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2022-03-11

人生の転機は明日にもある/『湖底の城 呉越春秋』宮城谷昌光


『天空の舟 小説・伊尹伝』宮城谷昌光
・『太公望』宮城谷昌光
『管仲』宮城谷昌光
『重耳』宮城谷昌光
『介子推』宮城谷昌光
・『沙中の回廊』宮城谷昌光
『晏子』宮城谷昌光
『子産』宮城谷昌光

 ・術と法の違い
 ・策と術は時を短縮
 ・人生の転機は明日にもある
 ・天下を問う
 ・傑人
 ・明るい言葉
 ・孫子の兵法
 ・孫子の兵法 その二
 ・人の言葉はいかなる財宝にもまさる

『孟嘗君』宮城谷昌光
『楽毅』宮城谷昌光
『青雲はるかに』宮城谷昌光
『奇貨居くべし』宮城谷昌光
『香乱記』宮城谷昌光
・『草原の風』宮城谷昌光
・『三国志』宮城谷昌光
・『劉邦』宮城谷昌光

「よくみとどけてくれた。なんじらがみたこと、きいたことは、けっして桃永(とうえい)と屯(とん)にはつたえるな。屯の未来を明るく照らすことにはならない」

【『湖底の城 呉越春秋』宮城谷昌光〈みやぎたに・まさみつ〉(講談社、2010年/講談社文庫、2013年)以下同】

 屯という児童は出自が不詳で、由来には翳(かげ)がある。永翁〈えいおう〉と桃永〈とうえい〉の三人家族であるが血のつながりはない。子胥(ししょ)は一時期、起居をともにしていた。やがて永翁の家が徒党を組む暴漢に襲われる。永翁にも過去の暗い事情があった。

 人に何を伝え、何を伏せるべきか。自分であれば受け止めることができるが、それができぬ人もいる。込み入った感情が交錯すれば、要らぬ誤解を生むことも少なくない。特に責任が大きい立場になるほど難しい場面がある。

 その人の「未来を明るく照らす」かどうか。これを判断の基準にすれば間違いない。黙して語らぬことが相手の未来を照らす場合もあるだろう。

 子胥(ししょ)にとって時のながれは平凡になった。が、こういう平凡な時をどのようにすごすかによって、非凡な時を迎えた男の価値が決まる。

 焦りがあると足元が見えなくなる。目標が遠く感じた時は眼を下に転じて一歩一歩を確実にすることだ。人生に遠回りはない。そう感じさせるのは野心である。地位に固執する人物は地位を得たところで幸福とは限らない。問われるのは仕事である。地位を得ても充実と満足から遠ざかれば元も子もない。

 ――時のむだづかいのほうが、人生にとって、損失は大きい。
 と、子胥はおもった。
 だが、生まれてから死ぬまでの時間が、すべて有意義であるという人などひとりもいない。むなしさにさらされている時を、意義のあるものに更(か)えるところに、人のほんとうの心力(しんりょく)と知慧がある。

 若い時分に不遇を感じることは多い。しかしながら案外とこうした時期にたくさんのアイディアが生まれるのも確かだ。「尺蠖(せっかく)の屈するは伸びんがため」である。常に何かを目指していれば人生の有限さは邪魔になる。死の意味は中断でしかない。登山の意義が登頂にしかないと考える人は途中の豊かな色彩を見過ごして、小さな花を踏みつけてしまうだろう。ただ無為を恐れて、日々何らかの心魂を傾ければ後悔とは無縁な人生を送ることができる。

 ――人生の転機は、明日にもある。

 漫然と生きる姿勢を衝(つ)く痛切な一言である。そうした明日を望むのではなく、今日その準備ができているかどうかが問われる。

2022-03-10

策と術は時を短縮/『湖底の城 呉越春秋』宮城谷昌光


『天空の舟 小説・伊尹伝』宮城谷昌光
・『太公望』宮城谷昌光
『管仲』宮城谷昌光
『重耳』宮城谷昌光
『介子推』宮城谷昌光
・『沙中の回廊』宮城谷昌光
『晏子』宮城谷昌光
『子産』宮城谷昌光

 ・術と法の違い
 ・策と術は時を短縮
 ・人生の転機は明日にもある
 ・天下を問う
 ・傑人
 ・明るい言葉
 ・孫子の兵法
 ・孫子の兵法 その二
 ・人の言葉はいかなる財宝にもまさる

『孟嘗君』宮城谷昌光
『楽毅』宮城谷昌光
『青雲はるかに』宮城谷昌光
『奇貨居くべし』宮城谷昌光
『香乱記』宮城谷昌光
・『草原の風』宮城谷昌光
・『三国志』宮城谷昌光
・『劉邦』宮城谷昌光

「策も術も、時を短縮して成否をあきらかにするために用います。失敗した場合、相手に加えるはずの力が害となっておのれに返ってきます。王を殺しそこなったら、あなたさまは、ただちに自刃(じじん)なさいませ」(四巻)

【『湖底の城 呉越春秋』宮城谷昌光〈みやぎたに・まさみつ〉(講談社、2010年/講談社文庫、2013年)以下同】

 文明はエネルギーを使って時間の速度を早める。

エネルギーを使えばつかうほど時間が早く進む/『「長生き」が地球を滅ぼす 現代人の時間とエネルギー』本川達雄

 策や術の場合は徒手空拳である。環境に優しい(笑)。獲物をとる時間を短縮するのが狩猟技術で、採集の時間を短縮するのが農耕である。そう考えるとヒトの脳は時間を圧縮する方向に進んでいることがわかる。

