2012-08-31

対テロ捜査で拘束されたアフガン人とイラク人が、CIAの尋問中に死亡した事件



2012-08-29

世界最悪の修復キリスト画「Ecce Homo(この人を見よ)」


「世界最悪」の修復キリスト画が大人気、訪問者が急増

「世界最悪の修復」でサルさながらに変貌してしまった102年前のキリストの肖像画を見ようと、スペイン北東部ボルハ(Borja)を訪れる人々が数百人規模に急増している。

 この肖像画はスペイン人画家エリアス・ガルシア・マルティネス(Elias Garcia Martinez)が1910年に描いた「Ecce Homo(この人を見よ)」で、ボルハ市内の教会の柱に直接描かれている。傷みが目立ち始めたため、年齢が80代とされるセシリア・ヒメネス(Cecilia Gimenez)さんが善意で修復を試みたところ、オリジナルと似ても似つかないとして地元住民から苦情が殺到。静かな町だったボルハに、世界中のメディアの注目が一気に集まった。

 肖像画は本来、いばらの冠をかぶせられたイエス・キリストの姿を描いたものだったが、「修復」後は顔色の悪いサルのようで、目鼻立ちはバランスが悪く、頭を毛皮が覆っているように見えるありさま。一部メディアはこれを史上最悪の修復と伝えた。

 25日には教会の外に、興味津々の訪問者の行列ができた。公共テレビ放送のインタビューに応じたある女性は、「以前の絵も大変素晴らしかったけれど、わたしは本当にこれ(修復後の肖像画)が気に入っています」と語った。

 ボルハ市に原画を復元する計画を思いとどまるよう求めるオンライン嘆願書には、既に1万8000人もの署名が集まっている。

AFP 2012年8月26日

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1910年の絵画「Ecce Homo(この人を見よ)」のオリジナル(左)、「修復」前(中央)、「修復」後。スペイン・ボルハ(Borja)の教育センターが公開



「世界最悪」の修復キリスト画、人気の観光スポットに

 80代女性の善意の修復により、オリジナルと似ても似つかない絵画になってしまった「Ecce Homo(この人を見よ)」(1910年作)をひと目見ようと、スペイン北東部ボルハ(Borja)の教会には連日、大勢の人々が詰めかけている。

 肖像画は、スペイン人画家エリアス・ガルシア・マルティネス(Elias Garcia Martinez)が教会の柱に直接描いたもの。本来、いばらの冠をかぶせられたイエス・キリストの姿を描いたものだったが、「修復」後は顔色の悪いサルのようで、目鼻立ちはバランスが悪く、頭を毛皮が覆っているように見えるありさま。一部メディアはこれを史上最悪の修復と伝えている。

AFP 2012年8月29日



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民主主義と暴力/『襲われて 産廃の闇、自治の光』柳川喜郎


 1996年10月30日、岐阜県可児郡(かにぐん)御嵩(みたけ)町長を務めていた柳川喜郎は二人組の暴漢に襲われ、滅多打ちにされた。

 左前頭部頭蓋骨陥没骨折、頭部打撲傷、右上腕部骨折、右肋骨3本骨折、その1本は肺に刺さって右肺が気胸(ききょう)の状態、それに右鎖骨骨折との診断であった。

【『襲われて 産廃の闇、自治の光』柳川喜郎〈やながわ・よしろう〉(岩波書店、2009年)以下同】

 右腕上腕部は直角に折れていた。御嵩町長襲撃事件である。柳川は意識不明の重体となるが辛うじて一命を取り留めた。

 前年の1995年、産業廃棄物処理場の建設反対を公約に掲げて柳川は町長選で当選する。

 襲撃事件の1年以上前から、産廃についての勉強会を開いた住民たちに暴力団や右翼から脅しが入ったり、町長室に広域暴力団の幹部が私に面会を求めてやってきて、「介入する」と凄んでいったこともあった。
 襲撃事件の1年前の95年9月、産廃処分場計画の一時凍結を県知事に要望してからは、ミニ新聞が一斉に御嵩町政批判と私に対する個人攻撃を反復し、執拗に敵意をむき出しにしていた。

 利権と暴力はセットメニューだ。利権に与(あずか)る企業にとって暴力団は必要悪の存在といえる。汚れ仕事はアウトソーシングするわけだ。

 柳川はNHK記者時代に戦場取材や暴動を経験してきた。そこに自信と油断があった。サポーターは監視カメラの設置を進言したが、結局間に合わなかった。

 御嵩(みかさ)町の隣りの可児(かに)市にある産業廃棄物処理業者、寿和(としわ)工業の韓鳳道(清水正靖)会長が平井儀男町長に面会して、御嵩町小和沢(こわさわ)に39ヘクタールの管理型産廃処分場を建設する計画について説明した。

 この会社は現在も営業中だ。

寿和工業

 木曽川には織田信長にもらったとされる農業用水の水利権、それに福沢桃介(ももすけ)がはじめた水力発電の水利権など、がんじがらめになっている。

 御嵩町には木曽川の水利権がなかった。この辺りについては以下のページが詳しい。

御嵩[1998/05]

 岐阜県は産廃処理場設置に積極的だった。柳川も梶原拓知事と小田清一衛星環境部長の名前を挙げて問題視している。

「協定書」の最大の問題点は、町民の知らないところで、いわば密室協議で決まり、締結されたことであった。それまで表向き産廃処分場は「不適」として建設に反対の意思を表明してきた町が180度方針を転換し、「協定書」で巨大産廃処分場受け入れを決めたことは、町民にはまったく知らされなかった。
 それに、町が産廃業者から受け取ることになっていた金額35億円は、町の年間一般会計予算額約60億円と対比させても巨額であり、町民の知らないまま受け取りを決定してよい金額ではなかった。

 ま、政治なんてえのあ、闇鍋みたいなもんだろう。この国ではジャーナリズムが機能していないため、政治家や大企業はやりたい放題だ。柳川は住民投票の実施を決意する。しかし、岐阜県がまた横槍を入れてきた。

 なぜならば、地元の御嵩町では住民投票で小和沢に産廃処分場を建設するか、しないかについて民意を問おうという矢先に、処分場の建設を前提とした「調整試案」を提示してきたのは、住民投票への妨害工作と解釈せざるをえなかったからである。

 こうなると寿和工業と岐阜県の間に何らかの利益構造があると見てよさそうだ。

 M右翼の元親分の追悼式は同じ年の9月7日におこなわれるが、その前日、寿和工業会長は高速道路のインター近くで、5000万円の現金をM右翼に渡す。香典にしては巨額であった。

 寿和工業の素性が知れる行為である。

 また、こんなこともあった。

 のちに捜査が進んで盗聴Aグループの実行犯が逮捕されたとき、新聞の犯人の顔写真を見て、私は飛びあがった。逮捕されたT興信所はテレビ取材班と一緒に現れた盗聴器発見プロ氏、その人であった。

 柳川の自宅電話は二つのグループによって盗聴されていた。

 結局、この事件は時効となる。なぜか?

