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2021-05-09

幼い心の傷痕/『緑衣の女』アーナルデュル・インドリダソン


『罪』カーリン・アルヴテーゲン
『湿地』アーナルデュル・インドリダソン

 ・幼い心の傷痕

・『』アーナルデュル・インドリダソン
・『湖の男』アーナルデュル・インドリダソン
・『厳寒の町』アーナルデュル・インドリダソン
・『許されざる者』レイフ・GW・ペーション

ミステリ&SF

「それがすべての原因だろうか。わからない。おれは10歳だったが、あれ以来ずっと罪悪感を感じている。それを払い落とすことができないでいる。いや、払い落としたくないんだ。良心の痛みは壁となって、俺が手放したくない悲しみのまわりを囲んでいる。もしかするとおれはずっと前にこの悲しみを手放して、救われた命をありがたく思い、なんらかの意味をこの人生に与えるべきだったのかもしれない。だがおれはそうしなかった。これからもきっとそうしないだろう。人はみななにか重いものを背負っている。おれの背負っている荷物は、同じように大切な人を失ったほかの人の荷物よりも重いというこではないかもしれない。だが、おれにはこれ以外の生き方ができないんだ。
 おれの中でなにかが消えてしまった。おれはあの子を見つけることができなかった。いまでもしょっちゅうあいつの夢を見る。あいつはまだあそこのどこかにいるとおれにはわかっている。一人で吹雪の中をさまよい、みんなに見捨てられ、寒さに震えている。しまいにどこかに倒れるんだ。だれにも見つけられないようなところに。雪が吹き積もって、姿が見えなくなってしまう。おれがどんなに探しても、どんなに彼の名前を読んでも、だめなんだ。おれには見つけられない。彼の耳におれの声は届かない。吹雪の中で永遠におれの視界から消えてしまうんだ」

【『緑衣の女』アーナルデュル・インドリダソン:柳沢由実子〈やなぎさわ・ゆみこ〉(東京創元社、2013年/創元推理文庫、2016年)】

 アーナルデュル・インドリダソンの作品は全部読んでいる。北欧の暗い心情が何となく日本の侘(わ)び寂(さ)びと共鳴する。エーレンデュル捜査官シリーズは現実のリズムを奏でて振幅の大きいメロディーを拒む。頑ななまでに。

 エーレンデュルは幼い頃に吹雪で遭難し弟を喪った。その傷痕が中年になっても癒えていない。むしろ樹木の傷のように歳月を経るごとに大きく引き延ばされてゆく。娘との関係も破綻している。10代の娘がドラッグ漬けになったり、売春に手を染めているのが日常的な光景のように描かれていて、欧州の惨状が垣間見える。

 主人公の内省志向が好き嫌いを分ける。私は決して嫌いではないが、最新作『厳寒の町』では完全な失敗を犯している。

2019-08-17

陰影の濃い北欧ミステリ/『湿地』アーナルデュル・インドリダソン


『罪』カーリン・アルヴテーゲン

 ・陰影の濃い北欧ミステリ

『緑衣の女』アーナルデュル・インドリダソン
・『』アーナルデュル・インドリダソン
・『湖の男』アーナルデュル・インドリダソン
・『厳寒の町』アーナルデュル・インドリダソン
・『許されざる者』レイフ・GW・ペーション

ミステリ&SF

「子どもは哲学者だ。病院で、娘に訊かれたことがある。なぜ人間には目があるのかと。見えるようにだとぼくは答えた」
 エイナルは静かに考えている。
「あの子はちがうと言った」ほとんど自分だけに言っているつぶやきだ。
 それからエーレンデュルの目を見て言った。
「泣くことができるようによと言ったんです」

【『湿地』アーナルデュル・インドリダソン:柳沢由実子〈やなぎさわ・ゆみこ〉訳(東京創元社、2012年/創元推理文庫、2015年)】

 アーナルデュル・インドリダソンはアイスランドの作家で北欧ミステリを牽引する一人だ。エーレンデュル警部シリーズは15作品のうち4作品が翻訳されており、今のところ外れなし。ロシア文学同様、登場人物の名前に馴染みがなく覚えるのに難儀する。取り敢えず名前は声に出して読むことをお勧めしよう。

