メディア論 人間の拡張の諸相』マーシャル・マクルーハン


『浪費をつくり出す人々 パッカード著作集3』ヴァンス・パッカード

 ・なんとなくインチキ臭い

『シミュラークルとシミュレーション』ジャン・ボードリヤール

(※アフォリズムの)意表をついて、ズブリと短刀を刺しこんでくる言葉のスリル、通説をズドンとひっくりかえす言葉の回転ワザに他愛もなく快感を覚えていた。しかし、2~3年で、すぐに倦きてしまった。「寸鉄人を刺す」青白い刃のような言葉も、すこし落ち着いて眺めると、いくらでも、その逆なことを言えることに気づいたからだ。
 こうなると、警句の逐一が、やたら、もっともらしく偉ぶっているように見えてきて、もう駄目なのである。

【『本の読み方 墓場の書斎に閉じこもる』草森紳一〈くさもり・しんいち〉(河出書房新社、2009年)】

 窓の向こうの夕日を眺めながら開いたページにこんな件(くだり)があった。そして今、マーシャル・マクルーハン著『メディア論 人間の拡張の諸相』を思うと、草森の指摘がピタリと符合するのだ。

 数十ページ読んだあたりから私の鼻は嫌な臭いを嗅ぎとった。洗練された言葉の羅列はどれ一つ肚にズシリとこない。重量を失った思考は飛散する。しかし花火のような情緒はない。ただネオンサインのような刺激があるだけだ。

 今まで同じような印象を受けた人物としては、ジャン・ボードリヤールジョン・グレイなどを挙げることができる。多分、ジョン・メイナード・ケインズも同様のタイプだと思う。彼らは一様に芸達者なのだ。ジャン、ジョン、ジョン。

 現代の若い学生たちは電気によって構造化された世界で成人する。それは車輪の世界でなく電気回路の世界である。断片の世界でなく統合パターンの世界である。現代の学生たちは神話と深層の世界に生きている。しかしながら、学校では分類された情報にもとづいて組織された状況に出会うのである。

【『メディア論 人間の拡張の諸相』マーシャル・マクルーハン:栗原裕〈くりはら・ゆたか〉、河本仲聖〈こうもと・なかきよ〉訳(みすず書房、1987年)以下同】

 実に巧みな表現であるのだが前半と後半が結びつかない。「電気によって構造化された世界」と「神話と深層の世界」との脈絡がわからない。

「メディアはメッセージである」というのは、電子工学の時代を考えると、完全に新しい環境が生み出されたということを意味している。

 私は断然、小田嶋隆に軍配を上げる。

メディアは“下水管”に過ぎない/『無資本主義商品論 金満大国の貧しきココロ』小田嶋隆

 機械は自然を芸術形式に変えた。はじめて人間は自然を審美的および精神的価値の源泉として見るようになった。

 それは砂漠から生まれた宗教を信じている西洋世界の連中に限られた話だろうよ。

 現代は不安の時代である。電気の内爆発のために、いかなる「視点」とも無関係に関与と参与を強いられるからだ。

 これ、テレビのことを言ってんのかね? 「一億総白痴化」(大宅壮一〈おおや・そういち〉)の方がわかりやすい。

 人間の結合と行動の尺度と形態を形成し、統制するのがメディアに他ならないからである。

 これは理解できる。ただし生活におけるコミュニケーションの影響が抜け落ちている。

 印刷は16世紀になると個人主義と国家主義を生み出した。

 メディアを中心に論じて印刷を過大評価している。個人主義と国家主義を生み出したのは「私有」の概念であり、資本主義経済の影響の方が大きい。

 電気の速度に特徴的な瞬間性と拡散性とが課せられている。けれども、果てしなく平面が交叉する同心円というのは、洞察に必要なものだ。

 マクルーハンの文章こそ「電気的」である。

 電気の技術が最初に生み出したものは不安であった。いま、それは倦怠を生み出しているように見える。

 俺も疲れたよ(笑)。先ほど偶然、マクルーハンの動画を見つけたのだが、私の印象は変わらぬどころか強化された。やっぱりインチキ野郎に見えて仕方がない。

 ま、古典といわれ、称賛の声が圧倒的に多い本なので、悪い評価をすることも無意味ではあるまい。一つだけ書評を紹介しておく。

DESIGN IT! w/LOVE

 確かに文字→印刷技術→メディア→インターネットは情報伝達のスタイルとスピードを変えた。とはいえ、結果的には情報発信者の増大に伴って世界はフラット化へ向かっているような気もする。その一方で「もの言えぬ民」が「ものを言える」ようになったわけだが、メッセージそのものが既にメディアからの影響を受けており、思想的格闘の欠如が明らかだ。もちろん私も含まれる。

 ま、そんなわけだ。

メディア論―人間の拡張の諸相
マーシャル マクルーハン
みすず書房
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あらゆる事象が記号化される事態/『透きとおった悪』ジャン・ボードリヤール
煩悩即菩提/『新板 マーフィー世界一かんたんな自己実現法』ジョセフ・マーフィー

2012-09-07

武田邦彦 「電力はなぜ足りたのか?」 2012.09.06

タバコ産業に従事する女の子たち(インド)~プラン・ジャパン


プラン・ジャパン

Best of Just For Laughs Gags - Defying Gravity Insane Pranks

服部之総、岸田秀


 2冊挫折。

黒船前後・志士と経済 他十六篇』服部之総〈はっとり・しそう〉(岩波文庫、1981年)/予想していた内容と全然違った。

黒船幻想 精神分析学から見た日米関係』岸田秀、ケネス・D・バトラー(トレヴィル、1986年/青土社、1992年/河出文庫、1994年)/岸田にしては珍しく冗長で締まりのない内容だ。50ページほどでやめる。

米政府機関(CIAとJSOC)がイエメンでの無人機攻撃を拡大、今年すでに200人、過去8日間で29人を殺害



・JSOC(統合特殊作戦コマンド

2012-09-06

米国の世界支配ツアー

US20world

 今世紀中にアメリカの横暴を阻止することはできるのか?