「正直いって寿和にいる元警察幹部が障害になった」と、ある捜査官は私に語ったことがある。

 寿和工業には複数の警察幹部が天下りしていたのだ。警察OBが捜査に手心を加えさせることは決して珍しいことではない。

革マル派に支配されているJR東日本/『マングローブ テロリストに乗っ取られたJR東日本の真実』西岡研介

 岐阜県警は凶器の特定すらできず、あろうことか柳川のX線写真すら確認していなかった。

 御嵩町で住民投票が実施された。

 即日開票の結果、産廃処分場建設に反対1万373票(79.6%)、賛成2442票(18.7%)、反対票が圧倒的だった。(※絶対得票率69.5%)

 この結果を受けて、

 産廃業者・寿和工業は住民投票後も町と町長に対する提訴を濫発し、合計10本となった。

 訴権の濫用ともいうべき醜態だ。凶暴な野獣を思わせる。

「民主主義は楽ではない」との一言があまりにも重い。柳川が描いたのは暴力に屈することのなかった地方自治の姿であった。柳川は我が身を暴力にさらすことで民主主義に魂を吹き込んだといってよい。民の無関心が民主主義のリスクを高める。その代償はあまりにも大きい。そして司法も警察もまともに機能していない現実がある。

 そもそも民主主義というものは理想的な概念であって、私としては信ずるに値するとも思っていないし、単なる欺瞞だと考えている。そんな私からしても柳川&御嵩町民の闘争は一筋の光明と感じた。

 本当はここからいじめについて書こうと思っていたのだが、長くなったので筆を擱(お)く。最後に新聞記事を紹介しよう。

犯人に異例の呼び掛け 岐阜・御嵩町長、事件10年で会見

 岐阜県御嵩町の柳川喜郎町長(73)が襲撃された事件から30日で10年になるのを前に、町長は26日、御嵩町役場で記者会見し、犯人に呼び掛ける異例のメッセージを発表した。事件は時効まで5年に迫ったが、捜査は難航している。

「犯人に告ぐ」と題したメッセージで柳川町長は「もし、君たちに良心がかけらでもあるならば、自首してもらいたい」と呼び掛けた。会見では「10年間心当たりを探してきたが、事件の背景への心当たりは産廃以外にない」と指摘し「自首するならば、県警に減軽の嘆願書を出すだろう」と心境を語った。

 襲撃事件は1996年10月30日午後6時すぎに発生。町内の自宅マンションに戻った柳川町長を、待ち伏せていた2人組の男が棒のようなもので殴り、頭や腕などの骨を折る重傷を負わせた。

 県警はこれまでに、延べ14万8000人の捜査員を投入。柳川町長宅の電話が盗聴されていた事件で11人を逮捕したが、襲撃事件の犯人逮捕には結びついていない。

 事件解決を訴えてきた町民グループは11月3日午後1時半から、同町の中公民館で暴力追放を訴える集会を開催。右翼団体構成員に実家を放火された加藤紘一衆院議員、元日弁連会長の中坊公平氏、柳川町長が講演する。



町長メッセージ「犯人に告ぐ」

 この10年間、考え続けてきたが、どう考えても、君たちと私は互いに見知らぬ関係だ。
 君たちは「雇われた男」なのだ。
 金のために、暗闇で待ち伏せて、無抵抗の人間をメッタ打ちにするなど、卑怯(ひきょう)とは思 わないのか。
 もし、君たちに良心がかけらでもあるならば、自首してもらいたい。
 許すことを約束する。

【中日新聞 2006-10-27】

襲われて―産廃の闇、自治の光
柳川 喜郎
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柳川喜郎さん襲撃事件、時効
柳川喜郎前御嵩町長が住民投票条例について講演(1)
柳川喜郎前御嵩町長が住民投票条例について講演(2)
急接近:柳川喜郎さん 言論封じる暴力に社会が立ち向かうには/【社説】「知る権利」を侵すな 秘密保全法制
民主主義と暴力について/『あなたのなかのサル 霊長類学者が明かす「人間らしさ」の起源』フランス・ドゥ・ヴァール
合理的思考の教科書/『リサイクル幻想』武田邦彦
金儲けのための策略/『正義で地球は救えない』池田清彦、養老孟司

2012-08-28

宮城谷昌光


 1冊読了。

 43冊目『楽毅(一)』宮城谷昌光〈みやぎたに・まさみつ〉(新潮社、1997年/新潮文庫、2002年)/諸葛亮(孔明)が敬慕した名将が楽毅〈がっき〉その人である。紀元前3世紀頃の戦国時代に活躍した武将だ。敵国である斉へ留学し、孟嘗君〈もうしょうくん〉との出会いが楽毅の運命を決したといってよい。それにしても戦闘の駆け引きが知力の限りを尽くして凄まじい。楽毅は孫子の兵法を体得していた。

ジャンゴ・ラインハルト/Minor Swing - Django Reinhardt & Stéphane Grappelli


 1928年になると、ジャンゴはフランス・グラモフォンやIdeal等のレーベルでレコーディングを行うようになる。しかし、この年の10月26日未明、ジャンゴはキャラバンの火事を消そうとして、半身に大やけどを負う。その結果、彼の右足は麻痺し、左手の薬指と小指には障害が残った。彼を診察した医師がギターの演奏は二度と無理だと思うほどの怪我であったが、ジャンゴは練習によって独自の奏法を確立し、ハンディキャップを克服した。

Wikipedia



ジャンゴロジー~スペシャル・エディション

Django Reinhardt

Django Reinhardt Plays the Blues

[Portrait of Django Reinhardt and Duke Ellington, Aquarium, New York, N.Y., ca. Nov. 1946] (LOC)
(デューク・エリントンと)

edith piaf and django reinhardt
(エディット・ピアフと)

Django Reinhardt

アポロ月面着陸映像は本物か? 捏造にキューブリックも関与










テレビ朝日『たけしの世界はこうして騙された』アポロ計画の月面着陸はアメリカ政府の捏造か?(副島隆彦)
アポロ陰謀論FAQ
Neil Armstrong, Apollo Missions, The First & Last Men on the Moon: Kennedy Launches the Race for the Moon



カプリコン・1 [DVD]

2012-08-27

JACK KNIFE:FIGHTIN' JOE~くじけちゃいられない~唇にKNIFE~東京BOY'S


「LOVE ROCKS '94」でのライブ映像。2曲目の「くじけちゃいられない」が大のお気に入りで何度聴いたかわからない。和気のボーカルには豊かな伸びと日本人離れしたバイブレーションがある。キレのよいホーンセクションもJACK KNIFEの持ち味だった。実は私の後輩がメジャーレーベルのオーディションで一緒になったことがあり、挨拶を交わしただけだったが「殺されるかと思いました」と笑っていた。その後解散。和気孝典は名前を優(ゆう)と改めソロで活動している模様。

YOU WAKI:Biography





CIAO!

