2010-05-26

自分は今日リンゴの木を植える


 ・自分は今日リンゴの木を植える

『ルターのりんごの木 格言の起源と戦後ドイツ人のメンタリティ』M・シュレーマン

「どんな時でも人間のなさねばならないことは、
 たとえ世界の終末が明日であっても、
 自分は今日リンゴの木を植える……」

【『第二のチャンス』ゲオルギウ:谷長茂〈たになが・しげる〉訳(筑摩書房、1953年)】


訳書にある 「明白」は単なる誤植/梶山健編『新版 世界名言事典』(1988年)の出典は誤り
ボレアース リンゴの木
言葉を紡ぐ力/『石原吉郎詩文集』石原吉郎

2010-05-23

現代人は木を見つめることができない/『瞑想と自然』J・クリシュナムルティ


『「瞑想」から「明想」へ 真実の自分を発見する旅の終わり』山本清次

 ・現代人は木を見つめることができない
 ・集団行動と個人行動

クリシュナムルティ著作リスト

 文明の進歩は人間を自然から隔絶した。密閉された住居、快適な空調、加工された食品、電線や電波を介したコミュニケーション、情報を伝えるメディア……。文明の進歩は人間を人間からも隔絶してしまったようだ。

「自然との正しい関係とは、実際は何を意味するのでしょう?」という質問にクリシュナムルティが答えた一部を紹介しよう――

 私たちはけっして木を見つめません。あるいは見つめるとしても、それはその木陰に坐るとか、あるいはそれを切り倒して木材にするといった利用のためです。言い換えれば、私たちは功利的な目的のために木を見つめるということです。私たちは、自分自身を投影せずに、あるいは自分に都合のいいように利用しようとする気持ちなしに木を見つめることがけっしてないのです。まさにそのように、私たちは大地とその産物を扱うのです。大地への何の愛もなく、あるのはただその利用だけです。もし人が本当に大地を愛していたら、大地の恵みを節約して使うよう心がけることでしょう。つまり、もし私たちが自分と大地との関係を理解するつもりなら、大地の恵みを自分がどう使っているか、充分気をつけて見てみるべきなのです。自然との関係を理解することは、自分と隣人、妻、子供たちとの関係を理解することと同じくらい困難なことなのです。が、私たちはそれを一考してみようとしません。坐って星や月や木々を見つめようとしません。私たちは、社会的、政治的活動であまりにも忙しいのです。明らかに、これらの活動は自分自身からの逃避であり、そして自然を崇めることもまた自分自身からの逃避なのです。私たちは常に自然を、逃避の場として、あるいは功利的目的のために利用しており、けっして立ち止まって、大地あるいはその事物を愛することがありません。自分たちの衣食住のために利用しようとするだけで、けっして色鮮やかな田野をを見て楽しむことがないのです。私たちは、自分の手で土地を耕すことを嫌がります──自分の手で働くことを恥じるのです。しかし、自分の手で大地を扱うとき、何かとてつもないことが起こります。が、この仕事は下層階級(カースト)によってのみおこなわれます。われわれ上流階級は、自分自身の手を使うには偉すぎるというわけです! それゆえ私たちは自然との関係を喪失したのです。(プーナ、1948年10月17日)

【『瞑想と自然』J・クリシュナムルティ:大野純一訳(春秋社、1993年)】

 木を見る。比較することなくただ木を見つめる。葉や花に捉われることなく全体を、木の存在そのものを見る。そこに「生の脈動」がある。人が木を見つめ、木が人を見返す。ここに関係性が生まれる。私も木も世界の一部だ。そして世界は私と木との間に存在している。私は木だ。私は木と共に【在る】。

 そんなふうに物事を見ることは殆どない。「見慣れる」ことで我々は何かを見失っているのだろう。「見える」のが当たり前と思い込んでいるから、「生きる」ことも当たり前となってしまう。このようにして二度と訪れることのない一瞬一瞬を我々はのんべんだらりと過ごしているのだ。

「明日、視力が失われる」となれば、我々の目は開くことだろう。「余命、3ヶ月です」と診断されれば、我々は真剣に生きるのだろう。

 生きるとは食べることでもある。生は他の生き物の死に支えられている。生には動かし難い依存性が伴う。そして食べることは残酷なことでもある――

・『豚のPちゃんと32人の小学生 命の授業900日』黒田恭史

 美味しい肉に舌鼓を打つ時、屠(ほふ)られた動物の叫び声が我々の耳に届くことはない。欲望はあらゆるものを飲み込む。動物に課された理不尽な運命は易々(やすやす)と咀嚼(そしゃく)される。我々が気にするのは値段だけだ。家畜が屠殺(とさつ)される瞬間に思いを馳せることもない。