人間は何をいつ生産したのか?


ジル・ボルト・テイラー


 1冊読了。

 47冊目『奇跡の脳 脳科学者の脳が壊れたとき』ジル・ボルト・テイラー:竹内薫訳(新潮社、2009年/新潮文庫、2012年)/一昨日読了。少々高っ調子(ハイテンション)な文章が鼻につくが内容は文句なし。類書に山田規畝子〈やまだ・きくこ〉著『壊れた脳 生存する知』があるが、山田が障害世界を描いたのに対し、ジル・ボルト・テイラーは脳という宇宙を経験したといってよい。順序としてはトーマス・ギロビッチ著『人間この信じやすきもの 迷信・誤信はどうして生まれるか』→ロバート・カーソン著『46年目の光 視力を取り戻した男の奇跡の人生』→本書→アンドリュー・ニューバーグ、ユージーン・ダギリ、ヴィンス・ロース著『脳はいかにして〈神〉を見るか 宗教体験のブレイン・サイエンス』→トール・ノーレットランダーシュ著『ユーザーイリュージョン 意識という幻想』と進むのがいいだろう。最大の問題は、アナロジーが死の象徴化から始まり、「宗教の原型は確証バイアス」とすれば、宗教は左脳から誕生しながらも宗教体験(悟り)は右脳で行われることになる。数年前から「本覚論(ほんがくろん)を修行論ではなく時間論で捉えるべきだ」と考えてきたが、本書に蒙(もう)を啓(ひら)かれほぼ解決した。「宗教とは何か?」「必読書」に追加。

2012-09-05

Meet the Superhumans(2012年 ロンドン・パラリンピック)

Meet the Superhumans from STITCH on Vimeo.


パラリンピック ロンドン2012年(サムスンCM)

武田邦彦 「政府の『人体実験』政策」 2012.09.01

爆笑! ダラス開会式に役者の抗議者潜入!「企業権力ツール賞」授与(TPP、ACTA)

パラリンピック ロンドン2012年(サムスンCM)


Meet the Superhumans(2012年 ロンドン・パラリンピック)

ローマ法王候補、死の前にバチカン批判「儀式仰々しい」


 バチカン(ローマ法王庁)の改革派で、法王候補にも挙げられたマルティーニ枢機卿が亡くなり、ミラノの大聖堂(ドゥオーモ)で3日、葬儀が営まれた。最後となったインタビューが死の翌日に報じられ、「教会は200年ほども時代から取り残された。官僚組織が肥大化し、儀式と服装ばかりが仰々しい」と現在のバチカンを厳しく批判していた。

 枢機卿は8月31日、85歳で死去した。持病のパーキンソン病が悪化していたという。率直で分かりやすい語り口で、伊国民に広く愛され、葬儀には聖堂内外に約2万人が集った。葬儀前の週末にはモンティ首相らを含め、約15万人が聖堂に足を運んだという。

 伊北部トリノ生まれ。日本での布教を夢見てイエズス会の聖職者となり、1980年から2002年まではミラノ大司教を務めた。生殖医療や離婚の是非、避妊具の使用に柔軟な姿勢を示し、他宗教との対話にも積極的だった。

朝日新聞デジタル 2012年9月4日

2012-09-04

民主主義と暴力について/『あなたのなかのサル 霊長類学者が明かす「人間らしさ」の起源』フランス・ドゥ・ヴァール


民主主義と暴力/『襲われて 産廃の闇、自治の光』柳川喜郎

 続きを書くとしよう。

 民主主義は暴力に対抗し得るだろうか? チト微妙だ。するともしないとも言える。

 いじめをモデルに考えてみよう。私に子供がいたとする。更にその子が私の意に反しておとなしい子に育ったものと仮定しておく。

 我が子に対する教育はコミュニケーション能力を磨くことに主眼を置く。誰とでも仲よくなることができ、人の心を理解できる子供に育て上げる。

 で、私の子か、あるいは子供の親友がいじめられた場合どうするか? 「心ある大衆を集めて反撃せよ」と私なら教えることだろう。

 2対1という構図は、チンパンジーの権力闘争を多彩なものにすると同時に、危険なものにもしている。ここで鍵を握るのは同盟だ。チンパンジー社会では、一頭のオスが単独支配することはまずない。あったとしても、すぐに集団ぐるみで引きずりおろされるから、長続きはしない。チンパンジーは同盟関係をつくるのがとても巧みなので、自分の地位を強化するだけでなく、集団に受けいれてもらうためにも、リーダーは同盟者を必要とする。トップに立つ者は、支配者としての力を誇示しつつも、支援者を満足させ、大がかりな反抗を未然に防がなくてはならない。どこかで聞いたような話だが、それもそのはず人間の政治もまったく同じである。

【『あなたのなかのサル 霊長類学者が明かす「人間らしさ」の起源』フランス・ドゥ・ヴァール:藤井留美訳(早川書房、2005年)以下同】

Pan troglodytes

 政治の淵源はチンパンジーにあったのだ。我々の先祖は偉大だ(笑)。つまり政治とは暴力の異名であったのだ。民主主義が政治手続きである以上、暴力とは無縁でいられない。

 下の階層に属する者が、力を合わせて砂に線を引いた。それを無断で踏みこえる者は、たとえ上の階層でも強烈な反撃にあうのだ。憲法なるもののはじまりは、ここにあるのではないだろうか。今日の憲法は、厳密に抽象化された概念が並んでいて、人間どうしが顔を突きあわせる現実の状況にすぐ当てはめることはできない。類人猿の社会ならなおさらだ。それでも、たとえばアメリカ合衆国憲法は、イギリス支配への抵抗から誕生した。「われら合衆国の人民は……」ではじまる格調高い前文は、大衆の声を代弁している。この憲法のもとになったのが、1215年の大憲章(マグナ・カルタ)である。イギリス貴族が国王ジョンに対し、行きすぎた専有を改めなければ、反乱を起こし、圧政者の生命を奪うと脅して承認させたものだ。これは、高圧的なアルファオスへの集団抵抗にほかならない。