愛は地球を救い、同性愛は笑いのネタ~日テレ24時間テレビ



紆余曲折?屋久島移住19年記ーBY大久保昭二
紆余曲折?屋久島移住19年記ーBY大久保昭二
紆余曲折?屋久島移住19年記ーBY大久保昭二
日テレ24時間テレビ:義足の少女が屋久島の縄文杉を目指すプログラムで立ち入り禁止の場所にスタッフ用キャンプ村が作られている事を屋久島ガイドが暴露
【悲報】制作費40億円の24時間テレビ 募金が2.8億円しか集まらず

資本主義の害毒が明治を覆う/『緑雨警語』斎藤緑雨


縦横無尽の機知、辛辣な諧謔
・資本主義の害毒が明治を覆う

 きちんと論評する自信がないため、本文をどんどん紹介しよう。毒をもって毒を制するのが諷刺だ。その毒を味わい、堪能せよ。

 偏(ひとへ)に法律を以て防護の具となす者は、攻伐(こうばつ)の具となす者也。盾(たて)の両面を知悉(ちしつ)せる後にありて、人多くは高利貸となり、詐欺師となり、賭博師となり、現時の政治家となる。

【日刊新聞「万朝報」明治31年1月9日~32年3月4日(※送り仮名は適宜割愛した)/『緑雨警語』斎藤緑雨〈さいとう・りょくう〉、中野三敏編(冨山房百科文庫、1991年)以下同】

 文語調のオチは鋭角の度を増す。連中の面(おもて)は欲望の厚さで覆われている。

 智は有形なり、徳は無形なり。形を以て示すを得、故に智は進むなり。形を以て示すを得ず、故に徳は進むことなし、永久進むことなし。若有之(もしこれあり)とせば、そは智の色の余れるをもて、徳の色の足らざるを一時、糊塗(こと)するに過ぎず。

 陰徳積めども陽報なし。

 約言すれば社会の智識は、書肆(しょし)の戸棚也、戸棚の隅也、隅の塵也、塵の山也。

 古本屋の身に堪(こた)える。

 無鑑札なる営業者を、俗にモグリと謂(い)ふ。今の政党者流(せいたうしやりゆう)は、皆このモグリなり。鑑札無くして売買に従事するものなればなり。

 大抵の場合、首相で靖国神社に参拝しているのは右翼の票を買っていると見てよい。

 学問は宜しく質屋の庫(くら)の如くなる可からず、洋燈屋(らんぷや)の店の如くなる可し。深く内に蓄ふるを要せず、広く外に掲ぐべし、ぶら下ぐべし、さらけ出すべし。其庫(そのくら)窺知(きち)し難きも、其店の透見(とうけん)し易きも、近寄る可からざるは一(いつ)なり、危険は一なり。

 学者は営業マンに化け、広告屋へと堕した。

 官吏も商ひなり、議員も商ひなり、一(いつ)として商ひにあらざるは莫(な)し。商ひの盛んなるは、売買の盛んなるなり。売買の盛んなるは、金銭授受の盛んなるなり。要するに商業は金銭也。商業より金銭を脱離せよといふは、天下比類なく不法の註文也。況(いわん)や各自、商業の発達を企図しつつあるに於(おい)てをや。金銭重んずべし、崇(たつと)ぶべし、百拝(ぱい)すべし。日本は世界の商業国たらざる可からず。

 労働は本来「物を売る」ことを意味しなかったはずだ。資本主義が労働の意味を変えてしまった。労働は何と貧しくなったことだろう。

 恐るべきペストよ、恐れても且(かつ)恐るべきペストよ。来りて悪者(あくしや)を斃(たふ)せ、猶来りて善者を斃せ。人幾千万を斃したる時、金(かね)万能の世は少しく揺(うご)きて、其処(そこ)に微(かす)かなる信仰の光を認むるを得んか。

 緑雨は己の不遇を嘆いたわけではなかった。時代が軽佻浮薄へ流れる様(さま)に唾を吐き続けたのだろう。

 紳士とは服装の事なり、思想にあらず。車馬の事なり、言語にあらず。かくて都は楽土たり、人物の会萃(かいすい)たり、幾十百種の書の発行所たり。

【文芸雑誌「活文壇」明治33年1月10日】

 清水義範も同じようなことを書いていた。

笑いが止まらぬパスティーシュ言語学/『ことばの国』清水義範

 一攫千金、これ当代の呪文也。積むをおもはず、累(かさ)ぬるをおもはず、貯(たうは)ふるをおもはず、単に切に、拾はんことをおもへり。

【週刊新聞「太平洋」明治33年1月1日~22日、以下同】

 当たらぬ宝くじを夢見るのが多くの人生か。それにしても資本主義の害毒が30年ほどで日本を覆い尽くすとは。

 何人(なんぴと)の財布の裡(うち)にか、罪悪を潜(ひそ)めざるものある。財(ざい)の布(ふ)は罪(ざい)の府也。

 駄洒落炸裂。

 正義は呼号すべきものなり、印刷すべきものなり、販売すべきものなり。決して遂行すべきものにあらず。

 呵々(笑)。正義とは掲げるものゆえ掛け軸と変わらない。

 くれは即(すなは)ち、与へよの義なり。請求の声、天地に漲(みなぎ)るによりて、一年のくれとはいふとぞ。

 笑点の大喜利より面白い。

 世は米喰う人によりて形成され、人啖(く)ふ鬼によりて保持せらる。

 そして太平洋戦争に敗れた後、安保という仕掛けで鬼畜米英に支配される。

 おもふがまゝに後世を軽侮(けいぶ)せよ、後世は物言ふことなし、物言ふとも諸君の耳に入ることなし。

【日刊新聞「二六新報」明治33年11月25日~12月29日、以下同】

 思うがままに赤字財政を子孫に残せ。国家の赤字は一家の借金と異なるゆえ。

 按(あん)ずるに筆は一本也、箸(はし)は二本也。衆寡(しうくわ)敵せずと知るべし。

 最も広く知られた緑雨の名言。手厳しいメッセージが多いゆえ、激しく攻撃もされたことであろう。それを軽々と笑い飛ばすのが緑雨の流儀だ。

 人は鳥ならざるも、能(よ)く飛ぶものなり。獣ならざるも、能く走るものなり。されども一層、適切なる解釈に従はゞ、人は魚(うを)ならざるも、能く泳ぐものなり。

【日刊新聞「二六新報」明治35年2月2日~8月22日、以下同】

 今時は世間の波に溺れているのも多い。時流を味方にした者はどこか浅ましさが残る。

 奔走(ほんそう)するが故に、迅速を貴(たつと)ぶが故に、種々の事物を齋(もたら)すが故に、おそろしき声を立つるが故に、記者と汽車とは其音(そのおん)をひとしくす。共に轢殺(れきさつ)を目的とせざるも、然(しか)もしばしば轢殺のことあるは、更に重大の一理由なるべし。

 線路は続くよ、どこまでも。

 あゝわれ何の欠点かあらん。強(しひ)て求めば富豪岩崎を、伯父さんに持たざることのみ。

【日刊新聞「二六新報」明治36年5月11日~7月27日、以下同】

 これまた有名。貧しさを笑い飛ばすのがユーモアの底力だ。

 道理は強弱を判(わか)てど、曲直を判たず。畢竟(ひっきょう)強者のものなり、弱者のものにあらず。

 裁判所は権力の番犬なり。

 社会や時代に流されている人々には「流されている」自覚がない。斎藤緑雨が発する毒は、警世の響きを伴い、信号機の役割を果たしたことだろう。いつの世も異議を唱え、アラームを鳴らし、警鐘を乱打する人物を必要としている。