 文明は死を隠蔽(いんぺい)する。そして死を見つめることのない生は享楽的になってゆく。社会は経済性や功利主義に覆われる。

 生は交換することができない。資本主義経済はあらゆるものを交換可能な商品にした。現代人の価値観は「商品価値」に毒されている。出自や学歴、技術や才能で人間を評価するのは、人間が商品となってしまったためだ。だからこそ我々は「労働力」と化しているのだ。

「あの花を見よ」とクリシュナムルティは言う。花が見えなければ、自分の心も見えない。集中するのではなく、注意深く見つめる。「見る」が「観る」へと昇華した瞬間に世界は変容するのだろう。



人間の脳はバイアス装置/『隠れた脳 好み、道徳、市場、集団を操る無意識の科学』シャンカール・ヴェダンタム
八正道と止観/『パーリ仏典にブッダの禅定を学ぶ 『大念処経』を読む』片山一良
観照が創造とむすびつく/『カミの人類学 不思議の場所をめぐって』岩田慶治

2010-05-08

経済侵略の尖兵/『エコノミック・ヒットマン 途上国を食い物にするアメリカ』ジョン・パーキンス


『9.11 アメリカに報復する資格はない!』ノーム・チョムスキー

 ・経済侵略の尖兵
 ・「世界各国の指導者たちを、アメリカの商業的利益を促進する巨大なネットワークにとりこむこと」がエコノミック・ヒットマンの目的

Zeitgeist/ツァイトガイスト(時代精神)
CIA:戦争とフェイクニュース(1986年)
『動物保護運動の虚像 その源流と真の狙い』梅崎義人
『ショック・ドクトリン 惨事便乗型資本主義の正体を暴く』ナオミ・クライン
『アメリカの国家犯罪全書』ウィリアム・ブルム
『人種戦争 レイス・ウォー 太平洋戦争もう一つの真実』ジェラルド・ホーン
『アメリカ民主党の崩壊2001-2020』渡辺惣樹

必読書リスト その二

 戦争の形は軍事に限らない。経済的に、学術的に、文化的に、心理的に行われているのだ。戦争の本質は「システマティックな侵略」にある。

 エコノミック・ヒットマンという職業があるそうだ。ヒットマンとはご存じのように「狙撃手=殺し屋」を意味する言葉だ。つまり他国の経済を狙い撃ちすることを目的としている。ジョン・パーキンスはエコノミック・ヒットマンであった。彼は悔恨の中から本書を執筆し、自らの体験を赤裸々に綴っている。

 エコノミック・ヒットマン(EHM)とは、世界中の国々を騙して莫大な金をかすめとる、きわめて高収入の職業だ。彼らは世界銀行や米国国際開発庁(USAID)など国際「援助」組織の資金を、巨大企業の金庫や、天然資源の利権を牛耳っている富裕な一族の懐(ふところ)へと注ぎこむ。その道具に使われるのは、不正な財務収支報告書や、選挙の裏工作、賄賂、脅し、女、そして殺人だ。彼らは帝国の成立とともに古代から暗躍していたが、グローバル化が進む現代では、その存在は質量ともに驚くべき次元に達している。
 かつて私は、そうしたEHMのひとりだった。

 1982年、私は当時執筆していた『エコノミック・ヒットマンの良心』(Conscience of an Economic Hit Man)と題した本の冒頭に書いた。その本は、エクアドルの大統領だったハイメ・ロルドスと、パナマの指導者だったオマール・トリホスに捧げるつもりだった。コンサルティング会社のエコノミストだった私は、顧客である二人を尊敬していたし、同じ精神を持つ人間だと感じてもいた。二人は1981年にあいついで飛行機の墜落で死亡した。彼らの死は事故ではない。世界帝国建設を目標とする大企業や、政府、金融機関上層部と手を組むことを拒んだがために暗殺されたのだ。私たちEHMがロルドスやトリホスのとりこみに失敗したために、つねに背後に控えている別種のヒットマン、つまりCIA御用達のジャッカルたちが介入したのだ。

【『エコノミック・ヒットマン 途上国を食い物にするアメリカ』ジョン・パーキンス:古草秀子〈ふるくさ・ひでこ〉訳(東洋経済新報社、2007年/『エコノミック・ヒットマンの世界侵略 米中の覇権が交錯するグローバル経済のダークサイド』権田敦司〈ごんだ・あつし〉訳、二見書房、2023年)】

 白羽の矢が立てられる国は石油などの天然資源が豊富な発展途上国である。ここにIMFや世界銀行などから資金が流れる仕組みをつくった上で、開発援助という名目のもとにアメリカ企業が参入する手筈を整える。実際のマネーはアメリカ国内の金融機関同士で完結する。種を明かしてしまえば、懐(ふところ)から鳩を出すよりも簡単な話だ。

