・『デジタル・ゴールド ビットコイン、その知られざる物語』ナサニエル・ポッパー
・『次のテクノロジーで世界はどう変わるのか』山本康正
・『ビッグデータの正体 情報の産業革命が世界のすべてを変える』ビクター・マイヤー=ショーンベルガー、ケネス・クキエ
・『データの見えざる手 ウエアラブルセンサが明かす人間・組織・社会の法則』矢野和男
・『パーソナルデータの衝撃 一生を丸裸にされる「情報経済」が始まった』城田真琴
・『マインド・ハッキング あなたの感情を支配し行動を操るソーシャルメディア』クリストファー・ワイリー
・『無人の兵団 AI、ロボット、自律型兵器と未来の戦争』ポール・シャーレ
・データリッチ市場が経済の仕組みを変える
・『アフターデジタル オフラインのない時代に生き残る』藤井保文、尾原和啓
・『あなたを支配し、社会を破壊する、AI・ビッグデータの罠』キャシー・オニール
・情報とアルゴリズム
・必読書リスト その三
「市場」は、ソーシャル・イノベーション(社会問題を解決する革新的な仕組み)として大成功を収めたコンセプトだ。限られた資源を効率的に分配しやすくする仕組みであり、その効果は絶大だ。市場のおかげで80億人もの人口の大半の衣食住が満たされ、生活の質も寿命も大幅に改善されることになった。市場の取引は、長い間、人々の交流の場でもあり、人間らしさとも見事に合致していた。だからこそ市場はほとんどの人々にとって自然なものと受け取られ、社会の構造に深く根付いたのである。そして経済の重要な構成要素となったのだ。
市場が力を発揮するためには、データが円滑に流れることが前提で、人間にはこのデータを解釈して意思決定する能力が求められる。これはまさに市場での取引の仕組みそのものであり、意思決定が1ヵ所に集中せずに参加者一人ひとりに分散している特徴がある。市場が簡単に壊れない強靭さを持ち、何かあってもさっと立ち直る優れた回復力を備えている理由はここにある。だが、その大前提として、今、市場に出回っている商品について総合的な情報を誰でも簡単に入手できなければならない。
とはいえ、市場でそのような充実した情報を流通させることは、つい最近まで手間もコストもかかっていた。そこで対応策として、こうしたさまざまな情報を圧縮してひとつの尺度で表すことにした。それが「価格」である。つまり貨幣の力を借りて、そのような情報を運ぶことにしたのである。
実際、価格と貨幣は、情報伝達という難題を少しでも和らげるうまい当座しのぎになったし、それなりに効果も発揮した。だが、情報が圧縮されているため、詳細や微妙なニュアンスは抜け落ちているから、本当に最適な取引とまでは言えなくなる。情報が圧縮されているために、市場に出回っている商品を完全に把握できなかったり、誤解したりすれば、我々の選択は失敗してしまう。もっとましな解決策がなかったため、長い間、この不完全な解決策を我慢して受け容れてきたのである。
今、それが変わろうとしている。まもなく豊富なデータが市場を広範囲にわたって、迅速に、しかも低コストで駆け巡ることになる。膨大な量のデータに、機械学習や最先端のマッチング・アルゴリズムを組み合わせ、絶えず状況の変化に合わせて自動的に適応していくシステムを構築すれば、市場で裁量の取引相手を見つけ出せるようになる。とにかく手軽なので、単純極まりない取引にまでこの手法が使われるようになるだろう。
【『データ資本主義 ビッグデータがもたらす新しい経済』ビクター・マイヤー=ショーンベルガー、トーマス・ランジ:斎藤栄一郎〈さいとう・えいいちろう〉訳(NTT出版、2019年/原書、2018年)以下同】
素晴らしいamazonレビューがあるので紹介しておこう。
・Mkengar 面白いけれど情報経済学の視点に偏りすぎでは