信用創造の正体は借金/『ほんとうは恐ろしいお金(マネー)のしくみ 日本人はなぜお金持ちになれないのか』大村大次郎

2012-08-26

飯嶋和一


 1冊読了。

 42冊目『黄金旅風』飯嶋和一〈いいじま・かずいち〉(小学館、2004年/小学館文庫、2008年)/史実に基づいたのであろうか。今まで読んだ中では最もドラマ性に欠ける。が、それゆえに放つ光彩がある。長崎のカピタン平蔵こと末次平蔵の跡継ぎ・平左衛門(平蔵茂貞)の物語である。政治・経済から軍事・貿易・司法に至るまでを網羅した政治小説だ。徳川家光の時代にあって長崎の民の生活を守るために幕府を動かした地方行政官がいた。その事実に驚愕する。キリシタン迫害の記述も多く、海老沢泰久著『青い空』を読んだ人は必読のこと。それにしても続篇と思われる『出星前夜』が品切れなのはどうしたことか?

顎ひげを生やした自由シリア軍兵士は外国人傭兵


青木理「公安警察の言論弾圧の実態」



日本の公安警察 (講談社現代新書) 公安警察の手口 (ちくま新書) 公安は誰をマークしているか (新潮新書) 日本のインテリジェンス機関 (文春新書)

青木理

福島原発事故について~青木理〈あおき・おさむ〉×柳田邦男 2012.08.24



「想定外」の罠―大震災と原発 恐怖の2時間18分 (文春文庫) 空白の天気図―核と災害1945・8・6/9・17 (文春文庫) 犠牲(サクリファイス)―わが息子・脳死の11日 (文春文庫)

青木理

RemoteKontrolのロボットダンス


 中央のメンバーは脊椎側湾症という先天性の障害があるとのこと。奇蹟のロボットダンスといってよい。







寿福寺再訪


 鎌倉は風がいい。少し歩いただけで潮の香りと山の匂いを味わえる。颯々(さっさつ)という言葉がしっくりくる。

 ふた月ほど前に再び寿福寺を訪ねた。3年振りのことだ。

石原吉郎と寿福寺/『内なるシベリア抑留体験 石原吉郎・鹿野武一・菅季治の戦後史』多田茂治

 亀ヶ谷坂切通しを歩きたかったので、わざわざ遠回りした。鶴岡八幡宮(つるがおかはちまんぐう)の左手を上り、道元鎌倉御行化顕彰碑をやり過ごし、建長寺を越えた辺りからまざまざと記憶が蘇る。切通しの入り口に迷うことはなかった。

 寿福寺に迫ると傍らの線路を電車が通過した。以前、「私は、〈走る留置所〉と呼ばれるストルイピンカを想った」と書いたが、その電車は何と総武線快速であった(※横須賀線も走っている)。私が長らく住んだ亀戸(かめいど)の隣町である錦糸町へ向かう電車だ。思わず「嗚呼(ああ)」という言葉を吐きそうになったが、ぐっと飲み込んだ。ひょっとしてこの線路が私と石原吉郎をつないでいたのかもしれぬ。

 寿福寺は木漏れ日を用意して私を迎えてくれた。あちこちにある鎌倉石が色鮮やかな苔(こけ)をまとっていた。私は足早に歩き、北条政子と源実朝の墓を一瞥した。新しい発見は何もなかった。

 階段を下りてゆくと私を呼ぶ声がした。振り向くと木漏れ日を揺らすように風が吹き渡った。

 鎌倉駅へ向かうと観光客がごった返していた。雑踏を柔らかい夕日が包み始めた。

 石原が何度も歩いた北鎌倉の道だったが私は一度で飽きた。それでも尚、いつの日か寿福寺を訪ねることになるだろう。なぜかそんな気がする。

2012-08-25

東京電力の社員は自分たちが被害者だと思っている


2012-08-23

ウルリッヒ・ベック


 1冊挫折。

〈私〉だけの神 平和と暴力のはざまにある宗教』ウルリッヒ・ベック:鈴木直〈すずき・ただし〉(岩波書店、2011年)/読むスピードが落ちてきたのでやめた。前半は頗る快調なのだが後半に至って失速。瑣末な印象を拭えない。宗教社会学なのか宗教哲学なのかをはっきりさせるべきだと思う。私のキリスト教知識が足りず、論点が腑に落ちなかった。タイトルは「神の個人化」といった意味合いか。手の込んだアプローチをしているため気づきにくいが、結局のところ「神の個人化」の向こう側にはトランスパーソナルとホリスティックがあると思われてならない。とはいうものの制度宗教を解体する一歩としてはかような学問的手法がどうしても必要なのだろう。「キリスト教を知るための書籍」には加えたが、「宗教とは何か? 」からは削除した。6割ほど読んだが、それだけでも有益だ。

2012-08-22

2012-08-20

DOGMANツナギ(ヒッコリーストライプ)

転倒老人 助けない見物人と大泣きする外国人女性=上海


 上海新華路淮海西路で、10日午前、後頭部から血を流した老人が、路上で倒れていたにもかかわらず、周りの見物人は誰一人助けようとしないため、最初に老人を助けた外国人女性が見物人を罵倒した。

 この事が起きたのは、午前8時頃で、当時周りに見物人がおり、救急通報をした者もいたが、老人を助け起そうとする者は1人もいなかった。救急側も電話で、救急に出せる車がないと返事し、通報者が緊急事態と要求したところ、「じゃ、待ってろ」と適当にあしらったそうだ。

 ちょうど通りかかった外国人女性が最初に老人を助け起し、自分の白いスカーフを老人の頭の下に敷いた。老人を助けようとしない周りの見物人に激怒し、罵倒した後、大泣きした。さらにこの女性は、自分の財布からお金を出し、周りの見物人に老人の医薬費にと渡した。救急車が来たのは、30分も経ってからだった。

 倒れていた老人は銭という名字で、今年87歳になる。軽い脳梗塞による眩暈で倒れ、頭部にけがを負ったが、医者から救急措置を施され、いま無事回復した。

 倒れている人、怪我をしている人を見ても助けず見て見ぬふり。同じような事が中国で頻発している。昨年、広東省で2歳児が車に轢かれ、18人もの通行人が無視した結果、子供が重傷で亡くなった事件もまだ記憶に新しい。

「無視」する理由の一つに、人助けをした人が、被害者から加害者であると密告され、多額の慰謝料をゆすられる事件が多く発生していることにあるという。中に、多額の慰謝料を払えず、自殺した者もいた。

「心は痛むけど、本当に怖くて助けることができない。高1の時におばあちゃんを助けたら、ゆすられて一カ月間毎日、その家族全員が私を学校まで付き纏い、お母さんを仕事場まで付き纏った」という恐い体験談を寄せるネットユーザーや「助けないじゃなく、助けられない。助けたら99%ゆすられる」「私たちも元から悪いわけではない。小学生の時から困っている人を見たら助けると知っているけど、この汚い社会が私たちを変えた。良い環境は悪い人を改善する、悪い環境は良い人を悪くする」と、傍観者の心情をつづる書き込みも多く寄せられている。

