・『医者、用水路を拓く アフガンの大地から世界の虚構に挑む』中村哲
・『セデック・バレ』魏徳聖(ウェイ・ダーション)監督
・特集『KANO 1931海の向こうの甲子園』馬志翔(マー・ジーシアン)監督
・台湾の教科書に載る日本人・八田與一
・『街道をゆく 40 台湾紀行』司馬遼太郎
以来、八田與一〈はった・よいち〉の名前は、嘉南60万の農民の心に刻み込まれ、永遠に消えることはなかった。
不毛の大地として、見捨てられていた広大な嘉南平原の隅々にまで灌漑用水が行き渡るのを見届けて、八田與一は思い出多い烏山頭の地を後にし、家族と共に台北へ去っていった。八田技師と共に工事に携わっていた人々は、作業服姿で大地に腰を下ろした八田技師の銅像を作り、起工地点に据えてその功績を称えた。
素朴な嘉南の農民は、「嘉南大圳(かなんたいしゅう)の父」という畏敬の念に満ちた言葉を贈り、終生八田與一への恩を忘れないようにした。
嘉南大圳の完成は、世界の土木界に驚嘆と賞賛の声を上げさせた。
烏山頭(うさんとう)ダムは東洋では随一の湿式土壌堤であり、その規模において世界に例を見ない。このため、アメリカ合衆国の土木学会は、特に「八田ダム」と命名し学会誌上で世界に紹介した。八田與一の技術の勝利であり、日本の灌漑土木工事の優秀さを、世界に証明するのに十分な土木工事の一大金字塔であった。
嘉南平原が絨毯(じゅうたん)を敷き詰めたような緑の大地に甦り、台湾最大の穀倉地帯と呼ばれるようになった頃、八田與一は勅任官技師になり「台湾に八田あり」と言われるようになる。やがて、戦雲が世界を覆い包んだ。昭和16年、台湾からも零戦が飛び立ち嘉南平原を軍歌が音をたてて通り過ぎて行った。昭和17年5月5日、フィリピンの綿作灌漑調査を、軍より命ぜられた八田與一は広島県宇品港で大洋丸に乗船し、日本を後にした。
5月8日、五島列島の南を航行中、大洋丸が撃沈された。アメリカ海軍の潜水艦による魚雷攻撃であった。八田與一は、56歳の生涯を東シナ海で終えた。それから3年後、太平洋戦争は敗戦で幕を閉じた。
【『台湾を愛した日本人 土木技師 八田與一の生涯』古川勝三〈ふるかわ・かつみ〉(改訂版、2009年/青葉図書、1989年『台湾を愛した日本人 嘉南大圳の父八田与一の生涯』改題)以下同】
古川勝三は教員である。文部省海外派遣教師として台湾の日本人学校に3年間勤務。その時初めて八田與一を知った。日本では全く無名の八田を世に知らしめたのが本書である。司馬遼太郎が称賛した。
八田の仕事が偉大な壮挙であったのは言うまでもないことだが、台湾の人々の心をつかんだのは八田の振る舞いであった。大東亜戦争においても日本の軍人がアジアの人々の心をつかんだのは武士道もさることながら、やはり人種差別のない振る舞いが大きかったことだろう。
八田與一一家。二男六女に恵まれた。 pic.twitter.com/WO9FsLZD4C
— 小野不一 (@fuitsuono) 2015, 8月 4
古川は作家でないせいか、冒頭部分で手の内を全てさらす。八田の死は更なる悲劇を招いた。
八田與一が青春を捧げた台湾は中華民国に返還され、日本人はことごとく台湾を去らねばならなくなった。
愛する夫を戦争で奪われた外代樹(とよき)は今また夫と共に過ごした台湾を去らねばならぬ苦しみに打ちひしがれ、虚脱したからだを夫の終生の事業であった烏山頭ダムの放水口に踊らせて、45歳の生涯を閉じた。
日本人が去り、日本人の銅像や墓が次々と壊されていく中で、嘉南の人々は御影石を買い求め、日本式の墓石を造り八田技師の銅像のすぐ後に建てた。昭和21年12月15日のことである。以来、嘉南の人々は八田與一の命日になると、烏山頭ダムから一斉に放水して、その功績を偲び嘉南の大地と農民を愛し続けた若き技師の「追悼式」を、毎年欠かすことなく行ってきた。
台湾にある八田與一の銅像と夫妻の墓所。 pic.twitter.com/Qj9oRO7WIR
— 小野不一 (@fuitsuono) 2015, 8月 4
『セデック・バレ』そのものである。しかも烏山頭ダムが完成した1930年に霧社事件が起こっているのだ。古い時代と新しい時代の波がぶつかり合う時、過去の歴史は恐るべき様相で飛沫を散らす。外代樹夫人が入水(じゅすい)した9月1日は烏山頭ダムの着工記念日であった。
・八田技師の妻、外代樹夫人の銅像除幕式/台湾・台南
「台湾を愛した日本人」は台湾で発行されていた日本人会報に連載。大きな反響があり後に書籍化される(ダムインタビュー 45 古川勝三さんに聞く「今こそ、公に尽くす人間が尊敬される国づくり=教育が求められている」)。八田の生きざまが古川の胸を響かせ、その余韻が多くの読者にまで伝わる。心を打つのはやはり心なのだ。
・台湾人に神様レベルで感謝されてる日本人がいた
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