 北欧ミステリは陰影が濃い。そして内省的である。島国のせいかどこか日本と似たような印象もあるが、影の深さは非行と犯罪ほどの違いがある。例えばエーレンデュルの子供は二人とも別れた妻が引き取ったが姉のエヴァ=リンドは薬物中毒で弟のシンドリ=スナイルはアルコール依存症だ。

「泣くことができるようによ」――年を取ると泣くことが少なくなる。悲哀に耐える精神力はやがて柔らかさを失う。泣いてしまえばその後に必ずリバウンドがある。跳躍するためには屈(かが)む必要がある。涙は精神の屈伸なのだろう。涙を失った瞳の乾いた大人になってはなるまい。

2017-07-25

魂の到着を待つスー族/『裏切り』カーリン・アルヴテーゲン


『罪』カーリン・アルヴテーゲン
『喪失』カーリン・アルヴテーゲン

 ・魂の到着を待つスー族

『「長生き」が地球を滅ぼす 現代人の時間とエネルギー』本川達雄

ミステリ&SF

 彼女はアメリカ先住民のスー族のことを思った。1950年代、彼らは大統領との会見のためにノース・ダコタにある先住民居住地から飛行機に乗せられた。ジェット機は彼らを数千キロ離れているワシントンDCまで運んだ。首都の空港到着ロビーに足を踏み入れた彼らは床に座り込んだ。待機しているリムジンへどんなに勧めても無駄だった。彼らはそのまま1ヵ月その場に座り続けた。飛行機に乗せられて運ばれたからだと同じ速さで移動することができない魂を待っていたのだった。30日後、彼らはやっと大統領に会う用意ができた。
 もしかすると、わたしたちに必要なのはそれではないだろうか? 生活をなんとか全部機能させようと必死に努力をする、ストレスいっぱいのわたしたち。わたしたちは腰を下ろして、ゆっくりするべきではないのだろうか。だが、わたしたちはすでに腰を下ろしているのだ。魂の到着を待つためにではなく、居間でそれぞれが自分のコーナーに座る。なんのために? テレビでお気に入りのドラマを心ゆくまで見るために。ほかの人間たちの欠点や短所を笑い、人間関係の失敗を楽しむのだ。いったいどこまで愚かなのだろう? そして自分自身の行動を反省するのを避けるために、面白くなくなったらすぐにチャンネルを変える。離れたところではほかの人間たちを批評するほうがずっと楽なのだ。

【『裏切り』カーリン・アルヴテーゲン:柳沢由実子〈やなぎさわ・ゆみこ〉訳(小学館文庫、2006年)】

 夫婦の擦れ違いを描いたサスペンスである。一度挫けているのだが、このテキストを探すために再読したところ一気に読み終えた。やはり読書は知的体調に左右されるのだろう。カーリン・アルヴテーゲンの第3作目でここまではハズレなし。

 私がインディアンや台湾原住民に憧れるのは彼らに自然な進化の度合いを感じるためだ。ヒトは文明を手に入れ、そして逞しい生命力を失った。国家は人間を社員(≒納税者)に変えてしまった。もちろんインディアンを理想視するつもりはない。一部に暴力的な衝突があったことも確かである。それでも彼らが有する「人間の貌(かお)」に私は惹(ひ)かれる。

 平仮名が多すぎて読みにくい文章だ。せめて「からだ」は漢字表記にすべきだ。ボーっとしていると助詞のように読めてしまう。

 時間論として捉えると面白味が一段と増す。スー族は文明の不自然さを嫌ったのだろう。私も若い頃から乗り物のスピードが人生に及ぼす影響について考え続けてきた。走るスピードを超えた時、何かが変わるはずだ。速度は空間を圧縮する。とすれば小規模な双子のパラドックスが起こると考えてよかろう。スー族は人間の分際を弁えていた。

 私の疑問については本川達雄が見事に答えてくれている。次回紹介する予定。

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テクノロジーは人間性を加速する/『〈インターネット〉の次に来るもの 未来を決める12の法則』ケヴィン・ケリー

2017-01-01

過去を一掃する/『本を書く』アニー・ディラード


『石に話すことを教える』アニー・ディラード

 ・過去を一掃する

 あなたの手の内で、そしてきらめきの中で、書きものはあなたの考えを表現するものから認識論的なものに変わっていく。新しい領域にあなたは興奮する。そこは不透明だ。あなたは耳を澄ませ、注意を集中させる。あなたは謙虚に、あらゆる方向に気を配りながら言葉を一つ一つ注意深く書いていく。それまでに書いたものが脆弱で、いい加減なものに見えてくる。過程(プロセス)に意味はない。跡を消すがいい。道そのものは作品ではない。あなたがたどってきた道には早や草が生え、鳥たちがくずを食べてしまっていればいいのだが。全部捨てればいい、振り返ってはいけない。

