必要なのは、誰も反対しようとしないスローガン、誰もが賛成するスローガンなのだ。それが何を意味しているのか、誰も知らない。
【『メディア・コントロール 正義なき民主主義と国際社会』ノーム・チョムスキー:鈴木主税〈すずき・ちから〉訳(集英社新書、2003年)】
「起きたことだけのリストを見れば、まるで起こりそうもない一連の出来事のように思えます。でも、それは数霊術の世界の話。人は同じことだけを捜して、異なることをすべて無視する。(中略)
こんなふうに類似性を探して、それについて想像を膨らませ、似ていることだけを数えあげるなら、誰であれ地球上の二人の間には、驚くほどたくさんの共通点を見つけられるでしょう」(イアン・スチュアート教授、イギリス)
【『本当にあった嘘のような話 「偶然の一致」のミステリーを探る』マーティン・プリマー、ブライアン・キング:有沢善樹、他訳(アスペクト、2004年)以下同】
イギリス騎兵隊の将校メジャー・サマーフォードは、第一次世界大戦最後の年、フランドルの戦場において、稲妻に打たれて落馬した。それ以降、彼は腰から下がマヒしてしまう。6年後、メジャーはカナダのバンクーバーに移住する。そして、川釣りをしているときに、ふたたび落雷に遭い、右半身がマヒしてしまう。
2年後、彼は地元の公園で散歩できるようにまでなった。ところが、1930年のある日、みたび稲妻が彼を襲った。それにより、彼の体は全身マヒになった。彼が死んだのは、それから2年後である。
ゼウスはそれでもメジャー・サマーフォードを許さなかった。4年後、稲妻が彼の墓を直撃したのである。
デレク・シャープはイギリス空軍のパイロットという職業柄、一般人より死の危険に直面する確率が高いが、それにしても多すぎる死の危険にこれまで直面してきた。しかも、ふつうなら死んで当然という状況から必ず生還した。これを単なる偶然の結果と片づけるのは無理というものだろう。(中略)
彼が死と一戦まじえた経験は何度もあるが、最初のがいちばん劇的だったと言えるだろう。あれは1983年2月に起こった事故だった。レズ・ピアースという訓練中の航空士を同乗させ、ケンブリッジシャーの町や村の上空を時速1000キロで飛んでいたとき、二人が乗っていたイギリス空軍のホーク戦闘機にマガモが激突したのである。
マガモは飛行機の風防を突き破り、デレクの顔を直撃した。衝撃で彼の左目が眼窩から飛び出し、首の骨が折れ、顔の骨と神経が大きな損傷を受けた。機上の二人にとって、死は確実かつ差しせまったものに思えた。
シャープが覚えているのは「ドン!」という感じの衝撃だけである。「頭部全体を誰かに濡れた毛布で引っぱたかれた感じでした。ぼくは本能的に操縦桿を引き戻したんです。低空で緊急事態に陥ったときにはそうしろと訓練されていたからですよ。そうすれば、高度が上がって考える時間ができますからね」
「次の瞬間、意識を失いました。ぼくが意識を失っている間に飛行機がどこまで行ったか、誰にもわかりません。でも、最低2~3分は意識を失っていたはずです。気がついたときには、高度が1500メートルにまで堕ちていましたからね」
しかも、恐ろしいことに目が見えない。「最初は、目に風防の破片が入ったのだと思いました……顔を拭ってそれを取り除こうとしたんですが、指にべたべたしたものが付着するじゃありませんか。じつのところ、私が拭い取ろうとしていたのは、自分の顔の〈破片〉だったんですよ。痛みはまったく感じませんでしたが、左目が眼窩から飛び出していたんです」
定年
ある日
会社がいった。
「あしたからこなくていいよ」
人間は黙っていた。
人間には人間のことばしかなかったから。
会社の耳には
会社のことばしか通じなかったから。
人間はつぶやいた。
「そんなこといって!
もう四十年も働いて来たんですよ」
人間の耳は
会社のことばをよく聞き分けてきたから。
会社が次にいうことばを知っていたから。
「あきらめるしかないな」
人間はボソボソつぶやいた。
たしかに
はいった時から
相手は会社、だった。
人間なんていやしなかった。
【『石垣りん詩集』石垣りん(ハルキ文庫、1998年)】