大紀元 2012-08-15

m16835

【中国交通事故】冷酷18人の通行人2歳の女児を助けず/「曇り空、ふたりで」SIONと福山雅治

ジュリアン・アサンジ 「なぜ世界にWikiLeaksが必要なのか」



全貌ウィキリークス ウィキリークス WikiLeaks  アサンジの戦争 日本人が知らないウィキリークス (新書y) ウィキリークスの内幕

茂木健一郎「アサンジ氏のスピーチは、世界史的な瞬間であった」
ミシェル・コロン「ウィキリークス情報漏洩 帝国の戦略を読め」

『トガニ 幼き瞳の告発』孔枝泳〈コン・ジヨン〉:蓮池薫訳(新潮社、2012年)

トガニ: 幼き瞳の告発

 この小説が、韓国社会を震わせた。現実の性虐待事件を描く戦慄のベストセラー! その学園は、偽善と倒錯のるつぼだった――障害児学校に赴任した若き教師カン・インホが見たのは、想像を絶する光景だった。無垢な生徒を次々に襲う残虐な魔手。告発に立ち上がったインホたちを阻む権力の壁。子どもたちに救いの日は来るのか? 韓国の警察、政治をも動かした衝撃のサスペンス。

関連書

9人の児童性虐待者 児童虐待―現場からの提言 (岩波新書) 子どもへの性的虐待 (岩波新書) 誰か助けて 止まらない児童虐待 (リーダーズノート新書)


幼児虐待という所業/『囚われの少女ジェーン ドアに閉ざされた17年の叫び』ジェーン・エリオット

2012-08-18

藤村靖之、上村静


 1冊挫折、1冊読了。

月3万円ビジネス 非電化・ローカル化・分かち合いで愉しく稼ぐ方法』藤村靖之〈ふじむら・やすゆき〉(晶文社、2011年)/副業ならぬ複業を提唱。アイディアとしては素晴らしいのだが、具体性となると少々難しそうだ。マイクロ・コンツェルン的発想は重要だと思う。

 41冊目『宗教の倒錯 ユダヤ教・イエス・キリスト教』上村静〈うえむら・しずか〉(岩波書店、2008年)/良書である。早速、「キリスト教を知るための書籍」に追加した。3分の2ほどは飛ばし読みのため本当なら挫折本にすべきなのだが、見栄を張って読んだことにしておく(笑)。あっさり味だが出汁(だし)がしっかり出ている塩ラーメンの趣がある。上村は東京大学や東海大学で非常勤講師をしているようだ。キリスト教の内部世界を描いているため、そこかしこに「甘さ」を感じるものの、抑制された筆致が清々しい。またユダヤ教~キリスト教の歴史については、今まで読んできた書物の中で最も勉強になった。

T-Mobileの巻き込み型プロモーション


 ドイツテレコムの子会社T-Mobileによる大掛かりなプロモーション。「立つ鳥跡を濁さず」といった終わり方が素晴らしい。人々を幸せな気分にさせる演出がグッド。









2012-08-17

縦横無尽の機知、辛辣な諧謔/『緑雨警語』斎藤緑雨〈さいとう・りょくう〉、中野三敏編


・縦横無尽の機知、辛辣な諧謔
資本主義の害毒が明治を覆う

 数日前から書こう書こうとしているのだが、どうも筆(※本当はキー)が重い。はっきり言ってしまえば、まったく書く気が起こらない。名文は人を沈黙させる。幾度となく音読し、ただ味わうのが正しい接し方なのかもしれぬ。警語とは警句と同義であるが、どことなく「警世の語」を思わせる

 斎藤緑雨〈さいとう・りょくう〉は1868年(慶応3年)1月生まれというから、今回紹介する「万朝報」(よろずちょうほう)に健筆を振るったのはちょうど30歳の時だ。

 Wikipediaによれば幸徳秋水〈こうとく・しゅうすい〉や樋口一葉〈ひぐち・いちよう〉らとも親交があったとのこと。

 樋口一葉の真価を理解評価し、森鴎外幸田露伴とともに「三人冗語」で紹介した一人である。1896年(明治29年)1月に手紙をやりとりし始め、緑雨は直截な批評を一葉に寄せるようになる。樋口家を訪問しては一葉と江戸文学や当時の文壇について語り明かし、一葉は「敵にまわしてもおもしろい。味方にするとなおおもしろそうだ」とその印象を日記に書き記している。以来、一葉没するまで2人の交流は続く。

【Wikipedia】

 一葉が24歳の若さで死去(1896年)。緑雨はそれから8年後(1904年)に36歳で没した。

 緑雨の名を知らない人でも次の川柳は聞いたことがあるだろう。「ギヨエテとは おれのことかと ゲーテ云ひ」。文明開化に踊らされる風潮への軽妙な諷刺か。そのアフォリズムの数々には寸鉄人を刺す趣があり、ピリリと辛味が効いている。明治人の気風と教養が侮り難いのは、やはり漢籍などの暗誦によるものであろうか。社会を射抜く鋭い視線が、100年を経ても色褪せない言葉を生んだ。

 今はいかなる時ぞ、いと寒(さぶ)き時なり、正札(しょうふだ)をも直切(ねぎ)るべき時なり、生殖器病云々(うんぬん)の売薬広告を最も多く新聞紙上に見るの時なり。附記す、予が朝報社に入れる時なり。

【日刊新聞「万朝報」明治31年1月9日~32年3月4日(※送り仮名は適宜割愛した)/『緑雨警語』斎藤緑雨〈さいとう・りょくう〉、中野三敏編(冨山房百科文庫、1991年)以下同】

 一見すると関係のない事柄が羅列しているが、見事なまでに当時の風俗が窺える。

 代議士とは何ぞ、男地獄的壮士役者(おじごくてきそうしやくしゃ)と雖(いへど)も、猶(なほ)能(よ)く選挙を争ひ得るものなり。試みに裏町に入りて、議会筆記の行末をたづねんか、截(き)りて四角なるは安帽子(やすぼうし)の裏なり、貼りて三角なるは南京豆の袋なり、官報の紙質殊(こと)に宜(よろ)し。

 官報の紙質を持ち上げることで政治家をこき下ろしている。庶民が大笑いする光景まで目に浮かんでくる。

 拍手喝采は人を愚(おろか)にするの道なり。つとめて拍手せよ、つとめて喝采せよ、渠(かれ)おのづから倒れん。

 拍手という文化も明治以降に輸入されたものだ。演説をする者は拍手に酔い痴れ、人々の声が聞こえなくなってしまう。彼が求めるのは礼賛であって意見ではない。

 途(みち)に、未(いまだ)学ばざる一年生のりきみ返れるは、何物をか得んとするの望(のぞみ)あるによるなり、既に学べる三年生のしをれ返れるは、何物をも得るの望(のぞみ)なきによるなり。但し何物とは、多くは奉公口(ほうこうぐち)の事なり。