【『本を書く』アニー・ディラード:柳沢由実子〈やなぎさわ・ゆみこ〉訳(パピルス、1996年)】

 年が明けた。数えであれば今日、私は54歳となる。満年齢の使用は1950年(昭和25年)以降である。存在している者に対して「0歳児」とはいかにもおかしな呼称で、数え年の方が人に優しい気がする。

 同じ文章であっても「書く」ことと「打つ」ことは違う。「書く」ことには豊かな身体性がある。「打つ」という単調な運動は文章を神経症的な性質に貶(おとし)める危険が伴う。作家がワープロを使うようになってからワンセンテンスが長くなったという指摘がある。単調が冗長を促すのだろう。

 齢(よわい)を重ね、過去が長くなると慣性や惰性の力が働く。ところが知らず知らずのうちに体も心も衰えている。今までやってきたことを踏襲しているつもりでありながらも、実はどんどん閉鎖的な姿勢や態度となりがちだ。疑わなければ新しいものは出てこない。

 過去を重んじるな。足跡を残すのは泥棒に任せよ。捨てれば捨てるほど身は軽くなる。本当に大切なものは捨てようとしても捨てることができない。

 変わらぬ世界にあって変えることができるのは認識である。世界は変わらなくとも世界観を変えることは可能だ。そのためには過去を一掃する必要がある。プライドも誇りも不要だ。ただ柔らかな精神とありのままを見つめる瞳を持てば十分だ。

本を書く

2016-09-23

J・クリシュナムルティ、ロバート・B・パーカー、カーリン・アルヴテーゲン、武田邦彦、他


 10冊挫折、4冊読了。

もういちど読む山川日本史』五味文彦、鳥海靖編(山川出版社、2009年)/読む価値なし。

もういちど読む山川日本戦後史』老川慶喜〈おいかわ・よしのぶ〉(山川出版社、2016年)/左巻きが掛かっている。2016年でこの内容を出版するセンスを疑う。

謎とき日本近現代史』野島博之(講談社現代新書、1998年)/塾講師の雑談といった体裁。

新・雨月 上 戊辰戦役朧夜話』船戸与一〈ふなど・よいち〉(徳間書店、2010年/徳間文庫、2013年)/個人的には会津にしか興味がないのであまりピンと来なかった。

葦笛の鳴るところ』福永十津〈ふくなが・とつ〉(眞人堂、2015年)/第1回丸山健二文学賞受賞作品。選者は丸山本人で賞金はない。それどころか応募するだけで5000円取られる。ゴリゴリ、カチカチの文体で読むに堪えず。文章も設定も丸山とそっくりだ。やたらと改行の多いところまで。文学賞を拒んできた丸山が自分の名を冠する文学賞を与えるという矛盾は老いによるものか。

沈黙』ロバート・B・パーカー:菊池光〈きくち・みつ〉訳(早川書房、1999年/ハヤカワ文庫、2005年)/スペンサー・シリーズをずっと読んできたが初めて挫折した。女性を「美人」と表現する陳腐さに差別意識が出ている。菊池光の訳もやたらと英語の発音に忠実で異様な表現が目立つ。もうロバート・B・パーカーから卒業だな。

奇跡の自然 三浦半島小網代の谷を「流域思考」で守る』岸由二〈きし・ゆうじ〉(八坂書房、2012年)/自然保護運動の側面が強い。市民の匂いがすると反射的に私は逃げたくなる。小網代(こあじろ)の写真集を出せばといいと思う。養老孟司との対談を収録。

当事者研究の研究』石原孝二編(医学書院、2013年)/論文集で有名どころとしては熊谷晋一郎の名前がある。また向谷地生良〈むかいやち・いくよし〉を交えた座談会も。冒頭を飾る石原孝二の文章がとてもよい。やや専門的な内容。

生命に仕組まれた遺伝子のいたずら 東京大学超人気講義録 file2』石浦章一(羊土社、2006年)/面白いのは最初だけ。それでも読む価値はある。

現実を生きるサル 空想を語るヒト 人間と動物をへだてる、たった2つの違い』トーマス・ズデンドルフ:寺町朋子訳(白揚社、2014年)/期待外れ。心理学者という立場が考察をあやふやなものにしている。スティーブン・ピンカーが好きな人にはおすすめできる。