Pan troglodytes predation 2

 ボス猿vs.バトルロイヤル戦だ。重要なことは強いボスに従うよりも、ある程度利益を分配した方が進化的な優位性があると考えられることだ。実際、抜きん出たカリスマ指導者を持った集団は、指導者を失った途端に崩壊の坂を転げ落ちる。

 民主主義は積極的なプロセスだ。不平等を解消するには働きかけが必要である。人間にとても近い2種類の親戚のうち、支配志向と攻撃性が強いチンパンジーのほうが、突きつめれば民主主義的な傾向を持っているのは、おかしなことではない。なぜなら人類の歴史を振りかえればわかるように、民主主義は暴力から生まれたものだからだ。いまだかつて、「自由・平等・博愛」が何の苦労もなく手に入った例はない。かならず権力者と闘ってもぎとらなくてはならなかった。ただ皮肉なのは、もし人間に階級がなければ、民主主義をここまで発達させることはできなかったし、不平等を打ちやぶるための連帯も実現しなかったということだ。

Banksy Canvas Monkey Guns
Banksy作)

 そしていじめもなくならない。自殺も。警察庁の「自殺統計」によれば学生・生徒の自殺者数は微増傾向にあり、2011年に初めて1000人を超えた。

自殺対策白書

 この内、いじめが原因となっている数はわからない。だが一人でもいじめを苦に死を選んだ児童がいれば、決してそれを許すべきではない。

 意外と見落としがちであるが、暴力というのも実は文化と考えられる。まず始めに啖呵(たんか)を切る。突然殴ることは殆どない。次に相手の胸倉をつかむ。サルの世界でディスプレイと呼ばれる示威行為と一緒だ。つまり暴力は相手の命を奪うことを目的としていない。憎悪に猛り狂い、殺意がたぎっていたとしても、我々は相手の喉仏や鼻の下、眉間、耳の下を殴ることができない。ま、本気で喉元に手刀を入れれば、やられた方は死んでしまうことだろう。

 再び学校に目を戻そう。学校内で民主主義が実現されるのは多数決で何かを決める場合に限られる。実際はクラス委員や生徒会長を選出する時だけであろう。そしてクラス委員や生徒会長には大した権限がない。学校全体を仕切っているのは校長を始めとする教員たちであり、クラスを牛耳るのはいじめっ子なのだ。

 何となく日本を象徴するような話だ。校長先生がアメリカで、いじめっ子が暴力団と考えればわかりやすいだろう。

 革命とは政治主義の変更であって、国民全員に利益が分配される革命など存在しない。例えば米騒動を考えてみよう。現在、米に替わるものはマネーである。では貧しい人々が決起して、銀行を襲えばカネを奪えるだろうか? 無理だね。残念ながら銀行にカネはないのだよ。あってもせいぜい預金の20%程度であろう。あいつらは準備預金率というレバレッジで悪どく儲けているのだ。マーケットを見よ。デジタル化された数値がやり取りされているだけの世界だ。

 面倒になってきたので結論を述べる。我々はいざという時に暴力を振るえる覚悟がない限り、民主主義を実現することは不可能だ。更にすべての情報が公開されていない以上、投票行為すらメディアによって操作されてきた可能性がある。

 いじめを傍観する者が一人もいなくなれば、民主主義は完璧なものとなろう。

フランス・ドゥ・ヴァール

あなたのなかのサル―霊長類学者が明かす「人間らしさ」の起源

女の子の服を着たがる息子のために父親がとった行動を世界が絶賛


2012-09-03

ステンドグラスのような棚田(中国雲南省)

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 ステンドグラス、ではない。棚田である。空の色が水に映(は)えて美しいガラスのように見える。人間の日々の営みが大自然と調和するところに、意図せざる芸術が生まれる。大地と共に生きることは、人間に都合のよい一方的な収穫を意味しなかったはずだ。「気は風に乗れば則ち散り、水に界せられば則ち止る。古人はこれを聚めて散らせしめず、これを行かせて止るを有らしむ。故にこれを風水と謂う」(『葬書』)。

世界で最も美しい棚田の街 雲南省元陽

2012-09-02

ニーナ・シモン / Nina Simone


クリスティン・アスビョルンセン / Kristin Asbjørnsen

 ってことで、ニーナ・シモンも紹介しよう。二人の声は蒙古族ホーミーに通じるものがある。







ベスト・オブ・ニーナ・シモン Nina: The Essential Nina Simone Little Girl Blue

クリスティン・アスビョルンセン / Kristin Asbjørnsen


 ボーカルが耳に届くや否や、そのまま胸に染み込んできた。クリスティン・アスビョルンセン(ノルウェー)の声はニーナ・シモンと同じバイブレーションを放っている。オペラの声量は神を目指して直進するが滋味に乏しい。一方、クリスティン・アスビョルンセンやニーナ・シモンは喉を唸(うな)らせることで陰影の豊かさを歌い上げる。











「酔いどれ詩人になるまえに」オリジナル・サウンドトラックWayfaring StrangerNight Shines Like the Day

クリスティン・アスビョルンセン MP3

ある中学校のクラスでシャーペンの芯が通貨になった話



信用創造のカラクリ
「Money As Debt」

Neil Armstrong, Apollo Missions, The First & Last Men on the Moon: Kennedy Launches the Race for the Moon


アポロ月面着陸映像は本物か? 捏造にキューブリックも関与

繰り返される偽旗作戦


偽旗作戦

【日本の税収】は、消費税を3%から5%に上げた平成9年以降、減収の一途


言葉や演技で笑いが取れない場合、番組企画は「公開処刑」か「ドッキリ」に行き着く



テレビの中でいじめが蔓延している、という小田嶋隆さん(@tako_ashi)の見解
若手芸人の役回りはイジメ被害者の「モガキ」/『テレビ救急箱』小田嶋隆

2012-09-01

宮城谷昌光


 3冊読了。

 44~46冊目『楽毅(二)』(新潮社、1997年/新潮文庫、2002年)、『楽毅(三)』(新潮社、1998年/新潮文庫、2002年)、『楽毅(四)』(新潮社、1999年/新潮文庫、2002年)宮城谷昌光〈みやぎたに・まさみつ〉/一度徹夜し、三日間で読了す。思わず楽毅Botを始めそうになったほどである。開くだけで背筋が伸びる小説は珠玉に優(まさ)ると思う。『孟嘗君』を先に読んでおいた方がよい。それにしても宮城谷昌光の作品は底が知れない。胸の奥深くで鳴り響く余韻が生涯消えることはないだろう。