 これまた現代の大学生を思わせる言葉だ。

 選(えら)む者も愚なり、選まるゝ者も愚なり、孰(いづ)れか愚の大なるものぞと問はゞ、答(こたへ)は相互の懐中に存すべし。されど愚の大なるをも、世は棄(す)つるにものにあらず、愚の大なるがありて、初めて道の妙を成すなり。

 日本国民は長らく自民党を選び、新たに民主党を選び、そして今度は橋下新党(※別にみんなの党でも構わないが)を選ぼうとしている。「選(えら)む者も愚なり、選まるゝ者も愚なり」か。

 日本は富強なる国なり、商にもよらず、工にもよらず、将(はた)農にもよらず、人皆内職を以(もつ)て立つ。

 富国強兵は明治政府の国策であった。読みながら思わず吹き出してしまった。

 渠(かれ)はといわず、渠もといふ。今の豪傑と称せられ、才子と称せらるゝ者、いづれも亦(また)の字附(つ)きなり。要するに明治の時代は、「も亦」の時代なり。

 これなんぞは新聞による社会の情報化が窺える内容だ。

 涙ばかり貴(たふと)きは無しとかや。されど欠(あく)びしたる時にも出づるものなり。

 色々な涙があるものだ。背中を向けて唾をつけることも。

 問ふて曰く、今の世の秩序とはいかなる者ぞ。答へて曰く、銭勘定に精(くは)しき事なり。

 資本主義の本質を一言で抉(えぐ)り出す。算盤勘定が求められるのは現代においても同様だ。

 恩は掛くるものにあらず、掛けらるゝものなり。漫(みだ)りに人の恩を知らざるを責むる者は、己も畢竟(ひっきょう)恩を知らざる者なり。

「恩を知らざるを責むる」というのは大乗仏教教団にありがちな態度である。「恩知らず」と他人を罵る者は、恩を売り物にしているのだろう。

 若(も)し国家の患(うれひ)をいはゞ、偽善に在らず偽悪に在り。彼(か)の小才(せうさい)を弄し、小智(せうち)を弄す、孰(いづ)れか偽悪ならざるべき。悪党ぶるもの、悪党がるもの、悪党を気取る者、悪党を真似る者、日に倍■(ますます/伏字は「々」ではなく二の字点)多きを加ふ。悪党の腹なくして、悪党の事をなす、危険これより大なるは莫(な)し。

 石原某からネトウヨに至るまでが該当しそうだ。

 賢愚は智に由(よつ)て分(わか)たれ、善悪は徳に由て別たる。徳あり、愚人(ぐじん)なれども善人なり。智あり、賢人なれども悪人なり。徳は縦に積むべく、智は横に伸ぶべし。一(いつ)は丈(たけ)なり、一は巾(はば)なり、智徳は遂(つひ)に兼ぬ可(べか)らざるか。われ密(ひそか)におもふ、智は凶器なり、悪に長(た)くるものなり、悪に趨(はし)るものなり、悪をなすがために授けられしものなり、荀(いやし)くも智ある者の悪をなさゞる事なしと。

 政官財に加えて報(メディア)の面々をしかと凝視せよ。彼ら「智ある者の悪をなさゞる事なし」。

 勤勉は限(かぎり)有り、惰弱は限無し。他(た)よりは励すなり、己よりは奮ふなり、何ものか附加するにあらざるよりは、人は勤勉なる能(あた)はず、惰弱は人の本性(ほんせい)なり。

 確かに(笑)。

 打明けてといふに、已(すで)に飾(かざり)あり、偽(いつはり)あり。人は遂に、打明くる者にあらず、打明け得る者にあらず。打明けざるによりて、わづかに談話(はなし)を続くるなり、世に立つなり。

 まるでインサイダー情報のやり取りだ。あるいは未公開株か。

 知己(ちき)を後の世に待つといふこと、太(はなはだ)しき誤りなり。誤りならざるまでも、極めて心弱き事なり。人一代に知らるゝを得ず、いづくんぞ百代の後に知らるゝを得ん。

 正論や常識を疑うところから諧謔(かいぎゃく)は生まれる。

 己を知るは己のみ、他(た)の知らんことを希(ねが)ふにおよばず、他の知らんことを希ふ者は、畢(つひ)に己をだにも知らざる者なり。自ら信ずる所あり、待たざるも顕るべく、自ら信ずる所なし、待つも顕れざるべし。今の人の、ともすれば知己を千載(せんざい)の下(もと)に待つといふは、まことに待つにもあらず、待たるゝにもあらず、有合(ありあ)はす此句(このく)を口に藉(か)りて、わづかにお茶を濁すなり、人前をつくろふなり、到らぬ心の申訳(まをしわけ)をなすなり。

 斎藤緑雨は不遇の中で生きたが、決して不幸ではなかったに違いない。そんな一面が垣間見える。

 知らるとは、もとより多数をいふにあらず、昔なにがしの名優曰く、われの舞台に出(い)でゝ怠らざるは、徒(いたづ)らに幾百千の人の喝采を得んがためにあらず、日に一人の具眼者の必ず何(いづ)れかの隅(すみ)に有りて、細(こまか)にわが技(ぎ)を察しくるゝならんと信ずるによると。無しとは見えてあるも識者なり、有りとは見えてなきも識者なり。若(も)し俟(ま)つ可(べ)くば、此(かく)の如くにして俟つ可し。

 メッセージは一人に向けて発すればよい。人気よりもコミュニケーションの成立が重要だ。

 恐る可(べ)きもの二つあり、理髪師と写真師なり。人の頭を左右し得(う)るなり。

 クスリ(笑)。

 さる家の広告に曰く、指環(ゆびわ)は人の正札(しゃうふだ)なりと。げに正札なり、男の正札なり。指環も、時計も、香水も、将又(はたまた)コスメチツクも。

 銀座のホステスは腕時計と靴で男を判断するらしいよ。見てくれの時代が内実を失わせる。

 理ありて保たるゝ世なり。物に事に、公平ならんを望むは誤(あやまり)なり、惑(まどひ)なり、慾(よく)深き註文(ちゅうもん)なり、無いものねだりなり。公平ならねばこそ稍(やゝ)めでたけれ、公平を期すといふが如き烏滸(おこ)のしれ者(※大馬鹿者)を、世は一日(じつ)も生存せしめず。

 公平・公正は概念に過ぎない。これ社会主義の一大欺瞞なり。

 それが何(ど)うした。唯この一句に、大方の議論は果てぬべきものなり。政治といわず文学といわず。

 黒船が幕府を始めとする日本の権威を崩壊させた。でもって明治期になると天皇の権威を築くわけだ。「それが何(ど)うした」の一言に価値観の激変を見る。

 斎藤緑雨は時代と社会に向かって唾を吐き続けた。その気概と気骨に痺れる。

 尚、「数多いアフォリズムを一冊に集めたのはさぞかし労の多かったことと思うが、編者が緑雨の向うを張って、全編に自作のアフォリズムを添えたのは邪魔ものであった」(「斎藤緑雨からはじまる」書迷博客)との意見に同感だ。