 140冊目『裏切り』カーリン・アルヴテーゲン:柳沢由実子〈やなぎさわ・ゆみこ〉訳(小学館文庫、2006年)/一度挫けている。インディアンの部分だけ確認しようと思ったのだが、豈図らんや面白かった。ただし語り手の揺れが気になる。各章ごとに視点は一つにすべきだろう。時折別人の視点が混入する。結末が安易に感じるが、ミステリとしては及第点といったところ。

 141冊目『ナポレオンと東條英機 理系博士が整理する真・近現代史』武田邦彦(ベスト新書、2016年)/ホームページを叩き台にしているせいか、底の浅い読み物にとどまっている。ちょっともったいない。読まないよりは読んだ方がいいかな、といった代物。

 142冊目『ポットショットの銃弾』ロバート・B・パーカー:菊池光〈きくち・みつ〉訳(ハヤカワ文庫、2006年)/ロバート・B・パーカーも本書で最後かな。菊池の訳も異常である。「にゃっと笑った」が10ヶ所ほど。直させない出版社がおかしいと思う。大物すぎて注意もできなかったのか?

 143冊目『生と覚醒(めざめ)のコメンタリー 3 クリシュナムルティの手帖より』J・クリシュナムルティ:大野純一訳(春秋社、1984年/新装版、2005年)/再読。本書を読めばブッダの対機説法が決して浅い位置にとどまるものでなかったことがよくわかる。たとえ相手の機根に応じて法を説いたとしても覚者は真理に迫ることができる。

2016-05-18

増谷文雄、梅原猛、アーナルデュル・インドリダソン、中野剛志、中野信子、適菜収、他


 5冊挫折、3冊読了。

津波てんでんこ 近代日本の津波史』山下文男(新日本出版社、2008年)/震災史としての津波はよく描けているのだが、随所に東京裁判史観を盛り込む政治的意図があざとい。山下は「津波てんでんこ」という言葉を広めた人物として有名だが、元日本共産党中央委員会文化部長でもある。イデオロギーに毒された人物は全体が見えない。自分たちに都合のよい部分情報を引用しがちである。つくづく残念な一書である。

ORのはなし 意思決定のテクニック』大村平〈おおむら・ひとし〉(日科技連出版社、1989年/改訂版、2015年)/難解である。入門書に当ってから再挑戦。

つながり 社会的ネットワークの驚くべき力』ニコラス・A・クリスタキス、ジェイムズ・H・ファウラー:鬼澤忍〈おにざわ・しのぶ〉訳(講談社、2010年)/文章というよりは説明能力の問題か。読んでいて閃くものがない。

密教とマンダラ』頼富本宏〈よりとみ・もとひろ〉(NHKライブラリー、2003年/講談社学術文庫、2014年)/上に同じ。

和訳 理趣経』金岡秀友〈かなおか・しゅうゆう〉(東京美術、1991年)/七五調の韻文とした努力は買うが、安っぽい印象を拭えず。俗っぽさが際立つ。文語調にした方がよかったと思う。取り敢えず理趣経の内容はわかったのでもう必要ない。

 67冊目『脳・戦争・ナショナリズム 近代的人間観の超克』中野剛志〈なかの・たけし〉、中野信子、適菜収〈てきな・おさむ〉 (文春新書、2016年)/この3人が呑み友達だったとはね。いやあびっくりした。中野剛志が1971年生まれで、他の二人は75年生まれ。頭のよい連中の話は面白い。一日で読み終えた。適菜収の肩書きは評論家となっているが安倍晋三や橋下徹を呼び捨てにする品性のなさが説得力を弱めている。はっきり言えば頭のいいオタクにしか見えない。amazonで低い評価をつけているのは左寄りの連中だろう。

 68冊目『』アーナルデュル・インドリダソン:柳沢由実子訳(東京創元社、2015年)/既に何度か書いているが柳沢由実子は引退するべきだ。時折、文章が危うくなっている。アーナルデュル・インドリダソンの和訳3冊目だが出来はよくない。などとケチをつけても二日間で読める。