2012-08-31

対テロ捜査で拘束されたアフガン人とイラク人が、CIAの尋問中に死亡した事件



2012-08-29

世界最悪の修復キリスト画「Ecce Homo(この人を見よ)」


「世界最悪」の修復キリスト画が大人気、訪問者が急増

「世界最悪の修復」でサルさながらに変貌してしまった102年前のキリストの肖像画を見ようと、スペイン北東部ボルハ(Borja)を訪れる人々が数百人規模に急増している。

 この肖像画はスペイン人画家エリアス・ガルシア・マルティネス(Elias Garcia Martinez)が1910年に描いた「Ecce Homo(この人を見よ)」で、ボルハ市内の教会の柱に直接描かれている。傷みが目立ち始めたため、年齢が80代とされるセシリア・ヒメネス(Cecilia Gimenez)さんが善意で修復を試みたところ、オリジナルと似ても似つかないとして地元住民から苦情が殺到。静かな町だったボルハに、世界中のメディアの注目が一気に集まった。

 肖像画は本来、いばらの冠をかぶせられたイエス・キリストの姿を描いたものだったが、「修復」後は顔色の悪いサルのようで、目鼻立ちはバランスが悪く、頭を毛皮が覆っているように見えるありさま。一部メディアはこれを史上最悪の修復と伝えた。

 25日には教会の外に、興味津々の訪問者の行列ができた。公共テレビ放送のインタビューに応じたある女性は、「以前の絵も大変素晴らしかったけれど、わたしは本当にこれ(修復後の肖像画)が気に入っています」と語った。

 ボルハ市に原画を復元する計画を思いとどまるよう求めるオンライン嘆願書には、既に1万8000人もの署名が集まっている。

AFP 2012年8月26日

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1910年の絵画「Ecce Homo(この人を見よ)」のオリジナル(左)、「修復」前(中央)、「修復」後。スペイン・ボルハ(Borja)の教育センターが公開



「世界最悪」の修復キリスト画、人気の観光スポットに

 80代女性の善意の修復により、オリジナルと似ても似つかない絵画になってしまった「Ecce Homo(この人を見よ)」(1910年作)をひと目見ようと、スペイン北東部ボルハ(Borja)の教会には連日、大勢の人々が詰めかけている。

 肖像画は、スペイン人画家エリアス・ガルシア・マルティネス(Elias Garcia Martinez)が教会の柱に直接描いたもの。本来、いばらの冠をかぶせられたイエス・キリストの姿を描いたものだったが、「修復」後は顔色の悪いサルのようで、目鼻立ちはバランスが悪く、頭を毛皮が覆っているように見えるありさま。一部メディアはこれを史上最悪の修復と伝えている。

AFP 2012年8月29日



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民主主義と暴力/『襲われて 産廃の闇、自治の光』柳川喜郎


 1996年10月30日、岐阜県可児郡(かにぐん)御嵩(みたけ)町長を務めていた柳川喜郎は二人組の暴漢に襲われ、滅多打ちにされた。

 左前頭部頭蓋骨陥没骨折、頭部打撲傷、右上腕部骨折、右肋骨3本骨折、その1本は肺に刺さって右肺が気胸(ききょう)の状態、それに右鎖骨骨折との診断であった。

【『襲われて 産廃の闇、自治の光』柳川喜郎〈やながわ・よしろう〉(岩波書店、2009年)以下同】

 右腕上腕部は直角に折れていた。御嵩町長襲撃事件である。柳川は意識不明の重体となるが辛うじて一命を取り留めた。

 前年の1995年、産業廃棄物処理場の建設反対を公約に掲げて柳川は町長選で当選する。

 襲撃事件の1年以上前から、産廃についての勉強会を開いた住民たちに暴力団や右翼から脅しが入ったり、町長室に広域暴力団の幹部が私に面会を求めてやってきて、「介入する」と凄んでいったこともあった。
 襲撃事件の1年前の95年9月、産廃処分場計画の一時凍結を県知事に要望してからは、ミニ新聞が一斉に御嵩町政批判と私に対する個人攻撃を反復し、執拗に敵意をむき出しにしていた。

 利権と暴力はセットメニューだ。利権に与(あずか)る企業にとって暴力団は必要悪の存在といえる。汚れ仕事はアウトソーシングするわけだ。

 柳川はNHK記者時代に戦場取材や暴動を経験してきた。そこに自信と油断があった。サポーターは監視カメラの設置を進言したが、結局間に合わなかった。

 御嵩(みかさ)町の隣りの可児(かに)市にある産業廃棄物処理業者、寿和(としわ)工業の韓鳳道(清水正靖)会長が平井儀男町長に面会して、御嵩町小和沢(こわさわ)に39ヘクタールの管理型産廃処分場を建設する計画について説明した。

 この会社は現在も営業中だ。

寿和工業

 木曽川には織田信長にもらったとされる農業用水の水利権、それに福沢桃介(ももすけ)がはじめた水力発電の水利権など、がんじがらめになっている。

 御嵩町には木曽川の水利権がなかった。この辺りについては以下のページが詳しい。

御嵩[1998/05]

 岐阜県は産廃処理場設置に積極的だった。柳川も梶原拓知事と小田清一衛星環境部長の名前を挙げて問題視している。

「協定書」の最大の問題点は、町民の知らないところで、いわば密室協議で決まり、締結されたことであった。それまで表向き産廃処分場は「不適」として建設に反対の意思を表明してきた町が180度方針を転換し、「協定書」で巨大産廃処分場受け入れを決めたことは、町民にはまったく知らされなかった。
 それに、町が産廃業者から受け取ることになっていた金額35億円は、町の年間一般会計予算額約60億円と対比させても巨額であり、町民の知らないまま受け取りを決定してよい金額ではなかった。