私はむしろ「兵とは詭道なり」(『新訂 孫子』金谷治訳注)の思いを強くした。欧米人の説明能力の高さはギリシャ哲学~キリスト教文明によるものだと思われるが、大脳新皮質(=ロゴス)のレベルで戦えば、とてもかなう相手ではない。日本人の武器は万葉集である。だが三十一文字で論理を尽くすことは難しい。飽くまでも情緒で押し切る他ない。
市場はシステムであり場でもある。インターネット市場は金融から始まったものと思われるが、現在は生活必需品にまで至る。ただし五感情報の判断を必要とするものは依然として「市場」(いちば)が優位である。衣類の色や手触り、食品の香りや生鮮度をネット上で表現することは困難だ。何にも増して人と人とのコミュニケーションは「会う」ことに極まる。
便利を推し進めると大切な周辺情報が捨象される。人生を彩り豊かにする偶然や予想外が乏しくなる。実際に山を登るのとストリートビューを眺める行為の違いを思えばわかりやすい。何らかの危険があるからこそ五官が生き生きと機能するのだ。画像やテキストに傾く情報は所詮チラシのようなものだろう。
交換が合理的に行われれば無駄が排除できる。そのためには独占や規制を排除する必要がある。少し前から政府主導で携帯料金が下げられたが、携帯会社が料金を下げる努力を怠ってきた事実をよくよく考えねばならない。また社会に影響を与える大企業が国の支援を仰ぐことができるのも自由競争を妨げているように見える。
価格は買った瞬間に正当化される。だが価格の正しさに一票を投じるのは飽くまでも購買者に限られる。より多くの人々に買ってもらうためには利益をぎりぎりまで小さくする歩み寄りが欠かせない。日用品は薄利多売が基本である。行動経済学は価格操作が可能な事実を示したが、長い目で見れば一定範囲に収斂(しゅうれん)される。可処分所得を大きく逸脱することは考えにくい。
理論上、市場は「最適な取引」というメリットをもたらすものなのだが、情報流通上の制約で実現できていなかった。これがデータリッチ市場(豊富なデータを原動力に動く市場)になると実現するのである。
この重大な変化が生み出すメリットは、あらゆる市場に波及する。小売や旅行はもちろん、金融、投資にも当てはまる。(中略)
また、従来の貨幣中心の市場は、誤解や誤判断によるバブルなどの惨事に苦しめられてきたが、これもデータリッチ市場では減少する見込みだ。(中略)
データリッチ市場による再編の波はありとあらゆる分野に及ぶ。非効率を絵に描いたような仕組みで大手公益事業者の懐を潤し、一般家庭の財布から莫大な額を吸い上げてきたエネルギー分野も例外ではない。運輸・物流分野も、はたまた労働分野も医療分野も同じようにその影響から逃れられない。教育でさえ、データ主導の市場を生かせば、教師、生徒、学校の最適なマッチングを追求できるようになる。
社会がスムーズに動けば現在と何が変わるのだろうか? データリッチ市場は消費者のデータ供与によって形成される。市場と同時に消費者も合理化の対象となる。信用(与信)のランク付けに始まり、消費傾向から趣味に至るまでを把握される。AIには作り手の意図がそのまま反映する。完璧なアルゴリズムは存在しない。フィードバックを欠けばアルゴリズムは暴走する。
アメリカでは司法にAIが導入されており刑期の延長などを決定している。ビッグデータを基にした判断だが具体的な理由は不明である。誰にもわからないのだ。勾留者や服役者は抗弁することもできない。AIは既に神の相貌を現しつつある。
更に見逃せないのはデータリッチ市場が必要とする電力量である。Google社の電気使用量が76億kWhである(2017年)。沖縄県内の電力使用量(76.2億kWh)に等しい(電気をつくる| 沖縄電力)。IoTが限界まで進めば、現在の数倍から数十倍の電力が必要となるに違いない。
企業が先導する以上、デジタルトランスフォーメーションが消費に向かうことは避けられないが、最終的にはやはり人と人との出会いを創出する方向を目指すべきだ。特に地域の力を活性化させるのが望ましいと考える。