 69冊目『知恵と慈悲「ブッダ」 仏教の思想 1』増谷文雄〈ますたに・ふみお〉、梅原猛(角川書店、1968年/角川文庫ソフィア、1996年)/勉強になった。初期仏教の探求が昭和40年代から行われていた事実に驚かされた。尚、梅原の「第三部 仏教の現代的意義」は飛ばした。全12巻のシリーズである。

2015-12-19

輪島祐介、アーナルデュル・インドリダソン、他


 11冊挫折、2冊読了。

やせる!血糖値が下がる!「タマネギ」レシピ』(マキノ出版、2013年)/「タマネギ氷」が目新しい。要ミキサー。薬効強調路線。マキノ出版はオカルト健康系で知られる。悪い本ではないが少し離れた位置から読むべきだろう。

山川 詳説日本史図録』詳説日本史図録編集委員会編(山川出版社、2013年)/良書。

山川 詳説世界史図録』詳説世界史図録編集委員会編(山川出版社、2014年)/良書。世界地図の移り変わりが面白い。地球環境の変化も視点がよい。

オルタード・カーボン(上)』リチャード・モーガン:田口俊樹訳(アスペクト、2010年)/文庫本。造語センスについてゆけず。田口の訳文はもたもたした感じがあってあまり好きではない。

詳説世界史研究』木下康彦、木村靖二、吉田寅編(山川出版社、2008年)/微妙。冴えがない。面白味のない参考書といった体裁。

変見自在 スーチー女史は善人か』高山正之(新潮文庫、2011年)/著者名の正字は「はしご高」。声の悪さ、話しぶりの不透明さがとにかく好きになれない人物である。エッセイの主題は歴史の真実よりも朝日新聞を叩くところにある。それでも世界各国に身を置いてきただけあって時折、優れた知見を光らせる。

業務スーパーに行こう!』株式会社エディキューブ編(双葉社、2013年)/ほぼカタログ。知らない商品がいくつもあった。ま、店の規模にもよるのだろう。自社生産の多さには驚いた。

流れ図 世界史図録ヒストリカ』谷澤伸、甚目孝三、柴田博、高橋和久編(山川出版社、2013年)/図録は人によって好き嫌いが分かれる。安い(929円)とはいえ、使わぬ物を買うのは愚かである。図書館で参照してから選ぶとよい。

最新世界史図説タペストリー』桃木至朗監修、帝国書院編集部編、川北稔(帝国書院、2015年)/『ヒストリカ』よりはこちらが好み。

ホームには誰もいない 信念から明晰さへ』ヤン・ケルスショット:村上りえこ訳(ナチュラルスピリット、2015年)/ノンデュアリティ(非二元)という言葉を調べるために読む。具体的なワークの件(くだり)で挫折。スピリチュアリズムというスタイルから離れる必要があるように思う。

日本の軍閥 人物・事件でみる藩閥・派閥抗争史』(別冊歴史読本、2009年)/写真と図のみ評価。記事はバラバラでまとまりを欠く。柴五郎は不遇な時期が長かった、とある。薩長閥についてもよくわからず。

 170冊目『緑衣の女』アーナルデュル・インドリダソン:柳沢由実子訳(東京創元社、2013年)/単行本で出すだけの価値あり。CWAゴールドダガー賞とガラスの鍵賞受賞。半世紀前の事件を巡って現在と過去が交錯する。それにしても暗く重々しい。アイスランドの気候もさることながら、破綻の中で辛うじて踏みとどまる家族の姿がのしかかってくる。主人公のエーレンデュルにもさほど魅力はない。っていうか魅力的な人物は見当たらない。で、そこにリアリズムを感じるかといえばそれほどでもないんだな、これが(笑)。それでも読ませる。ぐいぐい読ませる。一日半で読み終えた。

 171冊目『創られた「日本の心」神話 「演歌」をめぐる戦後大衆音楽史』輪島祐介(光文社新書、2010年)/いやはや面白かった。戦後の風俗を巡る書籍で本書に並ぶものはない。井上章一著『つくられた桂離宮神話』を軽々と凌駕する。渡辺京二著『逝きし世の面影』、水野和夫著『資本主義の終焉と歴史の危機』に伍するレベルである。批判の鋭さにおいても一級品だ。しかも嫌味がない。「之を知る者は之を好む者に如(し)かず。之を好む者は之を楽しむ者に如かず」(『論語』)の手本といってよい。該博な知識がオタク性をまといながらも、恐るべき下半身の力で学術性を堅持している。輪島は1974年生まれでありながら、左翼勢力が文化を通してプロパガンダを行ってきた事実をも穿(うが)つ。恐れ入りました。「必読書」入り。