緑雨警語 冨山房百科文庫 (41)

ryokuu

斎藤緑雨
居酒屋「鍵屋」と斎藤緑雨
斎藤緑雨『油地獄』
語もし人を驚かさずんば死すとも休せず/『日本警語史』伊藤銀月

2012-08-16

「善意ではない」イラン、米の緊急支援を拒絶へ


 イラン北西部東アゼルバイジャン州で300人以上が死亡した地震で、イラン政府は15日、米国からの緊急支援の申し出を断る方針を明らかにした。

 イラン学生通信が伝えた。

 11日の地震発生後、イランにはカタールやパキスタンなどから支援物資が届き、米国も支援実施の姿勢を示していた。しかし、イラン内務省のガダミ危機管理監は15日の記者会見で、「米国の申し出は善意からのものではない」と述べ、「本当に善意があるなら、制裁を解除し、医薬品を輸入できるようにするべきだ」と米国への強い不信感を示した。米・イラン間では、核開発問題を巡って対立が先鋭化している。

【YOMIURI ONLINE 2012年8月16日10時34分】

Mideast Iran Earthquake

Mideast Iran Earthquake

Mideast Iran Earthquake

APTOPIX Mideast Iran Earthquake

IRAN EARTHQUAKE

Iran's Earthquake-24Feb2005-83

鳥のシルエット

FREE

 大自然が描く精妙な光景。海が太陽の輝きを跳ね返し、空が大地のような色を醸(かも)し出す。一条の光の中をゆく一羽の鳥。写真を見る者はスポットライトの反対側に追いやられる。光と闇の反転がリアリティを激しく揺さぶる。

安っぽい相対主義的な教訓ではなく


2012-08-14

Just For Laughs: Gags - Season 9 - Episode 10


 2番目のやつが凄い。

Just For Laughs: Gags - Season 9 - Episode 9


 ゲームは単純であればあるほど面白い。

デイヴィッド・イーグルマン、オリヴァー・サックス、ラドヤード・キプリング、G・K・チェスタトン、佐々木融、ロジャー・スミス、グレッグ・ルッカ


 7冊挫折。

脳神経学者の語る40の死後のものがたり』デイヴィッド・イーグルマン:竹内薫、竹内さなみ訳(筑摩書房、2010年)/フィクションだった。ま、軽めの創作小噺の類いだ。10ページまで辿りつけず。

火星の人類学者 脳神経科医と7人の奇妙な患者』オリヴァー・サックス:吉田利子訳(早川書房、1997年/ハヤカワ文庫、2001年)/満を持して読んだのだがダメだった。この人は文章に締まりがないと思う。テンプル・グランディンについて書かれた章すら読めなかった。「厳選120冊」改め「必読書」から外した。

少年キム』ラドヤード・キプリング:斎藤兆史〈さいとう・よしふみ〉訳(晶文社、1997年/ちくま文庫、2010年)/訳文が肌に合わず。冒険小説、スパイ小説の古典だけに期待していたのだが。

正統とは何か』G・K・チェスタトン:安西徹雄訳(春秋社『G・K・チェスタトン著作集 1 正統とは何か』、1973年/新装版、1995年)/チェスタトンがイギリスの保守派だったとはね。『木曜の男』を誤読してしまった可能性がある。

弱い日本の強い円』佐々木融〈ささき・とおる〉(日経プレミアシリーズ、2011年)/投資ではなく金融本であった。文章がやや冗長。

はいつくばって慈悲を乞え』ロジャー・スミス:長野きよみ訳(ハヤカワ文庫、2011年)/『血のケープタウン』と同じ翻訳者とは気づかなかった。それほど文章に力がない。原文の問題かもね。

逸脱者(上)』グレッグ・ルッカ:飯干京子〈いいぼし・きょうこ〉訳(講談社文庫、2006年)/遂にグレッグ・ルッカをも読了できず。巻頭のエピソードに問題あり。三人称と一人称の視点が入り交じっていて明らかにおかしい。我慢して読もうかなと思ったが、やっぱりやめた。

幼児期の虐待、うつ病のきっかけになる可能性 米研究


 子どもの頃に虐待されたり、虐待の場面を目撃すると、脳の構造が変化し、その後の人生でうつ病を患ったり、薬物を乱用する恐れが出てくるとの論文が、1日の英学術誌「Neuropsychopharmacology(神経精神薬理学)」に掲載された。

 研究を発表したのは、米テキサス大学(University of Texas)サウスウエスタン医療センター(Southwestern Medical Centre)、先進画像化研究センター(Advanced Imaging Research Centre)のハオ・ホアン(Hao Huang)氏ら。身体や情緒の発達および脳の成熟で極めて需要とされる青年期の段階での早期発見や予防的カウンセリングに期待がかかる。

 ホアン氏がAFPに語ったところによると、MRI(磁気共鳴映像法)を利用し、幼児期の虐待を経験している青年の脳を調べたところ、神経繊維の束からなる脳の白質の特定の場所で、微細な構造の乱れが確認された。

 調査は10歳前に肉体的もしくは性的に虐待されたか、6か月間以上家庭内暴力を目撃した経験を持つ青年19人のグループと、こうした経験がない青年13人のグループを、半年ごとに最大5年間比較対照する方法で行われた。虐待被害にあったグループは平均16歳の調査開始当時、肉体も精神も共に健康で、アルコールや薬物への依存も見られなかった。

 その後、虐待被害者グループの19人中5人がうつ病を発症した一方、虐待被害のないグループの発症者は1人にとどまった。薬物依存症についても、虐待被害者グループの4人に対し、虐待被害のないグループはわずか1人。さらに両方に当てはまった者は虐待被害者グループから2人出た。

 幼児期に虐待の被害にあった青年と後年うつ病を発症した青年、双方の脳を調べたところ、白質の効率性を示すFA値が著しく低かったという。

 ホアン氏は「脳のスキャンは、こうした症状を患うリスクが高い若者を特定し、早期予防に有効だと考えている」とコメントした。ただ白質が阻害されるメカニズムについてはまだ解明されていないため、さらなる研究が必要だという。

AFP 2012-08-13

マレーシアで、レイプされて生まれてきた我が子を虐待する動画

2012-08-13

賽は投げられた

New Game - New Luck

 ルビコン川を渡らんとするまさにその時カエサルは叫んだ。「ここを渡れば人間世界の悲惨、渡らなければわが破滅。進もう、神々の待つところへ! 我々を侮辱した敵の待つところへ! 賽(さい)は投げられた!」と。あとは決まった運命を確認しにゆくだけだ。

 我々の脳は「因果という物語」に支配されている。サイコロの目は幸運と不運とに書き換えられる。ま、キリスト教の運命も仏教の宿命も似たようなものだ。どちらも形を変えた決定論と考えてよかろう。

 サイコロは物理的法則によって動くわけだがそれだけではない。必ず何らかの不確実性が働く。因果が絶対的なものであると考えるのは信仰者だけだ。

 全知全能の神様はラプラスの悪魔となり、ハイゼンベルク不確定性原理がこれを打ち砕いた。

 賽は投げられた――しかし、どの目が出るかは神様にもわからない。

俵万智~子を連れて西へ逃げる母を歌う



子を連れて西へ西へと逃げて行く…俵万智さんの歌と母の愛に感動

2012-08-12

「哲学:切り開くために」茂木健一郎(第1回応用哲学会、京都大学)