 西水美恵子の著作を読んだ人は必ず本書を読むべきだ。

世界銀行の副総裁を務めた日本人女性/『国をつくるという仕事』西水美恵子

 彼女が何も知らなかったのか、あるいは知っていながら広告塔を買って出たのかそれはわからない。だが本書を読めば、西水が描いたのは世界銀行のわずかに残された美しい部分であることがわかる。大体、「世界」だとか「国際」と名のつく団体は、おしなべて先進国の論理で運営されているものだ。

 私はジョン・パーキンスが嫌いだ。この人物は吉川三国志の劉備(りゅうび)と同じ匂いがする。弱さを肯定する延長線上に善良さを置いている節がある。「告白すれば罪が赦(ゆる)される」というキリスト教的な欺瞞を感じてならない。だから文章もそこそこ巧みで読ませる内容にはなっているものの、底の浅さが目につく。煩悶(はんもん)、懊悩(おうのう)、格闘が足りないのだろう。私を魅了するだけの人間的な輝きが全く感じられなかった。

 大体最初に告白本を出版しようとした際に、様々な圧力を掛けられたにもかかわらず、その後はテレビにまで出演しているのもおかしな話だ。彼の話が正真正銘の事実であるなら、とっくに消されているのではあるまいか。「よもや、エコノミック・ヒットマンとして新しいステージの仕事をしているんじゃないだろうな」と疑いたくもなる。

 暴力は様々な形で存在する。世界中の貧困が放置されているのも暴力の一つの形に他ならない。多様な暴力の形態を知るために広く読まれるべき一冊である。読み物としては文句なしに面白い。

 尚、既に紹介したが、ジョン・パーキンスは『Zeitgeist Addendum/ツァイトガイスト・アデンダム』にも登場している。

 

ヒロシマとナガサキの報復を恐れるアメリカ/『日本最後のスパイからの遺言』菅沼光弘、須田慎一郎
モンサント社が開発するターミネーター技術/『自殺する種子 アグロバイオ企業が食を支配する』安田節子
『ザ・コーポレーション(The Corporation)日本語字幕』
なくならない飢餓/『面白いほどよくわかる「タブー」の世界地図 マフィア、原理主義から黒幕まで、世界を牛耳るタブー勢力の全貌(学校で教えない教科書)』世界情勢を読む会
アメリカ礼賛のプロパガンダ本/『犬の力』ドン・ウィンズロウ
誰も信じられない世界で人を信じることは可能なのか?/『狂気のモザイク』ロバート・ラドラム

2010-05-02

歴史を貫く物理法則/『歴史は「べき乗則」で動く 種の絶滅から戦争までを読み解く複雑系科学』マーク・ブキャナン


『複雑系 科学革命の震源地・サンタフェ研究所の天才たち』M・ミッチェル・ワールドロップ
『新ネットワーク思考 世界のしくみを読み解く』アルバート=ラズロ・バラバシ
『複雑な世界、単純な法則 ネットワーク科学の最前線』マーク・ブキャナン
『急に売れ始めるにはワケがある ネットワーク理論が明らかにする口コミの法則』マルコム・グラッドウェル

 ・歴史を貫く物理法則
 ・歴史が人を生むのか、人が歴史をつくるのか?
 ・政治とは破滅と嫌悪との間の選択
 ・地震はまとまって起こる

・『複雑で単純な世界 不確実なできごとを複雑系で予測する』ニール・ジョンソン

必読書リスト その三

 べき乗(冪乗)とは、ある数字を掛け続ける操作のことをいう。累乗(るいじょう)といった方がわかりやすいだろう。様々な現象にべき乗の法則があるそうだ。

 地震の代わりにジャガイモの破片を使うと、グーテンベルク=リヒターの法則と同様の、特徴のない曲線が得られる。ブドウの種くらいの微小な破片は膨大な数あり(ママ)、破片が大きくなっていくにつれて、その数は徐々に少なくなっていく。実際注意深く調べていくと、破片の数は、大きさに応じてきわめて規則正しく減少していくことが分かる。重さが2倍になるごとに、破片の数は約6分の1になるのだ。グーテンベルクとリヒターが発見したべき乗則と同様のパターンである。一つ違うのは、重さが2倍になるごとに、この場合には6分の1になるが、地震の場合には4分の1になるという点である。

【『歴史は「べき乗則」で動く 種の絶滅から戦争までを読み解く複雑系科学』マーク・ブキャナン:水谷淳〈みずたに・じゅん〉訳(ハヤカワ文庫、2009年/早川書房、2003年『歴史の方程式 科学は大事件を予知できるか』改題)以下同】