2015-12-04

アーナルデュル・インドリダソン


 1冊読了。

 164冊目『湿地』アーナルデュル・インドリダソン:柳沢由実子〈やなぎさわ・ゆみこ〉訳(東京創元社、2012年/創元推理文庫、2015年)/文庫化される。北欧ミステリ。アイスランド人作家としては初の「ガラスの鍵賞」を受賞した作品。一気読みである。年老いた男が殺される。現場には不可解なメッセージが残されていた。男の過去から別の犯罪が浮かび上がってくる。物語全体をアイスランドのどんよりした鉛色の空が覆う。横軸に主役警官のエーレンデュルの破綻した家庭を描く。長らく音沙汰のない元妻から娘を通して全く別の事件の捜査を頼まれる。縦軸は2本の線が螺旋状に連なる。そして娘はドラッグ中毒であった。エーレンデュルを取り巻く人間模様がリアリズムに徹している。単純な出来事から複雑な物語を紡ぐ手法が映画『灼熱の魂』と似ている。難点は馴染みのないアイスランド人の名前である。男女の判別もつかない。それから柳沢訳ということで安心して手を伸ばしたのだが時折妙な文章が見受けられる。今まで気づかなかったのだが柳沢御大は1943年生まれではないか! 出版社は本気で翻訳家の育成に取り組むべきだ。アーナルデュル(アイスランドでファミリーネームは使われないとのこと)の作品は『緑衣の女』『』と続くがいずれも評価が高い。

2014-04-29

ダグ・ボイド、瀬谷ルミ子、船山徹、佐藤優、響堂雪乃、他


 15冊挫折、7冊読了。

ヤクザな人びと 川崎・恐怖の十年戦争』宮本照夫(文星出版、1998年)/ルポではなくエッセイ。筆致の軽さが圧縮度を薄めている。ただしエッセイだと割り切ればそこそこ面白い。交渉の仕方としても参考になる。

生の時・死の時』共同通信社編(共同通信社、1997年)/1997年度新聞協会賞受賞ルポ。紙面という限られたスペースであれば、また違った風にも読めたことだろう。だが書籍としてはやはり弱い。中途半端な散文の印象を免れず。各章の目のつけどろこは優れている。

楚漢名臣列伝』宮城谷昌光〈みやぎたに・まさみつ〉(文藝春秋、2010年/文春文庫、2013年)/物語の起伏に欠ける。

シェルパ ヒマラヤの栄光と死』(山と溪谷社、1998年/中公文庫、2002年)/これは後回し。書いておかないと読めなくなるので記録しておく。

リデルハートとリベラルな戦争観』石津朋之(中央公論新社、2008年)/硬質な分だけ興味を引きにくい。読者を選ぶ本だ。

孟子(上)』(朝日文庫、1978年)/入門書には適さず。

人間精神進歩史 第1部』コンドルセ:渡辺誠訳(岩波文庫、1951年)/読むのが遅すぎた。

日本人が知らないアメリカの本音』藤井厳喜〈ふじい・げんき〉(PHP研究所、2011年)/文章に締まりがない。

正弦曲線』堀江敏幸(中央公論新社、2009年/中公文庫、2013年)/第61回読売文学賞受賞作。読ませる文章である。数学と詩が融合したような随筆だ。コアなファンがいそうな作家である。

いつまでも美しく インド・ムンバイのスラムに生きる人びと』キャサリン・ブー:石垣賀子訳(早川書房、2014年)/「ピュリッツァー賞受賞ジャーナリストが描くインド最大の都市の真実。全米図書賞に輝いた傑作ノンフィクション」。今回の目玉作品であったが100ページほどで挫ける。文章はいいのだが立ち位置が気になる。

不知火 石牟礼道子のコスモロジー』石牟礼道子〈いしむれ・みちこ〉(藤原書店、2004年)/ファンのためのアンソロジーといった体裁。

本を書く』アニー・ディラード:柳沢由実子訳(パピルス、1996年)/今まで読んだディラード作品では一番面白くなかった。作家向けか。

アングラマネー タックスヘイブンから見た世界経済入門』藤井厳喜〈ふじい・げんき〉(幻冬舎新書、2013年)/この人、妙な前置きをする悪癖がある。『ドンと来い! 大恐慌』が当たったためだろう。もったいぶらずに直球勝負で書くべきだ。