 ま、政治なんてえのあ、闇鍋みたいなもんだろう。この国ではジャーナリズムが機能していないため、政治家や大企業はやりたい放題だ。柳川は住民投票の実施を決意する。しかし、岐阜県がまた横槍を入れてきた。

 なぜならば、地元の御嵩町では住民投票で小和沢に産廃処分場を建設するか、しないかについて民意を問おうという矢先に、処分場の建設を前提とした「調整試案」を提示してきたのは、住民投票への妨害工作と解釈せざるをえなかったからである。

 こうなると寿和工業と岐阜県の間に何らかの利益構造があると見てよさそうだ。

 M右翼の元親分の追悼式は同じ年の9月7日におこなわれるが、その前日、寿和工業会長は高速道路のインター近くで、5000万円の現金をM右翼に渡す。香典にしては巨額であった。

 寿和工業の素性が知れる行為である。

 また、こんなこともあった。

 のちに捜査が進んで盗聴Aグループの実行犯が逮捕されたとき、新聞の犯人の顔写真を見て、私は飛びあがった。逮捕されたT興信所はテレビ取材班と一緒に現れた盗聴器発見プロ氏、その人であった。

 柳川の自宅電話は二つのグループによって盗聴されていた。

 結局、この事件は時効となる。なぜか?

「正直いって寿和にいる元警察幹部が障害になった」と、ある捜査官は私に語ったことがある。

 寿和工業には複数の警察幹部が天下りしていたのだ。警察OBが捜査に手心を加えさせることは決して珍しいことではない。

革マル派に支配されているJR東日本/『マングローブ テロリストに乗っ取られたJR東日本の真実』西岡研介

 岐阜県警は凶器の特定すらできず、あろうことか柳川のX線写真すら確認していなかった。

 御嵩町で住民投票が実施された。

 即日開票の結果、産廃処分場建設に反対1万373票(79.6%)、賛成2442票(18.7%)、反対票が圧倒的だった。(※絶対得票率69.5%)

 この結果を受けて、

 産廃業者・寿和工業は住民投票後も町と町長に対する提訴を濫発し、合計10本となった。

 訴権の濫用ともいうべき醜態だ。凶暴な野獣を思わせる。

「民主主義は楽ではない」との一言があまりにも重い。柳川が描いたのは暴力に屈することのなかった地方自治の姿であった。柳川は我が身を暴力にさらすことで民主主義に魂を吹き込んだといってよい。民の無関心が民主主義のリスクを高める。その代償はあまりにも大きい。そして司法も警察もまともに機能していない現実がある。

 そもそも民主主義というものは理想的な概念であって、私としては信ずるに値するとも思っていないし、単なる欺瞞だと考えている。そんな私からしても柳川&御嵩町民の闘争は一筋の光明と感じた。

 本当はここからいじめについて書こうと思っていたのだが、長くなったので筆を擱(お)く。最後に新聞記事を紹介しよう。

犯人に異例の呼び掛け 岐阜・御嵩町長、事件10年で会見

 岐阜県御嵩町の柳川喜郎町長(73)が襲撃された事件から30日で10年になるのを前に、町長は26日、御嵩町役場で記者会見し、犯人に呼び掛ける異例のメッセージを発表した。事件は時効まで5年に迫ったが、捜査は難航している。

「犯人に告ぐ」と題したメッセージで柳川町長は「もし、君たちに良心がかけらでもあるならば、自首してもらいたい」と呼び掛けた。会見では「10年間心当たりを探してきたが、事件の背景への心当たりは産廃以外にない」と指摘し「自首するならば、県警に減軽の嘆願書を出すだろう」と心境を語った。

 襲撃事件は1996年10月30日午後6時すぎに発生。町内の自宅マンションに戻った柳川町長を、待ち伏せていた2人組の男が棒のようなもので殴り、頭や腕などの骨を折る重傷を負わせた。

 県警はこれまでに、延べ14万8000人の捜査員を投入。柳川町長宅の電話が盗聴されていた事件で11人を逮捕したが、襲撃事件の犯人逮捕には結びついていない。

 事件解決を訴えてきた町民グループは11月3日午後1時半から、同町の中公民館で暴力追放を訴える集会を開催。右翼団体構成員に実家を放火された加藤紘一衆院議員、元日弁連会長の中坊公平氏、柳川町長が講演する。



町長メッセージ「犯人に告ぐ」

 この10年間、考え続けてきたが、どう考えても、君たちと私は互いに見知らぬ関係だ。
 君たちは「雇われた男」なのだ。
 金のために、暗闇で待ち伏せて、無抵抗の人間をメッタ打ちにするなど、卑怯(ひきょう)とは思 わないのか。
 もし、君たちに良心がかけらでもあるならば、自首してもらいたい。
 許すことを約束する。

【中日新聞 2006-10-27】

襲われて―産廃の闇、自治の光
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柳川喜郎さん襲撃事件、時効
柳川喜郎前御嵩町長が住民投票条例について講演(1)
柳川喜郎前御嵩町長が住民投票条例について講演(2)
急接近:柳川喜郎さん 言論封じる暴力に社会が立ち向かうには/【社説】「知る権利」を侵すな 秘密保全法制
民主主義と暴力について/『あなたのなかのサル 霊長類学者が明かす「人間らしさ」の起源』フランス・ドゥ・ヴァール
合理的思考の教科書/『リサイクル幻想』武田邦彦
金儲けのための策略/『正義で地球は救えない』池田清彦、養老孟司

2012-08-28

宮城谷昌光


 1冊読了。

 43冊目『楽毅(一)』宮城谷昌光〈みやぎたに・まさみつ〉(新潮社、1997年/新潮文庫、2002年)/諸葛亮(孔明)が敬慕した名将が楽毅〈がっき〉その人である。紀元前3世紀頃の戦国時代に活躍した武将だ。敵国である斉へ留学し、孟嘗君〈もうしょうくん〉との出会いが楽毅の運命を決したといってよい。それにしても戦闘の駆け引きが知力の限りを尽くして凄まじい。楽毅は孫子の兵法を体得していた。