「術は当事者のみが用いるものですが、法はその時、その場にいなくても活用することができる、というのが孫武先生の思想です」(第五巻)

 法は科学の実験のようなものだ。同じ条件であれば誰が行っても同じ結果が出る。孫武は軍事においてそれを可能にした。兵器の技術が進歩した現在ではどうなのだろう? 『孫子』を読んで開眼する軍人がいるかどうかを知りたいところだ。

2022-03-08

術と法の違い/『湖底の城 呉越春秋』宮城谷昌光


『天空の舟 小説・伊尹伝』宮城谷昌光
・『太公望』宮城谷昌光
『管仲』宮城谷昌光
『重耳』宮城谷昌光
『介子推』宮城谷昌光
・『沙中の回廊』宮城谷昌光
『晏子』宮城谷昌光
『子産』宮城谷昌光

 ・術と法の違い
 ・策と術は時を短縮
 ・人生の転機は明日にもある
 ・天下を問う
 ・傑人
 ・明るい言葉
 ・孫子の兵法
 ・孫子の兵法 その二
 ・人の言葉はいかなる財宝にもまさる

『孟嘗君』宮城谷昌光
『楽毅』宮城谷昌光
『青雲はるかに』宮城谷昌光
『奇貨居くべし』宮城谷昌光
『香乱記』宮城谷昌光
・『草原の風』宮城谷昌光
・『三国志』宮城谷昌光
・『劉邦』宮城谷昌光

「病気をなおす医者がもちいるのは、術です。また、いまの戦いで、兵を動かす将軍がもちいるのも術です。医術と兵術は、特別な人がもちるもので、法とはちがいます。術はそのときそこにいる人にかかわりをもちますが、法はそういう限定の外にあります。ゆえに術を知らぬわれは死にかけましたが、楚王と楚の国民を、法によって活(い)かすことも殺すこともできるのです」

【『湖底の城 呉越春秋』(全9冊)宮城谷昌光〈みやぎたに・まさみつ〉(講談社、2010年/講談社文庫、2013年)】

 孫武〈そんぶ〉の言葉である。「あれ?」と思った目敏(ざと)いファンも多いことだろう。『孟嘗君』に登場するのは孫臏〈そんぴん〉で孫武の末裔である。1972年に「孫臏兵法」が発見され、『孫子』の著者は孫武が有力視された。

兵とは詭道なり/『新訂 孫子』金谷治訳注

 若き伍子胥〈ごししょ〉があまりにも賢(さか)しらで共感が湧きにくい。第七巻からは越国(えつこく)の范蠡〈はんれい〉が主役となる。ところが伍子胥とキャラクターが被っていて、段々見分けがつかなくなってくる。あまり好きになれない作品だが、再読に堪(た)える内容であることに間違いない。特に孫武が生き生きと躍動しており、『孫子』を学ぶ者にとっては必読書といえる。

 孫武はそれまでの兵術を兵法にまで高めた天才である。枢軸時代を彩る主要人物の一人だ。

「西暦1700年か、あるいはさらに遅くまで、イギリスにはクラフト(技能)という言葉がなく、ミステリー(秘伝)なる言葉を使っていた」(『プロフェッショナルの条件 いかに成果をあげ、成長するか』P・F・ドラッカー)。

「学、論、法、と来て、さらにいっそう頭より手の方の比重が大きくなると、何になるか、というと、これが術、なんです。術、というのは、アートです」(『言語表現法講義』加藤典洋」)。

技と術/『プロフェッショナルの条件 いかに成果をあげ、成長するか』P・F・ドラッカー、『言語表現法講義』加藤典洋

 もともと技は秘伝であったのだろう。孫武の兵法は術(手)から法(頭)の転換であり、兵士一人ひとりの技よりも大軍としての動きに注目した。それまでは雨滴のような波状攻撃が主流であったが、孫武は激流を生み出し、波浪を出現せしめた。軍にスピードを導入したのも孫武であった。戦局を卜(ぼく)で占いながら進む緩慢さを排したのだ。将軍が頭となり兵士が手足の如く動くことで、軍組織は生命体のように振る舞った。

 法の訓読みは「のり」である。「則・矩・式・典・憲・範・制・程・度」も「のり」と読む(コトバンク)。語源は「宣(の)り」で、やがて「のっとる」意が加味されて、「乗り」に掛けられた。言葉には呪力(※呪には祝の義もある。祝の字は後に生まれた)があると信じられていた時代である。王の言葉はそのまま法と化した。

 現代で兵法が最も生かされているのはスポーツの世界だろう。プロであっても監督次第で成績がガラリと変わる。一方、本来であれば最も兵法が発揮されなければいけない政治はといえば、官僚主導で省益の奪い合いをやっている始末で、世界からスパイ天国と嘲笑されても目を覚ますことがない。既に戦争を経験した政治家は存在しない。東大法学部出身の優秀な頭脳が乾坤一擲(けんこんいってき)の場面で判断を誤ることは大いにあり得る。