[徹底解明]タックスヘイブン グローバル経済の見えざる中心のメカニズムと実態』ロナン・パラン、リチャード・マーフィー、クリスチアン・シャヴァニュー:青柳伸子訳、林尚毅解説(作品社、2013年)/書籍タイトルに記号を付けるのは邪道である。専門性が高すぎて、読めば読むほどわけがわからなくなる。

足の汚れ(沈澱物)が万病の原因だった 足心道秘術』官有謀〈かん・ゆうぼう〉(文化創作出版マイ・ブック、1986年)/足揉みが民間療法であることは知っていたが理由がよくわかった。講習料金を比較すると若石法(じゃくせきほう)に軍配が上がりそうだ。有名どころとしては他にドクターフットなどがある。所謂リフレクソロジーは法的に曖昧な立場でゆくゆく規制がかかるかもしれぬ。官有謀が立派なところは、「自分で行うのが足揉みの基本」としているところ。

 20冊目『読書という体験』岩波文庫編集部編(岩波文庫、2007年)/飛ばし読みしようと開いたのだが、スラスラと読み終えてしまった。それほど大した内容ではないのだが。

 21冊目『略奪者のロジック 支配を構造化する210の言葉たち』響堂雪乃〈きょうどう・ゆきの〉(三五館、2013年)/前著『独りファシズム つまり生命は資本に翻弄され続けるのか?』と比べると見劣りするが、辞書として使えばよい。響堂雪乃は扇動するメディアに扇動をもって対抗する。

 22冊目『世界と闘う「読書術」 思想を鍛える一〇〇〇冊』佐高信〈さたか・まこと〉、佐藤優〈さとう・まさる〉(集英社新書、2013年)/佐藤優の動きが怪しい。次々と毛色の変わった人物と対談集を編んでいる。副島隆彦との対談と異なり、佐藤が終始リードしている。つまり佐高の方が御しやすかったということなのだろう。あるいは聞く耳を持っていたということか。びっくりしたのだが「あとがき」で佐高が自分のことを「人権派」と称していた。他人の悪口ばかりを集めて本にしてきた男が説く人権とは何ぞや? 佐高は私が最も忌み嫌う人物の一人であるが、本書の価値に傷をつけるものではない。

 23冊目『サバイバル宗教論』佐藤優〈さとう・まさる〉(文春新書、2014年)/臨済宗相国寺での講演を編んだもの。話し言葉でここまで語れるところに佐藤優の凄さがある。読み終える前に「宗教とは何か?」に付け加える。もちろん必読書入りだ。モヤモヤしていた佐藤への疑惑が解消された。佐藤が行ってきたことは「中間層の強化」=「民主主義の補強」であったのだろう。創価学会への接近もこれで理解できよう。ただし沖縄の悲哀を知る佐藤がパレスチナを語らぬ事実に私は不満を覚える。僧侶の質問のレベルが意外と高いのにも驚かされた。

 24冊目『仏典はどう漢訳されたのか スートラが経典になるとき』船山徹(岩波書店、2013年)/労作。読み物ではなく資料だと割り切れば面白く読める。ただし最後の方は飛ばし読み。学術的には意味があるのだろうが、言葉の本質が情報である事実を踏まえると、この分野の裾野が広がることは困難であろう。翻訳に限らずすべての情報は「解釈される性質」をはらんでいる。正統とは歴史であって合理性を意味しない。思い切って言えば、翻訳そのものよりも翻訳後に脳とコミュニティの様相がどう変化したかを検証することが重要だ。日本の宗教に関する学問は一刻も早く文学と歴史の次元から脱却する必要がある。

 25冊目『職業は武装解除』瀬谷ルミ子〈せや・るみこ〉(朝日新聞出版、2011年)/前々から読みたかった一冊だ。ちょっと文章が甘いのだがこれはオススメ。順序としては『裸でも生きる 25歳女性起業家の号泣戦記』山口絵理子→本書→『武装解除 紛争屋が見た世界』伊勢崎賢治が望ましい。更に興味があれば、『NHK未来への提言 ロメオ・ダレール 戦禍なき時代を築く』ロメオ・ダレール、伊勢崎賢治→『なぜ、世界はルワンダを救えなかったのか PKO司令官の手記』ロメオ・ダレールと進めばよい。劣等感に苛まれた一人の少女がどのようにして世界へと羽ばたいたのか。体当たりの青春が美しい。