ジャンゴ・ラインハルト/Minor Swing - Django Reinhardt & Stéphane Grappelli


 1928年になると、ジャンゴはフランス・グラモフォンやIdeal等のレーベルでレコーディングを行うようになる。しかし、この年の10月26日未明、ジャンゴはキャラバンの火事を消そうとして、半身に大やけどを負う。その結果、彼の右足は麻痺し、左手の薬指と小指には障害が残った。彼を診察した医師がギターの演奏は二度と無理だと思うほどの怪我であったが、ジャンゴは練習によって独自の奏法を確立し、ハンディキャップを克服した。

Wikipedia



ジャンゴロジー~スペシャル・エディション

Django Reinhardt

Django Reinhardt Plays the Blues

[Portrait of Django Reinhardt and Duke Ellington, Aquarium, New York, N.Y., ca. Nov. 1946] (LOC)
(デューク・エリントンと)

edith piaf and django reinhardt
(エディット・ピアフと)

Django Reinhardt

アポロ月面着陸映像は本物か? 捏造にキューブリックも関与










テレビ朝日『たけしの世界はこうして騙された』アポロ計画の月面着陸はアメリカ政府の捏造か?(副島隆彦)
アポロ陰謀論FAQ
Neil Armstrong, Apollo Missions, The First & Last Men on the Moon: Kennedy Launches the Race for the Moon



カプリコン・1 [DVD]

2012-08-27

JACK KNIFE:FIGHTIN' JOE~くじけちゃいられない~唇にKNIFE~東京BOY'S


「LOVE ROCKS '94」でのライブ映像。2曲目の「くじけちゃいられない」が大のお気に入りで何度聴いたかわからない。和気のボーカルには豊かな伸びと日本人離れしたバイブレーションがある。キレのよいホーンセクションもJACK KNIFEの持ち味だった。実は私の後輩がメジャーレーベルのオーディションで一緒になったことがあり、挨拶を交わしただけだったが「殺されるかと思いました」と笑っていた。その後解散。和気孝典は名前を優(ゆう)と改めソロで活動している模様。

YOU WAKI:Biography





CIAO!

愛は地球を救い、同性愛は笑いのネタ~日テレ24時間テレビ



紆余曲折?屋久島移住19年記ーBY大久保昭二
紆余曲折?屋久島移住19年記ーBY大久保昭二
紆余曲折?屋久島移住19年記ーBY大久保昭二
日テレ24時間テレビ:義足の少女が屋久島の縄文杉を目指すプログラムで立ち入り禁止の場所にスタッフ用キャンプ村が作られている事を屋久島ガイドが暴露
【悲報】制作費40億円の24時間テレビ 募金が2.8億円しか集まらず

資本主義の害毒が明治を覆う/『緑雨警語』斎藤緑雨


縦横無尽の機知、辛辣な諧謔
・資本主義の害毒が明治を覆う

 きちんと論評する自信がないため、本文をどんどん紹介しよう。毒をもって毒を制するのが諷刺だ。その毒を味わい、堪能せよ。

 偏(ひとへ)に法律を以て防護の具となす者は、攻伐(こうばつ)の具となす者也。盾(たて)の両面を知悉(ちしつ)せる後にありて、人多くは高利貸となり、詐欺師となり、賭博師となり、現時の政治家となる。

【日刊新聞「万朝報」明治31年1月9日~32年3月4日(※送り仮名は適宜割愛した)/『緑雨警語』斎藤緑雨〈さいとう・りょくう〉、中野三敏編(冨山房百科文庫、1991年)以下同】

 文語調のオチは鋭角の度を増す。連中の面(おもて)は欲望の厚さで覆われている。

 智は有形なり、徳は無形なり。形を以て示すを得、故に智は進むなり。形を以て示すを得ず、故に徳は進むことなし、永久進むことなし。若有之(もしこれあり)とせば、そは智の色の余れるをもて、徳の色の足らざるを一時、糊塗(こと)するに過ぎず。

 陰徳積めども陽報なし。

 約言すれば社会の智識は、書肆(しょし)の戸棚也、戸棚の隅也、隅の塵也、塵の山也。

 古本屋の身に堪(こた)える。

 無鑑札なる営業者を、俗にモグリと謂(い)ふ。今の政党者流(せいたうしやりゆう)は、皆このモグリなり。鑑札無くして売買に従事するものなればなり。

 大抵の場合、首相で靖国神社に参拝しているのは右翼の票を買っていると見てよい。

 学問は宜しく質屋の庫(くら)の如くなる可からず、洋燈屋(らんぷや)の店の如くなる可し。深く内に蓄ふるを要せず、広く外に掲ぐべし、ぶら下ぐべし、さらけ出すべし。其庫(そのくら)窺知(きち)し難きも、其店の透見(とうけん)し易きも、近寄る可からざるは一(いつ)なり、危険は一なり。

 学者は営業マンに化け、広告屋へと堕した。

 官吏も商ひなり、議員も商ひなり、一(いつ)として商ひにあらざるは莫(な)し。商ひの盛んなるは、売買の盛んなるなり。売買の盛んなるは、金銭授受の盛んなるなり。要するに商業は金銭也。商業より金銭を脱離せよといふは、天下比類なく不法の註文也。況(いわん)や各自、商業の発達を企図しつつあるに於(おい)てをや。金銭重んずべし、崇(たつと)ぶべし、百拝(ぱい)すべし。日本は世界の商業国たらざる可からず。

 労働は本来「物を売る」ことを意味しなかったはずだ。資本主義が労働の意味を変えてしまった。労働は何と貧しくなったことだろう。

 恐るべきペストよ、恐れても且(かつ)恐るべきペストよ。来りて悪者(あくしや)を斃(たふ)せ、猶来りて善者を斃せ。人幾千万を斃したる時、金(かね)万能の世は少しく揺(うご)きて、其処(そこ)に微(かす)かなる信仰の光を認むるを得んか。