 質疑応答で茂木が激昂する場面がある。茂木は質問に込められたプロ市民的な意図を撃った。また、それ以前の質問がとにかく冗長で、一様に「自分」を語っている。茂木の怒りは「コミュニケーションの欠落」に向けられたものだと思う。司会者に「会を司る」緊張感がなく、登壇者に甘えた姿勢が会全体を台無しにしている。

2012-08-11

ニーチェ的な意味のルサンチマン/『道徳は復讐である ニーチェのルサンチマンの哲学』永井均


ルサンチマンの本質

 定義的にいうと、ルサンチマンとは、現実の行為によって反撃することが不可能なとき、想像上の復讐によってその埋め合わせをしようとする者が心に抱き続ける反復感情のことだ、といえますが、このルサンチマンという心理現象自体がニーチェの問題だったわけではありません。ルサンチマン自体についても、最後に問題にするつもりではありますけど、ニーチェの問題は、ルサンチマンが創造する力となって価値を産み出すようになったとき、道徳上の奴隷一揆が始まるということであり、そして【実際にそうであった】、ということなのです。つまり我々はみなこの成功した一揆でつくられた体制の中にいて、それを自明として生きている、ということがポイントなのです。この点を見逃すか無視してしまうと、ニーチェから単なる個人的な人生訓のようなものしか引き出せなくなってしまいます。
 さて、ルサンチマンに基づく創造ということに関してまず注目すべき点は、初発に否定があるという点です。つまり、他なるものに対する【否定から出発する】ということが問題なのです。価値創造が否定から始まる、だからそれは本当は創造ではなく、本質的に価値転倒、価値転換でしかありえないのです。
 狐と葡萄の寓話でいうとこうなります。狐は葡萄に手が届かなかったわけですが、このとき、狐が葡萄をどんなに恨んだとしても、ニーチェ的な意味でのルサンチマンとは関係ありません。ここまでは当然のことなのですが、重要なことは「あれは酸っぱい葡萄だったのだ」と自分に言い聞かせて自分をごまかしたとしても、それでもまだニーチェ的な意味でのルサンチマンとはいえない、ということです。狐の中に「甘いものを食べない生き方こそが【よい】生き方だ」といった、自己を正当化するための転倒した価値意識が生まれたとき、狐ははじめて、ニーチェが問題にする意味でルサンチマンに陥ったといえます。(「星の銀貨」のもつ特別な価値も、この観点から理解すべきです。)

【『道徳は復讐である ニーチェのルサンチマンの哲学』永井均〈ながい・ひとし〉(河出書房新社、1997年/河出文庫、2009年)】

 ルサンチマンというキーワードの覚え書きとして保存しておく。

 この言葉自体はキェルケゴール(1813-1855年)が確立した後、ニーチェ(1844-1900年)が鼓吹(こすい)し、マックス・シェーラー(1874-1928)が宣揚したとのこと。とすればナポレオン(1769-1821年)が近代の扉を開けて、ちょっと廊下を進んだあたりに「自我の台頭」があったと見ていいだろう。生が死によって逆照射されるように、自我は抑圧を覚えることで芽生えるのだ。

E・H・カー「民衆は、歴史以前の民衆と同じことで、歴史の一部であるよりは、自然の一部だったのです」

 永井はああでもないこうでもないと言葉をこねくり回しているが、ルサンチマンとは「劣情を正当化する物語の書き換え作業」といって構わないだろう。

 ナポレオン法典(フランス民法典)の影響も見逃せない。つまりそれまでは道徳が手を縛っていたわけだが、法律が足をも縛ったわけだ。人々は問題解決の最終手段である「暴力」を奪われた。

 簡単に結論を述べてしまおう。ルサンチマンを抱くのは「暴力を振るえない」人々である。正義と暴力には親和性がある。否、正義とは形を変えた暴力といってよい。

道徳は復讐である―ニーチェのルサンチマンの哲学 (河出文庫)

Nietzsche 1875

セヴァン・カリス=スズキ(12歳) 環境サミット1992


 こちらもカナダ人の少女だ。セヴァン・カリス=スズキは当時12歳だった。堂々たる演説である。大人たちは皆、頭から冷や水をぶっかけられたような顔つきをしている。



あなたが世界を変える日―12歳の少女が環境サミットで語った伝説のスピーチわたしと地球の約束―セヴァンのわくわくエコライフ (ぼくら地球市民)セヴァン・スズキの私にできること-森のつくりかた守りかた

「腐敗した銀行制度」カナダ12歳の少女による講演
マララさん 銃撃事件の波紋~国連スピーチ

「腐敗した銀行制度」カナダ12歳の少女による講演


 ・「腐敗した銀行制度」カナダ12歳の少女による講演

30分で判る 経済の仕組み
「Money As Debt」(負債としてのお金)
武田邦彦『現代のコペルニクス』 日本の重大問題(2)国の借金
『サヨナラ!操作された「お金と民主主義」 なるほど!「マネーの構造」がよーく分かった』天野統康
『マネーの正体 金融資産を守るためにわれわれが知っておくべきこと』吉田繁治
『〈借金人間〉製造工場 “負債"の政治経済学』マウリツィオ・ラッツァラート


セヴァン・カリス=スズキ(12歳) 環境サミット1992

【THA BLUE HERB】客演集【Ill-Bosstino】


Clammbon feat.ILL-BOSSTINO - あかり from HERE

土左衛門


 ちなみに「土左衛門」というネーミングの由来は、成瀬川土左衛門がまるで水死体のようだったからだが、この人も気の毒だ。

【『自殺のコスト』雨宮処凛〈あまみや・かりん〉(太田出版、2002年)】

自殺のコスト

2012-08-10

デイヴィッド・バーリンスキ


 1冊読了。

 40冊目『史上最大の発明アルゴリズム 現代社会を造りあげた根本原理』デイヴィッド・バーリンスキ:林大〈はやし・まさる〉訳(早川書房、2001年/ハヤカワ文庫、2012年)/華麗な筆致、流麗な文体でアルゴリズムを解き明かした天才本(てんさいぼん)だ。中程はまったく理解できなかったが、忍耐力を総動員する価値は十分にある。それにしても文章が素晴らしい。序盤の訳文に違和感を覚えたが、原文が相当凝った文体であるためと訳者あとがきに記されている。トール・ノーレットランダーシュ著『ユーザーイリュージョン 意識という幻想』と、レオナルド・サスキンド著『ブラックホール戦争 スティーヴン・ホーキングとの20年越しの闘い』は必ず事前に読んでおきたい。それも歯が立たないようであれば、以下から取り組むこと。

人類が知っていることすべての短い歴史ゲーデルの哲学 (講談社現代新書)

理性の限界――不可能性・不確定性・不完全性 (講談社現代新書)知性の限界――不可測性・不確実性・不可知性 (講談社現代新書)感性の限界――不合理性・不自由性・不条理性 (講談社現代新書)