 26冊目『ローリング・サンダー メディスン・パワーの探究』ダグ・ボイド:北山耕平、谷山大樹訳(平河出版社、1991年)/これは凄い。ただただ凄い。西水美恵子がブータン王国に抱いた印象を私はインディアンに重ねてきた。本書を読んでそれが極まった。ヨーロッパ人がインディアンを虐殺した時、人類の進化は止まったのだろう。彼らこそは無名のブッダでありクリシュナムルティであった。ブッダもクリシュナムルティもインディアン(インド人)だ(ブッダは現在のネパール出身)。密教(スピリチュアリズム)を解く鍵は『世界の名著1 バラモン教典 原始仏典』長尾雅人〈ながお・がじん〉責任編集と本書にあると思われる。

2014-04-11

小林凛、アニー・ディラード、レイ・ブラッドベリ、他


 12冊挫折、1冊読了。

刺青の男』レイ・ブラッドベリ:小笠原豊樹〈おがさわら・とよき〉訳(早川書房、1960年/ハヤカワ文庫、1976年/新装版、2013年)/読み合わせが悪くて上手くリズムに乗れず。折を見て再読。

阿含経典 1 存在の法則(縁起)に関する経典群 人間の分析(五蘊)に関する経典群』増谷文雄(筑摩書房、1987年/ちくま学芸文庫、2012年)/難解なので後回し。

海と毒薬』遠藤周作(文藝春秋新社、1958年/角川文庫、1958年/新潮文庫、1960年/他)/読書にはタイミングがある。どうも乗れず。

家族』北朝鮮による拉致被害者家族連絡会(光文社、2003年)/横田、増元両家まで読む。

ミリオネア・マインド 大金持ちになれる人 お金を引き寄せる「富裕の法則」』ハーブ・エッカー:本田健〈ほんだ・けん〉訳・解説(三笠書房、2005年)/こりゃ、セミナー本だな。

今日から実践!“持ち上げない”移動・移乗技術』移動・移乗技術研究会編(中央法規出版、2012年)/北欧トランスファーの前置きが冗長。バスタオルを利用した移動方法は効果があると思うが、個人で身につけるには時間が掛かりそうだ。『もっと!らくらく動作介助マニュアル 寝返りからトランスファーまで』を超える本が中々見当たらない。

アメリカン・チャイルドフッド』アニー・ディラード:柳沢由実子訳(パピルス、1992年)/縦長の判型で本の作りがよい。少女時代を回想したエッセイ。瑞々しい文章でありながら濃密な何かが流れる。幾度となくたじろがされ、一気に読み進めることができない。アニー・ディラードに太刀打ちできる日本人作家は石牟礼道子くらいしか見当たらない。

テロリズムの罠 右巻  忍び寄るファシズムの魅力』佐藤優〈さとう・まさる〉(角川oneテーマ21、2009年)/少々難解。私が必要とする内容ではなかった。

テロリズムの罠 左巻  新自由主義社会の行方』佐藤優〈さとう・まさる〉(角川oneテーマ21、2009年)/上記に同じ。

大乗起信論』宇井伯寿〈うい・はくじゅ〉、高崎直道訳注(岩波文庫、1936年/補筆・改訂版、1994年)/難解。お手上げ。

東洋哲学覚書 意識の形而上学 『大乗起信論』の哲学』井筒俊彦(中公文庫、2001年)/こちらを読むのが目的であった。が、歯が立たず。

日本の新宗教』別冊宝島(宝島社、2014年)/宝島社とは思えない堅い内容。つまらん。各宗のパンフレットみたいな代物だ。

 19冊目『ランドセル俳人の五・七・五 いじめられ行きたし行けぬ春の雨 11歳、不登校の少年。生きる希望は俳句を詠むこと。』小林凛〈こばやし・りん〉(ブックマン社、2013年)/俳句は俳諧から生まれた。元々は戯(たわむ)れである。つまり遊び。絵に例えるならイラストやスケッチのようなものだろう。遊びとは余技である。それが生活の豊かさにつながる。俳句は文学ではあるが、現実を突き放す視点が求められる。凛少年は句を詠むことで達観したのだろう。わずか十七文字にずっしりとした重みと光のような軽やかさがある。母親の文章が感傷に傾いており目障りだ。