 緑雨は己の不遇を嘆いたわけではなかった。時代が軽佻浮薄へ流れる様(さま)に唾を吐き続けたのだろう。

 紳士とは服装の事なり、思想にあらず。車馬の事なり、言語にあらず。かくて都は楽土たり、人物の会萃(かいすい)たり、幾十百種の書の発行所たり。

【文芸雑誌「活文壇」明治33年1月10日】

 清水義範も同じようなことを書いていた。

笑いが止まらぬパスティーシュ言語学/『ことばの国』清水義範

 一攫千金、これ当代の呪文也。積むをおもはず、累(かさ)ぬるをおもはず、貯(たうは)ふるをおもはず、単に切に、拾はんことをおもへり。

【週刊新聞「太平洋」明治33年1月1日~22日、以下同】

 当たらぬ宝くじを夢見るのが多くの人生か。それにしても資本主義の害毒が30年ほどで日本を覆い尽くすとは。

 何人(なんぴと)の財布の裡(うち)にか、罪悪を潜(ひそ)めざるものある。財(ざい)の布(ふ)は罪(ざい)の府也。

 駄洒落炸裂。

 正義は呼号すべきものなり、印刷すべきものなり、販売すべきものなり。決して遂行すべきものにあらず。

 呵々(笑)。正義とは掲げるものゆえ掛け軸と変わらない。

 くれは即(すなは)ち、与へよの義なり。請求の声、天地に漲(みなぎ)るによりて、一年のくれとはいふとぞ。

 笑点の大喜利より面白い。

 世は米喰う人によりて形成され、人啖(く)ふ鬼によりて保持せらる。

 そして太平洋戦争に敗れた後、安保という仕掛けで鬼畜米英に支配される。

 おもふがまゝに後世を軽侮(けいぶ)せよ、後世は物言ふことなし、物言ふとも諸君の耳に入ることなし。

【日刊新聞「二六新報」明治33年11月25日~12月29日、以下同】

 思うがままに赤字財政を子孫に残せ。国家の赤字は一家の借金と異なるゆえ。

 按(あん)ずるに筆は一本也、箸(はし)は二本也。衆寡(しうくわ)敵せずと知るべし。

 最も広く知られた緑雨の名言。手厳しいメッセージが多いゆえ、激しく攻撃もされたことであろう。それを軽々と笑い飛ばすのが緑雨の流儀だ。

 人は鳥ならざるも、能(よ)く飛ぶものなり。獣ならざるも、能く走るものなり。されども一層、適切なる解釈に従はゞ、人は魚(うを)ならざるも、能く泳ぐものなり。

【日刊新聞「二六新報」明治35年2月2日~8月22日、以下同】

 今時は世間の波に溺れているのも多い。時流を味方にした者はどこか浅ましさが残る。

 奔走(ほんそう)するが故に、迅速を貴(たつと)ぶが故に、種々の事物を齋(もたら)すが故に、おそろしき声を立つるが故に、記者と汽車とは其音(そのおん)をひとしくす。共に轢殺(れきさつ)を目的とせざるも、然(しか)もしばしば轢殺のことあるは、更に重大の一理由なるべし。

 線路は続くよ、どこまでも。

 あゝわれ何の欠点かあらん。強(しひ)て求めば富豪岩崎を、伯父さんに持たざることのみ。

【日刊新聞「二六新報」明治36年5月11日~7月27日、以下同】

 これまた有名。貧しさを笑い飛ばすのがユーモアの底力だ。

 道理は強弱を判(わか)てど、曲直を判たず。畢竟(ひっきょう)強者のものなり、弱者のものにあらず。

 裁判所は権力の番犬なり。

 社会や時代に流されている人々には「流されている」自覚がない。斎藤緑雨が発する毒は、警世の響きを伴い、信号機の役割を果たしたことだろう。いつの世も異議を唱え、アラームを鳴らし、警鐘を乱打する人物を必要としている。



信用創造の正体は借金/『ほんとうは恐ろしいお金(マネー)のしくみ 日本人はなぜお金持ちになれないのか』大村大次郎

2012-08-26

飯嶋和一


 1冊読了。

 42冊目『黄金旅風』飯嶋和一〈いいじま・かずいち〉(小学館、2004年/小学館文庫、2008年)/史実に基づいたのであろうか。今まで読んだ中では最もドラマ性に欠ける。が、それゆえに放つ光彩がある。長崎のカピタン平蔵こと末次平蔵の跡継ぎ・平左衛門(平蔵茂貞)の物語である。政治・経済から軍事・貿易・司法に至るまでを網羅した政治小説だ。徳川家光の時代にあって長崎の民の生活を守るために幕府を動かした地方行政官がいた。その事実に驚愕する。キリシタン迫害の記述も多く、海老沢泰久著『青い空』を読んだ人は必読のこと。それにしても続篇と思われる『出星前夜』が品切れなのはどうしたことか?

顎ひげを生やした自由シリア軍兵士は外国人傭兵


青木理「公安警察の言論弾圧の実態」



日本の公安警察 (講談社現代新書) 公安警察の手口 (ちくま新書) 公安は誰をマークしているか (新潮新書) 日本のインテリジェンス機関 (文春新書)

青木理

福島原発事故について~青木理〈あおき・おさむ〉×柳田邦男 2012.08.24



「想定外」の罠―大震災と原発 恐怖の2時間18分 (文春文庫) 空白の天気図―核と災害1945・8・6/9・17 (文春文庫) 犠牲(サクリファイス)―わが息子・脳死の11日 (文春文庫)