 ジャガイモを硬い壁や床に叩きつけると粉々になる。何個ぶつけようと大きなかけらよりも小さなかけらの方が多い。同様に大きな地震よりも小さな地震の方が数は多い。これがべき乗になっているというのだ。

 世界各国が地震予知のために巨額の予算を投じているが、今まで予知できた例(ためし)はない。そもそもどうしてプレート(岩盤)が動くのかが判明していないのだ。最近の研究では宇宙線がトリガーになっているという説もある。

 本書で明らかにされているのは、「大地震の後は、しばらく大地震がこない」という事実のみである。

 あなたがナシの大きさだったときには、自分と同じ重さの破片一つに対して、その半分の重さの破片は約6個あった。ところが自分が縮んだ後でも、まったく同じ規則を発見する。再び、自分と同じ重さの破片一つあたり、その半分の重さの破片が約6個あるのだ。どんな大きさでもまわりの景色はまったく同じに見えるので、もし自分を何回縮めたか忘れてしまうと、まわりを見ただけでは自分の大きさがまったく分からなくなってしまう。
 これがべき乗則の【意味】するところである。

 大きさこそ違っても、同じ世界が広がっているというのだから不思議な話だ。多分、世界は入れ子構造になっているのだろう。マトリョーシカ人形のように。

 人それぞれの幸不幸もきっと同じような構造になっているに違いない。大きさの異なる幸不幸が一人ひとりの人生に彩(いろどり)を添えているのだろう。

 ここからが本書の白眉となる。物理世界に適用できるべき乗則が果たして人間の歴史にも応用可能なのかどうか?

「応用可能」というのが本書の答えである。つまり歴史を動かしているのは偉人や悪人といったパーソナルな要因ではなく、ある方向に時代が揺り動かされる時に臨界点を左右する人物が登場するということになる。

 詳細についてはまた後日。それなりの科学知識が必要で、一度読んだだけでは中々理解が深まらない。それでも面白い。



信じることと騙されること/『日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか』内山節

2010-05-01

論理の限界/『ユーザーイリュージョン 意識という幻想』トール・ノーレットランダーシュ


『身体感覚で『論語』】を読みなおす。 古代中国の文字から』安田登
『神々の沈黙 意識の誕生と文明の興亡』ジュリアン・ジェインズ

 ・ユーザーイリュージョンとは
 ・エントロピーを解明したボルツマン
 ・ポーカーにおける確率とエントロピー
 ・嘘つきのパラドックスとゲーデルの不完全性定理
 ・対話とはイマジネーションの共有
 ・論理ではなく無意識が行動を支えている
 ・外情報
 ・論理の限界
 ・意識は膨大な情報を切り捨て、知覚は0.5秒遅れる
 ・神経系は閉回路

『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福』ユヴァル・ノア・ハラリ
『ポスト・ヒューマン誕生 コンピュータが人類の知性を超えるとき』レイ・カーツワイル
意識と肉体を切り離して考えることで、人と社会は進化する!?【川上量生×堀江貴文】
『AIは人類を駆逐するのか? 自律(オートノミー)世界の到来』太田裕朗
『奇跡の脳 脳科学者の脳が壊れたとき』ジル・ボルト・テイラー
『あなたの知らない脳 意識は傍観者である』デイヴィッド・イーグルマン

必読書 その五

 人は自転車に乗れるが、どうやって乗っているのかは説明できない。書くことはできるが、どうやって書いているのかを書きながら解説することはできない。楽器は演奏できても、うまくなればなるほど、いったい何をどうしているのか説明するのが困難になる。

【『ユーザーイリュージョン 意識という幻想』トール・ノーレットランダーシュ:柴田裕之〈しばた・やすし〉訳(紀伊國屋書店、2002年)】

「論理の限界」、「言葉の限界」を見事に言い当てている。固有の経験を論理化することはできない。人間が持つコミュニケーション能力は無限の言葉でそれを相手に伝えようとしてきた。哲学がわかりにくいのは経験を伴っていないためであろう。ただ、思考をこねくり回しているだけだ。一人の先達の「悟り」を言葉にしたのが宗教であった。とすれば、教義という言葉の中に悟りは存在しないことになる。そこで修行が重んじられるわけだが、今度はスタイルだけが形式化されて内実が失われてしまう。

 もっとわかりやすくしてみよう。例えば自転車を知らない人々に「自転車に乗る経験」を伝えることが果たして可能だろうか? ブッダやクリシュナムルティが伝えようとしたのは多分そういうことなのだ。



脳は宇宙であり、宇宙は脳である/『意識は傍観者である 脳の知られざる営み』デイヴィッド・イーグルマン