青木理

RemoteKontrolのロボットダンス


 中央のメンバーは脊椎側湾症という先天性の障害があるとのこと。奇蹟のロボットダンスといってよい。







寿福寺再訪


 鎌倉は風がいい。少し歩いただけで潮の香りと山の匂いを味わえる。颯々(さっさつ)という言葉がしっくりくる。

 ふた月ほど前に再び寿福寺を訪ねた。3年振りのことだ。

石原吉郎と寿福寺/『内なるシベリア抑留体験 石原吉郎・鹿野武一・菅季治の戦後史』多田茂治

 亀ヶ谷坂切通しを歩きたかったので、わざわざ遠回りした。鶴岡八幡宮(つるがおかはちまんぐう)の左手を上り、道元鎌倉御行化顕彰碑をやり過ごし、建長寺を越えた辺りからまざまざと記憶が蘇る。切通しの入り口に迷うことはなかった。

 寿福寺に迫ると傍らの線路を電車が通過した。以前、「私は、〈走る留置所〉と呼ばれるストルイピンカを想った」と書いたが、その電車は何と総武線快速であった(※横須賀線も走っている)。私が長らく住んだ亀戸(かめいど)の隣町である錦糸町へ向かう電車だ。思わず「嗚呼(ああ)」という言葉を吐きそうになったが、ぐっと飲み込んだ。ひょっとしてこの線路が私と石原吉郎をつないでいたのかもしれぬ。

 寿福寺は木漏れ日を用意して私を迎えてくれた。あちこちにある鎌倉石が色鮮やかな苔(こけ)をまとっていた。私は足早に歩き、北条政子と源実朝の墓を一瞥した。新しい発見は何もなかった。

 階段を下りてゆくと私を呼ぶ声がした。振り向くと木漏れ日を揺らすように風が吹き渡った。

 鎌倉駅へ向かうと観光客がごった返していた。雑踏を柔らかい夕日が包み始めた。

 石原が何度も歩いた北鎌倉の道だったが私は一度で飽きた。それでも尚、いつの日か寿福寺を訪ねることになるだろう。なぜかそんな気がする。

2012-08-25

東京電力の社員は自分たちが被害者だと思っている


2012-08-23

ウルリッヒ・ベック


 1冊挫折。

〈私〉だけの神 平和と暴力のはざまにある宗教』ウルリッヒ・ベック:鈴木直〈すずき・ただし〉(岩波書店、2011年)/読むスピードが落ちてきたのでやめた。前半は頗る快調なのだが後半に至って失速。瑣末な印象を拭えない。宗教社会学なのか宗教哲学なのかをはっきりさせるべきだと思う。私のキリスト教知識が足りず、論点が腑に落ちなかった。タイトルは「神の個人化」といった意味合いか。手の込んだアプローチをしているため気づきにくいが、結局のところ「神の個人化」の向こう側にはトランスパーソナルとホリスティックがあると思われてならない。とはいうものの制度宗教を解体する一歩としてはかような学問的手法がどうしても必要なのだろう。「キリスト教を知るための書籍」には加えたが、「宗教とは何か? 」からは削除した。6割ほど読んだが、それだけでも有益だ。

2012-08-22

Best of Just For Laughs Gags - Most Crazy Complex Pranks

The Greatest Reggae Songs of All Time







13歳の花嫁(ニジェール)~プラン・ジャパン


プラン・ジャパン

ヤン・エルスター、片田珠美


 2冊挫折。

合理性を圧倒する感情』ヤン・エルスター:染谷昌義〈そめや・まさよし〉訳(勁草書房、2008年)/歯が立たず。紙質がよいとこれくらいの値段になるのね。

攻撃と殺人の精神分析』片田珠美〈かただ・たまみ〉(トランスビュー、2005年)/サブカル本として読むのが正しいと思う。あるいはフロイト【文学】に連なる系譜か。攻撃と殺人については進化論的アプローチをすべきだ。

2012-08-20

DOGMANツナギ(ヒッコリーストライプ)

転倒老人 助けない見物人と大泣きする外国人女性=上海


 上海新華路淮海西路で、10日午前、後頭部から血を流した老人が、路上で倒れていたにもかかわらず、周りの見物人は誰一人助けようとしないため、最初に老人を助けた外国人女性が見物人を罵倒した。

 この事が起きたのは、午前8時頃で、当時周りに見物人がおり、救急通報をした者もいたが、老人を助け起そうとする者は1人もいなかった。救急側も電話で、救急に出せる車がないと返事し、通報者が緊急事態と要求したところ、「じゃ、待ってろ」と適当にあしらったそうだ。

 ちょうど通りかかった外国人女性が最初に老人を助け起し、自分の白いスカーフを老人の頭の下に敷いた。老人を助けようとしない周りの見物人に激怒し、罵倒した後、大泣きした。さらにこの女性は、自分の財布からお金を出し、周りの見物人に老人の医薬費にと渡した。救急車が来たのは、30分も経ってからだった。

 倒れていた老人は銭という名字で、今年87歳になる。軽い脳梗塞による眩暈で倒れ、頭部にけがを負ったが、医者から救急措置を施され、いま無事回復した。

 倒れている人、怪我をしている人を見ても助けず見て見ぬふり。同じような事が中国で頻発している。昨年、広東省で2歳児が車に轢かれ、18人もの通行人が無視した結果、子供が重傷で亡くなった事件もまだ記憶に新しい。

「無視」する理由の一つに、人助けをした人が、被害者から加害者であると密告され、多額の慰謝料をゆすられる事件が多く発生していることにあるという。中に、多額の慰謝料を払えず、自殺した者もいた。

「心は痛むけど、本当に怖くて助けることができない。高1の時におばあちゃんを助けたら、ゆすられて一カ月間毎日、その家族全員が私を学校まで付き纏い、お母さんを仕事場まで付き纏った」という恐い体験談を寄せるネットユーザーや「助けないじゃなく、助けられない。助けたら99%ゆすられる」「私たちも元から悪いわけではない。小学生の時から困っている人を見たら助けると知っているけど、この汚い社会が私たちを変えた。良い環境は悪い人を改善する、悪い環境は良い人を悪くする」と、傍観者の心情をつづる書き込みも多く寄せられている。

大紀元 2012-08-15

m16835

【中国交通事故】冷酷18人の通行人2歳の女児を助けず/「曇り空、ふたりで」SIONと福山雅治